第33話「大地の精霊と伝説の守護獣」
勝利宣言のようにゲオスノームを指差して、自信たっぷりの笑みを見せつける波美。先ほど彼女が発した攻撃によって、ゲオスノーム側もたじろいでいるようだ。
それを機と判断した波美は、陸徒とアクシオに目で合図を送ると、ふたりは頷き、同時にゲオスノームへ正面から特攻を仕掛ける。
相変わらずの硬い体で、傷をつけることこそできなかったものの、全体重をかけたふたりの渾身の突進攻撃による衝撃で、ゲオスノームは体勢を崩して膝をつき、地へ沈んだ。
千載一遇のチャンスとばかりに、陸徒とアクシオが波美へアイコンタクトを返してから、戦線を離脱するように大きくその場を離れると、波美は疾風の如くとても素早い動きで、一気に攻撃の間合いへ入り込む。
「やあぁぁぁぁぁっ!!」
気合の籠った発声と同時に拳を前へ突き出して、ストレートパンチを繰り出す。それが幾重にも出され、止めどない連打を浴びせた。
それはまるで、間近で打ち上げられた花火のように、全身に伝わる振動を起こすほどの爆音となって洞窟内に響き渡る。その音がひとつ鳴る度にゲオスノームの硬い岩の体が砕けていった。すると、破壊されていくゲオスノームの体から、暗闇を強く照らす太陽のように、黄白色の光が漏れ出してきた。
「地脈を乱すこの禍々しい波動……あれが、ゲオスノームを暴走させている根源です!」
その光を見るや否や、セリカが言い当てる。良く見ると、光を発している本体と思われる玉のようなものが、ゲオスノームの胴体の中心、人間で言うと心臓に近い位置にそれがあった。
「ガルティオルフの体内にあったプリウスの魔石と同じ波動を感じる。あの光の発生源がプリウスの魔石に違いないですぞ!」
セリカと同タイミングで、彼女とは違うモノを感じ取ったクレスタが大声を発した。
「やっぱり風の谷の時と同じパターンだったのね。確かに、玉のみたいなのが見える……!?」
クレスタの言葉を聞き、波美は攻撃を一旦止め、プリウスの魔石であろうものを凝視して確認するが、瞬時になにかに気づき、ハッとして一歩後退りして身構えた。
なんと、砕けたゲオスノームの体が、周囲の小石を吸い集めるかのように岩を積み上げ、再生をし始めた。
「まずい、あいつの体がどんどん再生していくぞ―!」
陸徒が注意を発しているその一瞬だけで、ゲオスノームの体内から漏れ出していた光がほとんど見えなくなるほどに、驚異的なスピードで再生が進む。気づいた頃には、体がほぼ元の状態に戻ろうとしていた。
だが幸いにも、肉体の再生中は攻撃に転じることができないのだろうか、ゲオスノームはただの岩の塊のように、なにもせずその場に立ち尽くしている。
考えている暇はない。そう判断した波美は、腰をやや低く落とし、深呼吸をして集中し始める。
「波美! 奴の再生が終わる。早くしないと攻撃されるぞ!」
アクシオが警告した直後、再生を完了させたゲオスノームは、すかさず目の前にいる波美を標的に攻撃へ転じる。
しかし波美は、紙一重とも言える刹那の動きで、ゲオスノームの攻撃よりも速く相手の懐に飛び込み、渾身の必殺技を放つ。
「くらいなさい! 奥技 爆竜砕芯拳!!」
陸徒は思わず息を吹き出して笑いそうになった。
波美の攻撃そのものよりも、彼女の叫んだ言葉に気が掛かって仕方がなかった。なぜなら、アニメやゲームの世界で良くある、露骨な必殺技の名を彼女が口にしたからだ。その手の知識には全くの無頓着であったはずなのに。
と、陸徒の頭の中をそう駆け巡ったのはほんの一瞬で、放たれた波美の技は、名前の印象など即座に掻き消すほどの迫力だった。
右の拳を正拳突きのように押し出して、ゲオスノームの腹部に決めた瞬間、先の連続パンチの時とは比べ物にならない爆音を上げ、閃光の如く衝撃波が放出された。
意勁——。拳の貫通力を自在にコントロールする術で、それを応用したものとして、相手の甲冑を破壊せずに直接人体に威力を伝える古流武術が存在する。俗に鎧通しとも言う。波美の技はまさにそれに似たものであった。
実際にその攻撃を受けたゲオスノームは、正面から見た外観は全く損傷しておらず、背後を貫通してなにかが弾き出される様子だった。だがゲオスノーム自身は、電源を落とした機械のように、一切微動だに動くことなくその場に佇んでいた。
「なんだ今の攻撃は……?」
「物凄い攻撃でした。見た目からはなにもわかりませんが、ゲオスノームの内部の至る所が激しく損傷しています。完全に機能を停止したようです」
「おいおいマジかよ。それって、精霊さんを殺しちまったってことか?」
「いいえ、ゲオスノームは不死身の精霊です。すぐに体内を再生させて復活します」
音や見た目の破壊力よりも、その攻撃の真髄を見抜いていたアクシオが驚愕する中、セリカも同様に攻撃の詳細を理解していた。そして大地の巫女だからこそ、ゲオスノーム自身に起きている状態もわかっていた。
「今の攻撃で、ゲオスノームの体内にあった異物も吹き飛ばされたようね。地脈の乱れが正常化し始めたわ」
カレンも同じくして、この状況を把握していた。
冷静に事象を分析した後、心の枷が外れたかのように、晴れた表情で声高らかにしながら姉のセリカに駆け寄る。
「お姉様! ゲオスノームの意識が正気に戻ったのよ!」
「ええ、いつもの穏やかなゲオスノームの波動を感じます」
どうやらゲオスノームの暴走は終息を迎えたようだ。大地の巫女の言葉がそれと戦闘終了の意を伴っていた。
陸徒と波美、アクシオは、戦闘で汚れた衣服を手で払いながら他のメンバーの元へ戻ると、いそいそとシェリルが法術を唱えて3人の傷を癒し、体力を回復させる。
「ありがとさん、シェリル! しっかし、波美のあの技は何だ? 一丁前に名前までつけてよ」
「……ん~。正直言うとね、思いつきなんだ、あの技」
波美の軽い発言に、陸徒は素っ頓狂な顔で口を開けて唖然とする。大層な命名をした上に、強硬なゲオスノームに対応する的確な技を放っていたにも関わらず、あの場では咄嗟に思いついた行動だったとは……。
要所で波美らしさを感じつつも、その機転の良さと彼女の格闘能力の才能にはつくづく感心と驚嘆するばかりだ。ふたりのやり取りを傍らで見聞きしていたアクシオは、神妙な顔つきでそれを読み取っていた。
「皆さん、正気に戻ったゲオスノームが、なにか語り掛けています」
そこへセリカが声を発し、一同の注目を集める。
なんだって。と陸徒たちが咄嗟に反応するも、彼らの耳にはなにも届いてはこなかった。当然ながら、一般の人間には大地の精霊の声など聞こえるはずもなく、大地の巫女のみがそれを可能とする。
ゲオスノームはもう完全に体の再生が済み、こちら側をずっと見ている様子であった。先ほどの暴走時に放たれていた威圧や殺気など微塵も感じず、寧ろその名の通り、大地の精霊と言うべき雄々しさと、神秘的な雰囲気さえ醸し出していた。
「で、その精霊さんはなんて言っているんだ?」
アクシオの問いに対し、セリカはなにかに取り憑かれたように一瞬意識を朦朧とさせると、ゆっくりと口を開き、そこから彼女の声でゲオスノームの言葉が代弁して語られる。
「助けてくれたこと、礼を言う。石の邪悪な気から解き放たれ、正気を取り戻すことができた。我の体から出されたのは、プリウスの魔石というモノだ。これは世界に4つ存在し、それぞれに火、水、風、地の力が備わっている」
アルファード城で聞いた話が織り交ぜられているが、石の邪悪な気という言葉が陸徒たちの耳に印象づけさせる。
「プリウスの魔石には強力な魔力が秘められているが故に、その魔力に惹かれ、周囲の邪悪な気も集まって来てしまうのだ。今までは我の力でそれを払い続けていられたのだが、突如と大量の邪悪な気が流れ込み、いつしか我自身が支配されてしまっていたようだ」
これまでの話から、陸徒は風の谷にいた怪鳥ガルティオルフを思い出した。
ゲオスノームの時のように、プリウスの魔石に大量の邪悪な気が流れ込んでしまったのであれば、それを体内に取り込んでいたガルティオルフも、同様に支配され、暴走してしまっていたという結論に至る。
だが、流水の洞窟にいた海獣ログノスキュラはどうであっただろうか。陸徒たちと戦っていた際は、暴走というより防衛に近かった。陸徒たちがあの場に侵入してきたことに対し、なにかを守るようにして迎撃していたようにも感じた。
大地の精霊は、それらを考察していた陸徒の独白に回答するような形で、更に会話を続けてきた。
「プリウスの魔石の在り処には、それぞれの場所を守る守護獣が存在する。流水の洞窟のログノスキュラ、風の谷のガルティオルフ、嶺王火山のフレイバルディア、そしてこの礫岩の洞窟のゲオスノームだ。おそらく、主らが戦ったログノスキュラは、まだ邪悪な気に支配されていなかったようだが、主らを魔石に集まる邪悪な気だと思い、守ろうとしていたのだろう」
「なんか、まるであたしたちが悪者みたいに思えてきちゃうわ」
それを聞いた波美は、ログノスキュラを退治した時を思い出しながら、罪悪感を露わにして表情を沈ませた。しかし、その後のゲオスノームの言葉から、案ずるには及ばないことを知る。
それぞれの守護獣たちは、死したとしても間もなく生まれ変わり、やがて元いた場所に住み着くようになって、再び魔石を守る守護獣としての役割を担うという。
もうひとつ、ゲオスノームは先ほど、陸徒たちにとって重要なキーワードを発していた。
「なるほど、そうだったのか。ところで、さっき火の魔石を守っているのが嶺王火山のフレイバルディアって奴だと言っていたな?」
「確かにそんなこと言っていたわね。でもそれがどうかしたの? あ、そっか!」
「次の目的地が決まりましたな」
アクシオがそのキーワードについて話を振ってきたところへ、波美が一瞬忘れかけていたなにかを思い出して、頭上に電球を光らせると、寡黙であまり発言をしない為か、若干の空気と化していたクレスタが発言した。
「ですが、嶺王火山という名は聞いたことがございません。一体どこにあるのでしょうか?」
火山と言えど、この世界にいくつも存在するような場所だ。余程有名な火山でもない限り、すぐに場所を特定するのは困難だろう。シェリルの発言がそう語っている。
世界を旅していたアクシオや、博識なクレスタでさえも、咄嗟に頭に出てくる世界の火山リストには、その名は表れず、疑問符を頭上に浮かせていた。
「ゲオスノームならなにか知っているはずよ!」
そこへ波美が単純な提案をして、一同がゲオスノームの代弁をしていたセリカに再び視線を移す。
「……はっ、すみません。少しボーっとしていました。先ほどゲオスノームの意識が私の中から抜けていきまして……」
しばし陸徒たちが見つめた後、セリカは夢から覚めた時のように、自分の意志で言葉を発してきた。
「ゲオスノームは体を休める為、しばらく眠りについたわ」
「ってことは、もう奴と話ができないのか?」
「そうよ。ちなみに嶺王火山の場所については私たちも聞き出せなかったわ。それとは別なんだけど、最後にあなたたちの持っているプリウスの魔石について伝えたいことがあるの」
先ほどまで半ばまどろみの状態であったセリカに代わり、カレンが事情を説明する。精霊の言葉を語っていたのはセリカだが、同じ巫女であるカレンも、ゲオスノームの意志とは常にリンクしており、話の一部始終全てを把握していた。
残念ながら肝心の嶺王火山についての情報は聞き出せなかったが、カレンの口から、プリウスの魔石を持つ陸徒たちに及ぶ危険性を示唆される。
「先も聞いたように、プリウスの魔石には常に邪悪な気が引き寄せられているわ。今はまだ微弱だけど、またいつ大量の邪悪な気が流れ込んでくるかわからない。その時は間違いなく、あなたたちにも危害が及ぶわ」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ……」
「ふふっ、ごめんね。でも安心して。大地の神殿には、邪悪な気を寄せつけない聖なる櫃があるの。その中に魔石を入れておけば、これからの旅先でも安心よ」
皆を恐怖に陥れるような話を展開させ、真っ先に怯える反応を示す空也を見て、小悪魔のようにクスクスと笑うカレン。
「まったく、脅かさないでほしいよ、もう……」
見事に翻弄され、あたふたしている空也を完全に面白がっているあたり、カレンの悪ふざけのようだが、そんな言動も、ゲオスノームの暴走という問題がクリアされたことの安心感からきたものだろう。
空也以外の面々はそれを理解し、微笑ましい様子だと、穏やかな気持ちで眺めていた。
最後の魔石の在り処について、課題が残ってはいるが、陸徒たちは一先ず、礫岩の洞窟を後にし、大地の神殿へと帰還する。




