第19話「魔石求めて次の地へ」
セドリック海賊団の乗ってきた悪趣味なデザインの船から、波美はまるで父親に動画撮影をされている子供のように、満面の笑顔で下にいる陸徒たちに手を振っている。
「おい波美、お前そんなとこでなにやってんだよ!」
「なにって、海賊船ってどんな感じなのか見てみたかったの!」
心配の意も込めた陸徒の問いに対し、無邪気にも好奇心満載の回答をする。そんな脳天気娘に同調する人物がもうひとりいた。
「あーっ、波美さんだけずるい!」
そう、陸徒の弟……空也である。どちらかと言えば波美よりもこちらの方が率先して動くタイプだ。最も、この海賊船や先の魔術等、子供が興味を引くようなものに限定された話ではあるが……。
「ったくお前まで。いいか、いくら船長がやられたからって、海賊船だぞ? もし残党がいたら——」
「あの……陸徒さん、空也さんでしたらもう……」
腰に両手を当てながら、背後にいる弟を背中で説教たれている兄を余所に、彼はすでに波美と同じ場所へそそくさと向かっていた。
親切にもシェリルが声を掛けてくれるが、状況に気づくなり、陸徒はうな垂れて大きく溜息をつく。
仕方なく陸徒たちも甲板へ上がり、船内を調査してみることに。全員が船内に入ってからは、先行して潜入していた波美と空也も合流する。
外観と同様に船内もさながら。必要以上に華美な装飾が施されており、おまけに美術的なオブジェも美しい風景画から禍々しい悪魔の像などが無造作に並べられ、統一感が全くといって感じられない。そんなセドリックの美的センスのなさに苦笑いを浮かべる一行であった。
「海賊船だから、金銀財宝やお宝がいっぱい積んであるんじゃないか?」
概ね見回ったところに、アクシオが表情を輝かせながら発言してきた。それに対し即答してきた者がここに。
「それっぽいのならもう見つけてあるよ! 案内するわ」
その人物は当然ながらポニーテールの好奇心娘。やることが素晴らしく早過ぎる。最早この行動力の高さは賞賛に値するな。陸徒の表情がそれを物語っていた。
「そういや、あのセドリックって奴だっけ。この船の中に吹き飛ばされていったよな? まだいるのか?」
「あの弱っちい炎使いの人は、さっき自警団の人たちに連れて行かれてたわよ」
あれだけの衝撃を受けて、更にはこの船の外板を突き破って吹き飛んだのだ。気を失っていて、連行するのも容易であっただろう。
(海賊セドリック。少なくともそこまで弱くはなかったと思う。あのシルビアって女の方が遥かに実力が上だっただけだ。しかしあの女、一体何者だったんだ……? 海賊を蹴散らして善人ぶったことをしておいて、今度は問答無用に俺に斬り掛かってきた。あー、なんか思い出したら無性にムカついてきたぞ)
陸徒は独白で先の戦闘を思い出すなり機嫌を損ねる。その表情から気持ちを読み取ったのか、シェリルが気遣いの言葉を掛けてきた。
「陸徒さん、先ほどのことはあまり気になさらない方が良いと思います。旅の戦士の方が同じ立場の人に戦いを挑むのは、決して珍しいことではありませんから」
「あぁ、考えてるのを読まれちまったか……。しっかし、それで事ある度に戦いを挑まれたらたまったもんじゃねぇな」
そんな会話をしているうちに、波美の案内する場所へと辿り着いた。
「多分、ここが宝物庫よ。だってこの扉だけ厳重に鍵が掛かってるんだもん」
彼女の言うように、船内で唯一この扉のみ鋼鉄製の錠が掛けられていた。場所としては船底部にある倉庫の手前。いかにもそうであると予想出来る。
この船は、ガレオン船のような大きなタイプではなく、全長30メートル程度で定員は100名に満たない中型のものだ。従って部屋数もさほど多くはなく、波美が宝物庫であろう場所を発見するのも容易かったというわけだ。
「あたしが蹴り飛ばして開けようと思ったんだけど、意外に扉も鍵も頑丈そうでさ。だからりっくんが剣で鍵を壊してくれない?」
「俺がやるのかよ……まぁいいけどさ」
そう言って陸徒が鍵を破壊すべく剣を構えて真上から振り下ろそうとしたその時、クレスタが手を差し出して止めてきた。
「陸徒殿。そのようなことをせずとも、鍵など簡単に開けられますぞ」
言うなり老雄の魔術士は扉の前に立つと、掛けられている鋼鉄製の錠に杖を翳す。
すると間もなくして、杖の先端が淡い光を放ったかと思うと、カチャリと音を立てて鍵を解錠させてしまったのだ。
「おぉすげぇ! クレスタの爺さん、これも魔術によるものなのか?」
「左様です。魔力を鍵穴に送り込んで開ける解錠術です」
「知らなかった……」
「ですがこれは非常に高い集中力と、繊細な魔力のコントロール技術が必要で、熟練された魔術士でなければ難しいですぞ」
このことは空也も初耳だったようで、解錠の様子を食い入るように見ながら、クレスタの話を真剣に聞いていた。
解錠が成功し、発見者である波美が先陣切って扉を押し開ける。薄暗く微かな光で照らされた室内には、なんと見たこともないような沢山の財宝が所狭しと置かれて……いなかった。
「「「…………」」」
しばし辺りに沈黙が流れる。
大きな期待に胸を膨らませていた一行は、見事に裏切られることとなった。とりわけ意気高揚であった陸徒、波美、空也、アクシオの4名は、大きな虚無感に見舞われ、肩から激しく力を落として盛大に溜息をつく。
「おいおいどういうことだよ! 俺はてっきりこう……金貨とか宝石みたいな、光るもんがどっさりあるものだと思っていたぞ」
「あたしも~。なんか想像していたのと全然違う!」
両腕を上げながら文句を言って騒ぎ立てる陸徒と波美に対し、クレスタとシェリルが宥めるように声を掛ける。
「まぁそう大きな声を上げなくても……。やはり勢力の弱いセドリック海賊団程度では、十分に蓄えられるほどの財宝は持ち合わせていなかったのですな」
「そのようですね。皆さん気を落とさずに。そう簡単に財宝なんて手に入るものではありませんよ」
小物を掴まされた気分ではあるが、一行は気を取り直して室内を隈なく調査してみることにした。
大方、視界に入るのは空の木箱や土嚢ばかりであったが、積み上げられた木箱の裏に、他とは異なる形状の箱をひとつ発見する。天板が楕円形の蓋が付いているタイプのもので、それ自体に鍵は掛けられていなかった。
早速陸徒が蓋を開けて中身を確認すると、そこには羊の皮で出来た巻物らしきものが入っていた。
「なんだこれ……。んだよ、ちょっとそれっぽい箱があったから一瞬期待しちまったじゃねぇか」
「それにしてもなにかしらね、その巻物」
巻物の紐を解いて広げてみると、そこには世界地図らしきものが描かれていた。当然、陸徒達のいる世界ではなく、ミドラディアス全土を記すものであった。
表の世界のように、様々な形状の大陸や離島が点在しているわけではなく、東に巨大な大陸がひとつ。西にその半分程度のひし形に似た大陸が海に囲まれており、他に小さな島がちらほらと見られる程度の至ってシンプルなものだった。
巨大な大陸のおよそ5分の3を占めるのは、シェリル達のアルファード王国だ。その領地内の南東側に印がされており、更に遥か西の方にもうひとつ印があった。
「なぁ、この印は一体何だ?」
「アルファード王国の南東にある印は、わたくしたちが先ほど訪れた流水の洞窟の位置だと思います。もうひとつ西にあるのは、隣国エルグランド王国の領地ですね。確かこの辺りは……風の谷と言いまして、その名の通り強い風の力で守られている地があると聞いています」
地図を床に広げ、ガラの悪いしゃがみ方で印のある場所を指差す陸徒。それにシェリルが中腰の姿勢で地図を覗き込み、丁寧に説明をする。
「ふ~んそうなのか。それにしてもなんでこの2箇所だけ印が付いているんだろうな」
「流水の洞窟と、風の谷……ですか。特に共通点があるようにも思えませんが」
全員が疑問符を頭上に浮かべているところへ、右手で顎を摩りながら考察している陸徒が、それを光る電球へと変えて発言をする。
「いや、わかったぞ! 流水の洞窟にはプリウスの魔石があった。そこは水の力で守られている場所だったよな。で、もう一方の風の谷は、風の力で守られている場所なんだろ?」
「りっくん、それってつまり―」
「あぁ。これはプリウスの魔石の在り処を示す地図だ。どうして2箇所だけなのかはわからないが、恐らくセドリックはこいつが宝の地図と思い、それを求めてこのラフェスタの町へやってきたんだろう」
「なるほど、陸徒殿の推測は非常に的を得ていますな!」
「凄いや兄ちゃん!」
陸徒の冴えた名案を賞賛する声が飛び交う中、1名ほど、状況を理解できていない表情をしている者がいた。
「盛り上がっているとこ悪いが、そのプリウスの魔石ってのが一体なんなのか、まだ聞いていないんだが……」
既知の通りアクシオだった。
思い返せば、彼へ事情を説明しようとしていた時にセドリック海賊団が攻め入り、なにも話が進められていない状態であった。
「あ、すまねぇ。そういやそうだったな」
改めて陸徒たちがミドラディアスへやってきた理由と、この旅の目的をアクシオへ説明した。
「そんなことがあったのか……。俄かには信じ難い話だな。でも陸徒、お前の目は嘘を言っているようじゃなかった。それだけは俺にもわかる」
このアクシオという男、ややお調子者なだけで、頭脳派のように物事の理解力に富んでいる人間ではないが、人の言動を見極める洞察力は戦士ながらに優れているようだ。話をする陸徒の表情から一切目を逸らさず、真剣に聞いていた。
先のログノスキュラ戦のように、危険を顧みずに陸徒たちに協力してくれたことから、十分に信頼に値する人間であるのは彼らも認識している。
「さて、そうと決まれば早速エルグランド王国にある風の谷ってとこに行こうぜ!」
シリアスな雰囲気も束の間。アクシオは歯を出しながらニヤつかせる。
「ちょっと、なんであなたまで付いてくるのよ!?」
「おいおい波美ちゃん、そんな言い方はないぜー。こんなすげぇ話、そう滅多に体験できるもんじゃないしな。それに、旅は道連れ世は情けって言うだろ?」
「それ、あなたの立場から言うようなセリフじゃないからね」
こんなやり取りをしながらも、自然と笑いが生まれ出す。周囲の空気はすでにアクシオを受け入れている雰囲気であった。
こうして、ひょんなことから旅の戦士アクシオが新たに仲間に加わり、一行は次なるプリウスの魔石を求めてエルグランド王国へ向かうことに。
果たして、風の力で守られているという風の谷に、彼らの求めるモノは存在するのだろうか……。




