第27話「もうひとりの大剣使い」
「えっ、ちょ、ちょっとお兄ちゃん……なにを言っているの? だってプリウスの魔石はあたしたちの——」
衝撃的な喬介の発言にうろたえる波美。そこへ彼女が言葉を発している途中で、突如と足元から小さな爆発が起きる。
「きゃあっ!」
ダメージを受けるほどの爆発ではないが、波美は驚いた拍子で体のバランスを崩して尻餅をついてしまう。彼女の足元には直径30センチ程度の黒い焦げ跡が残っていた。
「喬介、のんびりしている時間はないのよ。早くプリウスの魔石を奪いなさい!」
左腕を前に伸ばし、掌をある方向に向けたアーシェラが喬介に対し大きな声を発する。
「アーシェラ様っ! 一体なにをするのですか!?」
今度はクレスタが声を張り上げて叫んだ。
「クレスタ。貴方は私にとっての師。恩を仇で返すような真似はしたくない。ですが今回はそれとは関係のない話。プリウスの魔石はこちらにとっても必要なもの。だから大人しくそれを渡すのよ」
波美の足元で起きた小さな爆発はアーシェラの仕業だった。
そして、彼女の口から出たクレスタとの関係を耳にし、一同が更に困惑を見せる。
「クレスタ先生、アーシェラ女王の師匠だったって話は本当なの?」
「左様にも。アーシェラ様がかつてエルグランドの王女であった頃、私は城内にある魔術研究所の管理責任者を務めておりました。もう20年以上も前の話ですが、そこで私は当時のアーシェラ様に魔術を教えていたのです」
知られざるクレスタの過去を聞く陸徒たち。異世界組は当然だが、彼をもっと良く知るシェリルでさえも、一部は初めて耳にする内容であったようで目を丸くしていた。
「クレスタがエルグランドからアルファードへ移って来られたという話は伺っていましたが、アーシェラ女王に魔術をお教えになられていたことは知りませんでした」
思いをそのまま口にするシェリル。それに対し少し苦笑いを含めた反応を見せるクレスタ。
「アーシェラ様は生まれつきとてつもない魔力を備われており、すさまじい早さであらゆる魔術を覚えていかれました。その能力は今も御健在……いや、昔よりも更に力を付けなされましたな」
「昔話はその辺にしてくれるかしら。今この場で話すことでもないわ」
やや懐かしげな表情で語るクレスタに、アーシェラは冷ややかな態度を見せて話を切る。
「アーシェラ、時間がないではないのか? 人を急かしておいてお前こそ無駄な会話を繰り広げているではないか」
言われたアーシェラは特に口を返しはしなかったが、右の眉をぴくりと動かし苛立ちの意を露にする。そのやりとりを見ていたシェリルとクレスタは、肝を冷やしたように顔を強張らせていた。一国の女王であるアーシェラに対し、無礼極まりない態度をとった喬介に畏怖に近い想いを抱いたに違いない。
その様子に気づいているのかは定かではないが、微妙な間を空けた後、喬介は再び口を開く。
「いずれにしろ時間はないのは確かだ。大人しくプリウスの魔石を渡さないのであれば、強行手段に入らざるを得ないが……?」
そう言いながら喬介は、後頭部の位置から覗かせるなにかを手に取り、背後から背負い上げるようにしてそれを取り出した。
「ねぇ、喬介さんの持っているのって、剣だよね? 兄ちゃんのと同じくらいに大きいよ」
空也が始めにそれを指摘する。彼の言うとおり、喬介が取り出して装備したのは剣であった。形状こそ違うものの、刀身の長さと幅は陸徒の持つそれと同等の物だ。
神聖な蒼白色に輝く歪みのない真っ直ぐな刀身のラディアセイバーに対し、喬介の持つ剣は僅かに反った刀身の片刃のもので、濃紫色に染められ、柄の部分は蛇を模ったようなデザインをしている。禍々しさこそさほど感じないものの、そこからは黄昏に潜む霊的な恐怖感に似た異様なオーラが放たれていた。
「神剣ラディアセイバー……。かつてこの世界で起きた大戦争から、人類を救った英雄が所持していた伝説の剣。陸徒、お前がどのようにしてそれを手にしたのかは知らぬが、果たしてこのヴァイパーブレイドの力に対抗できるかな?」
「そんなことまで知っているのかよ……。ってか、マジで俺と戦う気なのか?」
不思議なことに喬介はラディアセイバーの正体を知っていた。そして彼の持つ謎の大剣、ヴァイパーブレイドと自身からその名を語った上に、ラディアセイバーに匹敵する力があると匂わせる言葉を発していた。更には陸徒に対し戦いを申し出ている様子。これにはさすがの陸徒も戸惑いを隠せずにいるようだ。
「さて、こちらは急いでいるのでな。行くぞっ!」
そう言い放つと同時に喬介は地面を蹴った。陸徒はその場から刹那に彼の姿を見失う。
「な、なにっ!?」
気づいた時、すでに喬介は陸徒の目の前に迫っていた。慌てながらも咄嗟にラディアセイバーを体の前に出して防御を取り、喬介の一閃を受け止める。吹き荒れる強い風の音のする中、甲高い大きな金属音が辺りに響く。
「ほぅ。あの状況から防御を間に合わせるとはな。中々やるじゃないか」
「くっ……喬介さん、あんた本気で……?」
陸徒は見極めていた。
今の喬介の攻撃は微塵の躊躇いもなく、本気で自分に斬りかかって来たものだと。
「ふっ、気づいているならお前も応戦したらどうだ? でなければ危ない目に合うぞ。最も、そっちには法術士がいるようだから、万が一死ぬようなことはないだろうが」
(まさか喬介さんはそれを知っていて……? いや、だとしても妹の幼馴染相手に本気で斬りかかってくるなんて、一体なに考えているんだよ)
陸徒は考える。この状況をどう切り抜けるべきかを。
まず不可解な点は、なぜ喬介と女王であるアーシェラが共に行動し、プリウスの魔石を執拗に求めているのかということだ。自分たちと同じ目的で、その4つを集めれば元の世界に帰れるというならば、協力し合えば済む話。だがそれを拒み、挙句には奪い取ろうとさえする。
困惑は隠せないが、この件に関してはいくら考察したところで、あのふたりから聞き出さない限りは解明することは不可能だ。
しかし陸徒にはひとつ気づいている点があった。先ほどの喬介の行動にはいささか驚かされたが、喬介も自分と同じくして、なんらかの理由で剣を使う力を会得したのだという。偶然かどうかはわかないが、両者共に大剣使いだ。
頭脳においては喬介の方に分がある。剣技においてはどうだろうか。一撃ぶつかったが、ここはもう少し試してみる必要がある。陸徒は間合いを取り直し、ゆっくりと剣を構えた。
「どうやらやる気になったようだな」
目に掛かるほどに垂れた長い前髪を指で軽く掻き分けると、喬介は口角を上げるようにして微かな笑みを見せた。
「はあぁぁっ!」
今度は陸徒から攻撃を仕掛ける。地面を強く蹴って近づき、間合いを詰めたところで剣を横薙ぎに振る。対する喬介は表情ひとつ変えず、陸徒の動きに応じて防御の体勢を取り、横から迫る大刃を受け止めた。
先ほどと同様に耳に付く高い金属音が周囲に響く。しかし陸徒の方も喬介の行動は想定内だったようで、すぐさま次の攻撃に移った。
受け止められた状態のまま、剣の柄を捻って刃を上へ向けると、力強く振り上げてそのまま弧を描くように喬介の頭上を仰ぐ。そして逆サイド側から剣を振り下ろした。
喬介はまたもや表情を変えず、右手で突き立てた自分の剣を脚で蹴って左手に移すと、やや斜めに倒して陸徒の攻撃を受け流した。ラディアセイバーは喬介の刃の上を擦りながらドンと重い音を立てて地を叩く。
「な、なんだと!?」
「……ふっ」
焦りの顔を見せる陸徒に、喬介は鼻で軽く笑うと右脚を回して陸徒の腹部へ当ててきた。
「ぐあっ!」
陸徒は体をよろつかせ、剣を立てて支えると、次の瞬間右肩に衝撃と激痛が走る。
喬介は腕を伸ばし、剣を前へ突き出してその先端を陸徒の右肩に刺していたのだ。声にならないほどの痛みによって顔を歪ませる陸徒。半ば衝動的にすぐさま後方へ移動し、右肩に刺さった喬介の剣と自分を引き離した。傷口からは真っ赤な血が流れ出し、衣服を染めながら地面へと滴り落ちる。
「りっくん!」
「陸徒さんっ!」
シェリルが急いで陸徒の元へ駆け寄ると、聞き取れぬほどの速さで呪文を唱え、治癒術を使用した。
―其は傷を癒すそよ風の調べ―
「治癒!」
呪文の詠唱によって発動された術は、杖の先端に白く淡い光を作り出す。それを撫でるようにもう片方の手を、その動作のまま陸徒の傷口へ当てる。すると即座に彼の出血が止まり、忽ちに傷が塞がり回復させたのだ。
大量の出血と痛みによって半分意識を失いかけていた陸徒も、シェリルの迅速な治療によってすぐに気を取り戻すことができた。
「シェリル……また、お前にピンチを救ってもらっちまったな。ありがと」
「いえ、お礼を言われるほどでは。でも、無事に助かって良かったです」
目に僅かな涙を溜めながら、シェリルは柔らかな笑顔を陸徒に送ると、彼も軽く笑みを返し、すぐさま精悍な眼差しを別の方向へと向ける。その先は、陸徒へ大ダメージを与えた喬介であった。
「くっそ、容赦ねぇなあいつ。こっちも本気でいかなきゃダメみてぇだな」
陸徒に睨みつけられた喬介は、特に表情を変えず冷淡な視線を陸徒へ送り返し、彼の再び戦う意思を確認すると、手をぶら下げて地面へ下ろしていた剣を担ぎ上げて構え直した。
「ヴァイパーなんとかだか知らねぇが、神剣ラディアセイバーの力、思い知らせてやるよ」
そう言って陸徒は体と気持ちを奮い起こして、両手で持ったラディアセイバーを正眼の位置で構えた。
これよりふたりの大剣使いの戦いが再び始まる。果たして勝負の行方は如何に……。
「…………」
そんな中、固唾を飲んで見守る面々に対し、陸徒たちと行動を共にしている少女リアラが、ひとり俯き加減で佇み、生気の抜けたような目で呆然としていた。




