第41話「プレサージュでの詮索活動」
ひぐらしの鳴き声がない夏の夕暮れはなんとも違和感のあるものだ。そう思いながら町の遊歩道を歩く陸徒。彼から3歩斜め後ろの位置にシェリルが付いてきている。気がつけば既に黄昏時、皆と集合の約束をしていた夕食の時間だ。
「陸徒殿とシェリル様、おかえりなさい。もうすぐで夕食の用意ができるそうです」
宿に着くと、陸徒たちの帰りを待っていたのか、ロビーにあるソファに座っていたクレスタが声を掛けてきた。ほどなくして波美とアクシオも帰着。
空也の姿が確認できず、陸徒が問おうとしたところへ、クレスタから口を開いてきた。
「空也殿はお疲れのようで、先に部屋で休んでおります」
「そっか。結構魔術の勉強頑張っていたのか」
「それはもう。私が教えたことをどんどん吸収していきます。彼の才能は相当なものですぞ」
兄として、弟の面倒を見るのはひとつの責任であるが、事魔術に関しては専門外であるため、クレスタに任せっきりだ。とはいえ、クレスタ本人も自ら進んで空也の講師を務めているわけで、日々著しく成長を見せることに驚き、そして喜びも感じているようだ。その思いを、陸徒は彼の言葉から如実に感じ取っていた。
それと同時に、最早自分の知っている空也ではないなと、虚空を眺めて苦笑するのであった。
「こりゃ、一度寝だしたら朝まで起きないだろうな……」
寝坊するほどに睡眠が大好きな弟の性格を知っての発言。仕方なく空也抜きで夕食をとることにした。そして明日の長旅に備え、各自部屋へ戻って早めの就寝とした。
朝を迎え、各々が支度をしてロビーへ集まってくる。毎度のことながら空也は……と、もうわざわざ説明する必要もない話なのだが、昨日の夕方からずっと寝ていたにも拘らず、良くも一番最後に起きてこられるものだ。と、陸徒の表情から全て取るようにわかる。
これより一行はプレサージュの街へ向かう。波美を襲った男と、謎の教団について詳細を突き止めるためだ。端的に言えば、本来の目的から逸れた寄り道となる。だが放っておける事態でもないのも事実。
エリシオン出身であるアクシオが言うには、ここフリードの町からプレサージュの街まで約4日掛かるそうだ。今まで最も長い移動距離となる。
エリシオン王国領は、アルファードやエルグランドと違い、野原や森等の緑が少なく、荒野が広がっていた。至る処に活火山と思しき山が点在し、そのほとんどが山頂から煙や蒸気を沸き立たせている。火山の地熱を利用した工業が盛んだということではあるが、初めて見る者にとっては予想を上回る数だ。一斉に噴火が起きてしまったらどうなるのだろうと、想像するには非常に恐ろしいものである。
そのような特異な地域であるからか、生息するモンスターも今までに遭遇したことのないものばかりであった。アルファードやエルグランドでは、虫や獣に似た生物が多かったが、この地ではスライムのような無機物質のものや、獣となにかを掛け合わせたような、まさしくキメラとも言うべき悍ましい生物が見られる。モンスターと名打つにはこちらの方が適しているのではないだろうか。
陸徒たちも初めは驚嘆し、戦うにも少々躊躇いを見せてはいたが、慣れというものは時に恐ろしく、4日間このようなモンスターと幾度となく遭遇していると、やがてなにも意識せず、平然と戦えるようになっていた。
4日もの間野宿を挟んでは歩きに歩き続け、一行はようやくプレサージュの街へ辿り着く。旅の疲れを癒すため、宿を確保した後、早々に骨を休めて明日活動を始めることに。
朝を迎え、朝食と身支度を済ませて宿を後にする。改めて街の中へ身を投じると、ここプレサージュの街は他と比べて都会の匂いを強く感じた。
今までは港町や小さな村を訪れることが多かったが、異世界組にとっては内陸の大きな街へ来るのは初めてかもしれない。最も、彼らの世界で言う都会とは大きくかけ離れたものではあるが……。
「昨日は旅の疲れで街を見ている余裕はなかったけど、プレサージュの街って結構賑わっているのね」
すっかり体力がリセットされた波美は、はしゃぎ回る子供のように体をくるくると回転させながら、街の様子を360度見渡している。
「フリードの近くにあるエクシーガには劣るが、このプレサージュもエリシオンの中では大きい街の部類に入る」
「高く長い煙突が沢山見えるけど、工場かなにかなの?」
「あぁ。ここは金属加工の工場が多く、武具の生産が盛んなんだ」
素朴な感想と疑問を述べる空也にアクシオが答える。やはり母国の街に関しては詳しい。
大半が街外れに位置しているのだろうが、空也の言うように煙突が突き出た工場のような建物が並び、先端から雲を生産しているかの如く、モクモクと煙が噴出している。住居や店の建物はレンガ造りの物が多く、いかにも工場の街といった景観だ。
「さて、これからどうするか。だな」
「船で得た情報は、プレサージュの街という点だけだけど、話の流れから予想すると、多分教団の本部かなにかがあるんだろうね」
「まぁこれだけ大きな街で、工場があちこちにあるような所なら、怪しい組織のひとつやふたつあってもおかしくはないな。上手くカムフラージュするにはもってこいだ」
「問題はその教団をどう見つけるか、ですね……」
会話をしながら陸徒たちは教団の捜索方法について悩み、下を向いて唸っていると、クレスタが案を投げてきた。
「皆さん、私にひとつ考えがあります。ここはひとつ、ギルドを利用してみましょう」
ギルドとは、以前資金調達の話をした際に出てきた名称だ。モンスターの討伐や人を守る仕事等、戦闘が絡む仕事をメインとした依頼を仲介する窓口のような組織である。
だがそこからどのようにして教団の情報を得るのだろうか。
「ギルドでは、裏社会の組織からも仕事の依頼を請けているらしく、一般的には紹介されていないような危険なものも扱っているそうです」
「なるほどね。仲間を殺してまで外に情報が漏れるのを防ごうとするくらいの危ない組織よ。その教団が絡んだ仕事がありそうな気がするわね」
その他、情報収集の為に街中を嗅ぎ回って動くよりも、ギルドを通して教団に通じた仕事を請け負う方が、かえって目立たなくて済むという利点もある。これらの状況から、比較的安全に事を進めるため、クレスタの案を採用することにした。
早速と街のギルド施設へと到達する。街のやや東側にある1階建ての平屋で、入り口は押し扉式となっていた。
中に入ると陰気な印象を一番に感じた。薄暗い照明で埃っぽく、どんよりとした雰囲気だ。入り口付近にある壁掛けの掲示板には、沢山の情報紙が所狭しと貼られてあった。それを眺める者や、施設内にあるテーブルに腰掛けて数人で雑談している者も見受けられる。どの人間も強面の屈強な戦士たちのようだ。
中央にはカウンターを隔て、書棚がいくつも設置されている。そこに若い男が1人立っていた。受付の者だろうか。
「ここがギルドってところか。中々なアングラだなぁ」
「なにか薄暗くて陰気臭いわね」
「強そうな人たちがいっぱいいる……ちょっと怖いよぉ」
「わたくしもギルドを訪れるのは初めてですが、独特な雰囲気ですね」
「さて、早速仕事があるかどうか調べてみますかな」
陸徒たちが思い思いの感想を口にした後、クレスタがカウンターの所に立っている人物へ話を聞きに行こうかと動くと、そこへアクシオが間に入って制止してきた。
「ちょいと待ってくれ。確かにさっき話していたように、ギルドでは裏社会の組織が絡んだやばい仕事もある。だが内容が内容だけに、そう簡単には紹介してくれないと思うぞ」
「なるほど。つまりはギルドから信頼を得なければならないと、言うことですかな?」
「ご名答ってやつだ」
「それじゃ初めて利用する俺たちでは、その仕事を請けるのは無理なんじゃないか?」
「まぁまぁ。ここはちょいと俺に任せてくれ」
アクシオとクレスタの話を聞き、それなら始めから言ってくれとガッカリしたような表情を作り、陸徒が落胆している。ところがアクシオは心配無用と言わんばかりに、自信たっぷりの顔をして胸をポンっと叩き、カウンターの方へと歩き出す。なにがどう任せてくれなのかと半信半疑になるも、陸徒たちも黙ったまま彼に付いていく。
近づいてくるアクシオの姿に反応したのか、受付らしき人物である若い男の方から声を掛けてきた。
「ギルドへようこそ。俺はここの仕事を紹介しているラルゴだ。今日はなんの仕事を探しに来たんだ?」
「あまり大きな声では言えないが、ちょいと危ない裏の仕事はないか?」
「裏の仕事? まぁなくはないが、あんたら見るからに初心者っぽいな。ギルドへ来たのは初めてだろ? だったら簡単に紹介はできないな」
「確かに"ここ"へ来たのは初めてだけどよ……。俺はアクシオ・フェステンクルスってんだ。ちょいと調べてもらっていいか?」
受付の窓口を担っているラルゴという男。年齢は20代後半といったところか、ここの陰気な雰囲気には合わない細身で爽やかな顔つきだ。
仕事の有無を単刀直入に聞いてみるも、やはり先ほど懸念していた通り、すぐには紹介してくれないようであるが、アクシオはその反応も想定内だったのか、淡々として自分の名前を確認させる。
ラルゴはやや怪訝な表情をしながらも、言われるまま手元にある分厚い台帳をペラペラと数ページほど捲る。すると途中で手を止め、ハッとして驚いたようにアクシオの顔を確認し、口を開く。
「あんた、あのアクシオか! こいつは失礼した。女子供や老人を連れているもんだがら、てっきりギルド初心者なのかと思っていた」
「いや構わねぇ。それより紹介しれくれそうな仕事はあるか?」
「あんたになら任せても良さそうだな。裏の仕事だが、つい最近依頼が入ったものがあってな。内容は詳しくは書かれていないが、おそらく依頼元から直接仕事の内容を言い渡されるものだろう」
「へぇ。んで、その依頼元はどこなんだ?」
「……魔信教団だ」
その言葉を聞き、全員が凍り付くようにして驚愕の意を示す。しかしアクシオは変に怪しまれないように冷静な態度で演じ、詳細を確認する。
「魔信教団……。聞いたことないが、この街にある組織なのか?」
「あぁ。俺は詳しくは知らんが、世界中で活動している宗教団体で、本部がこの街にある。なんだかきな臭いことばかりしている連中らしいが、我々ギルドにとっては関係のない話。金をくれる大事なお客さんさ」
この男の話から察するに、ギルドでは善悪の区別はさほどないようだ。表向きでは人助け等の仕事を扱ってはいるが、このように怪しい裏組織からの仕事も躊躇いなく請け負っている。言い方を変えれば、人殺しが発生する可能性のある仕事も平気で容認しているわけであるから、一般的な考えからしたらあまり感心できるものではない。
さりとて魔信教団という名称が見事にビンゴしたと思っても相違ないだろう。従い、アクシオを始め、陸徒たちはこの仕事を請けることにした。だがそこへひとつ疑問を感じていたラルゴが口にしてきた。
「アクシオさんよ。あんたに任せるのは賛成なんだが、まさかそこにいる女子供と老人も一緒にやる気なのかい?」
「おい誰が子供だっ——」
始めに言われたことは無視をしていたが、2度まで言われたことについムキになってしまった陸徒は、ラルゴに突っかかろうと前に出る。だがすぐさま後ろから波美に引っ張られ、アクシオが口を割って入り塞いできた。
「こいつらは俺の仲間だ。成りはともかく、お前さんが思っているよりもかなり強い」
「ほぉ。まぁあんたがそう言うなら間違いないのだろう。兎に角どんな仕事であれ、依頼元を裏切ったりして、ギルドの顔に泥を塗るような真似だけはやめてくれよ」
「あぁ。わかっている」
アクシオは、仕事を請けるためのギルドからの紹介状をラルゴより受け取る。斯くして、首尾よく魔信教団と接触する機会を得ることができた。果たして教団からの仕事とは一体どのようなものなのだろうか。




