第49話「恐ろしき冷徹の男」
謎の男は、深淵へ誘い込まれそうなほどに曇った眼差しで、薄らと不敵な笑みを浮かべながら語り出す。
「プリウスの魔石を集め、ゲートクリスタルを修復させることで魔族が復活する……ご名答。ま、ゲートクリスタルが砕けてしまったのに加え、ヴェロッサがやられたのは予定外ではあったがな。それと、まさかあの船で会った貴様たちが、プリウスの魔石を持っていたとはな……」
ヴェロッサというのは喬介の手によって倒された魔族の名を指している。やはり魔族が現れたというのは真実のようだ。
また、この男と陸徒たちが遭遇した時、プリウスの魔石の存在に感づかれなかったのは、大地の巫女からもらった聖なる櫃のおかげであろう。あれは全ての波動を遮断させる力がある。そのため、魔石から放たれる魔力の波動にも気づかなかった。とはいえ、男が現れた今、櫃の蓋を開けてしまっていたため、時既に遅しといったところではあるが。
「てめぇ一体なにもんだ? 見た目は人間っぽいが、やはり魔族なのか?」
「魔族か……正しくもあるが、間違いでもある」
「は? 言っている意味がわからねぇよ」
「……わからぬままで良い」
前回の件もあってか、高圧的な態度で敵意を剥き出しにしながら、謎の男に言い寄る陸徒。だがそれに一切目をくれることもなく、まるで誰かの兄のように抑揚なく淡々と話す様は、陸徒にとって非常に癇に障ることであっただろう。
であっても、ここでいつもの如く頭に血を上らせては元も子もない。陸徒は平生を装って、自分の中で判明した内容を口に出す。
「まぁこれでひとつわかった点がある。魔族を崇拝する者たち、そいつは魔信教団のことだ」
魔族の敵である竜族。その遺物であった竜の鱗を消滅させるがために、多くの人々が乗船する船ごと破壊させようとした行為そのもの。そしてプレサージュの街にて、ギルドを介して仕事を請けた、魔信教団からのプリウスの魔石を手に入れてくるという依頼。
これまでの経緯を結び付ければ導き出せる答えだ。その陸徒の発言に対し、男は何の躊躇いもなく易々と答えを出してくる。
だが魔信教団が魔族を崇拝する者たちであることは肯定しつつも、自身はその一味ではないと否定してきた。そして一貫して態度を変えようとはせず、淡々と話を聞いた。
「まぁ折角の機会だ。どうせお前たちはここで死ぬのだからな。我が何者であるのか教えてやろう。我が名はバサラ、魔族復活を先導する者だ」
そう言葉を吐くと、バサラと名乗った男は両手を仰ぐように広げて、軽く静かになにかを念じた。すると、王の持っていた聖なる櫃からプリウスの魔石が突然小刻みに震え出したかと思うと、勝手に櫃の中から飛び出して空中を浮遊しながら、ゆっくりとゲートクリスタルの周囲に配置された。
「お、おい! あいつ今なにをしようとしているんだ?」
「喬介っ!」
「……ちっ」
アーシェラが即座に喬介の名を叫ぶと、彼は鋭い眼光でバサラの方へ視線を移し、舌打ちをして剣を構えたと途端、物凄いスピードで相手へ突っ込んで行く。
「無駄だ」
剣を振りかぶって迫り来る喬介に対し、バサラは片手の平を前に出すだけであった。喬介が勢い良く振り下ろした紫の大刃は、バサラの顔面に直撃したかと思うと、見えないなにかによって攻撃が弾かれてしまった。その時、バサラは眉ひとつピクリと動かし、目の前にいる喬介を睨む。
「なんだ? あいつ手を出しただけなのに、喬介さんの攻撃を受け止めたぞ!」
「おい、俺たちも!」
「うん!」
魔族復活などと言うバサラの愚行を阻止しようと、ひとり特攻を仕掛けた喬介に加勢しようと、陸徒と波美、アクシオの3名も動き出す。
これが本格的な戦闘開始の合図となり、ザルディスを筆頭に護衛騎士たちが、王を守るべく防御の布陣を展開させる。
「お兄ちゃん、ちょっとどいて!」
バサラの元へ駆け出した3人の内、瞬足のスピードで目標に先攻したのは波美だった。
彼女の掛け声に反応して、喬介は後方へ下がって間合いを取り直す。そのタイミングに合わせ、波美が速度を乗せた右正拳突きをバサラにお見舞いした。しかし喬介の時と同様に見えない壁に阻まれ、完全に防がれてしまった。
「ん?」
その時波美はなにかに気づくが、後方からすぐさま陸徒とアクシオの攻撃が繰り出されようとしていたため、一旦その場を離れて体勢を立て直した。
そして次の瞬間、陸徒とアクシオが両サイドから挟み込むように攻撃を仕掛けるが……同じくして見えない壁に阻まれてしまった。
「くそっ! なんだこいつ。周りにバリアを張っているみたいで全く攻撃が通じねぇ」
「やっぱりね。こうなったらちょっと、あれを試してみようかな」
歯を食い縛って舌を打つ陸徒に代わるように、波美がまた動き出す。一呼吸置いて勢い良くジャンプすると、近くの壁に着地しては、すぐさま再びジャンプをする。それは、箇所を飛び跳ねる度にスピードを増し、終いには波美の姿すら目で追えないほどになっていた。
「まだ名前決めてなかったけど——」
そして天井ギリギリの位置に、刹那彼女の姿が確認できたかと思うと、バサラ目掛けて見た事もない技を繰り出す。
「とりあえず、稲妻キィィィーック!!」
ネーミングセンスはさておき、真上から目にも止まらぬ速度で落下。そのままバサラへ蹴りを下すと、手前の見えないバリアに直撃する。そして徐々にバリアへ足を減り込ませ、激しい波紋が表面に広がる。そして途端にヒビが入り込んでバリアをガラスのように破壊したのだ。
砕けたバリアの破片が一枚、バサラの顔の横を通り過ぎると、頬に真っすぐな傷が走り、じわりと血が滴り落ちた。
「くっ……貴様っ!!」
バリアを破壊させたことか、顔に傷を付けられたことにかどうかはわからないが、銀髪の男は表情を少し歪ませ、怒りの感情を露わにする。そこへ、波美の攻撃の着地によって生じた隙を突き、そっと彼女の腹部に手を翳す。
その瞬間、激しく太鼓を叩いたような大きな音を立てて、波美は後方へ派手に吹き飛んでしまう。そして壁にぶち当たると、勢い良く全身を強打してその場に倒れ込んだ。打ちどころが悪かったのか、波美は瞳孔を開いたまま体をピクピクと震わせていた。
「波美っ!」
「波美さんっ!」
シェリルは急いで波美の元へ駆けつけ、法術の呪文を詠唱する。同時に杖を波美の身体に翳しながら、彼女の状態を確認する。
「ひどい……体中の骨が砕けています」
バサラの放った衝撃波を至近距離からまともに受けた上に、とてつもない勢いで壁に体を叩きつけられたことで致命的なダメージを負い、波美は戦闘不能となってしまった。
「うおぁぁぁぁぁっ!!」
そこへ突然喬介が叫び声を上げた刹那、バサラ目掛けて突っ込んで行く。咄嗟の攻撃にバサラは防御の体勢を取った。波美がバリアを破壊したおかげでバサラに攻撃が当てられる。それを証明するかの如く、上から振り下ろされた喬介の剣がバサラの腕を斬りつけた。しかし、バサラは何らかの術で肉体を強固にさせているのか、思いの他ダメージが薄かった。
構わず喬介は攻撃を止める事なく、次の手へ流れ出す。剣を振り下ろした動作から腰を捻って体を回転させ、そのまま横に薙ぐ。繋げて連携させるように、斬り上げ、振り下ろしの攻撃を繰り返し、何度もバサラを斬りつける。それは徐々にダメージを蓄積させていった。
波美がやられたことに激昂し、怒り任せにバサラを攻撃する。斯様にも感情的になり、キレた喬介を見るのは誰もが初めてであっただろう。
「流石にヴェロッサを倒しただけのことはある……」
バサラは喬介がエルグランドに現れた魔族を倒したことを知っていた。そのため、他の面々よりは彼の行動に気を配っていたようだが、予想を上回る喬介の力に少しばかりか驚きを見せているようだ。歯を食い縛り、やや顔を引きつらせている様子からそれが読み取れた。
とはいえ、バサラもやられっぱなしではなく、ここで反撃を繰り出してくる。
「だが甘いな。そろそろ鬱陶しいから消えろ!」
喬介が連続攻撃をしている最中、バサラは右手で彼の剣の刃を掴む。攻撃を止められ、そのまま押さえつけられてしまった喬介は、剣を離そうと力を入れるが、全く動かすことができない。
そしてバサラが空いている左手の人差し指を下から抄うように上げると、喬介の足元から突然光の柱が現れ上昇し、彼ごと上へ巻き上げる。
「なにっ! ぐあぁぁぁぁっ!!」
吹き飛ばされた喬介は、そのまま天井をも破壊して、塔の外へ放り出されてしまった。
「な、なんだとっ!」
「う、嘘だろ……喬介さんっ!!」
まさかの事態に一同に戦慄が走る。ここは上空数1000メートル以上もある塔の最上階。そのような場所から生身の人間が出され、落下ともなれば絶望は必至。
冷徹な銀髪の男の右手には、喬介の持っていた蛇剣ヴァイパーブレイドが刃の部分を掴まれたまま残っている。
男は穴の開いた天井を見て、口元だけで不気味にひと笑いすると、掴んでいた剣を床に放り投げる。
ガコンガコンと、重い金属が石の床の上を跳ねる音だけが、身の毛もよだつ冥府の鐘楼のように、フロア中に響き渡った。




