第52話「課せられた陸徒の任務」
「おい離せよ! アタイは怪しいもんじゃない。こらお前、そんなに強く腕を掴むな、痛いだろうがっ!」
彼女の名はシルビア。紛れもなく本人であった。ジタバタともがきながら、左側の兵士を睨みつけて文句を言いいながら派手に登場する。
「やっぱりお前だったか……」
「あ、ラフェスタの町で兄ちゃんにいきなり斬り掛かってきたのに、今度はアヴァンシアの町で僕たちを手助けしてくれた変な人だ!」
「だから誰が変な人だっての! それに前回からいちいち付け足すな、長いわ!」
空也本人はボケたつもりでもないようだが、シルビアはしっかりとそれにツッコミを入れてくる。しかも前回分を踏まえた上でのおまけ付きだ。
「やはりシルビアさんでしたのですね! その方はわたくしたちの恩人です。離して差し上げて下さい」
シェリルの命令により、シルビアの両腕を掴み押え込んでいた兵士2人が、それを解いて離す。
「ふぅ……全く、ちょっと不審な動きをしていたからって問答無用に捕まえるなっての! この国は兵士の教育がなってないねえ」
兵士の態度に対する苛立ちが押さえられなかったのか、シェリルの厚意で解放されたにも拘らず、シルビアは腕をさすりながら罵りを浴びせる。すると兵士側もそれが癇に障り、シルビアに突っ掛かろうとするがシェリルが制止させる。
「止めて下さい! シルビアさん、申し訳ございませんでした。ですが今は緊急事態のため、アルファードでは厳戒態勢を張っています。ですのでここはご理解いただけると助かります」
「緊急事態……それは、魔族が現れたって話かい?」
「おいなんでそれをお前が知っているんだ? これから世界中へ知らせようとしていた話なのに」
シルビアからの予想外の発言に、この場にいる全員が驚きを見せる。更にその後の彼女の説明から、魔族が復活し、世界でその姿を現し始めているというのが事実であることがわかった。
話によれば、昨日シルビアが旅の途中の宿場として利用していた行商人のキャンプ地に魔族が襲ってきたそうだ。
「相手は1体だけだった。その姿は世に知られる魔族そのものだったよ。それに、魔族ってのは人間の力を遥かに超越した存在。アタイが戦ったところで敵うはずがないと思ってたんだけどね……」
「で、どうなったんだ?」
「どうなったって、アタイが生きてここに居るんだから大丈夫だったに決まっているだろう。倒せたんだよ、魔族をね」
最後のシルビアの発言に、全員が言葉を詰まらせる。
「ちょ、ちょっと待てよ! 魔族を倒しただって?」
陸徒も半ば混乱しながらシルビアに問い詰める。それもそのはず、スカイラインから戻って来た面々は、魔族の恐ろしさを目の当たりにしているからだ。戦った相手は魔族であるか定かではないバサラだったが、魔族を復活させた張本人であり、あのディアブロを従えているようでもあった。少なくとも魔族と同等の力は持ち合わせているに違いない。
そのバサラにすら手も足も出ず、多くの犠牲を出しながらもザルディスのおかげで命からがらここへ戻ってこられた。それもあってか、彼らにとってはとてもシルビアの話が信じられるものではなかった。
「うーん、なんでだろうね。アタイにも良くわからないけどさ、なかなか手強い相手だったけど、さほど苦戦せずに倒せたさ。アタイの双竜剣は魔族をも倒すほどの力があるんだねぇ」
そんな陸徒たちの事情を知らぬシルビアは、軽い態度で答え、自画自賛を交えて意気揚々と話す。
(一体どういうことだ……たまたまシルビアが相手にした魔族が弱かっただけなのか? だが2000年も昔からその恐ろしさや強さが後世に伝えられるほどの存在だ。現に俺たちの前に現れた魔族だって、戦わずしても感じた気迫だった。あれはまさしく——)
「そんなことよりさ! アタイ、変な奴らに狙われているんだよ。なんでも竜族の遺物を葬るとかなんとか言って、この双竜剣を奪おうとしているんだ」
頭を抱えるように陸徒がひとり考え事をしていると、その独白を遮るようにしてシルビアが声のトーンを強めながら、別の話を切り出してきた。
竜族の遺物を葬るという言葉、初めて聞いたものではない。魔族の件も気になったままではあるが、一先ず陸徒は頭を切り替え、彼女の話を追及すると、意外にもお互い共通して知り得た言葉が出現した。
”魔信教団”竜族の遺物を葬るというのはその教団の計画のひとつだ。
シルビアから話を聞けば、竜の鱗で作られた双竜剣を持っている彼女が、教団の人間に狙われた。なんでもその時、ラディアセイバーを持った少年を含む6人組を知らないかと聞かれたそうだ。
彼女が初めて陸徒と相対した時は、彼の持つ剣がそれであると気がつかなかったが、教団側から聞いた情報から、それが陸徒であると判断し、ここまで探しに来たということらしい。とはいえ、話の内容からではシルビアだけではなく、陸徒たちも教団側から狙われていると解釈できる。その理由はいくつか考えられるが……。
「陸徒さん、わたくしがお願いしたい件は、その魔信教団についてです」
そこへ今度はシェリルが口を開く。そういえばシルビアがここへ連れて来られる直前になにか言いかけていたなと、陸徒は思い出す。
「さっき話そうとしていたお願いってのはそれか。と言うとつまり?」
「魔信教団は魔族を崇拝する者の集団。結果的に魔族は復活し、知らなかったとはいえ、わたくしたちもそれに加担する形となってしまいました。ですが、あのような組織の存在を許してはなりません」
「なるほど。つまり俺たちに教団をぶっ潰しに行って来いって話か」
陸徒の言い方は穏やかではないが、シェリルの意図はそういうことだ。それだけでなく、こちらから直接教団側へ赴けば、魔族に関する情報も得られるかもしれない。
「ねぇその作戦、アタイも仲間に入れてもらえないかい? どうせ奴らに狙われているんだったら、こっちから出向いて先制攻撃だよ」
唐突にシルビアがガッツポーズの如く右手拳を強く握り、自信に満ちたようなやる気の表情を見せつけてくる。
「シルビアさん、宜しくお願いします。わたくしはこのような状態のため、お城を離れるわけには参りませんので、お手伝いいただけるのは非常に助かります。それでは陸徒さん、空也さんにシルビアさん、あとは意識が戻られてから波美さんにもお願いしたいと思います。他にも城内から2名御供させましょう。その方々には出発時に集合させるように致します」
「そうか、わかった」
陸徒はシルビアの行動の気まぐれさがいまいち気に入らなく、快く迎え入れる気分になれなかったが、シェリルが承諾した上に目的が一緒である以上、彼から拒否する理由も権利もなかった。
魔信教団殲滅の指令の話を終え、波美が復帰するまで解散とし、一時待機となる。
陸徒は部屋で寝ている波美の様子を見に行こうと、5階の客室フロアへとやって来た。空也は頭痛がまだ微妙に治らないとのことで、一旦医務室へと向かった。シルビアは旅の支度にと城下町へ繰り出したそうだ。今度はもう捕まらないで済むだろう。
波美の部屋の前へ辿り着いた陸徒は、静かに扉を開ける。中ではベッドの上で彼女が穏やかに眠っていた。その隣にある椅子に腰かけると、自分の額に指先を当てて、早速とネガティブなことを考える。
(こいつが目を覚ましたら、喬介さんの件を話さなければならないよな。こればかりは隠すことなんてできない。波美の気持ちを思えばちゃんと真実を話すべきだ。あぁ……気が重い)
そんな悩みも束の間。陸徒は次第に意識を朦朧とさせ、さほど時間を掛けずにまどろみへと落ちてしまった。
それから一刻ほど経過しただろうか、陸徒はふと目を覚まし、隣で寝ている波美へと目を配る。するとタイミングを同じくして、彼女がゆっくりと瞼を起こし、意識を取り戻した。
「波美っ! 目が覚めたんだな、良かった」
「りっくん……? ここは……」
波美は首だけを動かし、陸徒の方へ視線を移す。そして少しずつ目で追いながら周りの様子を確認する。
「ここはアルファード城のお前の部屋だ。あれから色々とあったが、なんとか戻って来られたんだ」
「……アルファード城。ということはあたしたち、やっぱり元の世界に帰れなかったんだね。魔族はどうなったの? 他のみんなは無事なの?」
「……波美、良く聞けよ」
あの時の後半の事情を全く知らない波美は陸徒に質問責めをするが、それに回答せず陸徒が改まった態度を取り、神妙な顔へと変えると、波美はなにかを察知したかのように表情を強張らせる。
その顔に陸徒は一瞬戸惑いを見せるが、思いを切って昨日のスカイラインでの出来事を、喬介の身になにが起きたのか詳細に話した。
「そんな……ウソ、ウソよっ!!」
予想通りではあったが、波美は突然上半身を起こし、陸徒に突っ掛かるようにして大声を上げながら彼の話を否定する。
「落ち着けよ波美っ! 俺だってこんなことお前に知らせたくなかった……。だけどよ、常識的に考えてあんな1000メートル以上も高い場所から外に放り出されて、無事だなんて考えにくい。それに——」
「やめてっ!! そうやってりっくんはいつも自分の偏見や先入観で物事を判断しようとする。お兄ちゃんの死体を見つけたわけでもないのに、どうしてそんなこと言いきれるのよっ!」
「波美……認めたくない気持ちはわかるけどよ」
「もういい! 話なんか聞きたくない。出てって!」
「波美……」
この状況ではなにを言っても無駄だと判断した陸徒は、言われるまま椅子から立ち上がり、力の抜けたようにゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。
(随分と言われちまったもんだな。兄が死んだと知らされ、そうすぐ素直に受け入れられるわけでもないか。今はそっとひとりにしておこう)
やや呆然としながらも、陸徒は目の前にある廊下の壁に寄り掛かり、物思いにふけっていると、そこへシルビアが他愛のない挨拶をしながらやって来た。
「シルビアか、なんの用だ?」
先ほどの波美とのやり取りの後であるからか、陸徒は不機嫌な面持ちで、不貞腐れたように目だけを動かして彼女の方を見る。
そんな陸徒の様子に変に気を遣うこともせず、赤髪の女剣士は少し離れた位置で立ち止まって、微かに神妙な顔をしながら淡々と話し出す。
「王女さんから聞いたよ。あんたたちが何者なのか、なんの為に旅をしていたのか、昨日スカイラインでなにが起こったのか、全部ね」
「そうか……」
「で、あの波美って子に兄のことを話したのかい?」
「さっきな。正直に話したが、見事に全力で否定されてこのザマだ」
陸徒は、今あまり人と話す気分にもなれなかったが、さしあたってシルビアと少し話しを続けることに。あの時のような彼女の生意気で気に障る態度は微塵も感じず、真剣に陸徒の話を聞いてくる。そんな中、陸徒はシルビア自身の話を聞く機会も設けられた。
ラフェスタの町でのことも、特に悪意があったわけではなく、純粋に剣士として自分の実力を試してみたかっただけであった。これは当時シェリルがそう話していた内容と一致している。アヴァンシアの町での件も、動機は単なる気まぐれだそうだが、ずっとひとりで旅をしてきた彼女にとって、仲間と協力し合うような行動に憧れていた。であるからか、今回の魔信教団殲滅の任も、遊びではないことは承知しつつも、陸徒たちと行動を共にすることが楽しみだと言う。
斯様にもすんなりと自分の心情を話して来るとは、陸徒もつゆとて思っていなかっただろう。意外ではあったが、これを機にシルビアに対する陸徒の確執も自然と薄れていったようだ。
しばらくして、波美が扉を開けて部屋から出てきた。見たところ装備を固め、道具袋を担いでおり、しっかりと支度をした様子。だがまだ彼女には魔信教団殲滅の旅に出掛けることは話していない。すると波美は、唐突に話を切り出してきた。
「あたし、お兄ちゃんを捜しに行くね」
「ちょっと待て! 捜しに行くったって、お前は俺たちと——」
「いいじゃないか。行かせてやりなよ」
予想外な波美の行動に、陸徒は慌てるようにして止めに入るが、シルビアが逆に彼女を行かせようと促す。
「お兄ちゃんが死んだなんてあたしは信じられない。だからひとりでも捜しに行くわ。りっくんたちは他の任務があるんでしょ? ……シルビア、盗み聞きしたつもりじゃないけど、あなたとりっくんの会話を聞いていたの。だから、りっくんをお願いね」
波美はそう言いながら、陸徒たちの傍を通り過ぎ、階段の手前で一度立ち止まると、彼らに背を向けたまま——。
「りっくん、さっきはちょっと言い過ぎちゃった、ごめんね。あたしのことは心配いらないから、そっちも頑張ってね」
最後に言葉を残すと、波美はそそくさと下へ降りて去ってしまった。
「波美……。ってかシルビア、なにをあいつに勧めてんだよ!」
「あんた、あの子の目、見てなかったのかい? あれは本気だよ。周りがどうこう言ったって聞き入れやしないさ」
波美の性格は陸徒が良く知っている。だからシルビアに言われずとも致し方ない事情は分かっていた。しかし、今まで共に行動してきた仲間が次から次へと離れて行く。そんな状況に陸徒は悔やむ思いがあってのことか、思いがけずシルビアへ突っ掛かってしまった。




