第48話「天高く聳え立つスカイラインへ 明かされる真実」
世を照らしてた日の光も落ち、黄昏時を迎えた頃合、医務室で寝ていた空也が目を覚ます。覚醒後も特に異常は見られず、開口一番に腹が減ったと呟いたそうだ。明日のスカイラインの同行も問題ないとのことで、彼の様子を見に行った陸徒は安心して胸を撫でおろした。
フレイバルディアに術を放って倒した時のことはほとんど覚えていないらしい。あの恐ろしい闇系最大魔術についても一切知らないと空也は言う。そもそも、闇属性の魔術はクレスタですら呪文を覚えていなかった。従って、彼から魔術を教わっていた空也も当然使えるわけがない。という話となると、原因は空也の持つ魔術書アリストによるものなのではと推測される。
以前風の谷にて、リアラの感情の高ぶりに反応し、彼女の魔術書ジオを介して風系最大魔術が発動された。それは、かつて魔術書の持ち主であった、リアラの母親の念が宿っていたためだという説が強い。つまり、空也もなんらかの理由で魔術書に込められた念を引き起こし、あの術を発動させたものと考えられる。とはいえ、元々あの魔術書アリストはクレスタが空也のためにと用意したものである。彼亡き今、その詳細を調べるのは少々困難であろう。
ミドラディアスを覆っていた宵闇も晴れ、朝陽が顔を覗かせる。再び朝を迎え、スカイラインへと出発する時間が迫って来た。
謁見の間へと集まった一行。玉座にはお決まりの如く王が鎮座する。その傍らには王子ザルディス。そして今回は、鈍色の甲冑を身に纏った騎士が数名立ち並んでいた。
「皆の者、おはよう。全員集まったようだな。では、これより我々は、ゲートクリスタルの修復と、陸徒たちを元の世界へ返すため、スカイラインへと赴く。城内からは私とザルディス、護衛騎士5名の計7名。陸徒達たち世界組は当然であるが、彼らと共に過ごしてきた、シェリル、アクシオ、アーシェラ女王も見送りがしたいだろう、共について参れ」
思いの他大所帯となったが、王自ら赴くのは当然と言えば当然。ゲートクリスタルの破壊は国として、もとい世界として重大な出来事だ。件の収拾に立ち会うことは必要。それに伴い、護衛が付くこととなれば、自ずと人員は増える。
準備が整った一行は、早速とゲートクリスタルのあるスカイラインへと出発する。王も同行するということもあり、城下町を出るまでの間、さしずめ凱旋パレードのように、民からの盛大なる歓声を浴び続けた。そもそもこの件に関しては秘密裏に行われるため、人々は王がなにをしに外へ出るのか事実を知り得ていないだろうが……。
アルファード城からスカイラインまでは距離にして約1日半程度だ。従って中継とされる野営地が設置されており、一行はそこで1泊済ませた後、翌朝スカイラインへと再出発する。
更に北へ歩みを進めること3時間程。その方角には薄らではあるが、既にスカイラインと思しき巨大な塔を目視することができる。前進するにつれて、その姿が徐々に明瞭化され、こちら側へ迫りくるかのように大きく見えてくる。
目と鼻の先の距離となると、視界のほとんどが塔の姿に制圧され、それは言葉を失うほどの景観だった。
「うっわーすっげぇな」
「どれくらいの高さなのかしら……。天辺が雲に隠れて見えないわ」
「これがスカイラインかぁ。すっごい高いね」
スカイラインを始めて見る陸徒たちは、目を丸くしたまま口を大きく開いて上空を眺める。この塔は完全なる石造りで、この世界が誕生した時から存在していたと伝えられるほどに、大昔から建立されているようだ。
外観は雨染みや苔だらけだった。波美の発言のように、天辺は雲に隠れていて視認できない。正面入口には随所に錆が目立つ鋼鉄製の大きな扉があった。
厳重に施錠されている扉の鍵をザルディスが鍵で開錠すると、扉はゆっくりと鉄の軋む音を立てながら動き出す。先に護衛の騎士が中へ入り、続いてザルディスが内部を見て安全を確認する。上層階まで見渡す限りでは、モンスターの気配は一切感じられない。
周辺に階段は見当たらず、この超高層タワーをどのようにして昇るのかと考えていた矢先、陸徒は入口フロア中央に置かれた大きな石台を発見する。
直径5メートルはある円盤型の石台で、縁には人の腰の高さほどある囲いが一周して据付られていた。中心には円柱の突起があり、先端に銀色に輝く石が填め込まれているのがわかる。
「全員でこの石台に乗るのだ」
王に促され、囲いの狭い入口からひとりずつ順番に乗り出す。計14名いるが、全員が乗ってもスペースは十分に余るほどの大きな石台。とはいえ、なにかに吊るされているわけでもなく、ただそれが置かれているのみ。
一体ここからどうなるものかと、陸徒を始め、なにも知らない面々が疑問符を浮かべていると、王が中央にある銀色の石にそっと手を当てる。すると突然石台がゆっくりと宙に浮き、少しずつ上昇し始めた。
「え、なに? 石台が宙に浮いたわ」
「このまま上へ昇っているようだが、俺たちの世界で言うエレベーターってやつか」
「これは、浮遊鉱石オリハルコンの力で上昇する装置だ。王の手に触れられた銀色に輝く石が、そのオリハルコンの原石だ」
波美、陸徒のリアクションに、ザルディスが説明を施す。オリハルコンと呼ばれる石は、直径10センチほどのソフトボールのような大きさなのだが、これだけの巨大な石台と人間十数名を上昇させられる力がある。
王子の話を聞いて本人もふと気がついたようであるが、陸徒の履いている靴にもその石が微量ながら使われている。おかげで比較的重厚なブーツであるにも係わらず、履いているのを忘れてしまうほどに軽い。
「ねぇどうして王様が触ったら動き出したの?」
「この原石には、人の手に触れることで地上階から最上階まで自動で行き来するよう記憶されている。最上階に着いても、再度触れない限りその場に留まり続けるのだ」
「へぇ。下に降りるまで待っててくれるんだ、偉いね」
空也が素朴な疑問を投げかけるも、ザルディスは子供の相手をするかのように笑顔を作って優しく答えた。
さながら石台の周りにしっかりと囲いがあっても、斯様にも剥き出し感のある状態で上昇するエレベーターというのも怖いものだ。ましてや陸徒たちの世界にあるそれとは違い、ワイヤーに吊られているわけでもなく、非科学的な力によって動いている。
魔術やらと、彼らの常識からかけ離れた不可思議な現象が多いこの世界にも随分と慣れたものであろうが、妙な不安感は中々拭えないだろう。既に相当高い位置まで昇っているようで、とてもではないが下を覗く気にはなれない。
2、3分ほど乗り続けていただろうか、石台のエレベーターがようやく最上階に到達する。陸徒は少々息苦しく感じた。高所による低酸素状態だろう。
石台を降りて足を踏み入れると、10メートル程度はある高い壁に囲まれ、しっかりと天井も施工されているのが見えた。壁には一定寸法の間隔で人間2人分の顔を出せる四角い穴が開いている。
そこから外を眺めると、澄み渡る蒼穹に微かな紫色を混ぜた空模様で、自分たちよりも低い位置に真っ白な雲のカーペットが敷き詰められていた。未だかつてないほどの高い所に、自分たちが生身でいることを実感させられる風景だ。
フロアの中央を見ると、そこには派手に砕かれた水色に輝く巨大な水晶があった。陸徒はそそくさと水晶の前へ行き、その形状から記憶を辿るように確認した。
「これがゲートクリスタルか。砕けていてちょいとわかりにくいが、確かに俺たちの世界にあったのと同じもののようだ」
「うむ。以前、世界平和協会のデオルと名乗る者から聞いた話では、東西南北にプリウスの魔石を配置すれば、ゲートクリスタルの修復が可能だということだな」
王がデオルとの会話を思い出しながら、ゲートクリスタルへと近付き、聖なる櫃からプリウスの魔石を取り出そうとする。
するとその時、フロア中に別の声が響いた。
「待ちなさい!」
その声はアーシェラであった。突然の出来事に王は動きを止め、他の面々も含め一斉に彼女の方へ視線を移す。
「アーシェラ女王、一体どうしたのだ?」
王が口を開いて問い掛けると、赤髪の高貴なる女王はしばし間を置いてから話し出す。
「……ゲートクリスタルの周りにプリウスの魔石を配置してはいけないわ」
「なぜだ? プリウスの魔石を使うことでゲートクリスタルを修復させ、陸徒たちを元の世界へ帰すことができるのだぞ?」
「修復……確かに”そこまで”は当たっている。だけど修復させたところで、異世界の者たちが元の世界へ帰ることなど叶わない」
「ちょっと待てよ! アーシェラ女王、それってどういう意味だ?」
誰もが予想だにしていなかったアーシェラからの突然の告白に、喬介を除く全員が驚愕して大きく困惑を見せる。
「理由を説明する前に、まずは事の経緯から話そうかしら」
そんな周囲の状況を余所目に、アーシェラは至極落ち着いた表情で淡々と言葉を並べていく。
時は遡ることおよそ1ヵ月前。陸徒たちがここミドラディアスへやって来た同日、エルグランド城の付近である事件が起きた。事件と言えどもアルファード王たちはその情報を一切知り得ていなかった。なぜならば、これは他国はおろかエルグランド国内でも、直接事件に関わった者以外知られていないからだ。これがもし公になれば、世界は大混乱になるとアーシェラは示唆する。
そして暫時アーシェラは言葉を止めてから、神妙な顔でこう言い放ち、一同に戦慄を走らせることとなる。
「…………魔族の出現」
「魔族だとっ!? そんな馬鹿な。魔族は2000年前の戦争で、救世主レクサスの手によって封印され、滅んだはずだ!」
真っ先に反論の意を唱えてきたのはアルファード王であった。王だけでなく、少なくともミドラディアスの住人は同様の意を示す顔をしていた。
「私も始めは疑ったわ。しかしあれは間違いなく魔族だったと断定できる」
アーシェラは言葉の後から、エルグランドに現れた者が魔族である信憑性を強める情報を次々と挙げていった。
まず1つは、無詠唱魔術。魔術は本来呪文を詠唱することで、異次元に存在する精霊や魔獣と力の借用契約を結び発動させるもの。これは魔術を使用できない者であっても最低限理解されている知識だ。魔族はその呪文の詠唱を必要とせず、かつ誰の力も借りずに直接術の現象を発動させることができるというのだ。
2つ目は、伝承に残されている魔族の禍々しい姿。姿形こそ人と同じくした頭身であるが、2メートルをゆうに超える長身に加え、頭部に大きなふたつの角が生えている。背からは蝙蝠に似た翼を有し、皮膚は黒く、鮮血のような真紅の瞳、足よりも長き棘の生えた尻尾。それらが全て当てはまっていた。
そして3つ目は、幻術。これは魔族の特徴の中で最も象徴とされるもの。その名の通り幻の術。対象の意識に入り込み、精神異常を起こして幻を見せる。それに掛けられた者は、魔族の実体を捉えることは叶わず、一切攻撃を仕掛けるのは不可能とされる恐ろしい術だ。無論人間はこの幻術を使用できない。
これらの話を聞いた面々は、まるで悪夢を見ているかのような表情をしていた。続けてアーシェラは、エルグランドに魔族が現れてから、これまでに至る経緯を話し始めた。
「発見当時はまだ魔族である確信はなかったにしても、世を脅かす危険な存在であったのは確か。我々エルグランドの騎士や宮廷魔術士数名を即座に討伐に向かわせ、私も現場へと赴いた。しかし現れた相手は1体だけであったにも拘らず、奴の圧倒的な強さに歯も立たず、現場にいたエルグランド誇る魔騎士隊はほぼ全滅……」
「なんだと! あの魔騎士隊が……?」
魔騎士隊がどの程度の強さであるのか、それを知るザルディスは目を見開いて驚愕する。
魔騎士隊についての詳細は後に語られるだろうが、エルグランド王国は魔術発祥国にして世界で最も魔術の発展している国。それがなにを意味するのか自ずと想像できるであろう。
「我が隊がやられ、私も殺されかけたその時、突如ひとりの男が光と共にその場に現れたのよ」
「…………」
言葉を続けるアーシェラに、目を伏せて静聴していた喬介がやや顔を起こして反応する。それに気づいていた波美が口を開けた。
「もしかしてそれって……お兄ちゃん?」
「そう。現れたのはそこにいる異世界の人間、喬介。彼は咄嗟の状況にも拘らず、微塵も戸惑うことなく瞬時に判断し、魔騎士隊長が持っていた、蛇剣ヴァイパーブレイドを手にして魔族と応戦したのよ。結果は……まぁ、私と彼が生きてこの場にいる時点で言うまでもない話ね」
己の話を語られながらも、アーシェラの話に割って入ることもなく、喬介は壁に背を向けて寄りかかり再び目を伏せて黙ったままだ。
「喬介の力で倒された魔族は死に際にこう言ったわ。我が死んでも、我々魔族を崇拝する者の手によってプリウスの魔石が集められ、クリスタルより復活を遂げるであろう……と」
「それって、つまり……?」
「そう。プリウスの魔石でゲートクリスタルを修復させることで、2000年前の戦争で封印された魔族が蘇るということよ」
一同に再び戦慄が走る。それと同時に、お互いの認識の相違から反論の声が沸き上がった。その面々は当然ながら、プリウスの魔石を集める旅に出ていた陸徒たちだ。中でもシェリルが声を強めて口語してきた。
「でもそれでは辻褄が合いません。現にわたくしたちがプリウスの魔石を集めたのも、父であるアルファード王からの勅命でしたから」
と言いながらも、シェリルの表情は困惑の意で一杯であった。
アーシェラの話を疑っているわけでもないようだが、王の話も嘘偽りではないと信じている。なによりも、もしアーシェラの話が本当であれば、プリウスの魔石を手に入れるために命を賭して戦ったクレスタが犬死にとなってしまう。
「待てよ。なんかおかしくないか?」
そこへ陸徒が、ふとあることに気づいたように、頭に浮かんだ疑問を口にする。
「おかしいってなにが?」
波美がオウム返しに聞いてきた。
「いや、これは俺の推察なんだけどな。プリウスの魔石についての情報提供をしてきた、デオルって男、世界平和協会の人間って肩書きだけで、他の素性が知られていない。もしそいつが魔族を崇拝する者だったとしたら……」
「プリウスの魔石をあたしたちに集めさせるために、アルファード城に来たってこと?」
「あぁ。王様、そのデオルって男について外見的な特徴はなにかありませんでしたか?」
波美への返答をしながら、陸徒は自分の推察の結論を導き出す為、王から情報を聞き出す。
そしてその後王の口から出た回答に、魔石捜索のメンバーが一同にして驚愕を示す。
「確か、灰色の髪で、頬に刃の切り傷があったな」
それを聞いた面々は、ある人物を浮き上がらせる。魔信教団のリーダー、ノア・ウィブリゾだ。
「あいつ……! 陸徒たちがアルファードから来た者だってのを知ってて、名前を変えてきやがったのか!?」
「それはどうかわからんが、いずれにせよこれで、どちらの話が真実であるか、判断するには十分な材料ってことだな」
「まさか……。私は騙されていたというのか……」
王はこれが自らの失態だと受け、愕然として肩を落とす。その様子を見ながら、シェリルは王を庇う気持ちと、クレスタの死に対して、悲哀と嘆きの涙を零した。
だが実際のところは、真実を知り得なければ、デオルが王へ伝えた話は真っ当な内容である。ゲートクリスタルの修復方法について模索していた所にそのような話を持ち掛けられては、信じたくもなるであろう。
しかしその傍ら、プリウスの魔石の真実を知っていたアーシェラと喬介は、魔族復活を阻止するために、異なる目的で集める陸徒たちを執拗に追っていたと言うわけだ。
「まぁ結果はどうであれ、今ここでそれを知ることができて良かった。危うく魔族を復活させるところだったんだ」
取り返しのつかないことをしでかそうとしていた話に、やや肝を冷やしながらも、安堵の息を漏らしながら語る陸徒。そこへ、突如としてどこからか声が聞こえてくる。
「魔族復活の阻止……残念ながらそれは不可能だ」
その声は、このスカイライン最上階のフロア全体に響き渡った。声の正体を見付けだそうと、全員が辺りを見回す。
「誰だっ!?」
陸徒の言葉に答えるかのように、砕けたゲートクリスタルの前に人の形をした黒い影が現れ、次第にその姿を見せる。
全身に纏う漆黒のマント、蒼白の肌に銀色の長髪。陸徒たちはその者を知っていた……。
「てめぇはっ!」
「あ、あの時の……!」
「あいつ……」
一斉に反応を示した対象の人物は、以前エルグランドからエリシオンへ向かう船で遭遇した、あの謎の男であった。




