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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第39話「シェリルの矢作り教室」

 シェリルが矢を作るというので、陸徒は興味本位で付き合うことにした。

 まず始めに向かったのは宿屋から最も近い道具屋。船の乗客も去り、町はすでに閑散としていた。

 店に入ると、会計のカウンター越しに座っていた店員が声を掛けてくる。


「いらっしゃい。なにかお探しかい?」


 無愛想な中年女性が、淡々と迎えた。


「こんにちは。あの、ルーンシルク製のリボンはございますか?」

「ええあるわよ。どれくらい欲しいの?」

「そうですね、1メートル間隔で切っていただいて、それを20本お願い出来ますでしょうか」

「そんなに必要なのか。ってか矢を作るのになんでリボンを?」

「これがなければ作れないのです」


 答えになっていない返事に、陸徒は眉間に皺を寄せる。

 ルーンシルクというのは、アルファードで服を購入する際にもでたもの。魔力を通しやすい特殊な繊維だ。


「お待ちどうさま。毎度どうもね」


 外に出ると、強い日差しが一気に襲ってきた。夏の一番暑い時間帯だ。

 この世界の文明ではエアコンという便利な代物など存在しない。

 しかしこれまで訪れた場所でもそうだったが、建物の中はどこも涼しく感じた。

 陸徒は改めて疑問を持ち、シェリルへ問い掛ける。


「しっかし暑いなぁ。そういやこの世界には冷房なんてあるのか?」

「冷房でしたらございますよ」


 やはりと思いつつも、涼しい理由がまったくわからない。

 それはこの世界ならではの機構によるものだった。

 以前アルファード城の地下にて発見した、光照石がそれにあたり、エスクード鉱石を精製した特殊な石に、氷の魔術を与えたものが氷冷石。そこから発せられる冷気によって空間を涼しい環境にする。

 冷気の強弱は調整できるため、より冷たくすれば食材の冷蔵保存も可能だ。


 会話をしているうちに、次の店に辿り着く。

 陸徒が店の看板を見上げると、食材屋と表記されていた。

 食材屋で矢の材料。道具屋でのリボン以上に使い道が見出せない。なぜ矢を作るのに食材が必要なのだと、陸徒の脳内に疑問だけが駆け巡る。

 

「へいらっしゃい! 今日はなにをお求めで?」


 店の前に立つと、愛想のいい店主が、勢いよく迎えた。

普段来店しない客へ精一杯の対応をと、手もみをしながら営業スマイル全開だ。

 シェリルも同じく笑顔で返し、買い物を始めた。


「こんにちは。リンゴを20個いただけますか?」

「はいよっ! リンゴ20個だね!」

「いやいやちょっと待て。なんでリンゴなんだ?」

「わたくし、リンゴが好きなのです」


 思わず食い気味にツッコミをする陸徒。

 だがここでの返答も、彼の求めているものではなかった。


「へいお待ち! リンゴ20個、まいどありっ!」


 店主の江戸っ子なノリはさておき、陸徒はなぜリンゴを買ったのか理解できずにいた。空腹だったのだろうか。だとしても20個という数は多すぎる。

 そこで陸徒は"20"という数字が頭に引っ掛かった。先ほどの道具屋でもリボンを20本購入していた。

 それを踏まえると、やはり矢の材料なのだろうか。陸徒の頭はますます混乱していた。

 いよいよ痺れを切らし、シェリルへ本題を問い出そうとする。すると彼女のほうから口を開いてきた。


「それでは陸徒さん、これから矢の製作をしますので、海岸へ行きましょう」

「海岸? は、はぁ……」


 海岸と言われてもなにひとつ理解できていませんが。陸徒は心の中で呟くも、言われるままに海岸へと向かう。

 辿り着いたのは船着場の東側にある海岸。少し進んで砂利の多い場所に出る。

 足を踏み入れるや、シェリルは唐突に石を拾いだした。


「陸徒さん、これくらいの形をした石を探していただけますか?」


 シェリルは拾った石を陸徒に見せる。

 なんの変哲もないただの石で、さしずめウズラの卵サイズといったところ。


「これも20個集めるのか?」


 眉をひそめながら問う陸徒。シェリルは屈託のない笑みを返して頷く。

 陸徒はまったく理解が進まないまま、石を集める作業に入る。

 この程度の石はどこにでもあり、時間を要せず集めることができた。

 ふたりは海岸を上がった先のベンチに腰掛けた。


「20個揃いましたね。それでは早速矢を作る準備に取り掛かりましょう」

「シェリル、そろそろちゃんと教えてくれ。この材料でどうやって矢を作るんだ? 普通あれだろ、木の棒の先端に鏃、反対側に羽を付けて作るもんじゃないのか?」


 さすがの頃合いだと、陸徒は会話の口火を切る。

 するとシェリルは返答をしながら準備をし始めた。


「通常ではそうですね。ですが、わたくしの矢は普通の矢とは作り方が違うのです」


 そう言って、購入したリンゴをひとつ、袋から取り出す。


「まずはこのリンゴを、食べます!」


 リンゴをそのまま齧り始めた。


「お、おい……シェリル?」

「はい。とても美味しいですよ」


 シェリルはリンゴを頬ばりながら笑顔を撒き散らす。陸徒はもはやツッコミをする気も起きなかった。

 普段からおっとりした性格の彼女であるが、今回の不可解且つマイペースな行動に、詮索するのも疲れていた。

 だが無視をするのも可哀想だと、淡々として言葉を返す。


「いや……美味しいとかそう言うんじゃなくて、矢を作るんだろ?」

「はい、そうですよ。陸徒さんもご一緒に食べましょう」


 もうわけがわからんと思いながらも、陸徒もリンゴをひとつ手に取って食べ始める。

 この時シェリルは、5個目を食べているところだった。なんという早さ。食べ終わった4個は綺麗に芯だけ残して、ベンチの端に並べられている。

 結局、陸徒が4個。残り16個はシェリルが平らげた。

 彼女は寧ろまだ食べたそうな雰囲気。リンゴ好きにもほどがある。


「美味しかったですね! では、只今から矢を作り始めますね。まず、先ほど食べたリンゴの芯が残っています。これにリボンを巻きます」


 慣れた手つきで、リンゴの芯にリボンを巻き付ける。


「そして海岸で拾いましたこの石を、芯の先端に添えます」


 これで3つの材料全てが使用された状態となる。

 ここからなにがどうなって矢になるのだと、陸徒の頭の中を様々な想像と疑問が駆け巡る。


「最後に、わたくしの小手に填められているこの石を使用します」


 シェリルは、利き手に装備している小手を見せてきた。手の甲の部分に青く輝く小さな石が填め込まれている。


「その青い石はなんだ?」

「これは聖石オーリスと言いまして、法術の波動を具現化させる力がございます」

「へぇそんな石があるのか。で、そいつでどうやって矢を?」

「まず、芯に巻き付けましたルーンシルクのリボンに法術の波動を送り込みます」


 リボンの部分に手を当てる。わずかな集中。するとたちまちにリボンが柔らかな光を纏いだした。

 ルーンシルクによって、法術の力を帯びたリボンへと変化する。


「続いてこれに聖石オーリスを翳します」


 そのまま聖石オーリスが填められた小手を近づけると、芯ごと全体が強く光り出し、それを維持したまま、瞬く間に矢の形状へと変化させたのだ。

 光が消えると、そこには金色のシャフトに白い羽、青色に輝く鏃の、まさしくシェリルの使用している矢の姿があった。


「なにが起きたんだ? リンゴの芯とリボンと石ころが、本当に矢になったぞ!」

「これが聖石オーリスの力です」

「いったいどうやって矢に変わったんだ?」


 シェリルの説明によると、彼女の持つ聖石オーリスには矢のイメージが記憶されており、ルーンシルクに帯びた法術の波動を、石の力で記憶された物の形状に変えるという仕組みだ。

 本来の製作工程では、木の棒にリボンを巻き付けて行うものなのだが。説明の途中でシェリルが急に言葉を止め、頬を赤く染めながら恥ずかしそうに俯く。

 どうしたのかと陸徒が聞き出す前に、自ら言葉を再開した。


「わたくしが弓術を学び始めた幼少の頃、聖石オーリスに矢のイメージを記憶させる練習をしていたのですが……」

「うん。それで?」

「……リンゴが大好きでそればかり考えていましたら、リンゴを材料に作るイメージが記憶されてしまったのです……」

「そ、そうなのか……」


 体をもじもじと揺らせ、幼き頃の自分の恥ずかしい話をカミングアウトするシェリル。

 なんとも可愛らしく間の抜けた話だと、陸徒は笑うしかなかった。


「でも後から正しい記憶をイメージさせ直せば、よかったんじゃないか?」

「それが……聖石オーリスに一度記憶させたイメージは、二度と変えることができないのです」

「なるほどな。だから今もずっとリンゴで作り続けているんだな。それでも矢ができているんだし、結果オーライなんじゃないか」


 陸徒はこれまでの疑問が解決できたことに、清々しい気分になる。


「それに、作る時に大好きなリンゴがたくさん食べられるもんな」


 そしてまんざらでもない顔をすると、シェリルは満面の笑みで頷く。

 その笑顔には、幼少期の恥じらいや、聖石オーリスへの記憶法を失敗してしまったことへの後悔など、微塵も感じられなかった。


「ところで、矢ができたのはいいが、実際にそれを射る時に光の矢に変わるだろ? あれはどういう仕組みなんだ? やっぱり聖石オーリスの力なのか?」

「はい。聖石オーリスで作られた矢は、聖なる光に変化させることができるのです」

「そうだったのか。その光の矢がなんなのかずっと気になっていたんだ。これで謎が解けた」


 さらにその光は、障壁や干渉をはね除ける力を持つ。

 風の谷にて、矢が強風に煽られることなく真っすぐに飛んでいったのはそのためだ。

 未知なるものをまたひとつ知った陸徒。

 彼はふと思った。いつか元の世界へ帰る日がくる。

 その時、この不思議な世界とも、ここで出会った人たちとも別れるのだ。

 ……シェリルとも。

 海岸線に沈みゆく夕陽に照らされるシェリルの笑顔。陸徒は思わず視線をそらした。

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