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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第39話「シェリルの矢作り教室」

 陸徒は、シェリルが自分の武器である弓矢を作るとのことで、その製作方法と光の矢の仕組みに興味が湧き、付き合うことに。

 まず始めに向かったのは道具屋。町の入口付近にある宿屋から船着場方面へ数十メートルほど進んだ先にあった。

 乗ってきた船の乗客たちはもう全くと言っていいほど残っておらず、大半がエクシーガへ向かった模様。その為か、町の商店の周辺も既に閑散としており、当然ながら道具屋の中は客1人すらいなかった。ふたりが入店すると、会計のカウンター越しに座っていた店員が声を掛けてくる。


「いらっしゃい。なにかお探しかい?」


 この店の店主かまたはその奥さんだろうか、中肉中背の小柄な体型をした、黒髪の中年女性だ。さほど愛想は良くないが、良くも悪くも淡々とした態度での接客だ。


「こんにちは。あの、ルーンシルク製のリボンはございますか?」

「ええあるわよ。どれくらい欲しいの?」

「そうですね、1メートル間隔で切っていただいて、それを20本お願い出来ますでしょうか」

「そんなに必要なのか。ってか矢を作るのになんでリボンを?」

「これがなければ作れないのです」


 リボンを買うというところまでは良いが、それが矢の材料なのかと考えるといまいち理解できない。おまけに製作者本人からも答えになっていない返事に、陸徒は困惑の表情をする。

 ちなみにルーンシルクというのは、以前アルファードの城下町で彼らの服を購入する際に説明された素材だ。魔力を帯びた絹糸を編んだもので、様々な魔法効果を受け易いようになっている。


「お待ちどうさま。ルーンシルクのリボンを1メートルずつで、計20本だね」


 支払いを済ませ、陸徒とシェリルは店を出た。

 外に出ると、ちょうど西の方角からの日差しが目を直撃して非常に眩しく感じる。夏の一番暑い時間帯だ。当然ながら、この世界の文明ではエアコンという便利な代物など存在しない。しかしどうだろうか、宿屋や先ほど入った道具屋でもそうであったが、建物の中は意外に涼しく感じた。

 陸徒はその不思議な現象に疑問を感じ、シェリルへ投げかけてみる。


「しっかし暑いなぁ。この世界には冷房なんてもんは存在しないだろ?」

「冷房でしたらございますよ」


 まさかと思っていた発言を受け、陸徒は一瞬驚きを見せる。しかしその後の説明から、陸徒が思い描いていたそれとは無論異なり、この世界ならではの機構によるものだった。

 ミドラディアスにおける魔術の基本的な仕組みは、術者が魔術書を介し、異界に存在する精霊や魔獣の力を借りて現象を発動させるものだ。だがそれ以外にも、物に魔術の力を宿らせることも可能としている。

 以前アルファード城の地下にて発見した、光照石と同じ理論で、エスクード鉱石を精製した特殊な石に、氷の魔術を掛けたものが氷冷石という。そこから発せられる冷気によって空間を涼しい環境にしてくれる。冷気の強弱は調整出来る為、より冷たくすれば食材の冷蔵保存も可能だ。

 陸徒は、このような話を聞くたびに、自分たちの世界にもあれば地球の環境改善に役に立つのに、とつくづく思うのであった。


 会話をしているうちに、次の買い物目的の店に辿り着く。

 陸徒が店の看板を見上げると、そこには食材屋と書かれているのがわかった。それも当然で、この町には道具屋と食材屋しかないため、買い物となればそれらの2件のみだ。

 しかし食材屋で矢の材料……。道具屋でのリボン以上に疑問を感じる。なぜ矢を作るのに食材が必要なのだと、陸徒はひたすらに疑問符を頭上に浮かべるのみであった。

 食材屋は道具屋から更に船着場の方角にあり、入国審査を済ませるとすぐに目につく位置にあった。店先には野菜や果物などが並べられている。定期船が着いた時は、店主が降りてくる乗客に対して必死に客引きをしていたようであったが、ほとんど立ち寄っていく者はいなかったという、なんとも可哀想な光景を陸徒は思い出した。


「へいらっしゃい! 今日はなにをお求めで?」


 店の前に着いて数秒もしないうちに店主が出現する。外観の年齢は50代前後といったところか、白髪混じりの頭髪で、愛想の良さそうなオヤジだ。

普段あまり来店されない客へ精一杯の接客をと、目の前で両手で合わせ手もみをしながら、満面の笑みで対応してくる。シェリルも同じく笑顔で返し、買い物を始めた。


「こんにちは。リンゴを20個いただけますか?」

「はいよっ! リンゴ20個だね!」

「いやいやちょっと待て。なんでリンゴなんだ?」

「わたくし、リンゴが好きなのです」


 思わずツッコミの如く反応してしまった陸徒は、率直にシェリルへ問い出すも、その答えは彼の求めているものではなかった。


「へいお待ち! リンゴ20個、まいどありっ!」


 店主の江戸っ子的なノリはさておき、陸徒はなぜリンゴを買ったのか理解出来ずにいた。ただ好きだから買ったのだろうか。そうだとしても20個という数は多すぎる。

 そこで陸徒は"20"という数字が頭に引っ掛かった。先ほどの道具屋でもリボンを20本購入していた。それを踏まえると、やはり矢の材料なのだろうか……。疑問が疑問を呼び、陸徒の脳内はミキサー状態だ。いよいよ痺れを切らしてシェリルへ本題を問い出そうとしたところへ、彼女の方から口を開いてきた。


「それでは陸徒さん、これから矢の製作をしますので、海岸へ行きましょう」

「え、海岸? ……わ、わかった」


 海岸と言われてもなにひとつ理解できてませんが……。陸徒はそう頭の中で呟くも、さしあたって言われるままに海岸へと向かう。

 辿り着いたのは船着場の東側にある海岸。少し歩み進むと砂利の多い場所に出る。足を踏み入れるや否や、シェリルは唐突にその石を拾いだした。


「陸徒さん、これくらいの形をした石を探していただけますか?」


 そう言ってシェリルは、拾った石を徐に陸徒に見せてくる。なんの変哲もないただの石ころで、さしずめ鶉の卵の大きさに近い形をしたものだった。


「これも20個集めるのか?」


 眉をひそめながら問う陸徒に対して笑みを返して頷くシェリル。陸徒は全く理解が進まないまま、石を集める作業に入る。

といってもこの程度の形の石はどこにでもあり、数分と経たぬうちに集めることができた。


「20個集まりましたね。それでは早速矢を作る準備に取り掛かりましょう」

「シェリル、そろそろちゃんと教えてくれ。この材料でどうやって矢を作るんだ? 普通あれだろ、木の棒の先端に鏃、反対側に羽を付けて作るもんじゃないのか?」


 海岸を上がった先にベンチがあったため、ふたりはそこに腰掛けた。流石の頃合いだと、陸徒は会話の口火を切ると、シェリルは返答をしながら準備をし始めた。


「通常ではそうですね。ですが、わたくしの矢は光の矢へと変化する特別なものです。なので作る材料も製作工程も従来のものとは異なります」


 そう言って、先ほど食材屋から購入したリンゴをひとつ袋から取り出すと……。


「まずはこのリンゴを、食べます!」


 手にしたリンゴをそのまま齧り始める。


「お、おい……シェリル?」

「はい。とても美味しいですよ」


 シェリルはリンゴを頬ばりながら、顔に手を当ててニコニコと笑顔を撒き散らす。

 陸徒は最早ツッコミをする気も起きなかった。普段からおっとりした性格のシェリルであるが、今回の不可解且つマイペースな行動に詮索するのも疲れたようだ。とはいえ、無視をするのも可哀想だと、淡々として言葉を返した。


「いや……美味しいとかそう言うんじゃなくて、矢を作るんだろ?」

「はい、そうですよ。陸徒さんもご一緒に食べましょう」


 はぁ。もうわけがわからんと思いながらも、陸徒もリンゴをひとつ手に取って食べ始める。この時シェリルは、五個目を食べているところだった。なんという早さ……。しかも食べ終わった四個は綺麗に芯だけ残してベンチの端に並べて置いてあった。

 結局、陸徒が食べたのは4個。残りの16個はシェリルが平らげた。4個だけでも夕食がいらないと思えるほどに腹が膨れたはずだ。にも拘らずその4倍もある数を余裕で食べ尽くしたシェリル。その上特に満足だという様子を見せておらず、寧ろまだ食べたそうな雰囲気だ。リンゴ好きにもほどがある。


「美味しかったですね! では、只今から矢を作り始めますね。まず、先ほど食べたリンゴの芯が残っていますよね。これにリボンを巻き付けます」


 シェリルは慣れた手つきで、リンゴの芯にリボンをコイル状に巻き付ける。


「そして海岸で拾いましたこの石を、芯の先端に付けます」


 付けると言っても接着させるわけではなく、正しくは芯の先端に添えるような感じだ。

 ベンチに座った陸徒とシェリルの間に、リボンを巻き付けたリンゴの芯と、添えた石ころが置かれ、これで3つの材料が全て使用された状態となる。ここからなにがどうなって矢になるのだと、頭の中を様々な想像と疑問が駆け巡っている陸徒だが、最後まで見物に徹することにした。


「最後に、わたくしの小手に填められているこの石を使用します」


 シェリルは、矢を射る利き手に装備している小手を陸徒に見せてきた。彼は今まで気がつかなったようであるが、手の甲の部分に青く輝く直径3、4センチほどの小さな石が填め込まれている。


「その青い石はなんだ?」

「これは、聖石オーリスと言いまして、法術の波動を具現化させる力がございます」

「へぇそんなすげえ石があるのか。で、そいつでどうやって矢を?」

「まず、芯に巻き付けましたルーンシルクのリボンに法術の波動を送り込みます」


 シェリルはリボンの部分に手を当てると、目を閉じてしばし集中する。すると忽ちにリボンが昼白色の柔らかな光を纏い始めた。魔法効果の受けやすいルーンシルクによって、法術の力を帯びたリボンへと変化する。


「続いてこれに聖石オーリスを翳します」


 リンゴの芯に巻き付けた光るリボンに、聖石オーリスが填められた小手で近付けると、芯ごと全体が強く光り出し、それを維持したまま瞬く間に矢の形状へと変化させたのだ。

 数秒ほど経過すると光が消え、そこには金色のシャフトに白い羽、青色に輝く鏃の、まさしくシェリルの使用している矢の姿があった。


「なにが起きたんだ? リンゴの芯とリボンと石ころが本当に矢になったぞ!」

「これが聖石オーリスの力です」

「一体どうやって矢に変わったんだ?」


 シェリルの説明によると、彼女の持つ聖石オーリスには矢のイメージが記憶されており、ルーンシルクのリボンに帯びた法術の波動を、石の力で記憶された物の形状に変えるという仕組みだ。本来の製作工程では、木の棒にリボンを巻き付けて行うものなのだが……。

 説明するシェリルが急に言葉を止め、頬を赤く染めながら恥ずかしそうに下を向く。どうしたのかと陸徒が聞き出す前に、自ら言葉を再開した。


「わたくしが弓術を学び始めた幼少の頃、聖石オーリスに矢のイメージを記憶させる練習をしていたのですが、リンゴが大好きでリンゴのことばかり考えていましたら、リンゴを材料に作るイメージが記憶されてしまったのです……」

「そ、そうなのか……」


 体をもじもじと揺らすように微動させながら、幼き頃の自分の恥ずかしい話をカミングアウトするシェリルを見て、なんとも可愛らしく間の抜けた話だと、陸徒は笑うしかなかった。

彼としては、シェリルが王女だからか、子供の頃からしっかりしているのかと思っていたようだ。だが意外性はあったにしても、逆に好感が持てたことだろう。


「でも後から正しい記憶をイメージさせ直せば良かったんじゃないか?」

「それが……聖石オーリスに一度記憶させたイメージは、2度と変えることができないのです」

「なるほどな。だから今もずっとリンゴで作り続けているんだな。それでも矢がきちんと作れているんだし、結果オーライなんじゃないか。それに、作る時に大好きなリンゴが沢山食べられるもんな」


 陸徒の言葉に、シェリルは満面の笑みで返事をする。その笑顔には、幼少期の恥じらいや、聖石オーリスの記憶法を失敗してしまったことへの後悔など微塵も感じなかった。余程にリンゴが好きなのであろう。


「ところで、矢ができたのはいいが、実際にそれを射る時に光の矢に変わるだろ? あれはどういう仕組みなんだ? やっぱり聖石オーリスの力なのか?」

「はい。聖石オーリスで作られたものは、その形状を保ちながら聖なる光に変化させることができるのです」

「そうだったのか。その光の矢がなんなのかずっと気になっていたんだ。これで謎が解けた」


 補足すると、聖石オーリスの力で形成された聖なる光は、異質な力を跳ね除ける他、一部の物理的な効力を無効化させることができる。例えば術によるバリアを貫通させたり、風や水による抵抗を受けない等がある。風の谷にて、シェリルの矢が強風に煽られることなく真っすぐに飛んでいったのはそのためだ。

 自分の住む世界では考えられない不思議な力をまたひとつ知ることができた陸徒はふと思った。これからの旅先、もっと多くの人知を超えたような現象を知ることになるであろう。それと同時に自分たちが元の世界に帰る時が近づいてくる。そうなれば、このような摩訶不思議な世界ともお別れだ。ここで会った人たちとも、シェリルとも……。

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