第24話「大空の覇者 怪鳥ガルティオルフ」
猛スピードで陸徒たち目掛けて突っ込んでくるガルティオルフ。タイミングを見計らって一斉に回避行動にでた。
アクシオや波美、シェリルは当然だが、クレスタやリアラも中々の身のこなしを見せ、なんとか攻撃を避けることができた。だがひとり、運動神経の乏しい空也は単独で回避するには無理があった。それを良く理解している兄の陸徒は、彼の体を掴み抱えるようにして飛び込んで回避する。
「兄ちゃんありがとう」
「あぁ。しっかし、あのガルティオルフっての。思った以上にでかいな」
遠望目視ですら大きく見えたが、間近で確認した際のサイズは陸徒たちの予想を上回るほどであった。全長20メートルはくだらないだろう。翼を広げればその巨体は更に迫力を増し、例えて言うならば、ジェット機が真横を通り過ぎていったような印象だ。
「ねぇ、どうしてあの鳥は僕たちを襲ってくるの!? 人間には危害を加えない穏やかな性格なんじゃないの?」
自分自身では回避不可能な攻撃を目の当たりにしてしまった為か、すでに怖気づいて半ばパニックになった口調で話す空也。確かに彼の言うとおり、言い伝えではそうとされているが、今の突進攻撃は完全に陸徒たちに敵意を向けている行動。ここは応戦しなければ危険であることは間違いない。
「ってく随分なご挨拶だぜ、あの鳥さんよぉ」
「そうね、挨拶には答えてあげるのが義理でしょ。と、言いたいところだけど、あんなに空を飛び回っていられちゃさすがに接近戦は無理よねぇ」
相手が大空を舞う鳥であるがゆえに、波美の言うように接近戦は無理がある。ましてやあの巨体だ。こちらへ突進してくる隙を突いての攻撃もほぼ不可能と言える。
「魔術による攻撃も、距離が離れすぎていては難しいと思います」
リアラの口から魔術での参戦も困難であることが漏れてきた。
ほとんどのメンバーが手を拱いていると、そこへシェリルが駆って出てくる。
「ここは、わたくしが弓で戦うしか方法がなさそうですね」
シェリルは法術士であると同時に優れた弓使いでもある。これまでの戦いでは支援役に回っていたためにあまり目立たなかったが、その実力は皆が太鼓判を押すほどだ。
「おっと待ちな。シェリルひとりに任せるわけにも行かないだろ。ここは俺にも手伝わせてくれ」
続けて今度はアクシオが乗り出してきた。だが他のメンバーは彼が参戦することに違和感を抱く。
彼の持つ武器は槍。近接武器の中では最もリーチがあるが、単純に考えれば空の敵に対しての攻撃法があるということでもない。この時は誰もがそう思っていたはずだ。まさか槍を投げて戦うつもりではなかろう。
「ちょっと、いくら槍が長いからって空を飛んでいる相手には無理でしょ。まさかそれを投げて戦うつもりなの?」
「んなわけあるか!? 俺の大事な相棒だぞ。それよかシェリル、この戦いどうやって攻略するつもりだ?」
波美が後述を代弁するが、アクシオは真顔でツッコミをした後、シェリルへ話を振ってこの戦いにおける作戦を問う。
「わたくしの放つ光の矢でしたら、谷の強風の影響を受けずに真っ直ぐ飛ぶはずです。ですから後はわたくしが独自に編み出した法術で視力を向上させれば、遠くを飛ぶガルティオルフにも命中させられると思います」
「法術を独自に……。シェリル様、いつの間にそのようなことを」
法術に関しては、シェリル、クレスタのみが有識者であるがため、他の面々はこのことについて特に反応を示さなかったが、あのクレスタが驚きを見せるということは、相当な事柄であるに違いない。
「よし、そうと決まりゃさっそく作戦開始だ! あの鳥さんもそう待ってはくれなさそうだ」
空を睨みつけたアクシオの視線の先は、狂ったように不規則に飛び回り、今にも襲い掛かってきそうな怪鳥ガルティオルフがいた。
手短にアクシオがシェリルに指示をする。だがそれに対し彼女は理解を示していないのか、怪訝にも近い不思議そうな表情をしている。
アクシオの指示はこうだ。俺に風の防御術を掛けてくれとのこと。既知のとおり属性の防御術は、特定の属性からの影響をなくす効果がある。風の防御術を掛ければこの吹き荒れる谷の強風を無力化できる。しかしこれは接近戦に持ち込む場合に特に有効となるのだが……。
「ねぇアクシオ、あなたどうやってあのガルティオルフに攻撃するつもりなの?」
彼の指示を聞いていようがいまいが、槍使いのアクシオが大空を飛び回る敵に対し攻撃する方法など、皆目検討が付くはずがない。
「まぁ見てろって。とにかくシェリル、頼むわ」
理解に苦しむ思いを口にした波美に対し、アクシオはしたり顔を見せて言い流す。シェリルも疑問を抱いたまま言われたとおりに法術を唱えた。
―其は、豪風を掻き消す翡翠の装―
「風絶膜!」
術が発動されると、シェリルの持つ杖から柔らかな碧色の光が放たれ、アクシオの体を包み込んだ。
「ありがとさん! んじゃ、いっちょ行きますかね!」
術の補助を確認し、アクシオはそう言った後に一瞬目を閉じて集中させたかと思うと、力強く踏ん張って地を蹴り、空高く飛び上がった。
他の者たちは、今目の前で起きた現象を認識することに少しばかり時間を要した。予想外かつ不可解な出来事に脳の処理が追いついていなかったからだ。
アクシオの起こした行動、それは足の力のみを使った跳躍で、前方数百メートルも離れた先の空中に存在するガルティオルフ目掛けて跳んで行ったことだ。この世界にきて、魔術やらモンスターやら色々と非現実的なものを見せられてきた陸徒たちも、これに関しては絶句する他なかった。
だが面白いことに、彼らだけでなくシェリルたちミドラディアス側の人間も同じような反応を見せていたのだ。魔術や法術が使えても、超人的な力を持つ人間の存在を認識したことはないようだ。
猛スピードで空を駆け、目標は天空の覇者ガルティオルフ。ここは強風が吹き荒れる谷のど真ん中、にも係わらず一切煽られることなく、滑らかに真っ直ぐ進んでいくアクシオ。その理由はシェリルが彼に掛けた風属性の防御術にあった。
これがアクシオの作戦である。いくら強力なジャンプで空中を跳ね回ることができても、風に煽られては体勢を崩されまともに戦うことすら叶わない。その障害を排除し、自由に動き回れる空間を作りだしたというわけだ。
早速とジャンプによる勢いをつけた一突きをガルティオルフへお見舞いする。すると痛みを声にして怯むと、すぐさまもがくように暴れだした。アクシオは突き刺した槍に捕まるような状態となる。ガルティオルフは更に勢いを強めて飛び回り、アクシオを振り落とそうとする。
「くっ、こいつ……暴れるんじゃねぇっ!!」
落とされないように必死に槍に掴まるアクシオ。彼の超人的な行動に呆気にとられていたシェリルも、ふと我に返り急いで援護行動に入る。
―我、求は超越たる力
其は全てを見渡す純望の瞳―
「永視水晶!」
杖を地面に突き立て、目を閉じたままその先端部で両手を動かし、空気をかき混ぜるような動作で呪文を詠唱するシェリル。従来の法術の詠唱法とは異なり、いつも以上に集中している様子が伺える。
これが彼女の言う独自に編み出した法術のようだ。術を唱えた瞬間、シェリルの杖から眩い光が放たれるが、それはすぐさま人の気配に気付いた蛍の光のように消えてしまう。皆が不思議そうな表情で見つめる中、瞳を開けたシェリルは杖をしまい、武器を弓へと換装する。
「いやいやシェリル、いくらなんでもこの位置から、あんな遠くにいる敵に弓矢を射るなんて無理があるんじゃ……。しかも相手は動き回っているんだぞ?」
常識的に考えれば、陸徒の言うようにこの条件下で弓矢を射るには無理がある。目測でも数百メートルは離れている上に動く標的、そして吹き荒ぶ風。命中させるなど十中八九不可能だ。誰もがそう思っていた。
時間にして約十数秒後、光の矢が胸部に刺さり、苦痛の声を上げるガルティオルフを見ることとなる。
一方、シェリルがガルティオルフへ攻撃を仕掛ける手前の段階、アクシオは怪鳥の元から離れていた。いつまで経っても暴走を止めないガルティオルフは、背中を大きく左右に振り、槍を抜かせてアクシオごと振り落としたのだ。
当のアクシオはそのまま谷底へ落下したかと思いきや、槍を崖壁目掛けて投げつけると、それに引っ張られるようにして彼自身も同じ方向へ飛んでいった。どうやら槍に繋がれていた鎖に掴まっていたようだ。槍の柄の部分に鎖が巻き付けられていたのはこのためだ。
アクシオは崖壁に突き刺さった槍にぶら下がるように掴まると、体を捻らせては回転して棒の部分に立ち、ガルティオルフへ視線を移したのとほぼ同時に、地上の方向から一本の光の筋が怪鳥目掛けて飛んでいくのを確認した。
その光はガルティオルフの胸部に命中。その瞬間、ダメージによる叫び声を上げて周囲に響かせる。
「なんだあの光は。誰かが鳥さんに攻撃を仕掛けたのか? あんなに離れた位置からどうやって……。魔術だって届かない距離なのに……」
アクシオは先ほどシェリルが発言していた、光の矢の話を聞かずにいたのか、その攻撃が誰のものなのか無駄に考察しながらも、次の攻撃の手を練っていた。
「しかし、あのでっかい鳥さんに大ダメージを与える方法はないものか……。いちいちジャンプで突き刺したところでかなりの攻撃回数が必要だ。どこかに弱点はあるはずだ、そこを突けば奴を鎮められる」
場面はまた、地上にいる陸徒たちの方へと戻る。
「すげぇ! あんなに遠くへ離れているのにマジで矢を命中させちまった」
「ホントね。やっぱりシェリルの弓の腕はピカイチね!」
一時の歓喜が湧き上がるも、シェリル本人は少々苦い表情を見せていた。
「思っていたよりもダメージを与えられていないようです。ガルティオルフのあの巨体では、この位置からの弓の攻撃では威力が足りないのかもしれません」
皆が難しい顔をしながら最適な戦法を考察するも、中々良い案が浮かばない。時間的余裕もないことから焦りの色が見え始めた頃、小さな声が一行の元へ届く。
「あの……」
その声の主は魔術士の少女リアラであった。
「ん、どうしたリアラ?」
陸徒が反応し、リアラの発言を聞き出そうとする。すると彼女はやや神妙な顔つきへと変え、大空を舞うガルティオルフへゆっくりと視線を移しながら話し出した。
「……ガルティオルフの弱点、もしかすると尾の先端に付いている珠かもしれません」
予想だにしていなかった発言に全員が驚きを見せる。なぜそのようなことを知っているのかと問いだしてみたところ、それは幼き頃に母親から聞かされてきた昔話によるものであった。
この世界には、まだ人知れず生息するモンスターが少なからず存在している。
その中に、伝説のモンスターであるログノスキュラやガルティオルフの名が含まれていた。伝説とされるだけあって、それらについての情報はほとんどなく、一部の発見者が半ば空想と記憶のみで描かれた外観や、戦った経験があるものによる証拠不十分な討伐方法が伝記に残されていたそうだ。したがってその信憑性は、誰が聞いても決して高いものではないことがわかる。
「確かに、珠のようなものは見えますが……リアラさん、その情報は——」
「親が子供に聞かせるような、おとぎ話みたいなもんじゃないのか?」
法術で視力を向上させているシェリルが、目視でその存在を確認するが、奥歯に物の詰まったような表情をしている。そして陸徒があっさりと自分の言葉でそれを言いのけた。
リアラはショックの色を隠せず、どんよりと表情を曇らせる。正直な気持ちを述べたとはいえ、周りの空気を重くしてしまい、陸徒を始め他のメンバーも気まずい雰囲気を作ってしまった。
そこへ空也が声を荒らげて前へ出てくる。
「で、でもそのおとぎ話かもしれない話に出てきたガルティオルフが、今僕たちの前に姿を現しているんだよ? 尾の先の珠だって実際にあったんだし、弱点の話も本当なのかもしれないじゃん。ここで僕たちがなにもしなければ、なにも解決しないよ!!」
「空也……」
彼の言葉にリアラは瞳を潤ませながら感慨の表情を見せる。そして他の面々も彼の強い意志に心打たれたのか、困惑から神妙な表情へと変えた。
「そうよね、ここで指を咥えて待ってるだけじゃダメよね」
「空也、お前……。よし、ここはひとつリアラの言葉に賭けてみるか!」
「みんな……」
周りの空気を変えた空也は、リアラと顔を合わせてお互いに強く頷いた。
「だがしかしだな、その弱点と思われる珠に攻撃をするにも、どうすりゃいいんだ?」
「あそこまで目標が小さい上に激しく動き回れていては、この位置から矢を当てるのも困難ですね」
頼みの綱のシェリルも厳しい表情をしている。敵に最も近い位置にいるアクシオに伝えようにもここからでは声が届かない。早くもお手上げかと思った矢先、再びシェリルが口を開いた。
「ですが……ガルティオルフに近付さえすればいいのですね」
皆が彼女の発言の意図を確認する間も与えずに、シェリルは呪文の詠唱を開始した。
―其は、天空を舞いし自由の翼―
「浮遊天駆!」
すると、シェリルの体が薄色の翠の光に包まれる。そして徐々に地面から足が離れだした。次の瞬間、勢い良く上昇し、空を駆け上がっていった。
陸徒たちは呆気に取られながら、空へ身を投じるシェリルの姿をただ目で追うだけであった。




