第15話「海の主 伝説の海獣ログノスキュラ」
流水の洞窟最奥部にて突如と姿を現した伝説の海獣ログノスキュラ。その巨体から迫る常軌を逸した恐ろしさから、一時は戦意を喪失しかける異世界組3人。だがシェリルたちの説得により立ち直ることができた。
準備を整えたメンバーは、これよりログノスキュラへの攻撃を開始する。
水属性の防御術によって、海に沈まずその上を歩けるようになった陸徒、波美、アクシオの3人は、早速ログノスキュラへ接近して間合いを詰める。その動きにすぐさま迎撃の態勢を見せた海獣は、イカの足に似た巨大な触手を振り回してきた。
水面を勢い良く叩きつけ、大きな波しぶきをあげる。3人はジャンプしながら波を蹴って前へ進むが、ログノスキュラは更に触手を何本も出して振り回し、陸徒たちの進攻を阻んできた。
「くそ、このイカの足みたいなの邪魔だっ!」
「これじゃ本体に近付けないわ!」
巨大故に振り回す速度は比較的遅く、3人は触手に当たることはなく回避しているが、前進するまでは叶わず苦戦していた。
「僕に任せて!」
するとそこへ、船の上にいた空也が魔術書を開いて援護の合図をする。相変わらず目を閉じて集中する時間を要し、クレスタのように素早く詠唱することはできずとも、先日の盗賊との戦いよりも落ち着いていた。
―清らかなる精霊の涙よ、凍てつく刃となれ―
「氷冷雨!」
呪文の詠唱が成功し、術が発動する。刹那、ログノスキュラの頭上に白い霧のようなものが出現し、そこから長さ30センチほどはある、無数の氷の破片が生まれて降り注ぐ。すると忽ちに体中に突き刺さり、ダメージと冷気によってログノスキュラの動きを鈍らせた。
「ナイス援護だ空也! よし、このチャンスに攻めるぞっ!」
空也の見事な魔術の援護によって、陸徒たちの行く手を阻んでいた触手の動きも確実に鈍化している。それを機に、陸徒が思い切り剣を振り回してその触手を横薙ぎにした。
触手が綺麗に寸断され、1本が水の中へと沈んでいく。これがきっかけとなり、ログノスキュラが怯みを見せた。その隙を突いて波美、アクシオも攻撃を開始する。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
足場を蹴り、素早く標的へ近付いた波美は、すかさず連続でパンチを繰り出す。それに合わせ、ドンドンと重い音がドーム内に響き渡った。
波美の格闘の真価がようやくここで発揮された。今までは人間が相手であったため、ある程度手加減をしていたようだが、モンスター相手となると容赦はない。その威力は鳴り響くほどの大きな打撃音から十分に察することができた。
散々殴られたログノスキュラの触手は、力を失いそのまま水中へと沈んでいった。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
続いて叫びながら槍を前に構え、猪の如く突進するアクシオ。その対象は目の前にある触手。
スピードを乗せた強力なひと突きを浴びせた直後、すぐさま突き刺した槍を引き抜いて柄の部分で打撃を与えると、その動作から体を捻ってくるくると回転させながら触手を数回斬り付ける。そして最後に遠心力を利用した渾身の突きをお見舞いした。
彼の華麗且つパワフルな連続攻撃によって触手は完全に沈黙。この攻撃だけでアクシオの戦闘能力の高さが見て取れるようにわかった。陸徒たちはそう思っていたに違いない。
攻撃はこれで終わりではなかった。今度は陸徒たちのいる後方から光の矢が飛んでくる。その光は本体の最も近くにあった触手に刺さる。更に間髪入れずに次から次へと光の矢が放たれた。1本も外すことなく計5本の矢が触手に刺さり、大ダメージを負わせて撃沈させる。
その攻撃の主は無論シェリル。陸徒は彼女の方を向いて頷くと、シェリルも黙って軽く笑みを浮かべながらそれに応えた。
ログノスキュラ側も、攻撃されっぱなしではなく反撃の意思を見せようとしているようだが、連続で触手を失った衝撃によってたじろいでいた。
この機を逃すまいと、邪魔するものがいなくなった今、3人がお互いに目で合図をして本体に一斉攻撃を仕掛ける。
全速力で突っ込み、三者一斉ありったけの加重を掛けた渾身の一撃だ。斬撃、打撃、突撃を一纏めに浴びせ、ログノスキュラに大ダメージを与えた……はずだった。
3人の攻撃が当たる寸でのところで、ログノスキュラは巨大な体をうねらせ、体表にある鱗を盾代わりにして防いできたのだ。見た目よりも強固で、岩のように硬い鱗によって攻撃が弾かれ、3人はよろめき体勢を崩してしまう。
その隙を突いてログノスキュラが大きく口を開けると、そこから強力な水の砲撃を放ってきた。
攻撃が弾かれた直後と至近距離がゆえに回避が間に合わず、まともにそれを受けてしまった陸徒たちは遥か後方まで吹き飛び、壁に身を叩きつけられてしまった。幸い水属性の防御術を掛けていたおかげで、水圧によるダメージは防げたものの、体を打ち付けられた際の物理的なダメージを受けてしまい負傷する。
アタッカーの3人は一旦船へ避難し、シェリルから傷の治療を受けて体力を回復させる。
そうこうしている内に、ログノスキュラ側も失った分よりも更に多い触手を海面から出して、戦闘態勢を整えてしまった。
「あの野郎やりやがって……。しかもさっきよりもいっぱい触手を出してきたぞ」
「これじゃ振り出しに戻るどころか、更に厄介になったわね」
「それに、攻撃の際に近づいても鱗でガードされ、さっきの水の砲撃でカウンターをしてくる。これじゃ接近戦による物理攻撃は難しい。一撃で致命傷を与えられるような攻撃法じゃないとな……」
攻撃を担当した3人がそれぞれに口を開き、後ろ向きな発言をする。そこへ波美が思い付いたように頭上に電球を光らせ、ある提案をしてきた。
「そうよ魔術だわ! クレスタさんか空也くんが強力な魔術であいつを倒せばいいのよ!」
物理攻撃が困難であれば、魔術を使えばいい。単純に考えれば行き着く答えで最も効率的な戦法に思えるが、次の空也の発言によってそれが採用できないことを知る。
「波美さん、それができたら始めからやってるよ」
「え、どういうこと?」
空也の説明はこうだ。
魔術を使った戦いにおいて、地形属性を利用することはこの世界での常識とも言えるやり方だ。今回の戦いでもそれを採用すべきと考えられるが、ここ流水の洞窟は完全な水の地形属性。海の生物であるログノスキュラ自身も水属性である事から、地形属性を利用したところで同属性によるダメージはほぼ皆無と言っていいだろう。
また、先ほど空也が放った氷属性も水に近い属性であるため、動きを鈍らせたり怯ませる程度で、ダメージはあまり期待できない。
では、水と相反する属性である雷はどうであろうか。おそらく水棲生物であるログノスキュラの弱点も雷。よって雷属性の強力な魔術を使えば、致命傷を与えられるかもしれない。
しかし問題は戦闘フィールドが水の上であるということだ。当然水を伝って電撃が陸徒たちの身にも押し寄せるだろう。法術のバリアでも完全に防ぎ切ることはできず、忽ちに感電してしまいパーティーの全滅は必至だ。
「なるほど、そういうことか。でもそれだったら法術で雷の属性防御術を全員に掛ければ——」
と、今度は陸徒が案を提示するも、すぐさまシェリルが否定的な答えを返してきた。
「属性防御の術は、その効果を100パーセント維持した状態で掛けるのは3人が限度です。それ以上は効力が大幅に減少してしまい、雷の術には耐えられません。それに——」
「それに?」
「一度属性防御術を唱えると、次に他の属性防御の術を唱えるには、ある程度時間を置かなければならないという、癖のある制約が存在するのです。ひとりに対してならさほど時間を要せず使用することができますが、この戦いにおいては2度に分けて3人ずつに雷の属性防御の術を掛けることはできません」
彼女から発せられた知られざる法術の使用条件により、陸徒たちは落胆の表情を見せる。
この間、ログノスキュラは陸徒たちの出方を伺いながら、触手を鞭のように動かして攻撃しているが、クレスタの張っているバリアの術によって防いでいる状態だ。とはいえ、このままバリアを張り続けて篭城するわけにもいかず、彼らは必死で策を考える。
するとしばらくして、クレスタがあるものを見つめながら口を開く。
「私にひとつ、作戦があります」
「クレスタの爺さん、その作戦って?」
陸徒が聞き返しながら振り向くと、彼の視線が自分の方を差していることに気づいた。
「陸徒殿の持つラディアセイバーの力を使うのです」
クレスタが見ていたものとはその言葉の通り、陸徒の持つ神剣ラディアセイバーだった。
作戦の詳細は、ラディアセイバーの地形属性を刀身に宿す力を使っての攻撃。微弱な雷属性の術を適当な場所へ放つことで、局地的な雷の地形属性を作り出す。陸徒はそこでラディアセイバーにその属性の力を取り込み、直接ログノスキュラへ剣を突き刺して内部から強力な電撃をお見舞いするという方法だ。これならば水の導電を抑えられ、船の位置までは電撃が届かない。
しかしこの作戦には難点があった。それは攻撃をした際の陸徒自身への感電を防ぐために、彼に雷の属性防御術を掛けなければならないということ。属性防御術は重複させることができない理由から、水の属性防御術を解除させる必要がある。つまり、ログノスキュラの位置までは法術の補助なしに辿り着かなければならないということだ。
「さて、のんびりしている暇もなさそうだし、さっさと始めるか!」
この時の陸徒は落ち着いた雰囲気を見せていた。と言うよりも、半ば開き直っているという言葉の方が適切だろう。
「りっくん、ホントに大丈夫?」
危険を伴う作戦であるのは皆も理解しており、陸徒の身を案じた波美が不安げな表情をで彼の顔を覗き込む。
「心配すんな、やってやるさ。ってか、なんつーか不思議と吹っ切れてるんだよな。こいつを握っているとそんな気持ちになってくるんだ……」
そう言いながら、陸徒は右手に持つ大きな蒼刃を掲げ、その姿をまじまじと眺める。
神剣ラディアセイバー。かつての英雄レクサスが所持していた伝説の剣を、偶然にも陸徒が手にして蘇らせた。更に不思議なことに、その巨大な剣を使いこなす剣技と、秘められた力の使い方を自然と会得していた。なんのために陸徒がその力を手にすることができたのか、それは未だ不明だが、今この戦いにおいては、ログノスキュラを打ちのめす為の唯一の頼みとなる。
―凍結せし極寒の衣よ、大地を這いで氷波となれ―
「凍晶波!」
作戦が開始されると、即座に空也が呪文を唱える。これは、クレスタが盗賊の動きを封じる時に使用した氷の術だ。
術が放たれた刹那、船の位置から放射状にこのフロア内の水が凍りついていく。瞬く間に巨大なスケート場が完成し、同時にログノスキュラをも凍結させた。
だがそれは束の間。ログノスキュラは体を大きく振るわせると、自身を包んでいた氷を粉砕。その勢いでスケートリンクを破壊し、一面を流氷の浮かぶ空間へと変えてしまったのだ。
「おい、氷が砕けちまったぞ!」
「いや……足場が多くてかえって便利じゃないか」
おそらく氷の上を走ってログノスキュラの元まで移動するつもりだったようだが、そう簡単にはいかず、厳しい状況となる。
両手を振りながら慌てるアクシオを尻目に、当人の陸徒は冷や汗を垂らしつつも、真顔で冗談混じりのセリフを吐く。言動がややあやふやではあるが、腹は括っているようだ。すぐさまシェリルの方を向いて頷き、合図をした。
―其は、破電を絶縁せし琥珀の鎧―
「雷絶膜!」
シェリルの呪文の詠唱は既に完了していて、陸徒の合図とほぼ同時に術が発動される。
その場の状況を良く読み取り、無駄がなく常に最適な行動を起こすシェリルは、まさにサポート役の鑑と言えよう。
「よし、こっちの準備は完了だ。空也、次頼むぜ!」
―黄昏に蠢く紫電の蜘蛛よ、糸を紡いで輝を撃て―
「電糸膜!」
目を閉じて集中する動作は変わらないが、テンポの良いスムーズな呪文の詠唱により、思いのほか時間を掛けずに術を完成させる。
昨日盗賊を相手にしていた時の慌てぶりが嘘のようだ。空也は魔術を使用する機会を重ねる毎に、誰の目にも明らかな上達を見せていた。
術が発動されると、彼らの乗る船から数メートル先の水面に、電気を帯びた蜘蛛の巣のようなものが現れる。
「今だよ、兄ちゃん!」
「あぁ!」
空也の掛け声に呼応して、陸徒は船から飛び出し、電気の帯びた場所へと水面を浮く流氷をつたって進む。
間もなくしてその場所へ辿り着くが、その蜘蛛の巣は今にも消えそうな状態だった。水の地形属性が強過ぎるためか、水に付与させやすい雷の属性とはいえども、その力を維持することができないのだろう。
陸徒は急いでその場所に剣を突き立て、力を込めて念を発する。
「宿れっ!!」
彼の言葉に反応し剣が光り出した。そしてすぐさま光が消えると、そこには電気を帯びたラディアセイバーの姿があった。
まさにこれは、以前アルファード城でザルディスと戦った時に見せたものと同じものだった。
「おぉ! 成功しましたな」
「やったね、りっくん! そのままログノスキュラに一発お見舞いしちゃえ!」
皆の歓声が沸き立てる中、陸徒は気合いを込め、水面を浮く流氷を飛び移りながら一心不乱にログノスキュラの元へ移動する。
流氷の隙間から触手による妨害をしてくるが、シェリルの弓の援護によって陸徒の行く手を阻むものはなかった。
攻撃範囲へと辿り着いた陸徒は、ログノスキュラの目の前で高く跳躍し、頭部目掛けて渾身の一撃をお見舞いする。
「くらえぇぇぇっ!!」
ログノスキュラの頭部に剣を突き刺した瞬間、強力な電撃が巨大な体の内部で暴れ出す。
迸る電気のスパーク音と共に、触手全てが水面から勢い良く現れ、真っ直ぐと伸ばした状態から激しく痙攣させている。
数秒後、触手の動きが完全に止まり、本体共々ゆっくりと海の底へ沈んでいった。
「お見事です陸徒さん。ログノスキュラを倒しました!」
「さっすが兄ちゃんだ!」
後方から聞こえる嘆賞の声に、親指を立てて勝利のポーズを決め込むと、陸徒は沈みゆくログノスキュラに刺した剣を抜き、近くの流氷へ飛び移った。
「あれ……ダメだ、立てない」
ところが流氷へ飛び移るや否や、陸徒は全身から力が抜けたようにその場へ座り込んでしまった。
「さっきの攻撃で、力のほとんどを使い切ってしまったようですな。陸徒殿の元へ船を動かしますぞ」
ただちに陸徒を救助しに船を動かす。
クレスタの的確な作戦指示と、ラディアセイバーの能力によって、見事ログノスキュラを倒すことに成功した。
そしてアクシオは陸徒の力に対してか、または伝説の神剣の力に驚いたのか、目を丸くしてしばし唖然としていた。




