第35話「いざ出航 港町での予期せぬ再会」
「お、お前は!」
「あ! ラフェスタの町で兄ちゃんに戦いを挑んできた、ちょっと変な人だ!」
「誰が変な人だって!?」
陸徒たちの前に現れた人物、それは双竜剣と言われる特殊な2本の剣を操る、旅の女剣士シルビアだった。
波美に似た男勝りの性格で、小麦色の肌と吊り上がった目、その風貌からは、言葉を交わさずとも気性が荒いことが容易に伺える。しかしどことなく、初めて会った時と比べてやや親しげな感じではあるが……。
そのような態度であろうと関係なく、陸徒はラフェスタの町での出来事もあってか、敵意を剥き出しにしていた。
「あの時はいきなり俺に斬りかかってきやがって! 今回もまたやろうってのか?」
「なんだい、久しぶりに会ったってのに早々と釣れない態度だねぇ。まぁ別に、そんなにアタイと戦いたいってんなら、受けたっていいんだよ?」
牙を剥く陸徒に、ひとつ溜息をついた後、相手を唆すような仕草で逆に挑発をしてくるシルビア。彼女は腰に納めている双竜剣の柄に手を当て、戦闘の意志を見せつけてきた。
「ちょっと! こんな人通りの多い町中でなにしようとしてんの!?」
陸徒たちとシルビアが出会った場所は、アヴァンシアの町の入り口付近。町を出入りする人たちが往来する、比較的混み合った通りだ。
波美に制止されたからか、陸徒は一時冷静さを取り戻して、剣の柄へ手を持っていこうとした動作を止めた。
「まぁここじゃ場所が悪いな。それに、お前にいちいち付き合っている暇なんてない」
「あらあら。怖気ついちゃったのかい?」
スルーを決め込もうとしてる陸徒に対し、構わず煽ってくるシルビア。
元々怒りの感情の沸点が低い陸徒にとっては、我慢の限界がすぐに到達してしまい、顔を歪ませ、鬼のような形相でシルビアに突っかかってしまった。
「んだとてめぇ!!」
頭に血が上った陸徒は、再びラディアセイバーの柄に手を当て、吹っ掛けられた喧嘩を買おうとするが……。
「いい加減にしなさいよね!! りっくんはそんな挑発にいちいち乗らないの! それとシルビアだっけ? あなたもなにしにここにきているのか知らないけど、あたしたちは旅の途中なの。邪魔しないで!」
耳をつんざくほどの大声で、波美が陸徒とシルビアを一喝する。当然ながら、その声に反応して周りの人々の視線が彼らに集まってくる。
さすがのシルビアも、間近で受けた怒号に参ったのか、耳の穴に人差し指を抜き差しして、鼓膜への刺激を緩和させる。陸徒も、周囲の騒めきに動揺したことで落ち着きを取り戻し、すぐに感情的になってしまった自分を反省する。
他のメンバーも、扱いにくそうなふたりを一撃で宥めた波美の行動に、優れた統率力に似たなにかを感じ、阿鼻叫喚していた。
「あぁ、耳が痛いよったく……まぁいいや。で、旅の途中とか言ってたけど、あんたたちはなにしにこの町へきたんだい?」
一先ずことが収まり、冷静になったシルビアは、耳の穴に刺した指はそのまま、片目を瞑りながら質問を投げてきた。
「わたくしたちは明日、定期船でエリシオン王国へ向かうところです」
先ほどの陸徒たちのやり取りが、まるでなにもなかったかのように、落ち着いた口調で答えるシェリル。
シルビアはエリシオンという言葉を聞き、やや懐かしがるように遠い目をする。彼女がエリシオン出身なのか、そこでの特別な思い出でもあるのかは定かではないが。
「そういうあなたこそ、ここでなにをしているの?」
「アタイは、たまたまここへ立ち寄っただけだよ。そこであんたたちを見掛けてね。特に用はないから、しばらくしたらここを出て旅を続けるつもり」
「そっか。とりあえず俺たちはこれから宿を取りに行くんだ。用がないならここでお別れだな」
「あ、うん……そうだね。それじゃ!」
波美が今度はシルビアへ質問を返すと、素直に答えるが、野次馬が集っているこの状況をなんとかせねばと、アクシオが早々に言葉を返して場を取り止める。
シルビア自身も、アクシオの淡泊な対応に少し落胆したのかはわからないが、会話を弾ませようとしていた時のような浮ついた表情を作るが、あっさりと返答して、そそくさとこの場を去っていった。
勝手に喧嘩を吹っ掛けてきた時とは対極の態度に、陸徒はなにか腑に落ちない怪訝な顔をしながら、ある違和感を抱いていた。しかしそれを模索する前に、当初の目的へと戻る。
シルビアが去っていくのとほぼ同時に、ほとぼりが冷めたことを確認したのか、周囲に群がっていた野次馬も、蜘蛛の子を散らすかのように足早に消えていった。それを見計い、一行は気を取り直して宵越しの宿を探しに当たる。
ここアヴァンシアの町は、初めに訪れた港町ラフェスタほど賑わってはいないが、定期船が頻繁に発着され、それに伴って人々の往来が多く、活気に満ち溢れている。
高台のある地形で、そこには町を見下ろすように住宅地が広がり、港の前を商店が建ち並ぶ。漁港も存在するが、漁はさほど盛んではない。この町の主要財源は観光とエリシオンとの交易によるものだそうだ。
商店街の隣の路地をしばらく歩くと、宿屋が数件並んでいる通りに出る。陸徒たちはその中から目ぼしい所を選び、宿泊の手続きを済ませることに。
「そういえばさ、旅の資金は予め用意しているんだろうけど、現状収入はゼロだよな? こうして宿泊を繰り返していくうちに、いつか底をついちまうと思うんだが」
ロビーから各自の部屋へ行く手前、陸徒はふと素朴な疑問に気づき、それを隣にいたシェリルに投げかけた。
「今回の旅の資金は十分に用意しておりますので、当面はその心配はございませんが、状況によっては資金調達も考慮しなければならないとは思います」
「そうよねぇ。食費とかも結構掛かっているしね。お金持っていないくせに毎回大飯食らう人がいるのが原因だとは思うけどねぇ……」
シェリルの回答に重ねるようにして、波美が後半の言葉のトーンを徐々に強めながら、流し目でとある人物に攻め寄る。
その対象はアクシオ。彼は周囲を圧巻させるほどの大食漢で、毎度のようにひとりで4人前は平気で平らげるのだ。この事実に対して、アクシオはぐうの音も出ず、正に蛇に睨まれた蛙のように委縮してしまった。
それに構わず、波美の攻めの問答が繰り出される。
「ぐっ……そんな目で俺を見るな」
「あなたまさか、あたしたちと一緒にいれば、食べるのに困らないからついて来ているんじゃないでしょうね?」
「バ、バカ言ってんじゃねえよ! 確かに金の面では世話になりっぱなしだけどよ、いつかちゃんと返そうと思っているし、そんな不純な動機なわけないだろ」
図星を食らっているようではなさそうだが、両手を前に出して大きく振りながら、アクシオは必死に否定をする。
「まぁまぁアクシオ、そんなに顔真っ赤にして否定しなくたってわかってるさ。波美だって半分ふざけてるだけで、本気で思ったりしてねぇよ」
「わたくしも皆さんも、アクシオさんのことはとても信頼していますわ。お金の面でしたらなんとかなりますので、ご心配なさらずに」
「す、すまねぇな……」
苦笑いしつつも、後頭部を手で掻きながら顔を上下に動かして、ヘコヘコと謝るアクシオ。以前もそうであったが、金銭が絡むとどうも気が弱くなってしまう質のようだ。
だが実際には、ログノスキュラやガルティオルフ、ゲオスノームと、これまでの強敵相手に危険を顧みず、命懸けで戦ってきてくれている。普通ならば、タダ飯が食えるという理由だけの、生半可な気持ちではついて来たりなどしない。それは、他のメンバーも十分に理解していた。
「シェリル、さっき言っていた資金調達の方法って、一体なんなんだ?」
やや脱線した話を頭に戻すように、陸徒が促す。
「ええ。ギルドという組織が運営している場所が、世界各地に存在しております。そこではモンスターの討伐を始め、要人や商人の警護等、主に戦闘が絡むような危険な任務の依頼が、多く寄せられています」
未だに世界各地では内乱や戦争が勃発してはいるものの、そんな不安や恐怖とは離れた日本で暮らす陸徒たちにとっては、戦うことを生業としての生活が可能なシステムに、ただ驚く他なかっただろう。
近頃はミドラディアスでも、モンスターの数が増えてきているためか、以前に比べてギルドへの依頼も殺到しているそうだ。依頼内容によっては、しばらく金に困らないほどに稼げるものもある。ただし、それ相応に難易度も高く、当然命の危険も伴ってくる。
現状、寄り道をしている暇はなさそうではあるが、必要に応じてギルドを利用することも視野に入れておくとして、陸徒たちは今日一日を終える。
翌日。降り注ぐ陽光と小鳥たちのさえずりの元、朝を迎えた。連日のように気持ちの良い快晴で、絶好の船出日和だ。
各人朝の支度と朝食を済ませ、出発の準備を整える。毎度のことではあるが、メンバーをロビーにて半刻ほど待たせた挙句、欠伸をしながらノロノロとやってくる空也には嫌気がさす。少しは成長したかと思いきや、これに関しては相変わらずだ……。兄としては羞恥心と怒りの感情に見舞われ、朝からなんとも言えぬ気持ちになる陸徒であった。
外へ出ると、照り輝く太陽に目を刺激されると同時に、爽やかな風が潮の香りを運んでくる。路地の先にある商店街からは、すでに買い物で賑わう人々の声が聞こえてきた。
「ホントにいい天気。最高の船出日和ね!」
朝からテンションマックスの波美。それとは対象的に、脳がまだ起きていないのだろうか、目が座ったまま一点を見つめフラフラと歩く空也。そんな弟を怪訝な表情で見る陸徒を、傍らで苦笑しながら見守るシェリル。と、日常的なシーンが描かれ、平和そのものと思える状況の中、路地を真っすぐ行った商店街の先にある港へ向かおうとした矢先、ある人物と遭遇する。
「お前たち、こんなところにいたのか」
突然背後から声を掛けてきたのは、波美の兄である喬介だった。
風の谷で陸徒たちの邪魔をしてきて以来、なにも音沙汰なく、いつどこで会うか不安と懸念はあったものの、まさかここで見つかるとは思いもよらなかった。無論、喬介の傍らにはエルグランドの女王アーシェラも存在していた。
「みんな、港まで走って船に乗り込むぞ!」
ここは町の中。戦闘など起こすわけにもいかない。陸徒には、今このふたりを相手にすることによって生じる、致命的な要素が頭をよぎっていた。
考えている暇もなかった。人通りの多い商店街まで行けば、奴らも迂闊に手を出してはこられないと、陸徒は瞬時に判断し、皆へ合図をして一斉に港の方へ走り出す。
「ちっ、逃がすかっ!!」
咄嗟に喬介は剣を構え、陸徒たにに向けてある技を使おうとしている。
陸徒が危惧していた致命的な要素とはこれであった。回避できるほど幅員が十分に確保されていない路地であることと、現状対策が見つかっていないまま、あの技を受けてしまっては全滅してしまう可能性が大いにあったからだ。
「くらえ、ヴァイパーソウル!」
案の定、予想通りの技を放ってきた。風の谷にて陸徒とアクシオを一気に絶体絶命のピンチへ追い込んだ、神経毒で体を麻痺させ行動不能にする技だ。
「や、やばい!」
万事休すかと思ったその時、陸徒たちの目の前で予期せぬことが起こる。
シュウウウと音を立てて、突然喬介の放ったオーラが蒸気のようになって掻き消されたのだ。
「随分と大層な技みたいだけど、アタイの双竜剣の敵じゃないね」
それを起こした人物が、陸徒の前に立ち、威勢の良い声を上げる。その主はなんとシルビアだった。紅く輝く剣を片手に、したり顔で降格を上げ、歯を光らせてニヤニヤと笑みを浮かべている。
昨日陸徒たちと話しをした後、すぐにこの町を出て行ったのかと思いきや、今目の前に彼女がいる状況に、一同は困惑を隠せずにいた。
「シルビア、お前なぜこんなところに?」
「さぁ……なんでだろうね。穏やかな状況じゃなかったし、まぁアタイの気まぐれってやつさね」
体を斜に構え、首を左右に動かして柔軟をしながら、陸徒に背を向けたまま返答するシルビア。
彼女の持つ双竜剣の片方である紅剣クリムゾンゼストから、先ほどのオーラを掻き消した余韻なのか、薄い湯気のようなものが出ている。陸徒と戦った際にも、この剣からとてつもない熱気が放たれていた記憶が蘇る。
「こんな時に邪魔が入るとはな……。お前は一体何者だ?」
「ただの通りすがりだよ。ってか、町中でドンパチやらかすとか、オタクらの頭はどうかしちゃってるのかい?」
あくまでクールに対応。予想外の出来事に一瞬驚きを見せてはいたものの、表情ひとつ変えずに鋭い眼光で睨みつける。対する赤髪は、そんな喬介の問いを軽くあしらった上に挑発までかましてきた。
しかし、その赤髪の言葉にツッコミを入れたくなったのは陸徒だ。過去に町中でドンパチをしでかしたのは一体誰なんだと……。
「助けてくれたのはありがたいけど、ここで戦うわけにはいかないよ」
「勿論戦うつもりなんてないさ。アタイに良い考えがあるんだ」
波美の忠告に同意を示しつつ、シルビアは自慢気な表情を作ると、空いていた左手で、鞘に納まっていたもう片方の剣を取り出す。
すると、脈打ち躍動するマグマのような紅い剣とは対極する、静寂を支配する氷河のような蒼く輝く美しい刀身が閃を描く。シルビアはそれを一振りすると、刹那周囲に冷気が纏わり、途端に陸徒たちのいる空間に霧が発生する。
「今だ! みんな一気に港に走りなっ!」
状況に戸惑いながらも、シルビアの気の籠った強い合図に、自然と体が反応するかのように一斉に駆け出す。
発生した霧によって、喬介とアーシェラは一時的に陸徒たちの姿を見失い、すぐには追撃してこなかった。
なんとか走り抜けた先、多くの人が行き交う商店街に差し掛かった時、シルビアが意外な行動に出る。
「おーい! みんな! この町にアーシェラ女王が来てるぞーっ!!」
突然周囲の人間たちに、アーシェラがここにいることを言いふらしたのだ。そして即座にその行動の意味が形となって現れる。
「なぁ、アーシェラ女王様がここ来ているらしいぞ!」
「えっ本当に? どこどこ?」
忽ちに人々がアーシェラ女王様、アーシェラ女王様と連呼し、喜びと敬愛の表情をしながら陸徒たちのいる方角に駆け寄って来た。
その様子から、女王アーシェラが国民から大いに慕われ、強い敬意を持たれていることが如実に伝わってくる。以前クレスタの口から出た言葉だが、彼女は野心家でありながら、愛国心の強い人物であると聞かされていた。それが今ここで証明されたというわけだ。
女王アーシェラを一目見ようと、ぞろぞろと集まって来る町の人達。さすがにこの状況では、喬介ですらも陸徒たちを襲撃することはできないだろう。
機転を利かせてくれたシルビアのおかげで、陸徒たちはこの騒ぎに乗じて、喬介とアーシェラの前から姿をくらまし、首尾よく定期船に乗り込むことに成功した。
「なんだかわからねぇが、とにかく助かった。ありがとな!」
「シルビア、あなたは船に乗らないの?」
いそいそと船の甲板に移り、アクシオが礼を言って、波美が問い掛けるも、相手方のシルビアはひとり桟橋に残り、手を振らずに笑顔で陸徒たちを見送ろうとしている。
「アタイはいいよ。また機会があったら会えるかもしれないし。それじゃっ!」
シルビアがそう言うと同時に船が動き出す。港から徐々に離れていく船に、赤髪は背を向けてそそくさと町の中へと消えて行った。
「あの人、ホントはいい人なのかもね」
「少し気が荒い性格なだけなのでしょうね」
空也とシェリルは笑い交じりで言葉を交わす。シルビアに対するイメージが変わったのだろう。
「お兄ちゃん……」
兄を案ずる思いを抱きながら、甲板の手摺に両手をかけ、町の景観が縮小されていく様子を眺める波美。
だがすぐに気を取り直し、いつものポジティブで明るい笑顔を撒き散らしながら、隣にいる陸徒へ詰め寄って声を掛ける。
「まぁ一時はどうなるかと思ったけど、シルビアのおかげで無事に船に乗れて良かったね、りっくん!」
「あ、あぁ……」
それに対し、陸徒は半ば上の空のようで、素っ気ない返事をするだけだった。
確かにあのシルビアって女、本当はいい奴なのかもしれない。シェリルの言うように、ただ気性が荒い性格なんだと思う。でもなにか気に入らない。ラフェスタの町では問答無用に斬りかかってきた上に、半分本気のようにも感じた。なのにさっきは俺たちを助けてくれたし、再会した時だって様子がいつもと違っていた。一体なにがしたいんだ? 真意が読めない……。
陸徒は心の中でそう詮索し、複雑な思いが駆け巡っていたせいか、素直に感謝の気持ちを表すことができなかった。




