第21話「風の谷の少女」
空也の一言に不意を突かれた。
陸徒と波美、アクシオは思わず立ち上がってシンクロ叫喚する。
クレスタとシェリルも目を丸くしていた。
それもそのはず。空也の魔術士への興味からくる動機で、偶然にも風の谷へと案内してくれる少女と知り合う。そんな映画やドラマじみた、ご都合主義な展開が繰り広げられたからだ。
「な、なにもそんなに驚かなくても……」
「いや普通に驚くからそれ!」
「いいじゃん。僕が起こした行動のおかげで、風の谷へ行く手段が見つかったんだから」
「そ、そうね。空也くんのおかげよ、ありがと!」
空也は僅かに不貞腐れる。
自分の成果を褒めてもらいたかったようで、波美が優しき姉のように感謝すると、わかりやすく機嫌を直した。
「とりあえず紹介するよ。この子の名前はリアラ。僕と同じ魔術士なんだよ」
「リアラ・ハイラックスです。皆さんどうぞ宜しく」
空也に紹介されリアラと名乗った少女。外観から察するに、空也よりも年下だろう。
ミドルショートのピンク色の髪を、片側だけ1本に縛り、ターコイズブルーのワンピースに白いケープを羽織った服装だ。
その風貌から不釣合いにも見える、若草色の表紙をした魔術書を両手で抱えている。
背中には体格に合わない大きなカゴを背負っていた。
少女リアラと共に関所を出る。
一本道である街道をゆっくりと歩みながら、話の続きを進めた。
開口一番、陸徒の口から出たのは、少しばかり冷たさを感じさせる言葉だった。
「……で、さっき空也とどんな話をしたのか知らねぇけど、どうして風の谷まで俺たちを案内してくれるんだ? 言ってみりゃ、今会ったばかり。見ず知らずの他人なんだぜ?」
「兄ちゃんそういう言い方は——」
早速反論してきた空也は当然ながら、周りの者も陸徒の冷徹さに僅かながら驚いている。
しかし、言われた当人は、表情を沈ませることなく、むしろそれを肯定する返答をしてきた。
「いえ構いません。そう言われるのも当然だと思います」
そして一呼吸置いてから、自分の身の上を話し始めた。
彼女は風の谷付近にある、ラクティスという町に住んでいる。
近所の農家の手伝いで、採れた野菜を関所の休憩所へ配達する生活を送っている。
そこで、今日の配達を終え、帰ろうとしていたタイミングで空也と出会ったという。
「……風の谷には、誰もが手にしたことのないような宝が眠っている、という噂は知っています」
「お、それは本当か!? となるとそれなりに期待はできそうだな」
「そうね。あたしたちが探しているものがあるかもしれないわ」
リアラの話に期待感を膨らませるアクシオと波美。
だが陸徒はどこか腑に落ちない表情をしていた。その心情を代弁するかの如く、シェリルが問う。
「ですが……それだけのために、わたくしたちをご案内して下さるのですか? リアラさんにも風の谷へ行きたい理由かなにかが、あるのではないでしょうか?」
そう、俺もそんな気がしたんだ。と言葉をそのまま被せたような顔をする陸徒。
シェリルの予想は的中。リアラは胸中を読まれ、苦汁を飲まされたような表情で俯く。そしてゆっくりと顔を上げながら口を開いた。
「……実は、風の谷のモンスターが凶暴化しているのです」
その言葉に、皆が顔をそろえて険しくなる。
半月ほど前から、風の谷に生息しているモンスターが、突然凶暴になったのだという。
今までは基本的に谷から出てくることはなかったが、それを境に行動範囲を広げ、周囲の人間へ危害を加えるようになった。
始めはそれなりの戦闘経験を積んだ者であれば、太刀打ちできていた。しかし今となっては、町の中で凶暴化したモンスターとまともに戦える人間は、誰ひとりとて居なくなってしまった。
「そこまで深刻な事態になっているのか……」
「とても芳しくないわね」
アクシオと波美は、人差し指を噛みながら眉間にシワを寄せる。他も神妙な顔つきで事の重大さを受け止めていた。
「このままでは……もしモンスターの群れが町に押し寄せてきたら、確実に滅んでしまいます。そこで、空也さんを始め、魔術や武術に長けているみなさんとご一緒して、モンスター凶暴化の原因を、風の谷で一体なにが起きているのかを調べてみようと思ったのです。どうか、ご協力をお願いします!」
リアラは歩みを止めて立ち止まる。すがるような目で、涙を溜めながら深く頭を下げて懇願している。
その様子に皆が一時困惑していると、堪らずに空也が声を上げてきた。
「ねぇだからさ、僕たちでリアラを助けてあげようよ!」
手が震えるほどに強く拳を作り、空也は全身に力を込めて訴える。
陸徒は軽く弟の頭に手を添えてから、リアラの前へ足を運ぶ。
「リアラ、別に俺はお前を疑っていたわけじゃない。風の谷へ行きたい理由とお前の気持ち、よぉーくわかったぜ」
「え、兄ちゃんそれじゃ——」
「あぁ。目的が同じ風の谷なんだしな。それに、俺たちの宝探しも大事だが、リアラの事情はもっと大事だ。モンスター共に町を滅ぼさせるわけにはいかねぇよ!」
事情を理解し納得した陸徒は、リアラの思いを快く引き受ける。他のメンバーも、表情を見るからに賛同しない者はいない。
「あったり前だ! 町の平和を脅かす根源はこの俺がぶっ潰してやるよ!」
「同感。モンスター相手なら思い切り戦えるしね!」
「ええ、わたくしたちでモンスター凶暴化の原因を突き止めましょう!」
アクシオ、波美、シェリルの順に揚々とその意欲を口に表す。団体競技のような熱い一体感を感じ取り、リアラは必死に堪えていた涙を解放した。そして額が膝につくほどに腰を曲げる。
その姿から、彼女の中で張り詰めた弦のように、気持ちが切羽詰っていたことが、痛いほどに全員に伝わった。
目的が定まったところで、道のりを進む足を早め、リアラの住む町へと向かう。
二刻ほどで到着し、町の景観を眺めながら一斉に感想をひとつにした。
(風が強い)
このラクティスの町は、すでに風の谷の区域に入っており、山々の間からヒューヒューと音を立てて風が流れていた。その風を受け、町のあちこちに点在している風車が力強く回っている。
陸地には田畑や酪農の飼育小屋が目立ち、ログハウスが建ち並ぶ。長閑で平和な印象を持たせ、規模として村と称するほうが適切だ。
畑仕事をしていた女性が、リアラの姿に気づいて声を掛けてきた。
「あらリアラちゃん、お帰りなさい。一緒にいる人たちは?」
顔についた汗を手拭いで拭き、笑顔でリアラを迎える。そしてすぐさま陸徒たちを見るなり怪訝な表情を作った。
旅人とはいえ、武装した集団がリアラと一緒に町にやってきては、不信感を抱くのも無理はない。
「ただいま。えっと、この方たちは関所で出会った旅の冒険者さん。ワタシが風の谷へ案内するために連れてきたの」
リアラは少し慌てた様子で事情を説明するが、女性はそのことよりも、ある言葉に対して大きく反応を見せた。
「か、風の谷ですって!?」
目を大きく開きながらひどく驚いている。
大袈裟というよりは、異常とも取られるほどの反応に、陸徒たちは戸惑いを隠せずにいた。
それほどまでに町の住人が風の谷に対して、尋常でない恐怖心を抱いているというのが、聞かずとも伝わってくる。
リアラの家へ着くまでの間も、何人かの住人と遭遇した。皆が共通して意気消沈し、同様に風の谷への恐怖を露にしていた。
「町の人たちもみんな元気がないわね。それに風の谷という言葉を聞くだけで凄く怯えていたわ」
「はい。早くなんとかしなければいけません。こちらがワタシの家です」
リアラが立ち止まり、右手方向に手を差し出した先は、木造の小さな建物。
中に入ると、大きなテーブルのある居間へ案内される。リアラがお茶の用意をし始めると、手伝いますよ。あたしも。と、シェリル、波美が台所へ付いた。
家が留守だったことと、やたらものが少なくシンプルな内観であったことに、少し違和感を覚えた空也は、彼女にある質問をした。
「ねぇリアラ、両親とか家の人はいないの?」
空也の問い掛けに対し、リアラは水を入れたポットを火にかけ、紅茶の葉を棚から取り出そうとしていたところで手を止める。
そしてやや表情を曇らせてから、口元だけ無理に笑みを作って答えた。
「……ワタシの父と母は、死んでしまってもういません」
その言葉に全員が言葉を詰まらせる。リアラは話を続けた。
「母はワタシが7歳の時に。それからずっと父に育てられましたが、2年ほど前に病気で……」
「リアラ、なんか……ごめん。嫌なこと思い出させちゃって」
空也は俯き、自分の発言を悔やんだ。
他意はないにしろ、辛い過去を思い出させるようなことを口にしてしまうと、後悔するのは誰もが経験することだ。
「いいんです。気にしないで下さい。今はこうしてひとりでも頑張って暮らせていますから」
カラ元気。誰が見てもそう思った。
あからさまな作り笑いを見せるリアラ。本人はそのつもりがなくとも、悲しみの色がひしひしと伝わってしまうのは、両親を亡くすという悲劇から立ち直るには、彼女はまだ幼過ぎるからだ。
「うんうん。あまりしんみりしちゃ、かえってリアラに悪いんじゃないか、な?」
「お前さぁ……って、まぁそうだな。リアラ、ここから風の谷へはどれくらい掛かるんだ?」
陸徒は場の雰囲気を取り直すため、話題を変える。
「風の谷へはここから北へ、徒歩で一刻も掛からないほどです」
「結構近いんだな。だから尚更、モンスターの襲撃の可能性も高いってわけか」
風の谷。そこに生息するモンスター凶暴化についての調査は、最優先事項として考えるべき。
自分たちの力でどうにかできるレベルなのかどうかは、現時点ではわからない。
だがここはリアラのため、この町の人たちのためになんとかする。陸徒はそう決意を噛み締めた。
一方、彼らの預かり知らぬ所で、何者かが風の谷へと近付こうとしていた。




