第3話「魔法の存在する神秘の世界」
「ちょ、ちょっと待て。ミドラディアスって何だよ! 裏側の世界だ? 一体何を言ってるんだあんたらは!!」
見ず知らずの人間から、唐突にここはあなたの住む世界とは異なる世界ですと言われて素直に納得するわけなどなく、陸徒は声を荒らげて謎のふたりに言い掛かる。
「そ、そうよ! だってあたし達、さっきまで真夜中の鉱山にいて、その中で大きな水晶に―」
「大きな水晶!?」
続いて波美が発言すると、大きな水晶という言葉にクレスタという名であろう老人が興味を示す。
「うん、見た事も無いようなこぉーんな大きな水晶があって、それが突然物凄く光り出して……気が付いたらここに」
空也が水晶の大きさやその時起きた現象を小柄な体ながらも、一生懸命に身振り手振りで説明する。
「ふむ……やはりシェリル様の言う通り、泉に映し出された映像は真実でしたか」
一拍ほど逡巡させたような表情をして、クレスタという老人は女の子の方を見てそう言った。彼女はシェリルという名前らしい。歳の差は見て明らかだが、様という敬称を付けられている点が気になるところであろう。
ここは裏側の世界だとふたりは言っていたが、頭に疑問符ばかり並べて否定的な反応をしていても仕方がない。陸徒は一旦心を落ち着かせ、これまでの経緯を思い返してみる。
確かさっきまで深夜の芦羅鉱山にいて、警備員に追い掛けられ、水晶を見付けたと思ったらそれが突然光り出して……吸い込まれた。直後にその出来事を大きく声に出した。
「そうだ! 俺達その水晶に吸い込まれたんだよ」
「そ、そういえばそうよ! さっきはパニックで記憶が断片的になって忘れてたけど、その大きな水晶に吸い込まれて気が付いたらこの森にいたの」
どうやら波美も思い出す事が出来たようで、陸徒に続いて説明を付け加える。
「間違いなくその鉱山の中にあった巨大な水晶が、ゲートクリスタルでしょう」
「ゲート……クリスタル?」
「はい。皆さんの世界と、この世界ミドラディアスを繋ぐ水晶です」
シェリルと呼ばれた女の子がその水晶の呼称を言い、何の躊躇いもなく真相を明かしてきた。しかし、理解力の乏しい空也はともかく、陸徒と波美はその話を素直に聞き入れられるはずもなかった。
「さすがに今の時点で、はいそうですかとは言えないな。話がぶっ飛び過ぎてる。ここは一旦話を置いて、聞きたいことがあるんだが、あんた達は何もんなんだ?」
今考えを巡らせていても、この場で即座に解決出来る内容でもない。陸徒はそう判断し、心を落ち着かせる目的も兼ねて別の話題を振る。
先ほどから普通に会話を繰り広げていたが、このすたりが何者であるのか分かっていない。
「これは失礼しました。我々の自己紹介が遅れてしまいまして……私はクレスタ・リオデファイル。アルファード城で執事を勤めております」
やや長髪な白髪とシワだらけの顔から、80歳前後であろうと想像がつく老者の男は、紫と黒のボレロのような服を着ていた。右手には金色に輝く杖を持っている。
アルファード城という新しい名称も出てきた。城という言葉や彼の装いから中世西洋の文化を匂わせている。
「わたくしはシェリル・F・アルファードと申します。この辺りはアルファード王国領地、わたくしの父が治めております」
シェリルという女の子は、ミドルネームが付いている上にアルファードが苗字である。また、父親が国を治めているという話から、彼女はその国の王女に当たる人物である事が分かる。クレスタが姫や様と敬称を付けて呼んでいたのはそういう理由であった。
「我々はこのエッセの森に、ある事を調査しに来ていたのです。そこで皆さんがキラービートルに襲われているところを見掛けて……」
「もう少し遅ければ、危ないところでした」
「あぁ。あんたらが来てくれなかったら、俺達はあの化け物に殺されていただろうな。感謝する」
「いえいえ、礼には及びませんぞ。当り前の事をしたまでですからな」
陸徒達の印象としては、この人達は悪者ではないと判断するに値できるだろう。現に自分達が化け物に襲われているところを助けてくれた上に、こうして事情を親切に説明してくれている。この事については既に警戒心を拭っている。だが、これからどうすれば良いのか分からない状況である事は変わらない。
「色々とお聞きしたい事もあるかと思いますが、ここにはまだ他のキラービートルが潜んでいるかもしれません。一先ずここを出て、わたくし達のお城へ行きましょう。お話の続きは道中にでも宜しいかと思います」
シェリルの言うとおり、このまま立ち話をしていても何の解決にもならない上に、危険が去ったわけでもないのは確かだ。ここは行動する他ないというのは彼らも理解していた。
「あのっ! その前に聞きたい事が。この辺りでもうひとり男の人を見掛けませんでしたか? あたし達と同じで、ここに迷い込んでいるはずなんです」
陸徒は少し忘れかけていたようだが、波美は兄である喬介が行方不明である事を彼らに説明する。
「もう御一人、いらっしゃるのですか?」
「はい。あたしの……兄なんです」
「いえ、あなた方以外この森では誰も見掛けておりません。キラービートルに襲われていなければ良いのですが……」
喬介だけがいないというのも些か不自然だ。間違いなく水晶に吸い込まれるまでは行動を共にしていた。にも関わらず、陸徒達がこの森で目を覚ました時は既に居なく、シェリル達も3人以外は見掛けていないと言っていた。どういう事だろうか。
そう陸徒が疑問を抱く中、先ほどのクレスタの口から発せられた言葉に、波美は血相を変えて取り乱そうとする。
「そ、そんな……まさか!」
「落ち着け波美! あの変人の事だ、こんな世界に驚いてひとりで探検にでも行ったんだろう」
「あたし達を置いて、普通そんな事する?」
「あいつ……たまに自己中なとこあるだろ?」
陸徒は何とか波美を落ち着かせようと、あの喬介の性格を読み取った上で起こしそうな行動を言ってみる。
「そうだけど……」
「大丈夫、きっと無事だ。そんな気がする」
「……ありがとう、りっくん」
とは言ったものの、その場凌ぎの言葉である事は陸徒も分かっていた。喬介が無事という保証は全く無い事に加え、クレスタが言ったように先ほどのキラービートルという化け物に殺されてしまった可能性も無いとは言えない。とにかく、今この状況ではただ無事を祈るしかない。
「お気持ちは察しますが、このままここにいても危険です。お城に着きましたら、お兄さんの捜索隊を派遣させましょう」
「是非、お願いします」
「もしかしたら喬介さん、そのお城に先に行ってたりしてね」
シェリルが心強い事を言ってくれた。王女である彼女なら、何とか対応してくれるであろう。他、空也も自分なりに波美を気遣いフォローをする。
「……そうだね。心配ばかりしてても仕方ないわ。とりあえず、お城に連れてって下さい」
ようやくこの場の不安を治める事が出来た波美は、表情にいつもの元気さを戻す。
「それでは、我々に付いて来て下され」
クレスタが先導切って道案内をする。こうして、まだ不安要素も沢山残ってはいるが、陸徒達は一先ずアルファード城というところに連れて行ってもらう事にした。
しばらく歩くと森を抜け、開けた街道のような場所へと出た。辺り一面が新緑のフィールドが広がる草原で、石貼りの一本道の街道が遥か遠くまで伸びている。
時折商人や旅人のような人物とすれ違う。シェリル達と同様に、陸徒の世界の時代とは全く異なる装いをしており、本当に異世界に来てしまったのかと改めて認識させるような光景だ。
少し気分が落ち着いてきた陸徒は、道中シェリルとクレスタのふたりと話しをしていた。
「そういえば、まだ俺達の事を紹介していなかったな。俺は一之瀬 陸徒。陸徒って呼んでくれ。それともうひとりの男の方が弟の空也。女の方が友達の波美だ」
「陸徒さん、空也さんに、波美さんですね? 宜しくお願い致します」
屈託のない笑顔で挨拶をするシェリル。その優しさのある柔らかな声も相まって、非常に心を落ち着かせてくれるようだ。
「そういや気になっていたんだけど、ミドラディアス……だっけか。この世界でも日本語を使っているのか? 一応こうして言葉は通じているみたいだし」
「ニホンゴ? いいえ、ここでは世界共通語でラディア語と言います。陸徒さんの世界ではニホンゴと言うのですね」
大方予想はしていただろうが、日本語という名称ではなかった。ラディア語とは、おそらくこの世界の名であるミドラディアスから取ったものであろう。
「通じるのに違う言語なのか、何だか不思議だな。ちなみに俺達の世界では言語は数千も存在する。その中で日本語は世界の中のほんの一部、日本って国でしか使われていないんだ。だからその、世界共通ってのは便利でいいな」
「海外旅行するのにも言葉の悩みは必要無いんだね!」
陸徒の隣にいた空也が会話の間に入って来る。確かにひとつの言語が世界共通ならば、海外へは何も気にせず何処へでも行けるだろう。
「という事は、違う言語の国の方同士ではお話が出来ないのですね……?」
「まぁその場合は違う国の言語を覚えなくちゃならないが、せいぜい母国語以外にもう1語がいいところだ。3ヶ国語以上話せたらかなり優秀だよ」
「そうなのですか。何だか寂しいですね」
「まぁ……そうだな」
違う国へ行けば言葉が全く通じなくなる。これが当たり前であると認識して生きてきた陸徒にとっては、シェリルの反応が面白くも複雑な印象だった。言語もまた、それぞれの国で作り上げられた文化や歴史のひとつである。だから、言葉が通じない事自体決して悪い事ではない。
しかし言葉の壁というものは、お互いを知る上で最も障害となる事であるのも事実。それが取り除かれれば、世界的な平和へと導く事もきっと多いだろう。このミドラディアスという世界が平和であるかどうかは、現時点で分かった話ではないが…。
「あの、シェリル姫ってつまり王女様ですよね? すごいなぁ僕、王女様と話してるんだぁ」
話題を変えると同時に、空也が憧れの眼差しでシェリルを見つめる。
「ところで思ったんだけどさ、シェリル王女様って歳いくつですか? 見た感じあたし達と変わらないと思うんだよね」
それに加えるかのように、波美がデリケートな部分に触れてきた。これは実際陸徒や空也も聞きたかった事ではないだろうか。
「波美殿、姫に失礼ですぞ!」
「いいのですクレスタ。波美さんと空也さんも、陸徒さんのように普通に接して頂いて結構ですよ。わたくしはまだ17歳になったばかりです」
通常ならばさほど問題のない質問でも、相手が一国の王女であれば軽率と捉えられる。クレスタの反応も仕方のない事だが、シェリルはそれを一切気に掛けず、素直に答えてきた。
「やっぱり俺と同い年か。何となくそうかなとは思っていたんだ」
「へぇ~、何かすごく親近感湧くね」
「では、陸徒さんと波美さんも17歳なのですか?」
「う~ん、あたしは一応まだ16歳だよ。でもあと2ヶ月くらいで17歳になるかな」
「そうですか。わたくしも何だか嬉しいです。空也さんはお幾つなのですか?」
王女だから歳が近い人と接する機会が少ないのだろうか。シェリルの表情が活き活きとしていて、嬉しそうに話している様子も見て伺える。
「僕はまだ14歳だよぉ。でもさぁ王女様って結構大変じゃない? 何かすごく堅苦しそうな生活をしているイメージ」
空也に限らず、一般的に持たれている王族のイメージはそういうものであろう。だがシェリルは、それを否定する反応を見せる。
「そうですか? わたくしは堅苦しいと思った事は一度もございません。確かに一般の方と比べてしまうと、特別な作法や教育を受けたりしますがとても楽しいですし。特に、今わたくしが最も勉強に励んでいるのが法術です」
「法術? ……って何?」
「法術とは癒しと守りの術です。先ほどのキラービートルとの戦いで、皆さんに掛けたバリアがそれに該当します。そしてもうひとつがクレスタの使う魔術です。キラービートルを倒した術ですね」
「そうだそれ!! 何か聞きたい事があったんだけど、思い出した! その不思議な現象は一体何なんだ?」
この話に大声を上げて過剰に反応したのは陸徒だった。あの時森の中で彼らを助けたバリアや、キラービートルを倒した木の枝。常識的に考えればあり得ない現象だ。
そこへクレスタが魔術についての詳細を説明し出した。
「魔術は、自然と破壊の術。先ほどのものは森にある木の属性を利用した術。魔術には火、水、氷、風、地、雷、木、光、闇と9種の属性があり、世の中にもこの属性が到る所に存在します」
「所謂魔法ってやつか。本やゲームの世界だけかと思ったが……まさかホントにあったなんて。でも実際目の前であんな風に見せられたら、信じるしかないよなぁ」
「まるで絵本の世界に迷い込んで来たみたい。ねぇまさかこれ夢だったりして」
そう言って、波美は唐突に陸徒の頬をつねってみせた。
「痛ってぇ!! 波美、てめぇいきなり何すんだよ!」
「いや、夢かと思ってさ」
「……ったく、なんでそれを俺で試すんだ。自分でやれよなぁ」
陸徒はつねられた頬を押さえながら波美を睨み付ける。
「魔術……カッコイイ」
そんな中、何やら空也が目を輝かせながら自分の世界に浸っている様子だ。中学二年生という時期的なタイミングもあり、魔法といった類の中二病要素は大好物なのだろう。
「ねぇねぇ、クレスタ爺さん。その魔術って誰にでも使えるの?」
当然ながら、この質問は兄である陸徒には容易に想像できた。
「空也、バカな質問してんじゃねぇぞ。んなもん出来るわけ―」
「法術や魔術を使うには、ある程度の資質が必要です。そちらの世界の方に術の資質が備わっているかどうかは分かりませんが、あなた方にも使える可能性が無いわけではないですぞ。最も、勉強する事が沢山ありますが」
だが弟を嘲笑うかのように陸徒が話しをしている途中で、クレスタが質問に答えてきた。
「俺達にも使えるかもしれないって? んなバカな」
「……ふふっ」
今度は企みの笑みへ表情を変える空也。何を考えているのか一目瞭然である。
「空也……お前まさか魔術を覚えようだなんて、思ってないだろうな?」
「もちろんそのつもり」
即答だ。反応が良すぎる……これはもう頭の中が魔術の事で一杯になっている状態だろう。普段からオカルトな話には否定的である陸徒だが、弟に言い聞かせる為一方的に否定はせず、且つ現実的な意見を投げる。
「いいか空也、確かにクレスタの爺さんは俺達にも使えるかもしれないような事を言っていたけど、勉強する事がいっぱいあるんだぞ。学校の勉強すらろくに出来ないお前が魔術なんて。それに……」
陸徒は話の途中で何かを思い出したように一瞬言葉を止め、更に話を続ける。
「俺達にはそんな事をしている暇は無いぞ。喬介さんも探さなきゃならねぇし、何より元の世界に帰る方法が全く分からないんだ」
「そうね……つい忘れていたけど。あたし達って元の世界に帰れるのかな?」
空也に言っていたつもりが、最終的に3人全員に当てはまる事柄であった為、波美が反応をして口を開いた。しかし、それについてのシェリルとクレスタの回答は、意外にも酷なものであった。
「その事についてですが、現時点では分かりません。それと、ゲートクリスタルの事なのですが……」
「水晶が、どうかしたのか?」
先ほどまで穏やかな表情をしていたシェリルが神妙な顔つきへと変え、自然と陸徒達に不安げな思いを湧き上がらせる。そして次はクレスタが説明をし始めた。
「このミドラディアスには、スカイラインと呼ばれる雲の上までそびえ立つ塔がございます。その最上階に、こちらの世界のゲートクリスタルが存在します。ですが、そのクリスタルが砕けてしまったのです」
「え、砕けた!? どういう事だよそれ」
「先ほどのエッセの森に、わたくし達はある事を調査しに来たと言いました」
「そういえば、そんな事言っていたような……」
波美は明後日の方を見ながら人差し指を顎に当てて、森での会話を思い出す。空也が会話に入ってこないのは、魔術の事を考えているからというわけではないようだが、事の重要性はしっかりと理解しているようだ。真剣な面持ちで耳を傾けている。
「昨夜、お城の天文学者がスカイラインの上空で強烈な光を見たと報告してきたのです。わたくしはすぐにゲートクリスタルに何か異変が起きたと感じました」
「エッセの森にはミラの泉という、ゲートクリスタルを映し出す泉がございます」
「そこで、ミラの泉でゲートクリスタルの状況を映し出してみたところ……」
「砕けたゲートクリスタルの映像がありました」
シェリルとクレスタが交互に発言して説明する。こちらの世界のゲートクリスタルが砕けたという事が、陸徒達が元の世界に帰れない原因なのかどうかは今は良く分からないが、ふたりの表情や話し方でそれが何かしらの問題を抱えている事は、十分彼らにも伝わったようだ。
「そのゲートクリスタルってのが砕けた事が、そんなにまずいのか?」
「それはつまり……この事は城に着いてから詳しくお話ししましょう」
「わたくしの父、アルファード王から皆さんへお話になられると思います」
一層の事夢なら覚めてくれ。陸徒は心の中でそう思っていた。だがこれは夢ではないという事は先ほど波美が彼にした行動により証明されている。
紛れもない現実と思わざるを得ない。本当に漫画やゲームのような体験を彼らはしているのだ。喬介がいない今、ここは自分がしっかりしないといけない。陸徒がそう思っている内に、一行はアルファード城が見えるところまで近付いていた。