第46話「それぞれの想いを抱いて」
様子がおかしくなった空也の手から放たれた、闇系最大魔術。それによって作り出された巨大な黒い球体に、フレイバルディアが飲み込まれてしまう。
球体はしばし沈黙を保つと、突然動き出しては徐々に消え、内部を露出させる。そして全員の視界に入ったものは、見るも無残に変わり果てたフレイバルディアの姿だった。
「な、なんだこれは……」
「一体中でなにが起きたらこんなことになるんだよ……」
「……うっ」
あまりにも凄惨な光景に驚愕する一行。
波美は思わず込み上げてくる吐き気を押さえようと、口元を強く手で塞ぐ。シェリルも見るに堪えかねてか、顔を俯かせて目を伏せた。
フレイバルディアの体の至る所に、爪で引き裂かれたような傷があり、腹部から臓器が引きずりだされたように散乱していた。四本の足は全て不自然な方向に曲がり、首は逆方向に捻られた状態で、目を見開いたまま舌を出して絶命していたのだ。
アーシェラは、この術を食らった者は、自分自身を死ぬまで傷つけると言っていたが、このような状態にまでなるものだろうか。異常なまでの死に方を見ては、誰もそうと考えにくい。とはいえ解明できる者はひとりとて居ないであろう。
さすがの陸徒もこの光景をずっと見ていられるほどの図太い神経は持ち合わせていない。このまま直視していては頭がおかしくなりそうだと、目を地に背けようとしたその時、ふとなにやら光るモノが、フレイバルディアの口元から零れ出てきた。それは地面へと落ちて転がり、陸徒の足元に当たって止まる。彼はそれを手に取って拾い上げ、虚空に翳して覗き込んだ。
それは青い空とは対照的に、燃える炎のように真紅に輝く石だった。
「そいつはプリウスの魔石! 陸徒、俺によこすんだ!」
突然喬介が声を上げ、陸徒のいる方向へ駆け寄ってはプリウスの魔石を奪おうと動くが、それを制止させる一声が放たれる。
「止めなさい喬介! 彼らに持たせて構わない」
「アーシェラ? しかし——」
「陸徒……と、言ったな? 聞きたいことがある」
喬介は、アーシェラからの意外な反応に戸惑いを見せながらも、言葉を返そうとするが、アーシェラはそれを無視するかのように陸徒へ話を振る。
陸徒は一瞬怪訝な表情を作り、アーシェラの意図を詮索しようと逡巡するが、なにか思うものがあったのか、精悍な顔つきへと変え、アーシェラへ自分達がプリウスの魔石を集める理由と、いつどこで、どのようにしてその情報を得たのか詳細に話した。
「やはりそういう事か……」
アーシェラは、予想通り半々といったような反応を見せ、なにかを考察する表情を作る。
陸徒たちの経緯は既知の通り、ゲートクリスタルが砕け、その修復方法を王が模索していたところ、世界平和協会を名乗る者が城を訪れ、プリウスの魔石を4つ集めればゲートクリスタルを元に戻すことができるという、ひとつの可能性を示唆してきたという内容だ。
他にも、プリウスの魔石には強力な魔力が秘められており、魔術の研究に世界中の魔術士が欲しているという点もある。以前も話したように、アーシェラ側はそれが理由なのではと思い、陸徒が疑問を投げかけてみる。
「あんたらがプリウスの魔石を集める理由が俺たちと違うってことは、やはり魔石を魔術の研究材料にするつもりで……?」
「魔術の研究如きでプリウスの魔石を集めたりなどしない。兎に角、これからアルファードへ戻るというのであれば、私たちも同行させてもらおうかしら」
「おいアーシェラ、どういうつもりだ!?」
「……確かめてみたくなった」
陸徒たちの予想に反するアーシェラの答えに、一同が困惑を見せる。
それもそのはず。アーシェラ側がプリウスの魔石を集める理由は、彼らの知っているどちらにも該当しなかったからだ。更には陸徒たちと同行するなどと言う。
そしてその言葉にすぐさま反論したのは喬介だったが、含みのあるような彼女の回答に、なにか意図を感じ取ったのか、半信半疑に近い怪訝な表情のまま、以後沈黙に徹してしまった。
「おい、なんの話だ?」
「気にしなくていいわ。こちらの話よ」
問い詰めたところで今は話してもらえないことはわかっていたが、話の流れで陸徒は言葉を発する。しかし案の定キッパリとはぐらかされてしまった。
魔術の研究ではないと言うならば、理由は一体なんなのだろうか。思い返してみれば、風の谷でふたりと遭遇した時、喬介が意味深なことを発言していた。とはいえ、ここであれこれ詮索したところで本人の口から聞き出せないのであれば徒労に終わるだけだ。
いずれにせよ、集めた4つのプリウスの魔石をアルファード城へ持ち帰れば全てわかるはずだ。
陸徒とアーシェラが会話をしていた中、シェリルはひとりクレスタの亡骸の前で座り込み、一切言葉を発せず、俯いたままだった。
それぞれの場所にいた面々が集まる。実質フレイバルディアを倒した空也は、気を失って倒れたままであったため、付近にいた陸徒が抱えてくる。代わりにアクシオが陸徒の剣を持ち、波美が空也の魔術書を持った。
「シェリル……大丈夫?」
始めに波美が声を掛ける。しかしシェリルは返事をせず黙ったままだった。
「シェリル、こういう時俺、なんて言ったらいいかわからないけど、爺さんのことは本当に残念だった……」
続いてアクシオも、自分なりの精一杯の気遣いの言葉を掛ける。
そしてアーシェラは顔を背けたまま、なにも言わずに下を向く。かつての師を目の前で失ったショックはさすがに隠せず、先ほどまで何気なく会話をしていたのが嘘のように表情が曇っていた。
しばらくしてシェリルが口を開いた。
「クレスタは、わたくしのことを立派な法術士と言ってくださいました。けれど、決してそんなことはありません」
話す内に徐々に涙を浮かべ、それが大粒となって零れ落ちる。普段落ち着きのある彼女らしからぬ、子供のように泣きじゃくりながら言葉を続ける。
「大切な人の命を救うことすらできない法術士なんて……。わたくしは、わたくしはっ——」
シェリルが言い切る前に、パシっと乾いた音が全員の耳に入ってきた。クレスタの死を悲しみ、そして後悔し、泣きじゃくって自分を卑下するシェリルの頬を叩いたのはアーシェラだった。痛む頬を押さえ、シェリルは驚きながら涙で潤ませた目でアーシェラを見返す。
「貴女、いい加減にしなさい!」
骨の折れた片足を引きずりながらも、アーシェラはシェリルへ近付いて、彼女を思い切り叱咤したのだ。
「自信をなくさせるためにクレスタは死んだの? シェリル王女、貴女がそんなことでどうする! しっかりと自分に自信を持ちなさい。クレスタの言っていた通り、貴女は立派な法術士よ。貴女のせいなどではない……」
アーシェラの強く心に響かせる言葉に、シェリルは両手で自分の顔を覆い、大声を出して更に涙する。
(クレスタが死んだのは私のせい。あの時私が油断して怪我さえしなければ……)
赤髪の高貴なる女王は、瞳に滲む涙を隠すように後ろを向き、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
散々泣いたシェリルは、やがて精悍な顔つきへと変わり、アーシェラへ陳謝する。
「アーシェラ女王、申し訳ございませんでした。わたくしはまだまだ未熟です。ですが、もっとしっかりしなくては、クレスタに御顔向けできませんね」
「ふふっ。そう、貴女はアルファード王女なのだから。……痛っ」
―其は傷を癒すそよ風の調べ―
「治癒!」
シェリルの言葉と態度に小さな笑みを返したアーシェラだが、足の骨折の痛みは隠せず、時折として走る強い苦痛にやや顔を歪ませていると、シェリルはすぐさま法術を唱えた。
呪文を完成させ、杖の先端をそっとアーシェラの足へ近づけると、昼白色の優しい光がそれを包み込む。すると忽ちに外傷が消えて元に戻り、折れた足の骨も完全に回復した。
「流石ね、シェリル王女。礼を言うわ」
「い、いえ……」
アーシェラに感謝され、シェリルは照れを見せて少々顔を赤く染めた。
そこへ頃合いを見て、陸徒が次なる行動に対しての発言をする。
「それじゃ一先ずこれからアルファード城へ向かうか」
「ちょっと待って、りっくん!」
「ん、どうした波美?」
「いや、だから……ギルドの件はどうするのよ?」
「あ、忘れてた……」
先を急く陸徒に波美が釘を刺す。
様々なことが起こり過ぎて忘れがちになっていたが、ここ嶺王火山へ辿り着き、火の守護獣フレイバルディアを発見できたのは、元々は魔信教団からの依頼をギルドで請けたからだ。
当然依頼内容であるプリウスの魔石の入手と献上は守らなければならない。しかし、そうしてしまっては元も子もなくなる。
「ギルド?」
その様子を見て、アーシェラが後頭部を搔いて悩む陸徒へ声を掛けてくる。陸徒はこれまでの経緯をわかりやすく簡潔に説明した。
アーシェラは話の内容に小さく納得すると、それについての対応案を示してきた。
エルグランドの女王として、ギルドとの繋がりは強く、他国と言えどエリシオンのギルドとも関わりはあるため、根回しをすればある程度の融通は可能とのこと。
ただし、魔信教団に関してはアーシェラも詳細は知り得ていない。ギルドと連携して時間稼ぎをしたとしても、プリウスの魔石を持ち出して自由に動き回れるのも、せいぜい7日程度だそうだ。
とはいえ、アルファードへ戻ってゲートクリスタル修復の事実確認をするまでには、十分日数はあると考えられる。
一通り目的の設定が済んだ頃合い、突然シェリルが動き出したかと思うと、彼女は眠るクレスタの前でひざまづいた。そして最後の別れの言葉をひとつ告げると、杖を構えて呪文を詠唱し始める。
「クレスタ、貴方から教えて頂いたこと、貴方と共に過ごしたかけがえのない日々は、わたくしの心の中で生き続けます。ですから、天国から見守っていて下さいね」
シェリルの祈りに反応して、杖から蒼白色の聖なる光が溢れ出し、クレスタの体をそっと包み込んでゆっくりと宙へ上昇させて行く。
暖かな福音と共に、彼は光の彼方へと消えて行った。
こうして、嶺王火山を後にした一行は、アルファード城へ戻るべく北東の方角へと進む。
エルグランドからエリシオンへ来た際は、船着場であるフリードの町を利用したが、そこへ戻っていては余計な時間を要する為、北東にあるもうひとつの船着場、ノートの町へ向かい、そこから船に揺られる事3時間。
相変わらず船酔いで苦しむ波美は、シェリルに法術をかけてもらってから、気を紛らわすためにひたすら仮眠をとっている。
未だに目が覚めない空也は、船に乗るまでは陸徒、アクシオ、喬介の3人が交代で負ぶってきた。現在は波美と同様船室のベッドで休んでいる。シェリルの診断では、身体に別状はないとのことだ。とにかく、今は意識の回復を待つしかないだろう。
船が到着したのはアルファードの西にあるデミオという小さな港町。そこから1日ほど歩き、計4日間掛けてようやくアルファード城へ辿り着くことができた。
これから、集めたプリウスの魔石によってゲートクリスタルを修復し、陸徒たちが元の世界へ帰る運びとなる。異世界での不思議な体験をした彼らの冒険も、遂に終わりを迎えることだろう。




