第17話「炎使いと双剣使い」
単純なる略奪目的の為、平和な港町ラフェスタへとやってきた海賊団。それを率いる船長セドリックが、陸徒たちの前に立ちはだかる。
だがそこへ突如と現われた謎の女剣士。彼女の名はシルビア。両手に持つ紅と蒼の剣を手に、海賊の子分たち全員を一瞬にして倒してしまう。
残されたセドリックは怒り、シルビアへ敵意を剥き出しにする。今まさに、女剣士シルビアと海賊セドリックの一騎打ちが始まろうとしていた。
「ねぇ、あたしたちもあのシルビアって人と一緒に戦って、海賊をやっつけた方がいいんじゃないの?」
「いや、あの雰囲気はいかにも手出し無用って感じだろ。と言ってもこの戦い、どうなるかわからねぇからな。俺たちもいつでも戦える準備はしておこう」
波美が口元に手を添えながら、やや小声で陸徒に耳打ちをする。シルビアを案じているというよりも、早いところ海賊を倒してしまいたいという思いあってのセリフだろう。
しばし両者の睨み合いが続く。
セドリックは子分たちを倒されたことへの怒りを露にしてはいるが、たったひとり残された状態であっても、とりわけ怖気づくような様子を見せず、腰に吊るしたシミターを手に取って、相手の出方を伺っている。
対するシルビアも海賊船長の姿から一切視線を逸らさずに、紅と蒼の剣を無形の位の如く両手にぶら下げたまま様子を見ているようだ。
大勢の子分たちを一瞬にして片付けたことから、彼女の実力の高さは既に見えているようなものだが、セドリックもまた、なにか隠れた能力を秘めているであろうことがふたりの様子から見てとれた。
固唾を飲んで見守る陸徒たちも、いつでも助っ人に出られるようにと、戦闘態勢は解いていない。
「死ねっ!」
それは誰もが攻撃の合図だと判断しないタイミングだった。
在り来たりなセリフを吐いて、不意打ちの如く始めに攻撃を仕掛けてきたのは、なにもかもが典型的な海賊船長セドリックだった。
「って言われて、はい分かりましたと応える奴がいるか?」
真紅の女剣士シルビアは、わざわざそれに返答しながらも、セドリックが接近して振り下ろしてきたシミターを右手に持つ紅い方で受け弾く。
間髪入れずにセドリックが次々とシミターを振り回して連続斬りを繰り出してくるが、シルビアは蒼い方は腰元に添えたまま、紅い方のみでそれを流した。金属同士がぶつかり合う高い音だけが、辺りに響き渡る。
セドリックの剣捌きは中々のもの。ただ威勢を張っているだけのテンプレ海賊ではないようだ。だがその攻撃を全て剣で防御するシルビアの腕も相当なものだ。表情ひとつ変えず手をしなやかに動かす様は、まるで剣自身が意志を持ったように動き、相手の攻撃を受け流しているかのように見えた。
「ほぉ、さすがは子分たちを一瞬で蹴散らすだけはあるな」
自分の攻撃を全て防がれても尚、セドリックはうろたえることなく言葉を漏らす。どうやらなにか策を持っているようだが、それを証明するかのように、懐に手を入れてあるものを取り出してきた。
「えっ、今海賊が手にしているあれは!?」
あるものを見て驚きを示す空也。
「やはり……」
そしてクレスタは確信したように、神妙な顔つきでセドリックを見据える。空也が真っ先に反応した理由、それは海賊船長が取り出したものが魔術書であったからだ。
熟れた柿のような濃色の橙に染まった表紙である本を見せつけるかのように、セドリックはしたり顔でシルビアに眼を飛ばす。
「海賊セドリック……。従える子分たちが弱小であるが故に、いち海賊団としての勢力はさほどのものではないが、船長は魔術を使うことが出でき、それなりに名の知れた実力の持ち主です」
陸徒たちに聞かせるようにクレスタが説明をする。
ここで、冒頭に驚きを見せていたのがわかった。やはりあのセドリックという男が不敵な笑みを浮かべていたのはこのことであったようだ。
「なるほど、そう言うことか。剣と魔術の両方を使えるのはちょっと厄介だね」
クレスタの話を耳にしていたシルビアが言葉を漏らす。
「だけど、要は呪文の詠唱をさせなければ問題ないって話よ!」
そう言い終えると同時に、地を蹴って間合いを詰め、セドリックに攻撃を仕掛ける。
だが彼女の出方を読めていたのか、素早くそれを剣で受け止めるセドリック。その瞬間、口を開けながら顔をニヤつかせた。
「ぐあっはっはっは! バカめ掛かったな!!」
―満ち猛し燃ゆる炎よ、空を裂いて彼を貫け―
「火炎球!」
そして神速の如き呪文の詠唱で、即座に術を発動。剣の柄をシルビアの腹部へ突きつけると、その空間に炎の球が生まれ放たれる。
「な、何っ!?」
火球を直撃してしまったシルビアは、爆風によって後方へ吹き飛ばされ、港に積み上げられていた木箱にぶつかると同時に爆発を起こした。
「あの女大丈夫か!?」
「助けましょう!」
シェリルが杖を構えてからシルビアの元へ駆け寄ろうとした瞬間、彼女が吹き飛ばされた木箱の残骸が大きな音を立てて周囲に飛び散る。軽い砂煙を起こし、そこから真紅の女剣士が立ち上がった。
「外野は大人しく見てなっ!!」
そして形相を強めながら、シェリルや陸徒に対し怒号を散らす。あまりの気迫と威圧感で、まるで蛇に睨まれた蛙のように陸徒たちは萎縮してしまう。仕方なく黙って戦いを見守ることにした。
「どうしたぁ? さっき俺様を挑発していたような威勢はどこいったんだぁ?」
シルビアの攻撃にカウンターで返し、初手のダメージを与えたことで、セドリックは優越感に浸る。
「くっ、さすがにあそこまで呪文の詠唱を早くできるなんて思ってなかった……」
真紅の女剣士は、やや顔を歪ませながら炎で少し焼かれた衣服の焦げを手で払う。
彼女の言うように、セドリックの呪文の詠唱はとてつもない早さだった。クレスタと同等か、それ以上の可能性もある。
「はっはっは。どうやら甘く見ていたようだな。俺様は焔魔のセドリックと言われるほどの火の魔術の使い手さ。火の術だけを使い込み、昇華させることで神速の呪文詠唱法を会得した!」
「え、それってつまり……?」
態度を大きくしながら大声で自慢を語るセドリックに対し、傍観していた波美が何かに気付く。それに回答するように陸徒が口を開いた。
「まともに使えるのは火の術だけってことだろうな」
図星。
陸徒の言葉を耳にしたセドリックは、急に背中を突かれたようにピクリと体を動かしながら大きな反応を見せる。あまりにもわかりやすいリアクションに、この場にいる面々が苦笑を漏らした。
「なるほど、やっぱりそう言うことだったか。お前程度の男があんなに早い呪文の詠唱をできるわけがない。でもそれが火の術だけって話なら納得がいく」
「う、うるせぇ! 貴様みたいな小娘は火の術だけでも十分だ!」
威勢を張っているつもりだろうが、内心は完全にうろたえている。表情が強張り、目が泳いでいるのがシルビアからはっきりとわかった。
「クソ! こうなったら俺様のとっておきで一気に葬ってやる!」
―悠久の時を眠りし赤き竜よ、今ここに放つは紅蓮の咆哮―
「竜撃炎!」
自棄を起こしたのかどうかはわからないが、セドリックは怒りを剥き出しにしたまま、お得意の火の術限定版神速詠唱術を放つ。これだけは見事と言えるまでの詠唱の早さで、一瞬にして術を完成させた。
「あの術は……! まともに受ければ女剣士の命が危ない。それどころか、この町もろとも焼け野原になりますぞ!!」
ここまで火の術専門海賊を小バカにした展開が繰り広げられてきたが、放たれた術の正体は、クレスタが焦りを見せるほどに強力なものであった。
中級火術。他の属性と比べて上級術に迫るほどの高威力をもつそれは、町ひとつを簡単に焼き尽くしてしまうほどのものだ。
クレスタとシェリルは咄嗟に防御術を施そうとするが、すでに術はシルビア目掛けて放たれ、とても間に合うタイミングではなかった。しかし当の真紅の女剣士は、非常に落ち着いた表情で見据えていた。
セドリックの手から発射された術は、直径数メートルはあろうかと思われる巨大な炎の球を作り出し、轟音を立てながら迫って来る。これが直撃された場合、忽ちに大爆発を起こして周囲を火の海と化してしまうのは明らかだ。
「ちくしょう! 万事休すか!?」
陸徒も歯を食いしばり諦めの色を見せるが、この後真紅の女剣士が皆の想像を覆す行動を起こす。
「解っ!!」
真紅が掛け声を発した刹那、右手に持つ紅い剣が強烈に発光しだした。そして深く呼吸を落とし、滑らかに手首をスナップさせて剣を逆手に持つと、その場で素早く水平に横薙ぎにする。
その動作と同じくして、緋色の残像と共に剣閃が放射状に広がる。それは、瞬く間に迫り来る炎を掻き消し、煙と共に完全に消火してしまった。
「え、何? 一体どうなってんの?」
「さ、さぁ……。俺には一瞬で炎が消えたようにしか見えなかったが……」
「あの女がやったのは魔術じゃねぇよな?」
「うん。魔術書もないし、見るからに剣の技だったね」
皆それぞれが思い思いの発言をするも、今の現象を解明するには至っていない。そんな中、クレスタだけが女剣士の持つ剣を見つめながら、なにかを思い出そうとしていた。
「な、なんだと……俺様の炎を、掻き消しやがった……?」
無論、術を放ったセドリックも、不可解な出来事に頭を混乱させている。
「中々強力な術を使ったようだけど、残念ながらアタイには無意味だったってことだね」
「お、おのれぇ……! なめるんじゃねぇぞぉっ!!」
散々貶された挙句、彼の本気の攻撃と思われる術もあっさりと防がれたことで成すすべを失ったのか、ここでとうとう自棄を起こし、剣を振り回しながらシルビアへ突撃する。こうなれば最早海賊船長の敗北は必至だった。
「……バカな奴だ」
シルビアも半ば呆れ顔で軽く溜息を漏らすと、紅の剣を真上から振り下ろす。
すると、先ほどと同様に緋色の剣閃と共に熱波を巻き起こし、セドリックの体に直撃させる。瞬間、微弱な爆発音を出して後方へ吹き飛ぶ。そしてその先にあった自身の船の外板を突き破り、無様にも戦闘不能となってしまった。
意外にも呆気ない終わりに、周囲は唖然とするが、これで海賊は全て退治。恐怖は拭い去られ、町に再び安寧が訪れる……と思われた。
真紅の女剣士は、抜き身の剣を持ち構えたまま、ある人物の方へと歩み寄ってきた。
「ちょっと、あのシルビアって人、剣を持ってこっちに向かってきてるよ?」
「まさか俺たちを敵だと思ってるんじゃ?」
「んなバカな……」
周りが焦りを見せていると、陸徒はなにかに気づいたように身構える。
「あいつ、俺を見ている……?」
彼の予測は的中していた。
そう、ある人物とは陸徒のことだった。
「そこの剣士! アタイと勝負だっ!!」
真紅の女剣士は陸徒の顔を見ながらそう叫ぶと、両手に持つ剣を振り回し攻撃を仕掛けてきた。
彼女のこの行動の意図はなんのか、そして陸徒はこれをどう対処するのか。思いもよらぬ方向で戦闘は継続される。




