第29話「戦士たちの休息 リアラの母の想い」
クレスタもアーシェラの魔術に対抗できぬまま。そして陸徒とアクシオは、喬介の強力な技に苦しめられ、一気にピンチへと陥る。
そこへ突如とリアラの身に異変が起き、彼女の手によって謎の魔術が発動される。それは巨大な竜巻を生み出し、陸徒たちをまるで外敵から守るように包み込んだ。
不可解な状況に困惑する一行だが、これを利用しない手はないと、喬介とアーシェラから逃げるようにしてひたすらと谷を降りて行く。
次第に急な勾配も緩くなり、もう少しで谷の出入口に近づく位置まで辿り着いていた。すると竜巻も段々と勢力を弱め、麓へ着く頃にはいつの間にか消えていた。
「竜巻が収まったわね……」
「そのようだな。リアラの様子はどうだ?」
谷を降りた先で一旦立ち止まり、リアラの様子を伺う。彼女は目を瞑ったまま、波美の背中で眠ったようにぐったりとしていた。
「息もあるし、脈も動いているみたいだから、命に別状はないと思うけど……」
「わたくしもここへ降りてくるまでの途中、回復の術を一通り掛けてあげましたが……意識が戻らないのです」
「リアラ……」
波美の言うように命に別状はなく、最悪の事態を想像する必要にはならないが、シェリルも法術でなんらかの回復を試みても、リアラの意識は戻らない。
空也もリアラの身を案じて傍からずっと離れずにいる。一番親しかったのは空也だ。彼女自身も空也に対して心を許していたはず。それだけに心配で仕方ないのだろう。
「とにかく、あのふたりからも逃げることができたようだし、ここで立ち止まっていても仕方ない」
「そうだな。早いとこラクティスへ戻ろうぜ」
「お兄ちゃん……」
リアラを背負いながら、波美はふと振り返って谷の方を見上げる。喬介のことを思ってか、後ろ髪を引かれる思いだろう。無事だったということが確認できたのは良いが、予想だにしない事態に彼を知る陸徒や空也も困惑を隠せない。陸徒たちがこの世界へ訪れた時、喬介の身に一体何が起きていたのだろうか。
ラクティスの町に到着した陸徒たちは、急いでリアラの家へ戻り、彼女をベッドへ下ろして寝かせる。もう1度シェリルが法術で処置をするが特に変化は見られない。身体には異状はないとのことだがいつ意識を取り戻すのだろうか。
「シェリルさん、リアラは……どうなるの?」
「こちらで手は尽くしましたので、あとはリアラさんの意識が戻るのを待つしか……」
「いつ、戻るの?」
「それは……わたくしにもわかりません。ごめんなさい……」
「別にシェリルが謝ることはない。空也、しばらくここでリアラの様子を見よう」
「……うん」
空也はリアラのことが心配でたまらず、シェリルに質問攻めをしようとするが、陸徒が彼を落ち着かせる。空也は気のない返事をして力を落とし、ゆっくりと彼女の横たわる姿へ視線を移す。そしてしばらくしてそっとベッドの隣にあった椅子に腰掛けた。
偶然にも発動されたリアラの術のおかげで、喬介とアーシェラの目を掻い潜って戦線を離脱出来たが、後にこの町へやってきて再び陸徒たちに襲い掛かってくることが懸念された。しかしそれは、シェリルやクレスタの言葉によって案ずる問題ではないと判断される。
アーシェラは野心家であり、目的の為なら様々な手段を講じてくるような人間だが、愛国心が強く、国民からも慕われているという。加えて女王という立場ゆえ、安易に自国の領地を侵すような行為をするとは考え難い。
「そういや。リアラが唱えた竜巻の魔術、凄かったな」
リアラの様子を見ながら、しばし全員の間に沈黙が流れたが、思い出したようにアクシオが話題を振ってきた。
「確かに凄かったな。あれのおかげで俺たちも助かったようなもんだし」
あの時の感想を陸徒とアクシオが擦り合わせているところへ、シェリルが術に関する情報を説明してきた。
リアラの使用した竜巻の術、あれは風系最大の上級魔術である。風の力を司る異界の神ジリオンの力を借りて、巨大な竜巻を引き起こし全てを破壊するその術は、極少数の魔術士しか使用できないかなりの高度な術である。
魔術に関してはエルグランドに比べ未だ発展途上であるアルファードでは、使用できる者は現状クレスタのみである。
「そんなにすごい術なのか! それをリアラが使えただなんてビックリだな」
術の詳細を聞いた陸徒は、それを幼い少女であるリアラが使えたことに率直な驚きを見せるが、クレスタは否定的な反応をする。
「いえ、私の見立てですが本来リアラ殿の実力ではあの術は使えないはず。おそらく、彼女の魔術書が原因かと」
「リアラの魔術書……? 先生、それってどういう意味なの?」
リアラがいつも大切そうに持っている魔術書。以前、彼女の口から母親が残してくれた形見であると知らされていた。その魔術書が原因とは一体なんなのだろうか。空也の問いに対し、クレスタがそっと口を開いて語りだす。
話によると、魔術書の名をジオといい、かつてエルグランド城の上位宮廷魔術士が使用していた物だったと言う。
クレスタがアルファードに仕える前は、エルグランド城でアーシェラの魔術を教えていたことは周知の通りだ。その他にも、城にある魔術研究所にて管理者としても兼任しており、クレスタは、当時魔術書ジオを所有していた、あるひとりの女性研究者の名を挙げてきた。
彼女の名はセレス。研究者でありながら、比類なき魔術士としての才能も持ち、風の術を最も得意としていた。
「もしかして、そのセレスって人が……?」
「うむ。リアラ殿の母親でしょうな。他にも彼女は薬学の知識にも長けておりました。これはリアラ殿が話しておりましたから、皆さんご存知でしょう」
「あぁ、あの魔法丸薬にはすごく助かったぜ」
質問を口にした空也だけでなく、話を聞いている全員がそう気付いていた。そしてクレスタの言葉を聞き、リアラの作った母親直伝の魔法丸薬を飲んだからこそ、確信以外のなにものでもなかった。
クレスタは話を続ける。
とある頃、このラクティスの町で疫病が流行した。風邪に似た症状で致死率は高くなかったが、医師が考え得る治療法を施しても一行に治る気配がなかった。そこへ疫病の調査と治療薬の開発にとセレスが派遣された。
彼女の懸命な努力により治療できる新薬を開発。疫病の流行に歯止めをかけ、ラクティスの町に平和が訪れた。その時、セレスの治療活動を積極的に支援していた町の男と恋に落ち、そのまま彼女は城へ戻らなかった。
「へぇ、そうだったんだ。でもなんかそういうの素敵だなぁって思う」
「ったく、ロマンチストだなお前は」
「なによ悪い?」
「別に悪いとは言ってねぇだろ」
「……続きを話しても、良いですかな?」
「あぁ……すまないクレスタの爺さん、続けてくれ」
恋物語に憧れの眼差しをしながら呟く波美に対し、冷や水をかけるコメントを放つ陸徒。案の定、波美が睨みつけるように細い目で突っ掛かる。そんなやり取りにクレスタが微笑しながら本題へ戻してきた。
研究者として貴重な人財であったセレスは、当然ながら城へ戻るよう指令が下るも、それに従うことはなかった。それからしばらく経った後のある日、クレスタが直接ラクティスの町へ出向くと、すでにセレスのお腹には男との間の子供を授かっており、幸せそうに暮らしていた。その様子を見たクレスタは、彼の一存でセレスがラクティスの町で暮らすことを許可したのだ。
「まさかその子がリアラ殿だったとは。会った時は驚きましたぞ」
「なんだクレスタの爺さんは知っていたのかよ」
「はい。関所でリアラ殿の魔術書を見て、もしやとは思っていました。まだ幼い顔立ちですがあの頃のセレスに良く似ておる……」
リアラと出会った時からクレスタは気づいていたようだが、これまで話すタイミングがなかった。そしてこの機会に皆へ語ることができた上に、様々な点が過去と結びつき、彼自身もやや晴れたような表情をしていた。
「でもよ、それとあの時の竜巻の術とどう関係が?」
アクシオが本題ともいえる肝心のネタを振ってくる。リアラの魔術書と母親との繋がりはクレスタの話で理解できたが、あの時リアラが使用した竜巻の術の発生原因がまだ解明されていない。
「魔術書が原因だと言いましたが、あくまでこれは私の推測です。魔術書には、使い手の意志や念が次第に乗り移ると言われています。リアラ殿の魔術書ジオは母親セレスの形見……」
「……つまり、魔術書ジオに乗り移った母親の念がリアラを守ろうとして、あの術を発動させたってことか?」
「その可能性が最も有力かと」
クレスタの推測から陸徒が結論を導き出す。
「リアラのお母さんは風の術の使い手だったことも考えると、そうなのかもしれないね。僕たちが無事に谷を降りるまでずっと、竜巻は消えなかったし」
そして空也が補足した。
これまでの話から、それを裏付けるには十分な判断材料と言えるだろう。死してもなお、我が子を守ろうとする意思が、魔術書を介してあの術を発動させた。母親の力の凄まじさをつくづく感じさせられる現象だった。
「リアラちゃん、お母さんにとても愛されていたのね」
波美は柔らかな表情でそっとリアラを見つめた。
ひとまず一行は、リアラの回復を待っている間、次なるプリウスの魔石に関する情報収集と、町の安全確認及び万が一喬介たちが現れた際の対応のため、周囲の偵察をすることに。
メンバーの中で最も話術に長けたクレスタを情報収集に当て、空也も彼に付いて行かせる。偵察班は陸徒と波美、アクシオの3名。シェリルはリアラの様子を見るために残った。
一晩休み、戦いの疲れを癒してから明日、それぞれの任に当たる。
偵察班の陸徒たちは、単独で町の周辺の見回りをする。時折モンスターに遭遇するも、ひとりでも十分に撃退できるほどで、風の谷の凶暴化したモンスターとは比べ物にならなかった。
数時間ほど見回りを実施したが、このように弱いモンスターとの戦闘のみで、喬介達が潜んでいるような気配は全く見られなかった。
クレスタと空也の情報収集班は、手当たり次第町の人たちに聞き込みをする。すると徐々に町長がなにかを知っているという情報へと繋がり、そこからどうやら有力な情報をつかめたようだ。詳細は後ほど出すとする。
そして更に翌日、シェリルの献身的な世話の甲斐もあってか、ようやくリアラは目を覚ます。
「あれ……私、一体なぜ家に戻ってきているのでしょう?」
ゆっくりと瞼を起こし、朝日の光に目を眩ませながら自分が置かれている状況を確認するリアラ。
「リアラ!!」
「やっとお目覚めかな、眠り姫さん」
「一時はどうなるかと心配したけど、ホント良かった」
空也やアクシオ、波美がそれぞれ彼女に声を掛け、喜びと安堵の表情で満たす。
「みなさん……私はあの時、風の谷で……?」
やはり自分がなぜ気を失ったのか覚えていない様子。陸徒はリアラの身に起きたことや、風の上級魔術を使用したことを説明した。
「そ、そんなことが……でも私、そのような術は使えません。なぜでしょう……」
「リアラ、君は独りぼっちなんかじゃないよ」
空也はリアラの質問に対し始めに直接言葉で伝えるのではなく、彼女の枕元に置いてあった魔術書ジオを手渡す。
「私の、魔術書……?」
「その魔術書は、リアラのお母さんの形見だって言ってたよね? あの時、リアラを守ろうとするお母さんの想いがその本を通して、竜巻の魔術が発動されたんだ」
「お母さんが、私を……」
そう言いながらリアラは瞳から零れ落ちるほどの涙を浮かべ、魔術書を力強く抱きしめる。
彼女の体調は特に問題なく良好で、今夜もう一晩休めば通常の生活に戻れるそうだ。
落ち着いたところで、今後の目的地についての話し合いを始める一行。
クレスタが町長から聞きだした話によると、このラクティスの町からしばらく南へ向かった先に、大地の神殿と呼ばれる地があるとのこと。これまでに入手したプリウスの魔石は水と風。残るは地と火だが、大地の神殿という名前からして地の魔石と関連がありそうである。
物資の買出し等出発の準備を整え、時間は正午を迎えようとしていた。リアラの体力も十分回復傾向にあるということで、彼女の家を跡にして出発をする一行。
「みなさん、なにからなにまで色々とありがとうございました」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。リアラのおかげでプリウスの魔石を手に入れることができたんだしな。それと、風の谷はもう安心だぞ」
見送りに家の前で挨拶をするリアラに、陸徒が風の谷の件を付け足して言葉を返す。
「兄ちゃん、それってどういう?」
「実は偵察中に、ちょっと風の谷まで様子を見に行ってきたんだ。やっぱりモンスターの凶暴化は治まっているようで、俺の姿に気づいても襲ってこなかった。谷もすごく穏やかだった。この間も言ったように、プリウスの魔石とガルティオルフが原因だったと解釈して間違いなさそうだな」
ガルティオルフを倒した後、ゴースを発見するが全く襲ってくる様子がなかった。あの時点である程度の原因が予測できていたが、陸徒は本当に風の谷が安全になったのかどうか、再度確認する必要があった。
なぜならば、リアラの一番の目的がこのことであったからだ。
「りっくん、しばらく見当たらないと思ったらそんなことしてたのね」
「陸徒さん……本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げ、精一杯の感謝の気持ちを表現するリアラ。
「リアラ……僕、君がビックリするくらい凄い魔術士になって、またここにくるよ。だから、リアラも元気でね!」
「うん!」
最後に空也がリアラへ再会の約束をする。リアラは元気一杯の笑顔で返事をした。
こうして陸徒たちはラクティスの町を去り、次なる目的地へと向かう。目指すは南の地にある大地の神殿。




