第43話「灼熱の嶺王火山」
人間の目覚めよりも先駆けて、太陽が世界に光を与えてくる。同刻に小鳥たちは朝靄を透きぬける歌声を披露。
しばらくして、歌声に誘われるように陸徒は目を覚ました。眠気眼をこすりながらゆっくりとベッドから身を起こし、宿の3階にある部屋の窓を開ける。壁に掛けてある時計に目を移すと、時刻は6時を回る手前のあたりだった。にも拘らず街は徐々に人の動きを見せ始めていた。
「おはようさん。随分と早起きだな」
相部屋で寝ていたアクシオも目を覚ます。
「いや今起きたばかりだ。しっかし、この街の住人は随分と早い時間から動き出すんだな」
陸徒は返事をしながら窓から顔を出し、右手で作った傘を額に当てて街を見下ろす。
「まぁ工業の街だからな。動き始める時間が早いんだろ。その分仕事が終わる時間も早いみたいだけどな」
「ふ~ん、なるほどな」
と、他愛もない会話から今日が始まる。嶺王火山へ出発するに向けて、普段の陸徒であれば気を引き締めるべきだと考えるだろうが、朝からピリピリしても仕方ないというのが今の気持ちだろう。なにかと思慮深い彼の性格から考えれば前向きな傾向である。波美のポジティブシンキングが移ったのかなと、ひとり鼻で笑いながら、蒼紫白の空を眺める。
波美は当然ながら、陸徒よりも早い時間に起床しているのだろう。今回に限った話ではなく毎度のことであるが、相部屋であるシェリルが巻き添えを食らっていないかと心配になる陸徒であった。
ロビーへ降りると、そこには案の定波美がいた。無論シェリルも。当人の陸徒、アクシオに続きクレスタと、続々とメンバーが集まる。そして空也は……以下省略とする。
「みんなおはよう! さぁ今日も張り切って行くわよ!」
のっけから耳障りな声で高らかに挨拶をしてくる波美。昨日の話し合いの時点でやる気を見せていたほどだ。それだけに当日のテンションの上がり具合は計り知れない。
「若干一名、張り切っていない奴がいるけどな……」
陸徒は敢えて振り向かず、自分の後方に親指を向けて差す。そこにいたのは空也だ。まるで死んだ魚のように、生気の抜けた目で一点を見つめ、左右にフラフラと揺れている。大丈夫だろうか……。
「今回はいつもより起床時間が早かったですからね、早起きが苦手な空也さんは辛いでしょう」
シェリルは苦笑しながら、空也の気を察してフォローする。だがそんな彼女も少し瞼が重く、まどろみが抜け切っていない様子。やはり波美の早起きに巻き込まれていたようだ。
一先ず全員が揃ったところで、朝食を済ませて早速と宿を後にし、向かうは火のプリウスの魔石の在り処とされる嶺王火山。距離にして約半日分歩くこととなるが、今までの移動距離と比べれば大した程度ではないだろう。徒歩のみという手段にも、始めの頃はすぐに疲弊していた異世界組であったが、今となっては随分と慣れたものだ。
移動の最中、当然ながらモンスターとも頻繁に遭遇した。火山地帯というだけあって、口から火を吐くモンスターなど、火属性の種が多く出現したが、シェリルがバリアや属性防御の術を施して、空也が魔術で弱点属性を突くというパターンが大いに成果をあげる。この功績に誰よりも歓喜していたのはクレスタだった。
「いやはや。空也殿は以前と比べて見違えるほどに強くなりましたな。呪文の詠唱もかなり早くなっておる。私とあまり大差はなくなりましたな」
「えへへ。これもクレスタ先生が一生懸命僕に魔術を教えてくれたからだよ」
「シェリル様もすっかり一流の法術士ですな。ご自分の戦闘スタイルに合わせて独自の術を編み出すなど、私にはない才能を持っておられる」
「いえ……。わたくしなんてクレスタと比べたらまだまだ及びませんわ。ただ、皆さんをお守りするのがわたくしの務めですから、法術士としてもっと努力しなければなりませんね」
「ほっほっほ。これは私もそろそろ世代交代の時期ですかな」
「なにを言っているのですか。クレスタにはこれからも頑張っていただかなければ」
クレスタのジョークを笑顔で受け返すシェリル。空也の魔術もシェリルの法術も異彩を放つレベルだが、その両方の術を使いこなすクレスタの能力と技術力は目を見張るものがある。
彼がいたからこそ、これまでの旅も順調に進めてこられたと言っても過言ではない。普段から口数が少なく、他の面々と比べ影が薄いところもあるが、以前シェリルが語っていたように、周囲からの信頼が厚いというのも頷ける。彼の存在は非常に大きく、この先の強敵フレイバルディアとの戦いでも大いに期待が寄せられることだろう。
次第に周辺の景色も変化していき、同時に気温の上昇も肌で感じるほどになってきた。どす黒いコブを幾重にも繋げたようなゴツゴツした岩石が至るところに点在し、グツグツと煮込まれたトマトスープのように、露出したマグマも随所に見られた。
斯くようにして、完全な火山地帯に足を踏み入れたようだ。そして目の前に悠然と存在する巨山。今にも灼熱のマグマを噴火させるのではと思えるほどの轟音をあげ、他の火山とはとりわけ異様な威圧感を放っていた。これが嶺王火山だ。
「嶺王火山、こんなところにあったのか」
「それにしても暑いわね。ここにいるだけでも体力がどんどん奪われていく感じだわ」
「この様子じゃ長居は厳しいな。早いところプリウスの魔石を手に入れないとな」
火山の麓は巨大な岩石が無造作に置かれ、ところによってはそれが連結したようになっており、迷路のような構造を造りだしていた。
奥へ進んでいくと、洞窟の入り口と思しき場所へ辿り着く。こちらを招き入れるかのように大きな口を開けているが、周囲の煮えたぎるマグマが侵入者を拒んでおり、とてもではないが生身の人間が容易に入ることなど叶わない。
「ねぇ、まさかあそこの洞窟の中にフレイバルディアがいるんじゃないでしょうね……?」
勘弁を乞うような顔をしながら、波美は前方に見える巨大な口を指差す。麓で発見できないのであれば、火山内部に生息していると考えるが妥当だが……。
「その可能性が高いが、さすがに生身であそこに入るのは無理だ、死ぬ。かと言って——」
「火の属性防御の術をかけても、この人数ですと効力が薄れるので、マグマはおろか、通常の炎ですらまともに防げないレベルになると思います」
波美の発言に対し陸徒が返答すると、彼の言いたいとを途中からシェリルが代弁する。非常に便利である属性防御術も、制約がかかると使いどころが難しくなってくる。
どうにかして麓での戦いに誘い込みたいところ。ここでひとつポイントとなるのは、フレイバルディアはプリウスの魔石に引き寄せられた邪悪な気によって、我を失い暴走しているということ。つまり、ガルティオルフやゲオスノームのように外敵に気づけば姿を現し、襲い掛かってくると考えられる。
「なぁ、でかい音を立てて騒ぐってのはどうだ?」
「こんなところで? 大きい声で叫んだりでもしなさいって言うの?」
「いや……騒ぐのに丁度良い相手があそこにいるんだ」
そう言って、アクシオはある方向を指差す。
洞窟の入り口から右手方向へ約数十メートル先。岩陰になにかが潜んでいるように見えた。
「あれは、サラマンダーです!」
「そう。ことのつまり、あいつとここで戦いをおっ始めれば、騒ぎに気づいてフレイバルディアが現れるんじゃないかと思ってな」
シェリルがそこに潜むものの名をを言うと、アクシオが自案を具体的に説明してきた。そしてすぐさま足元にある石を拾っては、突拍子もなく前方へ放り投げた。
綺麗な放物線を描いては、落下してゴンと鈍い音を立ててなにかに当たる。その対象は、皆が視線を向けているサラマンダーである。
「当たった! すごーい!」
「すごーいじゃねぇよ! いきなりなにやってんだよアクシオ!」
空也の脳天気なリアクションにツッコミをしつつ、陸徒はアクシオへ文句を投げた。案の定サラマンダーは陸徒たちの存在に気づき、岩陰から姿を現す。
サラマンダーは、このような火山地帯に生息する、火の能力を持ったオオトカゲで、鈍色の硬質な鱗と、炎のように赤くゆらめく背ビレが特徴的だ。燃えるような真紅の瞳で彼らを睨みつけては、シャーシャーと鳴き声と思われる音を立てて喚いているように思える。
すると、他の方向から1匹、また1匹と同じ個体が次々と姿を見せてきた。合計で7匹。まさかこんなにも近くに潜んでいたとは思いもよらなかっただろう。
「もう! 仲間呼んじゃったじゃないの。7匹になっちゃったよ」
「ま、多い方がそれだけ騒げるだろ」
「そういう問題かよ……」
呆れ返る波美と陸徒をよそ目に、当人は笑いながら誤魔化す。
「ねぇここはひとつ、僕とクレスタ先生に任せてもらえないかな?」
3人のやり取りを無視するかのように、今度は空也が自信に満ちた表情で前へ出てきた。
なにか策があってのことか、サラマンダーの群れ相手にクレスタとふたりで挑むつもりのようだ。思いつきの作戦なのかどうかは定かではないが、ここぞとばかりに意気込みを見せる弟に、陸徒は試しに任せてみることにした。どうやらクレスタも空也の意図を理解しているようで、阿吽の呼吸の如く攻撃を開始する。
―凍結せし極寒の衣よ、大地を這いで氷波となれ―
「凍晶波!」
始めに術を唱えたのはクレスタだった。氷のフィールドで動きを封じると同時に、冷気によるダメージを与える術だ。
相手は火のトカゲであるサラマンダー。弱点は氷の属性であるのは魔術を専門としていない人間でもわかる。しかしここは火山であり、地形属性は当然火。上手く効果を発揮できるのであろうか。
「あちゃ~。せっかくの氷が溶けだしてきたよ?」
術の効果で辺り一面が氷のフィールドと化し、前方にいるサラマンダーたちを凍り付かせるが、波美の言うように周囲のマグマから放たれる熱気で、氷が溶けだして忽ちに水浸しの状態へと変化してしまった。
だがこれは想定内。この瞬間を狙ったかのように、空也が呪文の詠唱を既に始めていた。
―今呼び起こすは天の怒号、放て紫を紡ぎし数多の霹靂―
「幾千雷!」
初めてお目に掛る術。詠唱が完了すると同時に、周囲の空気がのしかかってきたかのように重くなる。そして頭上に曇天が立ち込めたと思うと、突如として数え切れぬほどの落雷が発生。直下に佇むサラマンダーたちへ狙い落ちる。それは耳を押さえたくなるほどの轟音を立て、マシンガンの如く幾度となく襲い掛かった。
その光景は20秒ほど続いた。落雷が収まり、辺りに静寂が訪れると、目の前にはサラマンダーの姿はなく、黒い消し炭だけが残っていた。
「すげぇ……」
「な、なに今の術……」
「始めに氷の術を放ち、それが熱で溶けだして地形属性が一時的に水に変化したところを狙って、雷の魔術で通電力を高めたというわけですね」
耳を押さえていた手を少しずつ放しながら、目の前の惨劇に驚愕する波美。続いてシェリルが術の連携の意味を説明してきた。
つまり、最初に放った氷の術は、後に繋げる雷の術のためのもの。更にサラマンダーの弱点である氷属性で事前にある程度ダメージを与え、防御力を低下させていたという点も相乗させていた。
そして空也が連携で唱えた術は雷系中級の術。初球のものは以前に流水の洞窟にて拝見している。局所に電気を帯びたクモの巣のような網を張るそれに対し、今回のものは中域範囲に約1000発にも及ぶ落雷を止めどなく超高速で直撃させる術だ。威力と派手さは中級クラスの術で最強と言われる火の術に次いでいる。
これほどまでの落雷となれば、火山周辺はおろか、内部までも十分に轟音が響き渡ったであろう。その効果を示すかのように術が終わると同時にして、前方の洞窟内から呻き声が聞こえてきた。それは一様にして大きな雄叫びへと変化する。刹那、真打ち登場の合図とも取れる爆炎が、山頂から轟々と噴き出した。
「へっへ、おいでなすったな。空也、良くやったぞ」
「どんなもんだい。やっぱり今の声って……?」
「どうやら、俺たちの存在に気づいたようだな。火の守護獣フレイバルディア」
雷鳴轟きて、炎を支配せし王者ここに来たれし。そのような言葉が似つかわしいこの状況に、陸徒たちは決死の覚悟で立ち向かう。
彼らの真の戦いはこれから始まるのだ……。




