第55話「予想外のバトル延長 魔術vs法術」
先ほどのステラの魔術をけなしたような挑発じみた発言により、案の定空也が噛み付いてくる。
空也だけでなく、誰が聞いても心地は悪いだろう。だが温和な性格の空也も、普段なら笑って聞き流すこともできたであろうが、魔術だけは特別だった。それもそのはず、魔術に憧れ、晴れて魔術士になった空也にとって、それは掛け替えのないものだからだ。
「おいステラ、魔術士の空也がここにいるのに、そういう言い方は良くねぇよ」
陸徒は場の雰囲気が悪くなってきたのを察知し、リーダーとしてか兄としてかは不明確だが、一先ず言い出しっぺであるステラに注意を示す。
「どうして? 本当の事ことを言ったまでなのに」
しかしステラは態度を変えずにこの反応である。マーダーエイプとの戦闘が始まる前までは、シルビアと3人で仲良くお喋りを楽しんでいたのが嘘のように、ステラと空也はお互いを睨み合い、火花を散らしている。
だが彼女が空也を煽る理由は次の発言にあった。
「大体ね、アタシは納得がいかないのよ。異世界者の異能力とかなんだか知らないけど、この世界に来るなりたった一両日程度で魔術を習得するなんて有り得ないわ!」
声を強くして意見を主張し、人差し指を空也へ向けてステラは凄い剣幕を見せる。ただ単に悪ふざけで魔術をけなしたのではなく、ステラの不満の根源はこれにあったようだ。
自称天才とはいえ、法術士学校を最年少且つ首席で卒業したのは事実。多少なりとも才能に預かったところもあるだろうが、大半はそこに至るまで彼女なりに精一杯の努力を積み重ねてきた結果によるものに違いない。
そんな下積み期間を必要とせず、ミドラディアスへやって来るや否や、突然戦う能力を身に付けた。これは空也に限らず、陸徒たち異世界組全員に言えることだ。そのような状況をステラは簡単に認めるわけにはいかなかった。
「いや、ステラ、これはだな——」
陸徒も自分自身に当てはまることだからか、空也を庇ってフォローしようとするが……。
「陸徒は黙ってて! アタシはそこの成り上がりの魔術士さんに言っているの」
挑発し続けるステラに対し、シルビアも止めに加わろうとしているようだが、彼女は一切聞き入れていない。モコは無表情のまま黙って傍観している。なにを考えているのだろうか、考えてすらいないのか、はたまた話すことが面倒なのか、感情が全く読めない。
そこへ空也が口を開き、ステラに対して言葉を返す。
「確かに僕は成り上がりの魔術士かもしれない。だから僕自身への悪口は言ってくれても構わない。でも、魔術を、クレスタ先生が一生懸命僕に教えてくれた魔術を、バカにするのだけは許さないっ!!」
これまで溜めに溜めていた怒りを放出させるかのように、空也は瞳を涙で滲ませ、再びステラを睨み返す。
嶺王火山でのフレイバルディア戦にて、魔術の師匠であるクレスタが命を落とした。それもあってからか、より一層に魔術へ思い入れが強くなったのであろう。
「事実を言ってなにが悪いの? なんなら今ここで魔術と法術のどちらが優れているか勝負する?」
あろうことか、ステラは更に空也を煽り、喧嘩まで売る始末。流石の空也もこれは相手にしまいと思いきや、なんと黙って魔術書に手を触れたのだ。
「の、望むところよ。魔術なんかに絶対負けるもんですか!」
多少はハッタリをかましていたのか、ステラは空也の意外な反応に一瞬戸惑いを見せるも、構わず杖を手に取って迎撃の態勢を取る。
「魔術の凄さ、見せてあげるよ!」
早速と空也は呪文の詠唱を始めた。陸徒はふたりを止めに入ろうとしていたようであるが、完全にタイミングを逃し、予想外の戦いの火蓋が切られることとなる。
―満ち猛し燃ゆる炎よ、空を裂いて彼を貫け―
「火炎弾!」
先攻した空也は術の名を叫ぶと同時に、右人差し指をステラに向けて突き出すと、指先からバスケットボール程度の炎の球が生まれ放たれる。
轟音を上げながら自称天才法術士に襲い掛かる炎の球。だが彼女はニヤリと口角を上げて不敵な笑みを浮かべると、すかさず杖を振りかぶって豪快にスイング。なんとまるで野球ボールをバットで打つかのように、杖の先端部で炎を弾き飛ばしたのだ。
「えっ!?」
空也は鳩が豆鉄砲を食らったように目を開いて驚きを見せている。一瞬の出来事ではあったが、確かにステラは杖だけで魔術による炎の球を弾いた。法術を使った動きは見られない。
「ふふ~ん。その程度の魔術はこのアタシには通用しないわよ」
ステラは少しばかりか舌を出しながら、驚きふためく空也を嘲笑っている。
「っく、じゃあこれならどうだっ!」
―清らかなる精霊の涙よ、凍てつく刃となれ―
「氷冷雨!」
気を取り直し、必死に我を落ち着かせながら次の攻撃としての呪文を詠唱して発動させる。
上空から無数の氷の刃を雨の如く降らせる氷系の初級術だ。さすがにこれだけの数の氷を、先ほどのように杖で弾くような防御行為は無理であろう。おそらくステラは法術を唱えてバリアを張るはず。
「ふんっ。数を増やした術にしたって無駄よ!」
予想通り、彼女は杖を天に翳して呪文の詠唱を始める。
―其は万物を遮る絶衝の壁―
「魔防壁!」
術が発動し、ステラを覆うようにドーム状の膜が作り出された。
本来ならばこのバリアが空也の放った術を防ぐだけ……のはずなのだが、この時は違った。降り注ぐ無数の氷の刃に対し、ステラがなにか行動を起こす。
「反射!」
氷がバリアに接触する手前で、ステラが掛け声を発すると、刹那にバリア全体が強く発光。すると氷の刃がバリアに弾かれると同時に方向を逆転させ、なんと空也の方へ向かっていく。
「え、なにそれ! うわあぁぁぁぁっ!」
ステラのバリアによって跳ね返された氷の刃は、空也目掛けて襲い掛かる。だがそれは、ほとんど当たらずに通り過ぎて行っただけであった。
空也は両腕で顔を隠して、防御の体勢のまましばし硬直している。数箇所ほど軽い擦り傷を負った程度だ。
初級魔術といえど、生身の人間にとってはひとたまりもないだろう。まともに直撃していたら致命傷になりかねない。今回は偶然ではなく、おそらくステラが跳ね返した際になんらかの方法でコントロールしていたのだろう。
「術を……跳ね返された」
予期せぬ事態に意表を突かれたようで、空也は阿鼻叫喚しながら額から冷や汗を垂らす。
「さっきからそんなバカな……みたいな顔しているけど、これが法術の力なのよ!」
性格にやや難ありと言ったところではあるが、ステラは本当に法術の天才かもしれないと、僅かながらでも陸徒はそう感じているようだ。
マーダーエイプとの戦いといい、今の技法といい、見たことのない法術の応用や派生を使ってきた。その術の力も然ることながら、戦闘においては無駄な動きを一切せず、相手の行動に的確な対処を取ってくる。戦いのセンスもピカイチだ。
ここで事が収まればまだ良かったのだが、この後再びステラが余計な発言をしたことで、事態はあらぬ方向へと進んでしまう。
「そもそも、時代遅れの魔術なんかと、法術を一緒にしてほしくないのよね。アンタ、クレスタのお爺さんから魔術を教わったんだよね? あの人法術も使えるのに、わざわざ魔術なんか教えちゃうんだから……。アンタも不運よねぇ」
「やめろおぉぉぉぉっ!!」
ステラの言葉に空也が大きく反応し、目を血走らせながら叫び激昂する。それに呼応するかのように、突如彼の持つ魔術書が強い閃光を発した。
その時陸徒はある記憶が脳裏に浮かび、気味の悪い予感を走らせた。それを的中させるかのように、空也の体から突如黒い靄のようなものが立ち込める。これは以前と同じで、その事象を陸徒は経験していた。
該当するのは嶺王火山でフレイバルディアと戦った時のこと。クレスタの死に怒り狂った空也は我を失い、世にも恐ろしい魔術を放った。もしも今回がそれと同じパターンであれば……ステラが危ない。
「まずい! 早く空也を止めねぇと!」
「え、なに? なんなのよ!?」
尋常ではないほどに血相を変えて慌てふためく陸徒に、ステラも動揺を見せている。
しかし陸徒が行動を起こす前に、空也はロボットのように機械的な高速度で呪文の詠唱を完成させていた。
―大宙を飾りし星の躯よ、畏怖を纏いて全てを圧し潰せ―
「剛鉄落!」
過去の記憶から戦慄する陸徒の予想とは裏腹に、聞いたこともないような呪文が耳に入ってくる。全てハッキリと聞き取れたわけではないが、陸徒の知っているフレイバルディアに放ったあの術ではないことだけはわかった。とはいえ、どのような術であるかは不明だ。
「ウソ……でしょ? そんな、有り得ないわ!」
そこへステラが首を激しく左右に振り、なにかを強く否定している様子を見せて驚愕している。
だがすぐさま我に返り、彼女は自分の身を守ろうと急いで呪文の詠唱を始める。その慌てようから、これは只事ではない様子が伺えた。
―飛躍せよ全てを守れ、其は万物を遮る絶衝の壁―
「魔防壁剛!」
ステラの唱えた術は、普段使用されているバリアの術とは少々異なっていた。詠唱も少し長く、杖から放たれる光も従来より強く感じる。
術が完成されると、金色に光り輝く重厚なドーム状の壁が、彼女の周囲を隙間なく覆う。
見るからに強力であると思える防御の術だが、ステラは空也の唱えた謎の術によって、これから起こりうる事態を理解しているのだろうか。
「ホントに冗談でしょ? アタシを殺す気?」
ステラはわかっていた。空也の術の正体を。
彼女は上空を見上げながら冷や汗を垂らしている。そして先ほどの呟きは小声で言ったわけではないが、陸徒たちには一切聞こえていなかった。なぜならそれは、上空より押し寄せる轟音によってその声が掻き消されていたからだ。
術の正体が徐々に頭角を見せ始める。押し寄せる轟音と共に鈍色の丸い物体を確認。音の大きさと比例してその物体も視覚的に巨大化される。
目測だけでも直径数メートルはあろうかと思われる物体。まるで隕石のようであるそれは、地へ降り立ったタイミングでステラの作り出したバリアに接触する。
その瞬間、耳を押さえなければ耐えられぬほどの爆音が響き渡る。まともに直撃してはひとたまりもないレベルだろうが、それをステラはバリアで必死に防いでいる。
あれだけの巨大な隕石に耐えられるバリアは強力ではあるが、押し付けられる圧力によって、ステラの足が地面に沈んでいく。
「くっ、なんてパワーなの。バリアが耐えられても、アタシの足が保たない……!」
このままではステラ自身がバリアと共に圧し潰されてしまう。
するとその時、突然モコが行動に出た。
「チャクラムベリーサ!!」
名を叫ぶと同時に愛用の円盤を1本、右手からバックハンドで投げつけた。
その標的は空也であった。まさか彼を斬りつけるのかと思いきや、円盤は低い位置で滑空しながら、空也の正面で這うように動き、魔術書を弾き飛ばして衝撃を与える。
空也の手から離れた魔術書は、先ほどまで宙を浮いて不気味な光を放っていた力を失い、地面に落とされる。それによって術が強制解除されたのか、激しい轟音を立ててステラに襲い掛かっていた巨大な隕石も突如と姿を消し、空也は力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「空也っ! 大丈夫か!?」
「あれ、兄ちゃん……? さっきまで、僕……」
嶺王火山の時のように気を失ったりはしなかったが、空也は酷く疲弊した状態だ。
焦りの自称天才法術士ステラも、術を解いて汗だくの顔を袖でひと拭いすると、息を切らしながら杖で体を支えるように屈みこんだ。
「ステラ、大丈夫?」
「べ、別に……平気よ」
毎度のことながら表情はサイボーグだが、足早にステラの元へ駆け付け彼女を気遣うモコ。そんなモコの優しさを知っての上か、照れを隠すようにツンデレ法術士は、顔を背けながら素っ気ない態度で返す。
「そんなことより……」
徐々に体の疲れが和らぎ、落ち着きを見せてきたステラは、身体を起こしてゆっくりと空也の元へ足を進める。
「ちょっと、説明しなさいよ! なんでアンタがあの術を使えるのよっ!?」
ステラは空也の前に立ちはだかるなり、突拍子に言い掛かってくる。
対する空也は彼女の言動に気づいてはいるものの、喋る気力がないのか、少しだけ顔を動かし、朦朧とした視線を向けてくるだけだった。そこへ陸徒が代わりにステラの話を聞いてみることに。
彼女は神妙な顔つきで、自分の中での理解できない疑問を打ち明けるように、生唾を飲み込んでから徐に口を開いた。
「……あれは2000年前に存在していたとされる古代魔術よ。当然、現代においてそれを使用できる魔術士なんていないわ。魔族が滅んだと同時に消えた魔術だから、魔族が使っていたのでは……などと曖昧な記録ばかりが残されているけどね。いずれにしても、現代の魔術士に教わっただけの人間が、古代魔術を発動させたというこの状況が有り得ないのよ」
「え、どういうことだよそれ。じゃあどうしてそんな術を空也が使えたんだよ?」
「だ・か・ら! アタシもそれが知りたいのよ!!」
顔を強張らせながら強く言い寄ってきた理由は、自身の疑問解決のためだろうが、陸徒はふと以前空也の身に起きた出来事を思い出す。
それはかつて、嶺王火山にて発生した内容だ。火の守護獣フレイバルディアの攻撃によってクレスタが死亡し、激昂した空也が闇系最大魔術を唱えてフレイバルディアを惨殺した。それは古代魔術ではなかったが、空也自身も習得していない術であった。
また、以前と同様にその間の記憶が一切残っていない状況が共通点と言える。
ステラはこの現象に対し、強く興味を抱いているようだ。先ほどの古代魔術についても、歴史的観点からの知識とはいえ、法術のみならず、魔術に関しても他人では到底真似できないレベルでの知識が備われている。
「ふ~ん。事情はわかったけど、原因が解明されないままだからモヤモヤが残るわ。せっかくだから、その原因を突き止めるわよ!」
これまでの状況やそれに至った経緯などを踏まえ、ステラは唐突に自案を投げてきた。
「突き止めるったって、どうやって?」
「方法なんて今はわからないわ。わからないから探すんでしょ。大丈夫、この天才法術士様に掛かれば即解決よ!」
「そっか、それもそうだな! 空也も辛そうだし……。弟のことを心配してくれるんだな、ありがとうよ」
「バカッ! か、勘違いしないでよね。アタシは理解できないことをほったらかしにするのが嫌いなだけなんだから!」
本人はあくまで自分のためだと、ムキになって否定しているが、端的にわかりやすい言い方である。
ステラも相手を思いやる気持ちは少なからずあるようだ。生意気でいて自信過剰。発言もオブラートに包まずストレートに投げ放つ。非常に扱いにくい性格であるのは確かだが、悪い子ではない。
「アタイも空也のことが心配さね。ここはみんなで原因を探そう」
「……異存ありません」
シルビア、モコもステラの意見に賛成し、全員の気持ちがひとつに固まった。
「ありがとう、みんな……」
表情にいつもの元気が戻っていないが、軽い笑顔を返す空也。
一先ずは本来の目的である、魔信教団殲滅の任を最優先とする。空也に関する調査はその後でも遅くはない。




