第45話「戦いの果てに 空也怒りと悲しみの叫び」
「おいおい、犬さんが復活しちまったぞ!」
「あれほどの氷の術を受けておきながら……」
「何て生命力だ……。これもプリウスの魔石に集まる邪悪な気の力なのか?」
アクシオ、クレスタ、陸徒がフレイバルディアの異常なまでの生命力に驚愕する。アーシェラも予想外であったか、氷の術の連続攻撃に耐えたフレイバルディアを見て、下唇を噛みながら額から冷や汗を垂らす。
「な、ならば完全に息の根を止めるまで氷漬けにしてあげるわ!!」
うろたえを見せまいと、アーシェラはすかさず魔術書を開き、今一度氷の術を放とうと呪文の詠唱を開始した。しかしその瞬間、大きな音と共にアーシェラの立っていた岩が爆発を起こす。
「あぁぁっ!!」
爆発によって岩が破壊されると同時に、足元が崩れ落ちたことでアーシェラが悲鳴をあげながら落下していく。無論爆発の原因はフレイバルディアによるもの。強力な術を使うアーシェラを危険因子と判断し、完全な標的として攻撃を開始したようだ。
まともな着地体勢も取れないまま、落ちた衝撃で足の骨を折ってしまったアーシェラ。すぐに立ち上がることができず、体を引きずったまま身動きが取れない状態となってしまった。
その隙を狙ってか、フレイバルディアは口から煮えたぎらせたマグマを炎に変え、前方へ放出する。シェリルの法術バリアを破壊したあの炎のビームだ。ターゲットはアーシェラ。法術が使えない彼女がまともに受けては一溜まりもない。
「まずい、あれは……!!」
周囲が慌てふためくが、時既に遅し。今のアーシェラに炎のビームを回避するすべなどなかった。
「……っく」
女王が死を覚悟し、万事休すと目を閉じたその時、なにかが起きる。
「!!」
状況を確認しようと、アーシェラがゆっくりと目を開くと、その先には灼熱の炎を防ぐクレスタの姿があった。
更にはクレスタは法術を使用しておらず、杖を投げ落として素手で炎のビームを受け止めていた。アーシェラの元へ駆けて行くので精一杯で、呪文の詠唱をしている余裕はなかったのだろう。
「クレスタ……なぜ私を庇ったっ!?」
「……弟子がやられそうなところを、黙って見過ごす師がどこにおりますかな?」
アーシェラは、かつて自分の師であったクレスタが、今もなお弟子を想い続けていたという優しき心に言葉を失う。
炎のビームを受け止めているクレスタの手からは、青白い光が漏れている。どうやら己の法力のみで防いでいるようだ。とはいえ、いくらクレスタであっても、法術のバリアでも耐え切ることができなかった炎のビームを法力のみで受け切れるはずがない。
「あなたはとても強くなられた。なぜプリウスの魔石を追い求めているのかは存じませぬが、私の口から言えることはひとつだけです」
「…………」
アーシェラはなにも言葉を返さず黙ったままだった。
「……アーシェラ様、これからも、エルグランド王国のため、良き女王として立派に生きて下されっ!!」
クレスタが叫ぶようにしてそう言い放つと、次の瞬間巨大な音と同時に爆発が起こった。アーシェラを守るため、身を挺して炎のビームを掻き消し、爆発と共にクレスタは散った……。
アーシェラは黙ったまま、目の前で起きた出来事にただ唖然としていた。
「クレスタっ!!」
「先生!!」
真っ先にシェリルと空也が一目散にクレスタの元へ駆け寄る。先ほどの爆発によりクレスタはボロボロの状態で倒れていた。微かにまだ息はあるようだが……。
そこへ無情にもフレイバルディアが、再び攻撃を開始しようとしていた。
「くそっ、てめぇちったぁ空気読めよっ!!」
セリフの如く、場の空気を読まないフレイバルディアに苛立ちを覚え、攻撃をさせまいと陸徒は立ち上がる。体中に痛みが走ってまともに戦えるような状態ではないが、今ここで自分が動かなければならないことは十分に理解していた。
「ったくこれだから獣ってのは……」
「あたしも行く!」
「……ちっ」
陸徒の動きに感化され、アクシオと波美と続いてフレイバルディアの元へ向かって行く。そして最後には喬介までもが動いた。どういう心境での行動なのかは理解に難しい所ではあるが……。
一方クレスタの元へ辿り着いたシェリルは、途中で拾い取ってきた彼の杖を使い、回復をすべく法術を唱えて治療を施そうと試みる。しかしクレスタは彼女の手を止めて、ゆっくりと口を開いて語りだした。
「……シェリル様、お気持ちだけで、十分です。私は、もう、助かりません」
間近でなければ聞き取れないほどに弱々しい声で話すクレスタ。口以外体の他の部分を動かすことができないのか、一切微動だにしない。
「でも、やってみなければ!」
構わず杖を構えて呪文の詠唱を始めようとするも、それを制止させるかのように、クレスタは話を続ける。
「シェリル様、貴女様は、立派な法術士に、なられましたな。私の、誇りです」
「そんな、お別れみたいなこと言わないで下さい。わたくしはまだ、あなたに教えていただきたいことが沢山あるのです!」
シェリルは瞳から溢れ出すように涙を零しながら、力の抜けたクレスタの手を取って強く握りしめる。
「その杖、魔杖ルプスプレミオは、貴女様が持って、下され。今のシェリル様なら、使いこなせる、はずです」
ただ泣きながら言葉を返さず、シェリルは片手に杖、もう片手にクレスタの手を握った状態で俯いたままだった。
「先生っ!」
今度はシェリルと共にクレスタの元へやってきた空也が声を掛ける。既に鼻水をずるずると啜り、滝のように涙を流しては手で拭いていた。
「空也殿、貴方は私の、最後の弟子。今までに魔術を教えて、きた者の中でも、最も才能を発揮し、驚異的な、スピードで術を覚えて、いきました」
「それはクレスタ先生だったからだよ! でもダメだよ。僕、もっともっと魔術の勉強がしたいんだ。それは、クレスタ先生が教えてくれなきゃダメなんだよ!」
駄々をこねる子供のように、空也は精一杯のワガママをぶつけてくるが、クレスタは可能な限りでの表情筋を動かして笑顔を返すのみであった。
「これから、は自分の手で、魔術を磨くのです。空也殿なら、きっとできる、はずです。そして最後に……私が、いなくても、自分を見失っては、なりませぬぞ」
「なんでもう終わりみたいなこと言うんだよ! 死んじゃ嫌だよ! シェリルさん、早く法術で回復させてあげて」
言われてシェリルは、杖をクレスタへ向けて翳し、集中して呪文を唱える。
―其は大地を芽吹かせる生命の息吹―
「復活!」
全ての法力を使い切るかの如く全力で唱えた術は、瀕死の状態からも一気に回復させるほどの力のある上級術だった。杖から眩い光が溢れ、クレスタの体を包み込む。
しばらくして光が消え、状態を確認するが、クレスタは特になにも反応を見せなかった。
「……ねぇ、なにも起きないよ?」
「はぁはぁ。そんなはずでは……」
今しがたシェリルが使用した回復術は、上級術であるがゆえにリスクも高かった。回復の効果が大きいと共に、術者の法力と体力も著しく消費する。そのため、シェリルは汗を垂らしながら手を地につけて息を切らしていた。
「ねぇ、クレスタ……先生?」
空也はふと異変に気づき、クレスタの顔をじっと見つめる。そこには全く動かず、静かに安らかな表情で眠るクレスタの姿があった。空也はそれがなにを意味するのか感じ取り、一際大粒の涙を流しながら顔を地に伏せる。
ふたりの祈りも空しく、シェリルの法術も効果及ばずして、クレスタは息を引き取った。
「クレスタ! 目を開けて下さい!」
「そ、そんな……」
「おい……マジかよ」
「ウソでしょ。クレスタさんが死んじゃったなんて……」
「…………」
フレイバルディアの攻撃を妨害するため、奮闘していた面々もクレスタの死に気を取られる。
その隙を突いて、フレイバルディアが尻尾を大きく振り回し、陸徒たち4人を薙ぎ払う。幸い大きなダメージを受けずに済んだが、その衝撃で後方に吹き飛んでしまった。
すると次の瞬間、ある異変が起きる。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
突然空也が大きな叫び声をあげた。そして顔を起こすと、物凄い形相でとある方向へ視線を移しては睨みつけた。その先は火の守護獣フレイバルディア。
怒りに満ちた表情をしている空也。この異変に真っ先に気づいたのは兄の陸徒だった。あからさまにキレた弟を見たことがないからだ。
空也はゆっくりと立ち上がると、1歩1歩フレイバルディアへ近づいて行く。
「どうしたんだ空也! ひとりじゃ危険だ!」
「空也くん? ねぇ空也くん聞こえてるの?」
陸徒と波美の呼びかけを無視して、空也はひたすら前進する。フレイバルディア側もそれをただ見ているわけでもなく、当然攻撃を仕掛けてきた。驚異的な出力を誇るあの炎のビームだ。空也にはこの攻撃を防ぐすべなどない……はずだった。
「空也っ!」
弟の身の危険に陸徒が叫ぶが、容赦なく炎のビームが空也に襲い掛かった。
だが空也はそれを素手で受け止め、そのまま前へ歩いていく。最後には手を仰いで、炎のビームを上空へ弾き飛ばしてしまった。
そして次第に空也の体からドス黒い靄のようなオーラが立ち込めてきた。そのままなにかを呟きながらフレイバルディアの方へ前進し続けている。
「……殺してやる。殺してやる。殺してやる」
そこにいるのは実の弟であるのか、疑わしくなるほどに異様な光景に、陸徒は衝撃と戸惑いを隠せずにはいられなかった。
「空也っ! 一体どうしたんだよ。俺の声が聞こえないのか!?」
必死に叫ぶ兄の声も空しく、構わず空也はフレイバルディアへ向かっていく。
そして突然彼の持つ魔術書がひとりでに動き出し、目の前でふわふわと宙を浮いては、まるで生きているかのようにページをペラペラと勝手に捲り始める。
「空也さん、どうしたのでしょう……。魔術書が勝手に動いて……。それにこの禍々しいまでの気、なにが起こるというのです……?」
シェリルは、黒に包まれる空也の後姿を目で追いながら、肌に突き刺さるようなただならぬ気配を感じ取っていた。
空也は怒りで我を失っているのか、なにかに取り憑かれたようにして呪文の詠唱を始めた。
―深淵に眠る黄昏よりも暗き者よ
漆黒を纏いて悪夢を紡げ
我世に派すは永久なる闇の死神―
「悠久死夜!」
術を発動させた刹那、空也の前に黒い球体が現れる。始めは直径20センチメートル程度のサッカーボールのようなものであったが、空気を吸入されたように、急激に膨れ上がり、最終的には見上げるほどの巨大な球体へと変化する。
「あ、あれはっ!!」
アーシェラが見せたことのないような驚愕の表情をして声を出す。あの術の正体を知っているような素振りだが、まるでなにかに怯えるようにして体を震わせていた。
そこへ黒き巨大な球体が突如動き出し、一度バウンドしたかと思うと、一瞬にしてフレイバルディアを内部へ取り込んでしまった。そしてなにも聞こえなくなり、辺りを異様な静寂が支配する。
フレイバルディアのいた位置に、真っ黒で巨大な球体が、ポツリと置かれた状態。直視していられないほどに気味が悪い。
「アーシェラ女王、あの術はなんなのですか? わたくしも知らないものです」
「あれは闇系最大魔術。死神と呼ばれるヘルヴィオが作り出した、ダークフォールと言う暗黒の空間に対象を閉じ込め、内部で恐ろしい悪夢を見せるの。その悪夢による計り知れない恐怖から、自分の存在を消す衝動に駆らせ、次第に自分自身を傷つけ始めるのよ。……死ぬまでね」
話を聞いたシェリルは全身に戦慄が走り、絶句した。聞いただけでも身の毛が弥立つほどの術が、今目の前で見せられている。あの黒い球体の中でフレイバルディアの身に何が起きているのだろう。想像しただけでも悍ましい。
近くにいた陸徒は、術についてアーシェラに問いてみるも、詳細を聞けるに至らなかった。
「私も実際には初めて見た。だから詳しくはわからない」
「そうなのか? てっきりあんたは全ての魔術が使えるものだと思っていたが……」
「ふぅ……。喬介といい、異世界から来た男は礼儀を知らない者ばかりだわ。私を一国の女王だと知ってのこと? まぁいいわ。世界に存在する九つの属性の中でも、闇の術を使える魔術士はほとんど存在しないと言っていいほどよ。そもそも闇系最大術であるあれは——」
そこへ、アーシェラが話をしている途中、フレイバルディアを閉じ込めていた黒い球体に動きがあった。
「あ、黒いのが少し動いたよ」
「終わった……のか?」
術の効果が終わったのか、巨大な黒い球体の上部に穴が開き、徐々に下へ展開されながら幕を開けるようにして消え、内部が見え始める。それと同時に、空也は体の力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「空也っ!」
陸徒は急いで空也の元へ駆け寄り、そっと抱きかかえる。どうやら気を失っているだけのようだ。
彼らはそのまま、フレイバルディアがどうなったのか、息を呑んで消えゆく黒い球体を凝視していた。
彼ら以外にこの場の様子を傍観していた者がひとり。無論陸徒たちはその存在に気づいていない。やや遠く離れた岩陰から覗き、その者が独り言を呟いた。
「ほぉ、これは良いものを見せてもらった。ならば、少し計画を早める必要があるか。いずれにせよ、時は近い」
そう言うと、その者はゆっくりと影の中へ姿を消した……。




