第42話「魔信教団本部にて」
紹介状を受け取った一行は、陰気な空間から出て、数十分振りに日の光を浴びる。
「見事に例の教団と思われるところから、仕事を請け負うことができましたな」
「これもアクシオさんのおかげですね」
「そうそう。そもそもアクシオはどうしてギルドであんなに名が知られてんの?」
「うん。なんかちょっと有名人っぽかった」
クレスタとシェリルが成果に歓喜する中、波美と空也はアクシオの名がギルド内で知られていたこと、殊更に裏の仕事を軽々と請けさせてもらえるほど、ギルド側から大きな信頼を得ていたことに疑問を感じていた。
それを聞いたアクシオは、後頭部を掻いてやや照れ隠しをしているようにヘラヘラと笑いながら答える。
「いやぁ実を言うと、俺はエクシーガの出身でな。世界を旅する前はそこのギルドでかなり仕事をこなしていて、ギルドエクシーガ支部にアクシオ有りとまで言われていたほどなんだ」
「それでギルド協会内で、アクシオ殿の名が知れ渡っていたのですな」
実際の所、ここでアクシオが役に立つとは予想外であっただろう。一方で、あれだけの戦闘力の持ち主であるから、過去にギルドの仕事を数多にこなしていたという話も頷ける。
「ふ~ん、このアクシオがねぇ」
含み笑いのようにニヤニヤしながら、アクシオの顔を流し目で覗き込む波美。
「な、なんだよ……文句あんのか?」
「違うわよ。ちょっと感心したの。ただの大飯食らいの金食い虫じゃなかったのね」
「んだとぉっ!!」
波美が半分冗談混じりの言葉で揶揄すると、アクシオが拳を上げる動作を見せる。すると彼女はキャーとふざけて喚くようにして逃げ回る。そんな遊ぶふたりの様子を他所目に、陸徒は淡々と紹介状の内容に目を通してみた。
紹介状には、街の西にあるアコードという名の定食屋にて、店員が注文を聞きにきた際に、本状を見せるようにと書かれていた。特に詳細な注意事項や備考などの記載もなく、至ってシンプルな内容であったため、読んでいた陸徒も眉をひそめる。ただし少し考え方を変えれば、その定食屋が教団本部の入り口であることが容易に想像できる。表向きでは定食屋を経営して、外部からカムフラージュしているのだろう。
ここプレサージュの街は広く、これまで訪れた場所ではアルファード城下町を除いて最も大きな街だ。そのため、ギルドのある東側からアコードという定食屋のある西側まで徒歩で30分近く要した。
街の西は工業地区となっており、至る所に工場の建物が連ねている。その中のとある工場に隣接するようにして定食屋アコードは存在していた。大方、工場勤務の従業員が食事をすることを主目的として店を構えているのだろう。店の外観としては、特に気がつくような不審な点は見当たらない。
中へ入ってみると、まだ正午前の時間帯にも関わらず、それなりの客入りを見せていた。油染みの付いたタイル貼の壁、コンクリートの床も工場の従業員が多く訪れるためか、様々な油や炭などの汚れで黒ずんでいた。それ以外には相応に清潔感が保たれ、食事をする上ではさほど不快には感じないだろう。
席へ着くや否や、店員が何食わぬ顔で注文を受けにやって来るが、アクシオがそっと紹介状を見せると、途端に表情が険しくなり、店の奥へ来るようにと首だけを動かして案内してきた。
店の厨房の中を通り、奥にある扉を開けると、高い壁に囲まれた狭く暗い路地に出た。そこから少し歩いて奥へ進むと、もうひとつの扉が見えてくる。案内してきた店員が黙って鍵を開け、中に入り更に先に進むようにと言って、そのまま店へ戻って行った。
あまりにも露骨な怪しさ漂う展開に、陸徒たちは動揺を隠せずにはいられなかったが、構わず先へ進むことにする。早速扉を開けてみると、そこには地下へと降りる階段があった。
「暗い路地を進んだ先に扉、開けると地下へ降りる階段か……。いかにもだな」
「怪しさたっぷりよね。ここまであからさまにされると、もうなんでも来なさいって感じになるけど」
一先ずゆっくりと階段を降りていく。壁には一定の間隔で光照石が設置されている。このおかげで内部は思いの他照度が確保されており、階段で足を踏み外す危険性は低い。
「結構長いね、この階段……」
「どこまで降りるのでしょうか」
「本当にこの先に魔信教団の本部があるのか?」
ただひたすらに直進方向の階段。数分間は降り続けただろうか、ここが今地下何メートルの位置にあるのかわからないが、ようやく正面に扉が見えてきた。
その扉を開けてみると、戸間から更に強い光が漏れ出す。先には目測で50メートルはあろうかと思われる真っすぐな廊下が広がっていた。先ほどの長い階段よりも明るい光照石が設置され、茶臼色の壁によって眩しいと思えるほどの空間となっている。奥にはまたもや扉があるのが見える。だが今回は扉だけでなく、両サイドに人が立っていた。
歩き進むにつれ、その姿も明瞭化されていく。全身を黒いローブで纏い、フードを被っている為、目の前に辿り着いても、顔が確認できるには至らない。
「お前たち、ここに何用だ?」
片割れが問いてきたことに対して、アクシオがギルドからの紹介状を見せながら話す。
「俺たちはギルドの紹介で、ここの教団の仕事の依頼を請けに来たんだ」
「ほぉ、お前たちがそうか。ならば通るが良い。この扉の先に我々魔信教団のリーダーがおられる」
教団員と思しき者が扉を開けると、広めのフロアに出た。眩しい廊下とは打って変わって妙に薄暗い照明で、壁際には先ほどの人間と同じ装いをした者が立ち並んでいた。
フロアの中央には大きな円卓が置かれ、ひとり偉そうな態度をした男が椅子に腰かけ、円卓の上に両肘をついて手を組んでいた。陸徒達を円卓の椅子に座るよう促すと、男の方から口を開いてきた。
「魔信教団本部へようこそ。私はここのリーダーを務めている者だ。名は……ノア・ウィブリゾと呼んでもらって構わない。早速だが君たちに仕事をお願いしたい」
「そのつもりで来ている。で、その仕事ってのは?」
ノアと自己紹介した男、名乗る前に一抹の間があったのは少し気になるが、思いのほか低く男前な声をしており、口調も紳士的である。精悍な顔つきで、灰色の髪と頬にある刃の切り傷が印象的だ。
とはいえ、ここがあの謎の男がいる怪しい組織であるのは間違いない。慎重に話を進めるため、最も手慣れであろうアクシオに任せることにした。
話の進行中、波美が険しい表情で周囲をくまなく目配りさせている。おそらく例の男の存在を確認しようとしているのだろう。その様子に陸徒も気がついたのか、同様にこの場にいる人間を調べようと視線を送るが、そのような人物は見当たらなかった。
そして人物を探す作業も束の間。その後仕事の内容を通達するノアの言葉から、陸徒たち全員が驚愕することとなる。
「仕事の内容は、あるモノを持ってきてもらいたいのだ。この街から真っすぐ北へ半日ほど歩いた先に、嶺王という名の火山がある。そこで、炎のように赤く輝く石を手に入れるのだ」
動揺を隠しきれない陸徒たち。それもそのはず、彼らの本来の目的である嶺王火山というキーワードが教団側から出現してきたからだ。だがここで動揺する態度に怪しまれ、ノアに不審に思われてしまっては面倒だ。アクシオは平静を装い、何も知らない振りと、上手な演技をこなして話を進める。
「嶺王火山か……聞いたことないな。それとその赤い石ってのは一体?」
「詳しくは言えないが、とても貴重な石だ。ただ、手に入れることが非常に困難だそうだ。くれぐれも注意して仕事に当たってくれ」
これ以上ノアの口から詳細を語られることはなかった。裏社会の裏の仕事。素性の知らぬ者に、成果をあげる前から色々と話を聞かせるわけもない。
あの場にいた間、誰もが驚きや動揺を必死で隠していただろう。アクシオですらも、ノアとの会話の最中、時折額から汗を浮かせていたほどだ。
嶺王火山までは、プレサージュの街から半日ほど掛かるとのことで、出発は翌日の明朝とした。
教団本部を出た一行は、一旦宿へ戻って情報の確認と整理をする。
「まさか教団側から嶺王火山の情報を得られるとはな。それに炎のように赤く光る石ってなんなんだ?」
開口一番堪えていた思いを解放されるかのように、陸徒が話を切り出す。
「それあたしも凄く気になる」
「おそらく、ここにいる全員が思っていることでしょうな。そして、赤く輝く石というのは——」
「プリウスの魔石ってこと?」
クレスタの言葉から結論を繋げるように、空也が回答する。その名称に皆が大きく反応を見せつつも、誰もが予想していたことであったからか、否定の意を示す者はいなかった。
ここから、例の如く輝く石がプリウスの魔石だと仮定して、様々な考察をしてみることに。まずは魔信教団がなぜプリウスの魔石を求めるのか。
「クレスタの爺さん、プリウスの魔石は確か、凄い魔力が込められていてそれを狙っている奴らもいるんだよな?」
「はい。その魔力に惹かれ、興味を持った魔術士が研究材料として求めていると聞いております」
「ってことは、あの教団のリーダーは魔術の研究の為にプリウスの魔石を欲しがっているのかもしれないな」
一般的に世の中で知られているプリウスの魔石に関する事は、クレスタの口から出た説明だ。単純に考えれば、陸徒の言う考えに行き着くだろう。
「アーシェラ女王も魔術士でおられますから、その為にプリウスの魔石を求められているのかもしれませんね」
「そうだね。魔術士が欲しがる物なら、アーシェラ女王だって同じ目的かもしれないね」
シェリルと空也の言葉の通り、アーシェラ女王がプリウスの魔石を奪うため、陸徒たちを襲ってきた理由もそうであると考えられる。
しかし女王は兎も角、喬介がそれだけの為に彼女と一緒に行動しているとは少し考えにくい。喬介は自分の利益にならないことは一切関与しない性格だからだ。もっとなにか違う理由があるのではないかと思われる。そう考えていたのは陸徒と波美だ。話を聞きながらも、腑に落ちない表情をしていた。とはいえ、この件に関しては今この場で解決できる話でもない。
「でもさ、教団はどうしてプリウスの魔石を自分たちで取りに行こうとしないのかな。ギルドで依頼すればそりゃ楽かもしれないけど、素性の知らない人間が来るわけだから、100パーセント信用できるものでもないじゃん」
空也が意外にも鋭い疑問を突っ込んでくる。単純に考えてもみれば、世界中で活動しているような組織力のある教団であれば、自分たちで人員を手配すればもっと簡単にことを進められるはず。
「確かにそうだな。場合によっちゃギルドから来た奴が裏切って魔石を持ち逃げすることも有り得るわけだからな」
「それもあるが、そんなことをしたら教団とギルドの両方から命を狙われるハメになるぜ。教団側は未だ謎が多いが、ギルドの組織力は舐めちゃいけねぇ。指名手配でもかけられたりしたら、命がいくつあっても足りやしないほど。つまり、一巻の終わりだ」
「なるほどな。じゃあこのパターンは考えにくいか」
空也の疑問から、陸徒があるひとつのパターンを発言してみるも、ギルドを良く知っているアクシオの口から否定的な意見が飛び、この線は却下となる。
「じゃあ教団が自らプリウスの魔石を取りに行かない理由は何なんだろ……」
「そんなの簡単じゃない。自分たちで取りに行けないからよ」
気を取り直して陸徒が話の本題へ移して振ると、波美の口から知ったような回答が投げられてくる。始めの一言が答えになっていないため、陸徒が怪訝な顔をし、他のメンバーも疑問符を浮かべていると、彼女の口から意外にも的を得たコメントがやってくる。
「みんな覚えてないの? プリウスの魔石に引き寄せられる邪悪な気。それによって魔石を守る守護獣が狂暴化してたでしょ」
この言葉に全員が目を大きく開いて反応する。
以前礫岩の洞窟にて、大地の精霊ゲオスノームから聞いた話を思い出す。プリウスの魔石に引き寄せられる邪悪な気は、近くにいる者を狂暴にさせる。魔石に最も近くにいる存在である守護獣は、その影響を強く受ける。初めに遭遇した海獣ログノスキュラはまだ狂暴化に至っていなかったが、次の怪鳥ガルティオルフから大地の精霊ゲオスノームと順を追う毎に驚異的となっていた。
そして最後の火のプリウスの魔石を守る守護獣は、これまでとは比べ物にならないほどの邪悪な気を浴びているに違いない。つまり、最強で最恐の守護獣と化しているはずだ。
「確か、名をフレイバルディアと言っていましたね」
「推察するに多分、教団側は自分たちで魔石を取りに行くことを試みたが、そのフレイバルディアが手に負えなかったため、やむを得ずギルドに依頼したという筋だろう。そう考えればこれまでの経緯や依頼内容に大方納得がいく」
メンバー内に不穏な空気が流れる。この先に待ち受ける、最も過酷な闘いを想像するだけでも、普通なら怖じ気づくものだ。しかしそれは一抹のものであり、意外な人物からの言葉に喚起されることとなる。
「ねぇどうしてみんな弱気になってるの? 確かに狂暴化した守護獣は手強かったよ。でもその分僕たちだって強くなってるし、また今までみたいにみんなで力を合わせれば絶対に負けたりはしないよ!」
それは空也だった。この中で最も軟弱とされる人物からの一喝の言葉に、一同が呆気に取られる。
兄の陸徒に至っては、今目の前にいるのは弟ではなく別の人間なのではと疑いたくなるほどだ。その自信と成長ぶりにただ驚く他なかったが、それに諭されたように、陸徒は全身に力を入れて踏ん張っている弟の頭を軽く撫でる。
「そうだな。行く前からビビっても仕方ねぇ。誰が相手だろうと俺たちは、負けるわけにはいかねぇよな!」
そう言って空也の顔を覗き込み、家族としての優しさある笑みを見せた。
「兄ちゃん……」
そんな兄の行動が意外であったのか、少し照れ混じりの笑顔を作る空也。そんな微笑ましい兄弟の様子を見て、先ほどまで張り詰めていた場の空気が和んでいく。まるで曇天の隙間からあふれ出す陽光のように、柔らかな光を照らされているようだ。
「よっしゃ。ここはひとつやってやろうじゃん!」
「ま、あたしは始めからやる気十分だったけどね」
「わたくしも全力で皆さんをお守りします」
「ほっほっほ。いやはや頼もしいですな」
全員の士気を取り戻す事ができ、待ち受けるであろう脅威に立ち向かう決心を固める。
気がつけばもう外は徐々に暗くなり始め、光と闇が交代する時間帯となっていた。一行は明日の出発に備え、外食等を済ませて早めに就寝することにした。




