第25話「天を舞う空中戦 アクシオ、シェリルの猛攻」
2度に渡って人が飛ぶ、宙を舞うという現象を見せつけられる陸徒たち。
なんでもありだなこの世界は……。などと心の中でつぶやく陸徒であるが、シェリルが空を飛ぶ原因となるものは法術である。当然ながら術の知識に長けているクレスタは驚く様子などなく、むしろ彼女の戦う姿を見守るような眼差しをしていた。
シェリルの使用した法術、それは飛翔術と言われる行動支援の術である。法術には傷の治療や体力の回復の他、特定の属性によるダメージや影響を軽減、無効化させる防御術があるのは既知の通りだが、この飛翔術のように人間の動作に支援、補助的な機能を与える術も存在する。
しかしこれはあくまで補助機能を与えるもので、人間の身体能力そのものを飛躍的に上昇させる力はない。シェリルが独自に編み出したとされる視力強化術も、彼女自身の視力を高めたわけではなく、術によって形成された膜で眼球を覆い、それがレンズの役割を果たして遠くまで見渡せるといった仕組みだ。
「今回の戦い、あたしたちはなにもできないわね」
「あぁ、完全に観戦状態だ」
シェリルの姿が小さくなっていく様子を見ながら、残された者達は口を半開きにしながら空を見上げている。
するとそこへ、突然陸徒たちのいる場所より近い岩陰の向こうから激しい物音が聞こえてきた。地響きともいえる低く太い音がいくつも聞こえ、徐々に音量が増していく。
「あ、あれはっ!?」
「キラービートルの群れですな」
いち早くその音の正体に気づいたのは波美。続いてクレスタが個称を言い当てた。
キラービートルは、陸徒たちがミドラディアスへ転送された後、間もなくして彼らを襲ってきたモンスターである。その名の如く甲虫のクワガタに酷似した姿をしているが、大きさはそれと反していて、小柄な女性であれば覆い隠してしまうほどの巨体を成している。
通常であればこのような化け物と遭遇しては、パニックになり逃げ惑うであろうが、これまでに何度かモンスターとの戦闘を経験してきた陸徒たちにとっては、少なくともあの時の混乱を見せるような状態ではなかった。
「こいつぁお久しぶりさんだな」
「って、まだ数日前の話でしょう」
「まあな。さて、さっきのは前言撤回だ!」
陸徒の軽い冗談に親切にもツッコミを入れる波美。そしてふたりは顔を合わせながら薄く口角を上げて微笑むと、同時にキラービートルの群れへ突入していった。
「ささ、空也殿にリアラ殿、ガルティオルフはアクシオ殿とシェリル様にお任せして、我々もキラービートルと戦いますぞ」
ふたりの小さな魔術士の肩を優しく叩き、戦闘参加へ促すクレスタ。それに応じて空也とリアラもお互いに目で合図をして、魔術書を開いては戦闘態勢へ入る。
こうして、観戦状態であったメンバーもいなくなり、風の谷は激しい戦場へと変貌した。
一方、シェリルは燕の如く素早い速度で空を飛ぶ。一先ず、崖に槍を突き刺したまま次の攻撃方法を練っているアクシオの元へ辿り着く。
「アクシオさん、ご無事ですか?」
「あぁ何とかな。つーかシェリル! お前、空を飛んでいるのか!?」
アクシオは冷静に反応するも、即座に彼女の状態に驚きふためいて目を大きく開く。
「はい、飛翔術という空を飛ぶ法術です」
そんなリアクションのアクシオに対して淡白な回答をするシェリル。色々な意味で空気を読んだ落ち着きを見せている。
「おいおい法術ってのはそんな芸当もできるのか! って、あまり感心している暇もなさそうだぜ」
そんなクールなシェリルに影響されたか、アクシオもすぐさま神妙な顔つきへと戻す。
「ええ、そうですね」
「シェリル、あのでっかい鳥さんをどうやって倒すつもりだ?」
当然ながらリアラが話していた、ガルティオルフの弱点についてはアクシオはまだ知らない為、純粋に討伐方法を聞いてくる。
「リアラさんのお話では、ガルティオルフの尾の先にある、珠のようなものが弱点とのことです」
「ほほぅあれがそうだったのか。確かに、やけに鮮やかな色をしたそんなもんがあった気がするな。で、その話は本当なのか?」
「正直確証はありません。ですがここは、それに賭けてみるしかなさそうです」
シェリルの言葉に真剣に耳を傾けながら、アクシオは右手の傘を額に当て、100メートルほど離れた先で飛び回っているガルティオルフに視線を向ける。この距離ではほとんど視認できないだろうが、弱点と言われる対象を確認する仕草を見せているようだ。
ただこれはシェリルの言うように確証のない戦法であり、リスクの大きい賭け。にも拘らずシェリルがこの戦法の出所となった地上での出来事をアクシオに話すと、彼は然もその戦法が確定的なものであるかのように、自信に満ち溢れた表情をしていた。
「さて、それじゃ早速あの鳥さんに一矢報いるぞ! 俺が周りの崖を飛び回って奴を翻弄させる。シェリルはその隙を突いて弱点の珠を狙い撃ち……できるか?」
「やってみます!」
ふたりの作戦が決まった。生身での空中戦という、陸徒達の世界では常識的に考えられない戦いだが、ここミドラディアスにいる以上その概念は取り払うべきであろう。
攻撃開始。
まずはシェリルが矢を構える。まとめて3本、ガルティオルフ目掛けて放った。それは瞬く間に光の矢へと変化し、高速で飛んでいく。
……だが、1本も命中せずに終わった。
地上で放った時の位置よりも今回は目標への距離が近いはずなのに、全て外したのには理由があった。わざと命中させなかったのだ。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
その意味を示すかのように、アクシオは気合いを込めた豪声を出しながら、シェリルの矢を追いかけるかの如く、勢い良くガルティオルフへ鋭い槍さばきを浴びせる。そのまま抜き去って進行方向にある崖へ着地。そしてすぐさま体を捻って体勢を立て直すと、視線をガルティオルフへ向けて力を込め、壁を蹴り放ち再度飛び込む。この一連の動作による素早さと尋常ならぬ身のこなしを見ていると、とてもではないが人間業とは思えない。
そこへ今度はシェリルが自身へ掛けていた飛翔術をコントロールして空を駆ける。ガルティオルフへ近付き、珠へ命中させやすい位置へ移動する。
「はあぁぁぁっ!!」
そのタイミングを見計らい、アクシオが4撃目となる攻撃をガルティオルフへ食らわせ、再び近くの崖へ着地する。
「シェリル、今だっ!」
合図に反応してシェリルが力強く弦を引いて矢を構えると、精神を研ぎ澄ましてガルティオルフの尾の先にある珠へ狙いを定める。アクシオの攻撃によって動きを鈍らせた今がチャンスだ。
だがガルティオルフ側もやられっ放しではなかった。始めは攻撃してきたアクシオへ敵意を向けていたが、シェリルの存在に気づくと、殺気を感じた動物の如く身を小刻みに震わせ、バサバサと大きな音を立てながら両翼を激しく羽ばたかせる。途端、谷の風を蹴散らすほどの強力な旋風が巻き起こった。
「きゃあぁぁぁっ!」
風に煽られシェリルは攻撃の体勢を崩されてしまう。その衝動でバランスを失い真下へ落下しそうになるが、すぐさま我に返り飛翔術を安定させて立て直した。
「シェリル、大丈夫か?」
「はい。なんとか……」
投げた槍に引っ張られ、急いで戻ってきたアクシオは、シェリルの近くの崖にそれを突き刺してそのままぶら下がる。シェリルも特にダメージは受けておらず、平生を装うように弓を持ち直している。
「シェリル、ここでの戦いでは風は天敵だ。お前も風の属性防御術を掛けて戦うんだ」
谷の強風も然ることながら、ガルティオルフの翼を使った旋風攻撃も加えられては、最早属性防御なしではまともな戦闘は不可能だ。
ここは自分と同様に風の属性防御術を掛けるようアクシオから指示を受けるが、シェリルの回答はそれにそぐわないものであった。
「それが……飛翔術に加え、視力を上昇させる術も掛けているのです。補助術を3つ以上重複させることはでき
ないので、ここでは風の属性防御術は使えないのです」
「クソ、そうだったのか。シェリルのことだ、それができたのなら始めからそうしているよな」
一瞬落胆の表情を見せるも神妙な顔へ戻すと、アクシオは槍にぶら下がっている腕に力を入れ、体を捻らせて振り子のように動かす。そのまましなやかに身を翻して槍の上に立った。
「よし、こういう時は臨機応変に次の作戦だ。シェリル、俺のジャンプの速度にはついて来られるか?」
木の枝に立つ猿のようにバランスを取り、手についた埃をパンパンと叩き払いながらシェリルに策を投げる。
「そうですね、先ほどよりも少し速度を抑えていただければ……」
「了解! んじゃ、俺の真後ろに離れないようについてくるんだ」
「わかりました!」
この言葉だけではいまいち作戦の全容が掴めないところがあるが、シェリルは概ねの想像がついているのか、アクシオの出した作戦に期待感を込めて力強く頷いた。
ガルティオルフもいよいよふたりへの攻撃を開始しようとしてきた頃合、アクシオがシェリルへアイコンタクトを取ると、両足を力一杯踏み込み、壁を蹴って大空へ飛び込む。シェリルもアクシオの真後ろにぴったりと付くようにして、飛翔術を最大出力にして突き進む。
ふたりの標的は空を狂ったように飛び回る怪鳥ガルティオルフ。標的も彼らの動きに気づき迎撃態勢に入る。甲高い奇声のようなものを出しながら、先ほどと同様に大きく翼を広げて激しく羽ばたかせると、轟音と共に旋風が巻き起こった。
アクシオは構わず突っ込むが、旋風に体を煽られることはない。彼には風の属性防御術が施されているからだ。そしてアクシオの真後ろを飛ぶシェリルにも、彼を盾にするような状態となりその恩恵を授かっていた。
強烈な旋風をものともせず、ひたすら前へ突き進むふたり。ガルティオルフはもう目の前だ。
「うおりゃぁぁぁっ!」
雄叫びを上げながら、渾身とも言える強力な一撃をガルティオルフへお見舞いする。銀色に輝く鋼鉄の槍がガルティオルフの背中へ深く突き刺さった。これはさすがに大きなダーメジを受けたのか、怯みを見せて動きを鈍らせる。
「今がチャンスだ! 今度こそ頼むぜ、シェリル!」
アクシオの背後から飛び出したシェリルは、ガルティオルフの真上をゆっくりと滑空しながら、太陽を背にするようにして弓の弦を思い切り引いて構える。
「当たって!!」
狙いを定め、力強く声を出して矢を放った。刹那眩い閃光へと姿を変えたその矢は、ガルティオルフの弱点であろう尾の先にある珠へ目掛けて飛ぶ。至近距離であった為、一瞬で目標へ到達。そして見事命中した。
矢の刺さった珠に亀裂が走り、聞き取れないほどの微かな音を出しながら砕けていった。その瞬間、断末魔の叫びと共にガルティオルフが口からなにかを吐き出し、急所を撃たれた鳥のように力なくしてそのまま谷底へと落ちていった。
「すげぇ! 鳥さんを倒したぞ。やったなシェリル!!」
「はい、なんとかなりましたね!」
「あいつ、死に際になにか口から出していったよな?」
アクシオの言葉にハッと思い出したように、シェリルが素早くそれを追い駆けていく。
間もなくして右手になにかを持った彼女が戻ってきた。
「そいつは一体なんだ? 変な液体がついているがきれいな石だな」
その石を素手で持っているシェリルの気持ちを余所目に、ガルティオルフの体液のついた石に汚らしそうな視線を送るアクシオ。だがシェリル自身はそのことに特に気を留めず、対象がなんであるかを淡々と分析する。
「翠色に輝く綺麗な石ですね。それと、これはクレスタに見せれば確実でしょうけど、中から強い風の力を感じます」
「ってことはぁ、その石ころはつまり……?」
「ええ、おそらくは」
お互いに共通の認識を確認し、この戦いおける成果を噛み締める。
大空の覇者である伝説の怪鳥ガルティオルフを見事倒し、アクシオとシェリルは陸徒たちのいる地上へと帰還する。




