第31話「地脈の集合地 礫岩の洞窟」
疑いのオーラを全面にむき出していた、神殿に居する双子の巫女姉妹のうちの妹カレン。先ほどまでツンとした態度をとっていた彼女が、突如と神妙な顔つきになり、大地の精霊のことについて話し始めた。
「ここへ来る前にお母様から多少は聞いているかもしれないけど、最近大地の精霊様の様子がおかしくなっているの……」
「あぁ。気を荒立てるようになったって話だな」
陸徒はラパン村にて会った、彼女の母親であるカルディナとの話を思い出しながら言葉にする。それに相槌を打ってから、カレンは話を続けた。
この地域で祭られている大地の精霊の名はゲオスノーム。精霊はこの大地の神殿から南へ少々歩み進んだ先にある、礫岩の洞窟に住んでいるそうだ。
続いて姉のセリカが話しだす。
「普段は洞窟から出てくることはなく、年に1度だけ行われる大地の精霊祭にのみ姿を現すのです」
「なるほどな。んで、大地の精霊がおかしくなっているってのは、具体的にどういった状況なんだ?」
この姉妹、改めて聞けば声までもが全くと言っていいほどに似ていた。一卵性双生児というのもここまでくると芸術に思えてくる。
という印象を受けながらも、陸徒は彼女たちの話を真面目に聞き入れている。
「礫岩の洞窟は、世界中の地脈の集合地となっておりまして、地の力が最も強い場所なのです」
「地脈は、この大地の生命の流れと思ってもらって構わないわ」
声は似ていても話し口調が異なるため、実際のところは区別しやすい。
と、先ほどから話の内容に関することではなく、姉妹の特徴にばかり焦点が行っているが、事の重大さと話の内容は皆十分に理解していた。
「要するに、大地の精霊がその地脈の流れを乱している……ってことか」
「正解! あなた、ただの剣士にしては中々鋭いわね」
陸徒の解釈に対して、やや目の色を変えながら反応を示すカレン。天真爛漫な性格故か、初めに彼に抱いていた負の感情を微塵にも感じさせず、むしろ興味が湧いている様子。
「で、大地の精霊さんがその地脈を乱しているってのは、どうやってわかったんだ?」
率直な疑問を今度はアクシオが投げてくる。
「私たち大地の巫女は、ゲオスノームと意思の疎通をしたり、地脈の流れを読み取ることができるのです」
「それが地脈の流れが乱れ始めて以降、意思の疎通もできなくなってしまったの」
問いに対し、セリカとカレンが交互に口を開いて説明する。彼女たちの言葉から推察するに、この件に関しての原因は、十中八九大地の精霊にあると見て問題ないだろう。
そうと決まれば善は急げと行動展開されるであろうが、実際のところ大地の精霊との接触方法は不明。陸徒たちだけではどうにかできる問題でもなさそうだ。
そこで鍵となるのはまたしても大地の巫女姉妹である。先も自身が説明したように、彼女たちは大地の精霊ゲオスノームと意思の疎通を取ることが可能である。即ち大地の精霊にとって巫女は特別な存在。彼女たちがいなければ人間の前に姿を現すことはない。
その他にも、精霊のいる礫岩の洞窟に入るには、侵入者を防ぐための結界を解く必要がある。当然ながらそれが可能であるのも巫女のみだ。
「つまり、あんたらを連れて行かないとどうにもならねぇってことだろ?」
「うん。そういうこと」
これまでの説明から事態を把握した陸徒は、双子の顔を交互に見ながら精悍な顔つきとも言える雄々しい表情で問うと、カレンが期待感を込めてすぐさま返答する。最も、この期待感というのは陸徒本人のみに与えられているもののようだが。
「ここから礫岩の洞窟まではすぐです。皆さんがよろしければ、早速参りましょう」
情報が取り揃えられたことで、一同はやる気十分。セリカの言葉に異存を示す者はいない。
こうして陸徒たちは、大地の巫女セリカとカレンの双子姉妹を連れて、大地の精霊の住む礫岩の洞窟へと向かうこととなった。
神殿の奥へ進むとひとつの扉があり、そこを開けた先には裏手の小さな道が続いていた。
その左右には大きな岸壁が立ちはだかり、幅員は人間ふたりが並列できる程度の狭い道となっていた。上を見上げれば遥か先に岸壁の天辺が見えるが陸徒たちのいる位置までは完全に日が届いておらず、黄昏時のような感覚を覚える。目測では200メートル近くはあろうかと思われる。
「この道の先に礫岩の洞窟がございます」
「見ての通り道の左右は大きな岸壁があるから、洞窟へは神殿から入るしか方法がないの」
巫女姉妹の説明を聞きながら周辺を見渡す一行。
「この岸壁かなり高いな。俺のジャンプならまぁ届くだろうが……」
そんな中、アクシオが額に手を当てて日傘を作りながら、岸壁の天辺を見て呟く。
「思ったんだけどさ、アクシオのあのジャンプ力、どう考えても人間業じゃないよな。どうやったらあんなことができるんだ?」
「あたしも! それずっと気になってたの。ねえアクシオ、説明しなさいよ」
アクシオのジャンプは、先の風の谷にてお披露目された技だ。強靭な脚力で空高くまで跳躍し、大空を舞う怪鳥ガルティオルフと空中戦を繰り広げた。
だが現状、彼の特異技について詳細は語られておらず、不明である。そこへ思い出したように興味を持った陸徒と波美がアクシオへ追求してきたという流れだ。
「ん~、説明しろと言われてもなぁ。気がついたらあんなジャンプ力が身についていた。としか言えないな」
「なによそれ、全然答えになってないじゃない」
結果はお聞きの通り。本人ですら技の詳細を知らないのであれば、最早追求の余地がない。
だが思い返してもみれば、魔術等が存在するこの世界。異常な身体能力を持った人間がいてもおかしくないと考えられなくもない。あるいはアクシオと同じ能力を持った人間が他にもいるのかもしれない……。
そんな話をしている内に、礫岩の洞窟の入り口へと辿り着いた。見た目からして堅牢な鋼鉄の扉で閉ざされ、その周囲には紋章の様な飾り付けが施されている。これがあの姉妹の言う結界だろう。
「これから私とカレンで扉の結界を解きます。少しお待ちください」
そう言って、セリカとカレンが扉の両端に立ち、前方に両手を翳しながら目を閉じて祈り始める。
すると徐々に紋章が白光色の淡い光を放ち、波紋のように広がっていくと、しばらくして低く鈍い音を立てながら扉が勝手に開き出した。
「すごい! 扉が勝手に開いたよ」
「さぁみなさん、中へ入れますので付いてきてください」
言われるまま、陸徒たちは巫女姉妹の後に続いて洞窟内へと入っていく。
内部へ足を踏み入れ扉が閉ざされた途端、漆黒の闇が視界を支配した。突然の状況に慌てふためいていたのは空也のみであったが、セリカとカレンが掌の上に昼白色の光を浮かせて周囲を照らし出すと、彼らの中心から闇が退かれ、かなりの範囲で視界が確保された。これで洞窟内を歩く分には支障はないであろう。
「なぁ、その手から放たれている光は何だ?」
「地脈の力を使っているの。これで松明の代わりになるわ」
「正直仕組みが全く理解できないが、便利な力なんだな」
地脈の力を使い、大地の精霊と意思の疎通ができる不思議な力を持った巫女。魔術とは違った能力を持つ彼女たちに、驚きと関心を示す陸徒。異世界組にとっては、強靭なジャンプ力を持つアクシオといい、自分たちの常識が全く通用しない事象であるが、初めて魔術を見た時と比べて随分と慣れてきたものだ。
洞窟ならではの陰気で多湿な空気を肌に感じながら、ゆっくりと奥へ歩みを進める一行。
徐々に奥地へ近づいているのか、酸素の量が次第に薄くなり、呼吸の回数が増えてきた。
「ちょっと待って!」
途中、突然声を上げてカレンが立ち止まる。険しい顔をしながら辺りを見回す彼女。セリカもすぐさま異変に気付き、同様に神妙な顔つきで周囲に気を配っている。
「お、おい。急にどうしたんだ?」
「感じます……ゲオスノームの波動が」
「近いのか?」
「ええ、すぐ近くに。でもこの波動は——」
陸徒の問いにセリカが答えるも、彼女の強張った顔と額から滴らせる冷や汗を見る限り、異常な事態であることが伺えた。
「みんな下がれっ!!」
そして次の瞬間、急にアクシオが叫ぶと、直後に目の前の壁が砕かれ土煙が巻き起こった。
彼の野生の勘のおかげで全員咄嗟に後方へ退避することに成功し、砕かれた壁の破片に当たらずに済んだ。
「くそ、一体何が起きたんだ?」
突然の事態に、半ば混乱気味で周囲を見渡す。土煙が徐々に消えていく様子を見ながら、その向こうに薄らと垣間見える影を確認すると、巫女姉妹が大きく反応する。
「……ゲオスノーム!」
陸徒たちの前に姿を現したのは、大地の精霊ゲオスノームだった。土煙が完全に消え去ると同時に、人型の体型をした巨大なモノが目の前に立ちはだかる。
「こ、これが大地の精霊? ちょっとイメージと違った」
「でもなんだか……苦しそうだよ」
波美が率直な感想を述べるが、穏やかな様子ではないことは一目瞭然だった。
「私たちと意思の疎通をはかる前に、向こうから姿を現すなんて……」
「セリカお姉様、これは思っていた以上にまずいわね」
「ええ……地脈がどんどん乱れていく。なにかによってゲオスノームが我を失い、暴れているように感じます」
セリカとカレンも想定の範囲外だったようで、些か慌てる様子を見せるが、冷静に状況を読み取っている。
「精霊の体内から、異常な地の魔力を感じますぞ」
そこへ、クレスタがゲオスノームからの魔力反応を察知する。
「ゲオスノーム自身は魔力を持っていないはずです。一体どういうことですか?」
しかしそれに対してセリカが否定的な意見を述べた。
大地の精霊であるゲオスノームは魔力を持たない存在。だがクレスタの分析が正しければ、今はそこから地の魔力が放たれている。これらの情報から導き出される推測——。
恐らく、プリウスの魔石はゲオスノームの体の中にあるということだ。




