第102話「魔族復活を先導する者の力」
魔族化から元に戻った反動によるものか、自力で歩くことが困難な弟に肩を預け、陸徒はゆっくりと皆のいるもとへ進む。
「空也くん!」
「空也さん!」
「空也!」
声を発した波美やシェリル、リアラを始め一同が安堵の表情で空也を迎え入れる。
困難を乗り越え、空也を取り戻すことに成功した陸徒は、仲間たちと一時の喜びを噛み締めるも、すぐさま神妙な顔つきへと戻し、視線を突きつけるその先にいる者は、バサラだ。
またレクサスも光の状態で残留しているが、なにやら様子が先ほどとは異なり、光が不規則な瞬きを見せている。まるで切れかけの蛍光灯のように。
「レクサス……?」
「ごめん陸徒、ホントはもう少し力になりたかったんだけど、空也を元に戻すのに力を使い切っちゃったみたい」
レクサスは、かつての救世主として、2000年前の凄惨な歴史を繰り返すまいと奮戦していた。既に命を落とし、魂しか残されていない身でありながらも、魔術書アリストの力を利用するなりを駆使して、陸徒たちを陰ながら導いてきた。
特別な力を使い、これまでに様々なアシストをしてきたが、最後に空也に内在される魔族の要素を取り除くことに力を使い切ってしまったようだ。本人としては心残りではあるが、やり残していた目的がひとつ……バサラの討伐。
「みんなに押しつけるような感じで、消えてしまうことに後悔しかないんだけど、あとはよろしく頼んだよ。僕の生まれ変わり、ラディアセイバーに導かれし者、竜の力を受け継ぎし者、時代を経て魔族に打ち勝つ力を付けてきた者。君たちの力で、この世界を救うんだ」
「レクサス、消えるって、お前もう……?」
「うん。もう姿を現すことも、話すこともできなくなる。そして最後に、あのバサラは、僕の中に潜む闇が生み出してしまった者。その力はとても強大かもしれない。けど、必ず勝つんだよ!」
レクサスは最後にそう言い残すと、灯火の消える蝋燭のように、その光と共に姿を消してしまった。
「レクサス……」
「くっくっく、あーっはっはっは! ついにあやつも消えたか。我をどうにかしようと企んでいたようだがな、それも無に帰した」
「バサラてめえっ! 確かにレクサスはもういない。お前も恐ろしい強敵だってのはわかっている。けどな、ここには魔族の力にも屈しない最強の仲間たちがいるんだ。お前なんかにはもう負けねえよ!」
「そうか。まあ好きに強がっているがいい。これから起こることの後にも同じ言葉が出せるといいがな」
バサラはそう残すと、徐に両手を仰ぐように天へ掲げてる。そして不敵な笑みを作っては、上空のあるものを見据えている。
その視線の先にあるものは、ふわふわと漂う雲のような白い靄の塊。それは忽ちに様子を変え、禍々しい黒色となっていく。
「なんだ、あれ……」
「あれって、確か空也が魔族化から解放された時、体から発せられていたものじゃなかったか?」
陸徒とアクシオが白い靄を見つめながら言葉を発する中、それはゆっくりと動き出して地上へ下降すると、開いたバサラの両手に吸い込まれるようにして消えていく。
「これは芳しくないわね。さっき上空を漂っていた白い靄、あれはおそらく空也から取り出された魔族の部分」
「それがバサラの中に入っているとなると、空也の魔族の力が奴に取り込まれていると見ていいだろうな」
「なんだって!? ってことは、まずいこのままじゃ、あいつはっ!」
早速とお馴染みの如く、ティアナと喬介の頭脳派による状況分析が行われる。ふたりの発言の意味するもの、それはバサラが空也の魔族の部分を己に取り込み、パワーアップしてしまうという解釈であった。
危惧した陸徒はバサラを止めにかかろうと動き出すも、時既に遅かったようだ。銀髪の男に靄が完全に取り込まれた途端に、一重の強烈な風圧が放たれる。
それによって行動を阻まれた陸徒を始め、他の面々も身構えて足を踏ん張り、バサラの身に起こる変化を見据えては生唾を飲み込む。
「!! これって……兄ちゃん、大変だよ!」
「空也?」
「あのバサラの中から、僕が魔族だった時と同じ力の波動を感じる。いや、それよりもっと——」
空也が言葉を続けようとしたところへ、風圧が治まりを見せる。直後に激しく爆ぜる線香花火の如き光が、バサラの頭から、顔、首、胴、腰、脚へとなぞるようにして体型を模っていく。
やがて全ての工程が終えたところ、そこには見たことのない禍々しい姿へと変貌を遂げたバサラが立っていた。
下ろしていた銀の長髪は逆立ち、頭部から生える4本の黄金の角。瞳は漆黒となり、鮮血の色は瞳孔へと変わる。青白き肌は赤味を帯び、宵闇色のマントを吹き飛ばしては、背中より獅子色の大きな翼を生やす。
「ふはははは! ついに来たぞ、この時がっ! 我は魔族の完全体と成り得たのだ!」
その姿に一同が戦慄する中、バサラは高らかと歓喜の声を上げながら、上体を前のめりに両腕を広げる。そして鋭い眼光を陸徒たちへ突きつけた刹那、途轍もない衝撃波が彼らを襲う。
「うわぁぁぁぁっ!」
「きゃあぁぁぁっ!」
強力な攻撃を受け、その場にいた者の内、ソニカ、レグナム、ラグレイト、更にはモコとプリメーラが遥か後方へと吹き飛ばされ、呆気なくも戦闘不能へと陥る。シルフィとティアナは辛うじて耐え切るも、大ダメージを受けてしまっているようだ。
ティーダとココアは、ソアラが咄嗟に展開したダイヤモンドのバリアで共に難を逃れる。竜の力を持つ4人はその力を持って攻撃を防いでいる。陸徒はラディアセイバーを盾にしてシェリルを守り、空也は両手を広げて前へ突き出し、見えないなにかでバリアのようなものを作り出し、後方にいるリアラを守っていた。
「っく、なんだ今の攻撃は。たったあの一撃でモコやプリメーラさんたちがやられちまった……。シルフィとティアナさんも危険な状態だ。シェリル、大丈夫か?」
「ええ、陸徒さんが守ってくださったおかけです。本当はわたくしが法術でそうする役目なはずなのですが、あまりにも突然の不意打ちだったもので……」
「ソアラ、助かったよ。なんかその珠術ってチートすぎない?」
「まぁねぇ。宝石の力は神秘そのものだからにゃ」
会話から読み取れるように、先ほどのバサラの攻撃は、シェリルの高速の法術詠唱ですら間に合わないほどのものであった。にも拘らず、ソアラの珠術はそれを可能としていた。
「守ってくれてありがとう空也。でもあなたはもう魔術書もないのに。それに今のバリアみたいなものは?」
「よくわからないけど、リアラを守らなきゃって気持ちが形になって現れたような感じ」
魔術書アリストは、レクサスを召喚した際に消滅してしまった。従って魔族化から解き放たれた今の空也は、魔術は当然ながらその類の力を使えないはず。だが先ほどのリアラを守ったバリアは、さながら法術のようであった。元来空也は魔術しか会得していなかった。これは一体どういうことなのか。
しかし今この状況では、斯様なことを詮索している余裕はない。兎にも角にも、立ちはだかる完全体となったバサラに打ち勝たなければ、このミドラディアスに平和な未来が訪れることなど叶わない。
「はぁ、はぁ……ティアナちゃん、大丈夫かしらぁ?」
「えぇ。なんとか、ね。貴女もまだ、戦えるわよね?」
「もちろ〜ん。あの恐ろしい魔族ちゃんに、ちゃんとお返ししてあげないと、ね」
口調こそ変わらずの間延びしたトーンではあるが、その裏から伺える耐え難い苦痛が伝わってくる。ティアナと共に相当なダメージを受けており、立っていることもやっとであろうが、尚もバサラに一矢報いまいとふたりは戦闘体勢に入る。
「シルフィ、ティアナさん? あんたらなにをするつもりだ? まさか、やめろっ! そんな状態で——」
その様子に異変を感じた陸徒。だがふたりは制止を求める声を無視するかのように、攻撃行動へと移る。
まずはシルフィが絶対唯一の固有技、二重詠唱を発動して呪文の詠唱を始めた。
―我が欲すれば全てを打ち砕く風となれ
汝が欲すれば破壊を注す自由の地を授ける
今ここに馳せ疾風なりし天神の竜巻―
「究極烈風!」
ー大海に覇せし蛇の王へ乞う
此度に蔓延る邪の存在は不要なり
浄掃せよ汝の清らかなる力をもってー
「巨大海嘯!」
シルフィの力によって2種の呪文の詠唱が同時に完成されると、即座に術が発動する。
須臾にして辺りの空気が一変し、バサラの立つ位置を中心として暴風が巻き起こる。更に地中から激しく湧き出るかの如く水が生まれ、忽ちに大渦を作り出すと、それらが複合して対象を飲み込むようにして襲いかかる。
攻撃はこれだけでは終わらず、今度はティアナが己が武器である、聖隼剣セイラウィンダムを胸の前で垂直に立てて構えると、刀身から翡翠色に輝くオーラを出して纏わせる。その後大きく跳躍すると、高い位置から技の名と共に剣をバサラのいる場所へ向けて突き出した。
「アルティメットストーム!」
剣より放たれた翡翠色の光は、瞬く間に強靭な風の刃へと形を変え、シルフィの魔術によって作り出された大渦の中へ入っていく。
「「メイルシュトロームディザスター!」」
この攻撃の真骨頂はここにあった。ふたりのシンクロした言葉が画竜点睛となり、止めどない水流と苛烈な旋風が眩い閃光を発してバサラにダメージを与えていく。
と、思われたのも束の間。
「人間の分際で面白いことをしてくるものだ。だが、所詮は下等生物の成す技だ。この程度っ!」
バサラはそう一言言い放つと、体に力を込めた途端、大きな音と共にシルフィとティアナの作り出した攻撃が瞬時にして無に帰す。
加えてバサラが右手を振り払う動作をすると、打ち上げ花火のような轟音が鳴り、即座にてシルフィとティアナのふたりは、地面へ突っ伏せるようにして倒れ込んでしまった。
「シルフィッ! ティアナさんっ!」
案ずる陸徒の呼びかけも虚しく、ふたりは戦闘不能へと陥ってしまう。元々にバサラの初手により負傷していた状態が痛恨となり、そのままシルフィとティアナが立ち上がることはなかった。




