第30話「大地の神殿 精霊を守る巫女姉妹」
リアラと別れ、ラクティスの町を背に南の方角へ歩みを進める一行。目指す次なる地は大地の神殿と呼ばれる場所。
エルグランド王国領地の最南の地方は、開拓が進んでいない未開の地が多く、判明されていない文化も存在しているそうだ。従って、大地の神殿に関する詳細な情報は、クレスタやシェリルでさえもわかっていないが、地理的な知識からその地域では精霊を祀る風習があるという。
ラクティスの町長の話では、大地の神殿のある場所の近くにラパンという小さな村があるとのことで、一先ずそこを目指して進む。
「その、ラパン村へはここからどれくらいで着くの?」
「おそらく2日ほど歩けば着くと思われますな」
波美の問いにクレスタが答える。そこへ2日という言葉を聞き、ある人物が溜息と一緒に言葉を漏らした。
「うへぇ……そんなに歩き続けるのか」
当然ながら空也である。
「弱音吐くんじゃねぇよ。この世界には車とかそんな便利なもん存在しないんだ。ひたすら歩いてくしかねぇだろ」
「そんなことわかってるってば……」
それに対し陸徒が兄として叱咤する。
基本的にはいつもの空也らしい反応をするが、どことなく雰囲気が変わったようにも思われる。愚痴を零しながらも遅れを取ることなくしっかりと皆に付いてくる。以前よりたくましさを感じるのだ。それは陸徒にも如実に伝わっていた。
リアラとの出会い。空也にとっては大きな成長を遂げる良い機会だったのかもしれない。
道中モンスターとの戦闘もあった。しかし陸徒たちは特に苦戦することもなく、襲い掛かるものを片っ端から蹴散らす。
空也も以前より大分戦闘慣れしたようで、アルファード城を出た後の盗賊と戦った時がまるで嘘のように、呪文もテンポ良く唱えられるようになっていた。
「随分と魔術を使うのも慣れてきたもんだな」
「へっへぇ、なんたって僕は魔術の天才だからねぇ」
両手を腰に当てて偉そうに胸を張る空也。せっかく褒めてやったのに、こう調子に乗られると台無しだぜ。と、陸徒は自分の発言を後悔した。
弟の自惚れはさて置き、実際は陸徒自身も以前と比べて目まぐるしいほどの成長を遂げている。風の谷では喬介の力に圧倒されていたが、自分の身丈に近いほどの大剣を見た目とは裏腹に、力強くそして素早く自由自在に振り回すその姿は、見たものを身震いさせるほどに迫力がある。
これまであまり目立った活躍をしていかなったが、波美もまた開花された格闘術をしっかりと自分のものにする等、飛躍的に成長している。元々運動神経の良かった彼女だけあって、身のこなしや攻撃速度はトップクラスだ。明朗快活な波美にとってうってつけの能力であるが、それを存分に見せつける機会は近々やってくるであろう。
「ねぇ、向こうに村みたいなところが見えるよ! もしかして、あそこがラパン村かな?」
そんな波美が前方を指差して一番に言い出す。気がつけば、長いようで短い2日間も終わりを向かえ、第一の目的地へと辿り着こうとしていた。彼女の指す方向に村らしき場所が見えてくる。
「思ったより小さな村なんだね」
村の手前に到着すると、空也が率直な感想を述べる。
確かに見たところでは村と言うより集落に近い印象だ。家屋など建物はしっかりと造られてはいるものの、目に映る村人たちの数が少なく、牛や鶏の鳴き声が目立つ。
「長閑でいいじゃないの。あたしこういうところも好きよ」
波美は後ろに組んだ腕を、ポンポンとリズムを取りながら揺らして上機嫌に歩き、村の中へと入っていく。
入口から最も手前に位置する民家で、庭仕事をしていた女性が視界に入る。その女性は陸徒たちに気づくなり話しかけてきた。
「あら、旅の方かしら? こんな辺ぴなところまで、どんな御用?」
特に警戒心も抱かず笑顔で接してくる女性。見たところ20代後半あたりと思われる容姿をしており、比較的若々しい雰囲気を持っている。短めの明るいブラウン色の髪に、庭仕事で少し汚れたワンピースを着用していた。村育ちの優しそうな女性を象徴するような人物だ。
「どうもこんにちは。私共はご察しの通り旅の者でございまして。世界各地の名所や遺跡を巡って旅をしております」
これまでは外部の人間には宝石集めと説明し、次は遺跡巡りとその場に合わせた言い回しで会話するクレスタ。
「俺は陸徒。このチビが空也で、波美にアクシオ。シェリルとクレスタの爺さんだ。よろしく」
続けて陸徒が口を開き、印象を悪くしないためにも礼儀を果たすとして、各人を手で指しながら女性に自己紹介をする。
「ご丁寧にありがとう。私はカルディナ、この村で医師を務めているわ」
「へぇ~、お医者さんなんだ。すごいね!」
「ここで立ち話もなんだから、良かったら私の家へどうぞ。お話を聞くわ」
カルディナと名乗った女性は、親切にも陸徒たちを家へ招き入れる。
中へ入るとそこは至って普通の木造の民家だった。清掃が行き届いたその部屋の内部から、窓際やテーブルに置かれている、花瓶に活けられた花の香りがほのかに漂う。それらの様子から、このカルディナという女性は気配りができる清潔感のある人物であろうことが容易に伺えた。
カルディナはキッチンでお湯を沸かしながら、マフィンやクッキー等の簡単な菓子類をテーブルに用意する。そして香りの良い紅茶が人数分並べられた。
「わざわざお茶菓子までご用意いただき、多謝この上ないですな。折角ですので皆さんいただきましょう」
「ええ。粗茶で申し訳ないけど、どうぞ召し上がって」
促され、一時の休息にありつける。
熱めの紅茶をゆっくりと口へ運び、湯気と共に立つ香りを同時に取り込んで程良いリラックス感に浸る。
頃合を見たあたりでカルディナが話を切り出してきた。
「それで、名所や遺跡を探しているとのことだけど、この辺は大地の神殿と礫岩の洞窟があるくらいかしらね」
どうやらラクティスの町での入手情報は間違いないようである。
「ここらの地域って、精霊を祀る風習があると聞いたが……」
又聞きの話ではあるが、すかさず陸徒の口から精霊に関する質問を投げかける。
「ええ、そうよ。地脈の集合地と言われる礫岩の洞窟に大地の精霊様がいるの。毎年大地の神殿で精霊様を祭る儀式があって、そろそろそんな時期なのだけれど……」
この話もどうやら正しい情報のようで、カルディナの返答を聞いた一行は一抹の期待感を抱くが、途中で言葉を止めた彼女の表情から不穏な影を感じ取った。
「どうか、しましたかな?」
シェリルのように優しく暖かな笑顔を見せていたカルディナの表情が、思い詰めたように段々と曇っていく様子を見て疑問に思ったクレスタが事情を聞きだす。
「あぁごめんなさい。大地の神殿に私の娘が巫女として仕えているの。そこで、先日妙な報告を受けて……」
「娘? カルディナさん、すごく若く見えるけど娘さんなんていたんだ」
「ええ、双子の姉妹よ」
意外な返答に波美が思わず言葉を漏らす。
カルディナは自分に双子の姉妹がいると答えたが、その子らから妙な報告を受けたという話について詳細を伺う。
先日、神殿にいる娘たちから連絡を受けた。それは、大地の精霊の様子がおかしいという内容だった。
大地の精霊は、このラパン村と神殿とで行われる精霊祭にて祀られる象徴だ。人間の肉眼でも視認できて、実体も持っている。この地域は比較的モンスターが多く生息しているが、その大地の精霊の加護により、村と神殿は常に守られているため襲われることはない。
「でも、その大地の精霊の様子がおかしくなったことで、周囲の状況が変わってきたと……?」
「ええ。精霊様の加護が徐々に弱まってきているわ。幸いこの村には、モンスターと戦える者が多くいるから、今のところ問題はないわ。神殿も、娘たち巫女の力によって聖なるバリアが張られていて、邪悪なものを寄せつけないから大丈夫なのだけれど」
現状大きな問題は起きていないようだが、大地の精霊の様子がおかしくなった原因がわからない上に、神殿にいる娘たちの安否も確認できない。カルディナがそう不安に思う様子が陸徒たちには如実に伝わっていた。
「要は、俺たちがその大地の神殿に行って、様子を見に行ってくればいいんだろ?」
これまで会話に積極的に加わってきた陸徒が、口を開こうとする前にアクシオが乗り出してきた。 カルディナは陸徒たちにそう言いたかったのだろう。アクシオもまた、空気の読める男である。
「なんだか、胸中を読まれてしまったようね」
苦笑を浮かべながらカルディナは答える。
「会ったばかりのあなたたちに、こんなことお願いするのは図々しいと思うのだけれど、なにより娘たちが心配で……」
可能であるならば自分から今すぐにでも神殿に行ってやりたい。子を案じる母親としての想いを真に受け止め、陸徒たちは互いに顔を合わせるようにして決心する。
「よし、みんなに確認するまでもないだろ! 大地の神殿へ行ってみようぜ」
「そうね。心配なのはあたしたちも一緒。大地の精霊のたちも気になるしね」
「うん、行こうよ兄ちゃん!」
陸徒の言葉に波美や空也が率先して反応してきた。
つい先日、風の谷であった少女リアラの件で、我が子を想う母親の気持ちについて大きく感慨を受けていたのはこのふたりだ。それもあってのことだろう。
一行はカルディナの家で一晩世話になり、明朝支度を済ませ大地の神殿へ向かうことになった。
出発の際、カルディナから娘たちに宛てた手紙を預かった。これがあれば、陸徒たちが彼女に頼まれてきたという証拠にもなる。
「大地の神殿は、そう遠くないって話だよな。モンスターがうろついているらしいから、みんな気を引き締めていこうぜ」
ちゃっかりリーダーシップをとるアクシオ。水のプリウスの魔石の件で、ひょんなことから仲間に加わったが、今となってはすっかりと馴染んでいる。
大地の神殿へは半刻ほど歩いてすぐに到着。道中、何度かモンスターに出くわしたが、このメンバーではもはや相手にならなかった。
神殿の外観は正にさながらと言える造りであった。当初から陸徒が想像していた、ギリシャのパルテノン神殿も遠からずであるが、どちらかといえばエジプトのイシス神殿が近いデザインだろう。
最も、陸徒たちの世界にある遺跡となった神殿とは違い、現役の神殿であるからか長い年月を掛けて荒廃したような部分など全くなく、その美しい景観は見る者を圧倒させる。
入り口に灯された松明の火のゆらめきが、来る者を迎え入れるか、あるいは拒むようななんとも言えぬような力を放っているように感じた。
「うわぁ、ここが大地の神殿ね。なんだかとても神秘的」
「ホントだね。日本じゃこんなところないだろうね」
その不思議な雰囲気に構わずと、ゆっくりと歩みを進めながら神殿内部へと入る一行。早速と波美と空也が言葉を漏らし、目を輝かせながら辺りを見回している。
「ほぉ、これは見事な造りですなぁ」
クレスタも興味関心を抱いたのか、普段は遠くを見据えたような細い目をいつになく大きく開かせていた。
奥へ進むと祭壇と思われる一際精巧な造りをした場所が見えてきた。そこには人影がふたつ。
「この大地の神殿へ、どのような御用でしょうか?」
陸徒たちの姿を確認するなり、右側の人影が声を放ってきた。女の声だ。
「見たところ旅人かしら? この神殿に入って来られたから邪悪な者ではないと思うけど……」
今度は反対の左側の人影が喋りだす。どちらも女の声だが、全く同じ声が左右から聞こえてくるという違和感を抱く。
だが陸徒は、このふたりがカルディナの双子の娘であると確信し、預かった手紙を差し出しながら話し掛ける。
「旅人、まぁそうでもあるんだが……えっと、あんたたちカルディナさんの娘だろ? これを預かってるんだ」
彼女らはカルディナという名前に大きく反応を見せた。やはり間違いない。
「これは……確かにお母様の手紙。あなた方は一体……?」
陸徒は、自分たちが何者であるかということ。どういった経緯でカルディナと知り合い、この大地の神殿にやってきたのか、簡単に事情を説明した。
「そうだったのですか。申し遅れました。私はこの大地の神殿を守る巫女のセリカと申します。そしてこちらが……」
「カレンよ。あなたたち、ここに一体なんの用?」
セリカと名乗った子は事情を理解したようで、警戒心を解いた柔らかな表情で自己紹介をしてくる。対するもう片方のカレンと名乗った子は、怪訝に近い顔でぶっきら棒な口調で話してきた。
「カレン、あなたもう少し口の聞き方を……。すみません、妹はこのような性格なもので、気を悪くなさらないでください」
セリカが頭を下げて謝る。セリカが姉で、カレンが妹のようだ。ふたりとも顔は瓜ふたつという言葉以外見つからないと思えるほどに似ていて、全く見分けがつかない。
カルディナと同じ色のブラウンのセミロングヘアーで、互いに身長も同じ。唯一髪に付けている金色の三日月の形をした飾りの位置が違っていた。右側に付けているのがセリカ。左側に付けているのがカレンだ。これで見分けるしかない。
「しっかし、お前らホントそっくりだなぁ……」
「髪飾りの位置で判別するしかないようだな」
邪な気持ちはないにしろ、好奇の目でふたりを見るアクシオや陸徒に嫌気が差したのか、カレンが更に嫌悪感を強めて声を上げてきた。
「セリカお姉様、この人たち一体なんなの? 私たちのことをジロジロ見て、人の質問には答えないし物騒な装備してるし、怪しさプンプンしてるわよ!」
「だから、お母様の知り合いの方だって言ってるでしょ? 大地の精霊様の様子を伺いに来てくださったのよ」
腰に手を当て、もう片手の指で陸徒たちを指差しながら姉のセリカに向かって文句を言う。それに対しセリカは、騒ぎ立てる妹を宥めるかのようにやや強め、且つ優しい口調で説明する。
「ふーん、この人たちがねぇ……」
妹のカレンは陸徒たちを細い目でジーっと眺めている。これは間違いなく疑いの目。
「まぁいいわ。精霊様の件で助けに来てくれたんでしょ? とりあえず話を聞いてくれるかしら」
意外と軽くあっさりした性格なのだろうか、疑念を自己解決した後、先ほどの態度が嘘のように話を始めようとする。
やはり大地の精霊の様子がおかしくなっているのは本当なのか。もしここにプリウスの魔石があるとしたら、風の谷と同様にそれが原因となっているのだろうか。




