第47話「帰還 アルファード城」
アルファードに到着し、城門を潜って城下町へと入った。町の人々が陸徒たちの帰着を安堵と喜びの表情で迎えてくれた。とは言っても、概ねシェリルを見ての反応のようではあるが……。
帰りを喜び歓迎する民に対して、小さく手を振りながら笑顔で答えるシェリル。その様子を見る陸徒には、笑顔の裏にある悲しみが取って伺えた。それもそのはず、ひとり足りないからだ。
陸徒は、この状況は今のシェリルには辛いだろうと察し、足早に誘うようにして城の方向へ促す。
城内へ入り、謁見の間へと向かう。プリウスの魔石を4つ集めるという任を終え、帰還したことに本来なら喜ぶべきはずなのに、一行は複雑な心境を隠せない面持ちで王と対面する運びとなる。
玉座には王と王妃が鎮座しており、その傍らにはザルディスもいた。
「おぉっ! 皆の者、よくぞ戻って来た。……ん? クレスタの姿が見えないが、どうしたのだ?」
案の定開口一番に王が聞いてきたのはこれであった。シェリルは忍びなさそうに言葉を詰まらせるが、先ほどの辛い自分を助けようと、手を差し伸べてくれた陸徒の気持ちに気づいていた。だから今回は自らの口で答えるべく、神妙な顔で頭を下げた。
「……クレスタは、4つ目のプリウスの魔石を守る守護獣との戦いに敗れ、命を落としました」
「な、なんだとっ! それは真か!? あの……クレスタが、なんということだ……」
クレスタの訃報を聞いた王は、上半身を前のめりにして、飛び出すほどに目を見開いたまま、玉座の肘掛けに据えた両手を震わせる。隣にいる王妃も手で口を押え驚愕していた。
「しかし、あのクレスタでも勝てぬほどに強敵だったのだろう。他の者が無事でなによりだ。ところで、そこにいるのはもしや、アーシェラ女王では?」
「お久しぶりね、レオニス王」
王がアーシェラの存在に気づき、声を掛けるが、彼女は意外にも淡白な態度で返事をする。
「なぜ、そなたがここに?」
「なんて言えば良いのかしら。異世界から来たそこの波美という娘の兄が私の元にいてね、元の世界に帰るには全員揃わなくてはならないのでしょ? だから連れて来たの」
無論これはアーシェラの本音ではない。それは陸徒も良くわかっていた。真の目的はここでは明かさず、適当な理由で誤魔化すが、当然事情を知らないアルファード王はその言葉を鵜呑みにする。
「王様、これを……」
頃合いを見て陸徒は、大地の巫女から譲り受けた聖なる櫃に入った、4つのプリウスの魔石を王の前に差し出す。
櫃の中では、青く輝く水の石、翠色の煌めきを放つ風の石、黄土色に照り返す地の石、赤色に瞬く火の石が、それぞれの属性色となる燐光を発していた。
「おぉ、これがプリウスの魔石!」
王は櫃を陸徒から受け取ると、中にある魔石を一つ一つ手に取っては、虚空に翳して覗き込むように見定めた。
しかし魔石には、その内に秘められた魔力に惹かれ、邪悪な気が吸い寄せられて来る。従って、使用時までは不用意に外へ出さず、櫃の中に閉まっておく必要がある。陸徒はその旨を王へ告げると、王は半ば驚くように反応し、そっと石を櫃の中へしまい込んだ。
「では早速これから、ゲートクリスタル修復に向けての準備に取り掛かろう。クリスタルのあるスカイラインへは明朝出発する。各自支度を済ませてから7時に集まってくれたまえ。各々今回はゆっくり旅の疲れを癒すが良い」
王の指示により、こうして一先ずこの場は解散され、明日の出発まで各人別行動となった。
「うわぁ久しぶりに戻ったなぁ」
陸徒は、旅立つ前に自室として使わせてもらっていた部屋へ戻り、扉を開けての一言を放つ。約1ヵ月にも及ぶ期間が経過したとは言え、非常に懐かしさを感じた。
中へ入り、神剣ラディアセイバーを壁に掛けてそのままベランダへと出る。現在の時刻は14時。まだ上空からの陽光が激しく降り注いでいる。
城の上階である部屋のベランダから見下ろす城下町の風景はとても綺麗であった。町の殆どの建物が白灰色の壁で統一され、格子状に敷かれた路地は、茶褐色のレンガが使用されており、適度な幅員が確保されていてバランス良く仕上がっている。商店街からは活気ある声が渡り、住宅街からは子供たちの元気な声が聞こえてくる。至る所で生活感のある音で溢れ、賑やかさを感じさせた。
空也のことについてであるが、王との謁見が終了した直後に意識が戻り、心身共に異常は特に見られなかった。とはいえ、今夜一晩は安静にすべきとのことで、今は城の医務室で静養している。いずれにせよ、兄の陸徒としては弟が無事でなによりだろう。
しばらくして陸徒の部屋の扉をノックする音が聞こえた。
誰だと思い、返事をしながら戸を開けると、目の前にいたのはシェリルであった。
「失礼します。陸徒さん、少しご一緒しても宜しいでしょうか?」
「あぁ構わねぇよ。今ちょうど外の空気を吸ってのんびりしていたところなんだ」
陸徒はそのままシェリルと一緒に部屋のベランダへ出て、外を眺める。
そよぐ風が部屋へ入ってくるのと同時に、シェリルの煌びやかなブロンドヘアーがひらりと靡く。髪の1本1本の動きが見て取れるほどの柔らかさに、陸徒は一瞬目を奪われてしまう。それだけ彼女の美しさが際立っていた。
それに見とれている間もなく、シェリルの方から声を掛けてくる。
「……あの、もうすぐ、元の世界へ帰れる日が来ますね」
いつも通り、シェリルは屈託のない笑顔を見せてきた。しかし今はどことなくその笑顔の裏に、寂しさを匂わせるような曇りが伺えるのは気のせいだろうか。
「そうだな。もうすぐだ」
当の陸徒はそれに全く気がついていないようであるが。そのためか、なんの気にも掛けず淡白に答える。
それからしばし間が開いてから、おぼろげながらにも物寂しさを漂わせ、先ほどの明るい表情とは変わり、シェリルが声のトーンを下げて話してきた。
「……もう2度と、お会いすることはできなくなってしまうのですね」
彼女の気持ちまで察することは叶わずとも、その言葉から伺える心情を受け、陸徒は前向きな答えを返す。
「まぁそうだな。でも俺、この世界のことやシェリルのことは、絶対に忘れねぇよ!」
「わたくしも、陸徒さんたちと出会えたことは、一生忘れません!」
そう言って、シェリルは再び笑顔を見せる。その後、お互い黙ったまま度々時が流れる。
「……あの、陸徒さん」
そこへ突然改まったように、やや声を強めてシェリルが口火を切ってきた。
「ん、なんだ?」
「えっと、その……わたくし……」
様子が変だと不思議に思ったのか、陸徒はシェリルの顔を覗き込むようにして振り向くと、彼女はまごまごしながら俯き加減で、顔を赤く染めた。
「どうした? 風邪でもひいたのか? 少し顔が赤いぞ」
陸徒はシェリルの顔色の変化に、調子が悪いのかと勘違いをし、彼女の額に手を当てると、その瞬間——。
「!! だ、大丈夫ですっ、なんでもありません! ……あの、明日も早いですから、今日はゆっくり、お休みになられて下さいね!」
シェリルは突然取り乱したかのように、やや早口で声をあげると、慌てながら足早に部屋を去って行った。その様子にただ陸徒は状況が読めず、ひとり呆然と立ち竦んでいた。
一方波美は、久々の再会だというのに今までまともに会話を交わせていなかった兄、喬介の行方を捜していた。
だが城内のどこかにいるということと、彼の行くような場所は大方予想できていた。さすがに妹と言うべきか、さほど時間を費やさずして、兄の居場所を突き止める。
「やっぱりここに居たのね!」
喬介は、始めに陸徒たちが訪れたことのある、王宮歴史館にいた。やはりマッドサイエンティスト喬介と呼ばれるだけあって、この世界の歴史や文化に興味があるようで、真剣な眼差しで展示されている資料などを眺めていた。
「あぁ波美か、どうした?」
「どうした? じゃないわよ! 嶺王火山で再会してから一緒にいたにも拘らず、まともにお話できてなかったじゃない」
「そうだったな。すまない」
感情豊かな波美に対し、淡白な受け答えをする喬介。普段からふたりの会話はこのような雰囲気とやり取りがデフォルトであるが、取り分け喬介は心ここにあらずといった様子で、ずっとなにかを気に掛けているように見えた。
それを感じ取ったのか、波美も神妙な顔つきへと移し、疑問に思っていたことを聞き出そうとする。
「まぁでも、本当にお兄ちゃんが無事でいてくれて良かったわ」
「お前も無事でいてくれてなによりだ。最も、陸徒たちと一緒にいると思っていたから、ある程度安心はしていた」
「お兄ちゃん、風の谷でのことなんだけどさ、あの時どうしてりっくんを傷つけてまでプリウスの魔石を欲しがっていたわけ?」
「…………」
だが喬介は波美の言葉に耳を傾けつつも、顔は向けることなく、ただ壁を見つめて黙っていた。
「なにを黙っているの? 答えてよ!」
たまらず波美は表情にやや力を込めて追及する。長身のマッドサイエンティストは、姿勢を変えずに口だけを動かして答えた。
「別に陸徒たちを傷つけるつもりはなかった。ただプリウスの魔石を渡してほしかった。それだけだ」
「ねぇどうしてそんなにもプリウスの魔石が欲しいの? あたしたちと同じ目的なんじゃないの?」
「…………」
「教えてよお兄ちゃん!」
思い通りに事が進まず、喬介が詳細を話さない状況に徐々に苛立ち始め、波美は顔を引きつらせて、両手の拳に力を入れて強く握り締める。
「今、話すことではない」
「……妹のあたしにも、話せないの?」
「…………」
「もういい! お兄ちゃんなんて知らないっ!!」
波美はあまりのじれったさに痺れを切らせ、片足の踵で床を蹴って怒りをぶつけると、この歴史館内に響き渡るほどのトーンで声を荒げ、そそくさとその場を去って行ってしまった。
にも拘らず、喬介は特になんの反応も示すことはなく、ただ壁を見つめ、佇んだままであった。




