第54話「小さな姿で大きな力 ステラ、モコの戦闘能力」
こうして陸徒達は、個性的なメンバー構成の元、魔信教団殲滅のため、本部のあるプレサージュへ向けてアルファードを発つ。
改めて気がつくことであろうが、傍から見る限りでは、このメンバーが重要な任務を課せられているとは誰も思いはしないだろう。案の定、城下町を出る際も、民の勘違いは全開で、楽しんで来てねー等と、まるで遠足へ出掛ける子供を見送るかのような反応を見せていた。
エリシオン王国領にあるプレサージュの街は、地図上ではアルファードから西の方角にある。エリシオンは島国であるため、海路を利用することになるのだが、基本的にはプリウスの魔石の旅から帰った際のルートを使う。
従って、エリシオン行の船に乗るにはデミオという小さな町へ行く必要があるのだが、およそ1日は掛かるため、長らく徒歩の旅が続く。
しかしなんだか……、新たに加わった個性的なキャラクター、とりわけステラに関しては初対面から異色を鮮やかに放っているが、道中でもそれは健在だ。黙って歩くことができないのだろうか、アルファードを出てからかれこれ2時間は経過。にも拘らずほぼ休みなしに延々と喋り続けている。大抵はシルビアと空也を相手にしているようだ。モコに話しかけても一言返事しかなく、そこから会話に発展しないため、話し相手の対象としては除外しているらしい。
ステラとモコ、この2人は幼馴染であり、昔から知り合っている間柄とのことだが、誰が見てもわかるように、性格的な不一致の問題から、仲はあまり良好ではない。いわゆる腐れ縁というやつであろう。
陸徒の好みの話ではあるが、彼はうるさ過ぎる子も、逆に静か過ぎる子も得意ではない。つまり、彼女ら2人は純粋に苦手なタイプ。とはいえ、今後しばらくはこのメンバーで協力し合っていかなければならない。本人は気が進まないものだろうが、リーダーとしてコミュニケーションを図ることは大切だ。ステラは自ら進んで自分の話をするから良いとして、問題はモコである。こちらから話を振らなければ口を開くことはなく、相変わらずの無表情でただひたすらと真っすぐ前方を見て歩いているだけという、不気味な姿だ。
だが陸徒は意を決して、その不気味少女に声を掛けてみる。
「な、なぁモコ」
「なんですか?」
すぐに返事はするものの、一瞬だけ視線のみを陸徒の方へ動かす愛想のなさ。出だしからこれでは誰もが諦めたくなるだろう。
「えっとだな、モコはなんで騎士団の特殊部隊に入ったんだ?」
陸徒はめげずに当たり障りのない質問で攻めてみる。
「超能力があるからです」
「え、それだけか?」
「はい」
(会話終了! よし、俺は頑張ったよ。いやいやここで諦めてなるものか。もっと話を掘り下げなくては。って、なんで俺がこんなに気を遣わなくちゃなんねぇんだ……)
陸徒は頭の中で奔走する。普段であれば面倒臭くなってここで諦めるところであろうが、リーダーとしての責任感が陸徒を粘り強くさせていた。
「いや、もっとあるだろ? ほら、ザルディス王子に憧れて入ったとか?」
「いいえ。そのようなことは特に興味ありません」
(……うぅ。こいつは相当な曲者だ。喬介さんを相手にする方がよっぽどマシかも)
「でも他になにかきっかけみたいなもんがあるんじゃないのか? 超能力が使えるからという理由だけじゃ、動機としては少し足りない気もするんだが」
これで駄目なら諦めようと、更に掘り下げて話を振ってみると、モコはやや思い詰めた表情へと変え、少し間を開けてから、なんと彼女の方から身の上話を始めたのだ。
「……私は幼少の頃、この超能力のせいで虐めに合っていました」
陸徒の言葉になにか思うものがあったのだろうか、自身のことは全く話さないものかと予想していたが、どういった心境の変化によるものか、陸徒は半ば達成感のようなものを味わいながらも、精悍な表情でモコの話に耳を傾ける。
「アルファード王国では、極稀に超能力が備わった子が生まれます。それこそ騎士団特殊部隊が結成されてからは、超能力者も尊重され始めましたが、数年前まではその奇妙な力を忌み嫌う人がほどんどでした」
これは人間の悪い部分のひとつだ。いわゆる差別行為とされ、自分の常識から外れた存在に恐怖を抱き、次第にそれが妬み嫉みへと変わり、排除しようという行動に出る。異世界と言えど、人としての根本的なところはどこも変わらない。
「そんな私を、いじめっ子からいつも守って下さったのが、シェリル様です」
「シェリルが……?」
「はい。シェリル様は、私や他の超能力者の人たちの境遇をとても気に掛けて下さっていました。それをどうにかしようと思い、3年前に王宮騎士団からの派生部隊として結成されたのが、特殊部隊です。シェリル様の懸命な努力により、この国は変わりました。魔術も法術も、そして超能力も、国を……大切な人を守るための貴重な力であると、国中に伝えたのです」
いつもと変わらず、抑揚のない話口調ではあるが、言葉の節々にモコの感情が見え隠れしていることに陸徒は気がついた。そして、話の内容から察するに、彼女のシェリルへの想いも感じ取れた。
ステラは見て取れるほどのあからさまな態度だが、モコもまた、若くして王女としての自覚を持ち、心優しいシェリルの事を慕い、尊敬しているのだろう。ゆえに、今回の任務もシェリルからの頼みだからこそ快く引き受けたのだ。
するとそこへ、談笑を楽しんでいた一行の中に、張り詰めた空気が過ぎる。真っ先にモコとシルビアがそれに気づき、ステラの会話を止めさせて辺りを警戒し始めた。
「え、なにどうしたの?」
「陸徒も気がついたか」
「あぁ」
少し出遅れて陸徒がなにかの気配に気づく。鈍臭い空也は未だに状況が掴めず、そわそわしながら辺りを見回している。
なにかが陸徒たちを狙っていた。現在彼らのいる場所は、森と言うほどには至らないが、木々が無造作に点在する林地帯。ある程度視界は良好ではあるが、木の陰にモンスターが潜んでいても可笑しくない状況だ。
「……来ます!」
モコの掛け声による合図と同時に、右前方にある木の上からなにかが複数降りてきた。
陸徒たちの前に姿を現したそれらは、案の定モンスターであった。体長は2メートルはあろうか、濃紫の毛色に身を包み、後ろ脚で地を蹴って小刻みにジャンプをする。形状は陸徒の世界のとある動物に酷似していた。
「マーダーエイプか、中々厄介なのがきたね」
シルビアがその呼称を口にする。前述の動物とは正解のようで、その名の通り殺人猿。人のみならず、様々な生物を殺しの対象にするが、大抵が捕食目的ではなく、その死体を弄ぶという獰猛で残忍極まりない性質を持っている。武器とするのは、これ見よがしにと露出させている鋭い牙と爪。
ここはいたずらに作戦を練っているよりも、先制攻撃を仕掛けた方が良策だと、陸徒とシルビアが剣を抜いて攻撃の態勢を取る。
「まぁまぁお兄さん達、ここはアタシとモコに任せなさい」
だがそこへ、ステラが自信に満ち溢れた表情で前へと出てきた。唐突なステラの行動に陸徒は怪訝な顔になるが、モコへ視線を送ると、彼女もステラの言葉に同意するような表情をしており、黙って腰に装着している飛翔刃チャクラムベリーサを手に取る。
陸徒はまだこの2人の実力を知らないため、一抹の不安を覚える。しかし逆に考えればこの状況はそれを知る良い機会だ。
「よしわかった。でも無理はするなよ」
そう言って陸徒は剣をしまうと、シルビア側も彼女らの戦いに興味があるのだろうか、手に持った双竜剣を腰の鞘に納める。
「さぁモコ行くわよ! アタシの足を引っ張らないようにね!」
「問題ないわ」
ステラとモコが武器を構え、敵意を示したことが戦闘開始の合図となり、威嚇しながらこちら側の様子を伺っていたマーダーエイプ3匹が、鋭い爪を前に出しながら大地を蹴って一斉に飛び掛かる。だがそれよりも一歩早く動いていたステラの臨機的行動により、相手の攻撃が無効となる。
彼女は背中に装着していた杖を取り出す行動をしながら、既に呪文の詠唱を始めており、その発動タイミングは猿たちが飛び掛かった瞬間であった。
―其は万物を遮断する絶衝の壁―
「魔防壁!」
何度もお目に掛っている基本の防御術。薄らと白く輝くバリアを術者の中心に張るなどして、外部からの様々な攻撃を防ぐものだ。
しかしステラの掛けたそれは、従来のものより手法が異なっていた。自分たちに張って防御するのかと思いきや、バリアはマーダーエイプの目の前に張られる。それにより、作り出された壁に顔面を強打させた。
「残念。そこは行き止まりよ」
舌を出しながら、無様に仰け反り倒れているマーダーエイプを嘲笑うステラ。
「まだ倒したわけじゃないわ。油断は禁物よ」
モコはそう言うと、次いで両手に持ったチャクラムベリーサを前へ突き出して構える。刹那目を閉じ、深呼吸して集中力を高める行動に出た。
「飛べっ! チャクラムベリーサ!!」
そして開眼と同時に掛け声を放った。いつも感情の籠っていない表情に力が入り、フリスビーのように右手に持つ方を外側からサイドスロー。そのままの動作から体を左回転させ、遠心力で勢いをつけたまま左手も投げ放つ。
風切り音を出しながら、まるで燕の滑空の如く、その2枚の円盤はマーダーエイプ目掛けて物凄い速度で飛んでいく。
先ほどバリアに顔面を強打し、のたうち回っていた者の内、最も起き上がるのが遅かった1匹の両足を寸断した。
円盤は通り過ぎたまま空を飛んで行くと、モコが独り言を漏らしながら怪しげに両手を動かし始めた。
「片道だけじゃないわ」
すると、彼女の手の動きに合わせるようにして、飛んで行ったチャクラムベリーサが反応し、まるでブーメランの如く旋回してこちらへ戻って来る。
そして先ほど両足を斬り落としたマーダーエイプ目掛けて突っ込んでくるかと思いきや、それが手前で方向転換をする。
「展開!」
モコが掛け声と同時に両手を広げると、円盤がそれぞれ左右に離れる。マーダーエイプはその動きに首と視線を右往左往させて狼狽している。
そして次の瞬間モコが広げた両手を戻すようにしてクロスさせた。
「挟襲撃!」
刹那、左右に展開された円盤がマーダーエイプを両サイドから挟み込むようにして襲い掛かり、片方が首、もう片方が胴体を切断。とどめを刺され、命を絶った猿は、黒い煙を上げながら消滅する。
「す、すげぇ……」
「へぇ。やるじゃないかあの子」
初披露されたモコの戦いに、陸徒とシルビア、空也の3人は口を開けながら驚き傍観している。
しかしこの勢いで残りの2匹も。と、そう簡単に行くわけでもなかった。敵も事態を把握したのか、モコのチャクラムベリーサを警戒しながら、当たるまいと周囲の木々を利用して縦横無尽に飛び跳ね、必死に回避行動に出る。
それをモコが両手を動かして円盤を操り、逃げ回る猿たちを追尾するが、さすがに身のこなしは動物の猿さながら。巨体からは想像し難い素早さによって上手く命中させられずにいた。
「中々のスピードね……」
表情こそ出さないものの、思い通りに敵に攻撃できず、モコはやや苛立ちの籠った呟きを零す。
「はいはい、今度はアタシに任せなさい」
選手交代の如く、今度は自称天才法術士が前へ出てきた。
そのまま杖を前方へ突き出し、目を閉じて念じる。すると薄く透き通った金色の板状の物が、突然空中に数枚姿を現した。
そしてステラは次になにか仕掛けようとしているようだ。ターゲットのマーダーエイプをじっと目で追い掛けている。だが徐々に苛立ちを見せ始めた。どうやらモコがチャクラムベリーサを動かしているため、それを逃げ回るマーダーエイプに攻撃を移せずにいるようだ。
「んもうっ! モコが武器を飛ばしているからあいつらが動き回るでしょ! ちょっと2匹共一箇所に集めさせて」
「……任せなさいって言ったじゃない」
小声で愚痴を零しながらも、モコはまるで太極拳の如く手をくねくねと滑らかに動かし、逃げ回る2匹のマーダーエイプを両端から追い込むようにしてチャクラムベリーサを操る。
すると、丁度良く道の中央部に猿が集まるかたちで誘導させることができた。
「オーケー! オーケー! さ、大人しく捕まりなさい!」
その瞬間を狙い、タイミングを計ってステラが法術の呪文を完成させていた。
―其は自由を縛す金色の檻―
「魔監獄!」
マーダーエイプが集まった刹那、ステラが法術を発動させる。それは、陸徒たちでも気がつかないほどの呪文の詠唱速度であった。
唱えた術により、ステラが事前に作り出した金色の板が動き、猿達の四方を囲むよう地上に配置される。そして最後に天井部に蓋をし、2匹を完全に閉じ込めたのだ。
「初めて見る法術だ。マーダーエイプたちを閉じ込めたぞ」
「でも、そこからどうするつもりだろう?」
突然の事態に喚き声を上げながら、作られた檻の中で脱出しようと暴れだすマーダーエイプ。だがその壁は相当なほどに頑丈で、殴ろうとも蹴ろうとも全くびくともしない。
とはいえ、相手とてこのまま諦めることはなかった。作り出された壁が設置されているのは横方向と天井。従って地面はそのままであった。それに気づいた猿たちは、下から抜け出そうと地面に穴を掘り始める。モンスターと言えど、生物学的に霊長類に属するだけあってか、機転を利かす賢さを持っていた。
「あらあら、穴掘って下から逃げる気じゃないか。どうするのさ?」
シルビアが半ば煽るようにしてステラに注意を促すが、彼女にはこれが想定内だったのか、反抗的な態度を見せながらすぐさま行動に出る。
「ふんっ、そのまま閉じ込めた状態にするわけないでしょ!!」
そう言ってステラは、身の丈に合わない大きな十字架の杖を頭上でひと回しさせてから右手にしっかりと持つと、猿を閉じ込めた箱に向ける。
「法術は、守るだけの術じゃないのよっ!!」
そして声を荒らげながら、全身に力を籠めると——。
「破砕!」
掛け声と同時に金色に輝く壁の箱がガタガタと揺れ出す。するとそれが一瞬にしてガラスのように砕け散った。
生み出された破片が、鋭い無数の刃となって次々とマーダーエイプに襲い掛かる。
猿たちは突如勝手に壁が砕かれたことに驚き戸惑い。逃げる隙も得られないまま体中を串刺しにされて、瞬く間に絶命する。そのまま黒い煙を上げて消滅した。
「な、なんだ……?」
「ねぇ今、どうやって……」
陸徒たちはなにが起きたのか理解できずにいた。今の出来事は、言葉に表すには容易であるが、彼らが驚きを示していたのは、なによりも守りの専門術である法術によって敵を仕留めたという点だった。
そんな彼らの様子を見て、してやったりとドヤ顔を寄越してくるステラ。陸徒としては彼女の思惑通りのリアクションをさせられたことに妙に腹が立ったであろう。
「へっへ~♪ どんなもんよ!」
腹立たしい顔を維持したまま、ステラは両腰に手を当て、胸を張った状態で戻って来る。
「陸徒さん、敵の殲滅完了しました」
「お、おう。ふたり共良くやったな」
陸徒がリーダーであるからか、調子に乗ったドヤ顔娘とは違い、モコは軽く礼をし、律儀に戦闘結果を報告してきた。
「どう? これが天才法術士様の実力よ。あの術はね、アタシが独自に編み出したものなのよ!」
ステラは相変わらず聞いてもいないのに、自分からペラペラと術のことに触れてきた。こうも露骨な態度を見せられると癪であろうが、陸徒としては独自に編み出した術については、知的好奇心がくすぐられる。
過去に披露されたものとしては、ガルティオルフ戦にて、シェリルが使用した、弓を射る為に視力を強化する術があった。
「以前シェリルもそんなもんを使っていたが、独自に術を編み出すってのはどういうことなんだ?」
「そうね。せっかくだからこの天才法術士様が特別に教えてあげるわ」
言い方がいちいち癇に障るが、最早これはステラの根本的な性格そのもの。毎回気にしていてはこちらの気が保たない。ここは割り切って聞く他ないだろう。自分もまだ子供の部類ではあるが、陸徒はひとつ大人の対応を取り、黙って聞くことにした。
「異次元に存在する精霊や魔獣の力を借りて発動させる魔術とは違って、法術は術者自身の法力に祈りを込めて具現化させるものなの。つまり、法術の力=術者の力ってことね」
魔術の仕組みについては以前話を聞いたことがあったが、法術が発動される過程は初耳だ。
「だから、法力への祈りの込め方を上手く工夫すれば、自力で法術を編み出すことだって可能なのよ。とても簡単なものじゃないけどね。アタシの知る限り、独自に編み出した法術が存在するのは、シェリル様の視力強化術。法術学校の校長プリメーラ先生の空間転移術かしらね」
聞こえは簡単のように感じるが、数多く存在する法術士の中でも一握りの者でしか、独自に術を編み出すことはできないようだ。
ステラの話の中で、プリメーラ先生、空間転移術とまた新しい言葉を耳にしたが、これに関する詳細はまた後ほど明かされることとなるだろう。
「へぇ~。魔術や法術については全くわからないが、そんなに奥が深いもんだったとはねぇ」
術に知識が皆無であるシルビアも、少しばかりか関心を示しているようだ。ステラの力と法術の秘めたる可能性に関しては、中々と侮れないものがある。
ここまでは良かったのだが、次の何気なく放たれたステラの余計な一言によって、周りの空気が悪化することとなる。
「ま、予め決められた術しか使えない魔術なんてもう時代遅れ。戦いにおいて重要な守りに長け、攻撃にも転ずることができる、独創性のある法術の方がよっぽど将来性があるわね」
わざと言っているのかどうかは定かではないが、これを聞いて良くない反応をする人物がいるではないか。
「ねぇ……今のはちょっと聞き捨てならないな」
そう。魔術士である空也だ。




