第56話「プレサージュの街再訪」
先の出来事により、空也の体を気遣いながらの移動をしたためか、予定よりも半日ほど多く費やし、一行はようやくプレサージュの街へと辿り着く。
陸徒と空也にとっては、前回から2週間と経たないうちに、この地へと再び訪れることとなる。
この街も魔族の襲撃は受けていないようで、いつもと変わらず街外れに建ち並ぶ工業地帯からモクモクと煙が上がり、商店街からは人々が賑わう喧騒が聞こえてくる。
「ここがプレサージュの街。なんだか空気が悪いわね」
「……工場が多い」
「まぁ工業国エリシオンって言うくらいだしな。お前ら2人は初めて来るのか?」
「アタシとモコは他国へ出たことはないからね。それにしても、ここは居心地が悪いわ」
苦水を飲んだような渋い顔をしながら、ステラは眉間にシワを寄せて周囲を見回している。アルファードのように緑豊かな国とは違い、エリシオンは火山と荒野の広がる国で、各地でも工業が盛んだ。斯様な印象を受けるのも無理はない。
「さて、肝心の魔信教団に乗り込む件だが、どうするのがいいもんかねぇ」
魔信教団への潜入。実質これで2度目となるが、今回は以前のようにギルドを介して仕事を請けに行くものではない。組織そのものを壊滅させるためという全く異なった目的だ。
奇襲作戦であるから、真向から乗り込むわけにはいかない。既知のとおり、魔信教団の本部へ入るには表向きにカムフラージュされた、アコードと言う名の定食屋の中を通過する必要があるが、この手段は真っ先に自分たちの身を晒すことになるので採用できない。街中で騒ぎを起こすのも得策ではない。暴れるのは内部に入り込んでからだ。
一先ず一行は、宵越しの宿を確保した後、全員が同じ部屋へと集まる。
陸徒は先ほどの内容を、初見であるシルビア、ステラ、モコの3人に説明した上で、皆から良案を乞うことにした。
「……と言うわけで、今回の作戦、どのように実行するのが良いだろうか……?」
「ん~、アタイは構わず正面から乗り込む方がシンプルでいいと思うんだけどなぁ」
シルビアらしく、力押しで攻める案を出してくる。言わずもがな、これには全員が難色を示している。
「いや、ここは騒ぎを起こさずに進めたい。魔信教団なんて一般的には知らない奴がほとんどだ。闇に潜む組織は闇に潜ませたままぶっ潰す」
「要は本部内に安全に進入できればいいんでしょ?」
今度はステラが発言。なにか知ったような顔をしながら人差し指を立てている。陸徒はその意図に気づいているのか、それを促すような素振りで反応する。
「口で言うには簡単だけどな。なんだか考えがあるような言い方だな」
「ふふ、まぁね」
案の定ステラにはなにかしらの策があるようだ。
自称天才法術士娘の作戦を聞くなり、陸徒はしばし考え込むが、一言返事で承認した。シルビアは内容を理解しているのか謎であるが、モコも異存はない様子。
その作戦についての詳細は、これから実演を踏まえて説明されることだろう。
魔信教団潜入の作戦は翌日決行とのことで、一行はそのまま宿で一晩過ごす。
朝を迎え、陸徒は幾何かの緊張から来るアドレナリンの分泌により、少々寝不足を伴っているようだが、体調は比較的良好だ。
「ほらほら、ボケっとしてないでさっさと準備する! これからアタシの素晴らしい作戦が行われると言うのに、なんなのよその顔は……」
大きな声を出しながら、小さな娘が各人の部屋へ乗り込んでくるや否や、準備が遅れ気味の面々を煽る。
「ったくなんだよ朝からうるせえなぁ……。どっかの誰かさんみてぇだぜ」
早速とその煽りに巻き込まれた陸徒が愚痴を零す。体長は良いとはいえ、寝不足であることは変わりない。うっとおしさ全開で来るステラに対し虫を掃うようにあしらいながら、陸徒は自身の言葉から、ふとある人物を思い出す。
朝からハイテンションな人物と言えば誰もが知る波美だ。兄の喬介の消息を確認するため、ひとり旅立ってしまったことに、無事でやっているかどうか一抹の案じを憶える
各々準備を済ませた一行は、いよいよステラの作戦実行に移る。ステラは作戦の全体像を練るために、表向きの定食屋を営んでいるアコードの周辺の道や建物の構造を調べていた。
魔信教団本部への入り口のある路地は、建物等の外壁に囲まれていて、店を通過する以外他からの進入は常識的に考えると不可能。よって、通常ならば店内から入るしか方法がないのだが、ステラの作戦は店の外から進入すると言うもの。つまり、常識的に有り得ない方法というわけだ。
一行はアコードの状況が目視できる位置まで辿り着く。相変わらず一般人の目を騙していけしゃあしゃあと営業を続けている。
地図を見る限りでは、本部入口がある路地の隔たりとなっている壁の向こう側、そこには厨房の勝手口がある。手前の道は人1人が通れる程度の幅だ。ステラはその勝手口のある通りから行くと言う。
だが単純に考えて、この方法では勝手口の前を通り過ぎる必要がある。扉は常に開いた状態で、人の出入りはほとんどないものの、なによりも不自然に感じた点は、コックの恰好をした男が店の中に入ることもなく、ずっと扉の前に立っていたことだ。
道を往来する人々はその男に特に目もくれず、自然な状況として認識しているようだが、事情を知っている陸徒たちからすれば、その男が見張りであることは一目瞭然であった。とはいえ、男を無視して奥へ進むのはほぼ不可能に近い。
「やっぱり見張りがいるな。ステラ、あの通りの奥に行くんだから、勝手口の前を通らないわけにはいかないんだよな?」
「もちろんよ」
「つまり、あの見張りに気づかれないように通路の奥に行かなきゃならないって話かい。そんなことできるのか? どう見たって正面から進む他ない上に、それをしたら見張りに気づかれてしまうよ」
「だ~か~ら~! そうならないためのアタシの作戦なのよ」
始めの陸徒からの確認には淡々と回答。だがその後のシルビアの発言にはステラは半ば呆れ顔。シルビアはなぜその反応をされたのかわからずキョトンとした様子。昨日の作戦会議で全員一通り内容を聞かされているはずなのだが……。
気を取り直し、まず始めにステラが懐から大きな布切れを1枚取り出す。クリーム色の生地に、金色の刺繍で縁取りされているもので、なんでもルーンシルクでできた布だそうだ。
「さぁ、空也がこれに光属性の魔力を込めるのよ」
「う、うん。こういう魔術の使い方は初めてだけど……やってみるよ」
少々ぎこちない動作ではあるが、空也は魔術書を開き、目を閉じてルーンシルクの布に手を当てる。そのまま頭の中で光属性の術をイメージする。
本来魔術は、呪文を声で発することで魔術書が反応し、そこから異次元に存在する精霊、魔獣たちの力を借りて発動するものだが、物に魔力を注入する場合は力を借りずとも術者自身の力で可能なのだ。
ただし物と言っても、一部を除いてではあるが金属などの人工物や、木、石などの自然の物には魔力を注入することはできない。大抵はこのような魔法効果を受けやすいルーンシルクや、光照石などを作る際の素材となるエスクード鉱石を精製したものに限られる。
さて、説明が長くなってしまったが、集中している空也の掌から少しずつ淡い光が布に流れていく様子が見て取ると、十数秒ほど経過した後、作業が完了された。
外観的にはルーンシルクの布に今のところ変わった様子は見られない。だがステラには、試みが成功されたことがわかっているようで、満足げな表情を見せている。
「よしこれでいいわ。最後にアタシが——」
そう言いながら、ステラは目を閉じて布にそっと手を当てる。すると空也の時と同様に光が布を柔らかく包み込んだ。
「いっちょ出来上がり~♪」
「これで……完成したんだね? 光属性の術はあまり使い慣れていないからちょっと不安だったよ」
空也が光属性の魔力を注入したルーンシルクの布。そのままでは魔力が空気中に拡散してしまうため、ステラが法術でコーティングを施して完成させた。
これがどのような代物なのかというと、光属性の魔力を帯びたことによって、光の屈折を操り、布の配色が周囲の景色に溶け込むようになったのだ。つまり、この布に隠れれば反対側からは陸徒たちの姿が見えず、なにもないように見えるということ。いわゆるカメレオンの擬態と同じような真似が可能になったわけである。
いよいよ作戦開始! という雰囲気の中、突然どこからか音が聞こえてきた。チリンチリンと玉鈴のような音だ。
「ねぇ、鈴の音みたいなのが聞こえるけど、なに?」
「さぁ……一体なんの音だい?」
「……陸徒さんから聞こえてきます」
皆もその音に気付き、キョロキョロと辺りを見回すが、モコが音の発信源を突き止めると、相変わらずの無表情で陸徒の懐のあたりを指す。
「え、俺か? なんだ……?」
陸徒は自分の体中を手探りしながら、ふと上着の内ポケットの中に入っているある物を取り出す。鈴のような音はその物体から発せられていた。
「あーそっか。どこかで聞いた音だと思ったら、伝心石ね。陸徒、ちょっとそれ貸して」
合点いった顔をしながら、ステラは音を発する物の正体を言い当てる。そして徐に陸徒の手からそれを取り上げた。
伝心石は、アルファードを旅立つ前にシェリルから受け取った道具で、それを持った者同士であれは遠くからでも会話することができる、ミドラディアス版の携帯電話だ。
ステラが伝心石を上下に2回ほど振ると、間もなくしてそこから声が発せられた。
「もしもし、シェリルです。皆さんお元気ですか?」
声の主はシェリルだった。陸徒たちの世界での一昔前の携帯電話のように、多少のノイズ混じりの声ではあるが、十分に聞き取れるレベルだ。
「もしもしシェリル様!? アタシです、ステラです!」
眩いほどに目をキラキラと輝かせながら、満面の笑みで石に向かって話掛けるステラ。
「ステラ、元気そうでなによりです。他の皆さんも今ご一緒ですか?」
「はい! みんな一緒にいます」
あの生意気なステラがヘコヘコと敬語で話している。陸徒たちにとっては非常に違和感のある光景だろうが、旅立ちの前に見せていたシェリルに対する態度を思い返せば納得のいくことである。
この伝心石、ミドラディアス版携帯電話といえど、既知の通り現状所有しているのは上流階級の者のみだ。であるからか、シルビアは音の正体に気がつかなかった。ステラとモコは所有こそしていないものの、城に仕えている身であるため、使い方等は知っていた。
一先ず、石を持っているステラが主体で、シェリルにこれまでの経緯と、これより魔信教団本部へ潜入することを伝えた。
状況を理解、承知した上で、シェリルはあることを陸徒達へ告げてきた。
「アーシェラ女王の御計らいで、魔術士を派遣していただきました。もうじきそちらに到着される頃と思いますので、皆さん宜しくお願いします」
「エルグランドからの応援が来るってことか」
「このアタシの作戦なんだから、助けなんていらないのに……」
ステラは不貞腐れた表情をしながら、シェリルに聞こえない程度の小声で呟くが。
「お仲間は少しでも多い方が良いですよ。きっと優秀な方が来られると思いますから、宜しくお願いしますね、ステラ」
ステラの言葉が聞こえていたのかどうかは定かではないが、彼女の思いを察したような口ぶりで、シェリルは優しく諭してきた。
「は、はいっ! アタシ、シェリル様のために最善を尽くします!」
猫かぶりとは正にこのこと。尊敬するシェリルに対しては、ステラは人が変わったように態度を一変させる。
「それでは皆さん、くれぐれも無茶だけはなさらないで下さいね」
最後にシェリルが言い残すと、伝心石は先ほどの鈴の音を1回鳴らし、通話終了の合図を示した。
エルグランドのアーシェラ女王は寄越してくる魔術士とは、一体どのような人物なのであろうか。




