第101話「救われたことと救うこと」
空也の唱えた古代魔術によって生み出された巨大な隕石が、陸徒へと襲いかかるも、突如現れた人物の手によってそれは防がれることとなる。
その人物が何者であるかはわからないが、姿を目にするなり、ティーダとココアが大きく反応していた。
「大丈夫ですか!? 陸徒さん!」
そこへ、シェリルを始め他の面々も陸徒のもとへ駆けつける。
「あぁ、俺は大丈夫だ。それより——」
シェリルたちがやって来るのと同じくして、謎の人物も近くへ歩み寄って来ていた。陸徒もそれが気になっているようだ。
それは若い女性、というよりは見た目からの推定年齢としては少女と言う方が適正であろう。鮮やかなオレンジ色の髪を肩まで伸ばし、青色のカチューシャをしている。赤と黄色を基調とした衣服に、エプロンのような皮製の前掛けを着ている。そして右手には、輝かしい宝石をいくつも散りばめたような、銀色のハンマーを持っていた。背丈は低く一見幼く見えるのだが、出るところは出ているようだ。
話口調がやや独特で、一人称をボクと呼び、語尾に"にゃ"を付けるなど、癖のある人物であろうことが伺える。
「とりあえず無事なのは良かったけど、なんか大変なことになっているようだにゃ」
「ソアラッ!」
その少女の名を呼びながら、ココアが目に涙を溜めながら勢いよく彼女に抱きつく。ソアラという名は初めて聞くものではない。
「アナタ、生きてたんだね! なんでまた、どうして?」
「いやぁあの時は大変だったにゃ。でも、死なずに済んだよ。あとね、ボクのこと見に来てくれていた城の兵士たちも無事だにゃ」
ソアラという名の少女の正体。それはエルグランドのアーシェラ女王の弟子であり、ティーダやココアと同じくして、魔術を超える術の開発者。宝石に秘められた力を操る珠術の使い手である。
先ほど陸徒のピンチを救ったあの現象も、ダイヤモンドという言葉を発して引き起こしていたから、それも珠術によるものと思われる。
あの時、ソアラは空也の手によって殺害されたとアーシェラ女王より報告を受けていたが、彼女が生きてここにいることが、それが間違いであったと取れる。また彼女の口から、先遣隊として向かっていた兵士も無事だということがわかっている。しかしどのようにして生き延びることができたのか。
ソアラの話によると、空也に殺されかけはしたものの、珠術の力を使って自分の幻を作り出し、難を逃れた。先遣隊の兵士達も、同様の方法を用いて救い出したそうだ。
珠術に関する詳細は未だ知り得ていないが、ティーダの彩術とココアの華術のように、他に類を見ない強大な力を持っていると推察できる。現に、あの法術でも敵わなかった古代魔術の隕石を防いだのだから。
「君は、あの時の……? なぜ、僕が。それに、さっきのは、僕の術の隕石を……」
ソアラが生きていたことの安堵と、ティーダとココアにとっての感動の再会も束の間。空也が目を見開き、驚きの意を隠せないまま、こちらへ歩み寄って来る。
全員が同時に身構えて、空也の動きに注視しているが、陸徒だけがある違和感を抱いて怪訝な顔を作る。
空也の言動がおかしい。リアラの言葉を受けていた時のように、明らかな混乱を再び見せている。更にもうひとつ、陸徒が抱いている違和感というのは、先ほど空也が放った古代魔術のことだ。
魔族は呪文の詠唱を必要とせず、魔術を瞬時に放つことができる。実際に多くの無詠唱魔術を目の当たりにしていて、先のアルファード攻防戦でも、同様の隕石の古代魔術を即座に放ってきた。ところがあの時の空也は、呪文を詠唱していた。
そこから導き出される推測は——。
「空也の、魔族状態が薄れて、いる?」
「陸徒さん、それはどういうことですか?」
推測を言葉に変えて陸徒が発する。早速とリアラが反応して疑問を投げかけてくるが、それを答えようとしたその時——。
(陸徒っ! 今だ、魔術書アリストをっ!!)
突然陸徒の頭の中でレクサスの声が響き渡る。陸徒はその言葉の意味に逡巡するも、即座にソードホルダーに納めていた魔術書アリストを手に取って、すかさずそれを天に掲げる。
刹那、魔術書から強烈な光が溢れ出すと、瞬く間に帯状になって動き出した。
「えっ、な、なにっ!?」
光の帯は、突如と空也の元へ進み、彼を包み込もうとする。
「この光……まさか、あやつ!!」
いの一番にバサラが反応を示す。この光の正体を知っているのだろうか。その表情にはこれまでに見たことのないような、焦りにも近い感情が読み取れた。
光は完全に空也を覆い、外側からは彼の状態が一切伺うことは叶わない。
「おいバサラッ! てめえ今、空也の身になにが起きてんだ!? あの光はなんなんだ。知ってんだろ?」
「ふっ、我が答えずとも、あやつへ聞けばわかること」
「だからさっきからあやつ、あやつって——」
言いながら陸徒は、バサラの向ける視線の先、空也の元へ再び戻すと、彼を包み込むそれの隣に、同じ光にて形どられた人の姿があった。
「やぁ!」
そこには、かつての救世主レクサスが光となって存在していた。過日、アルファード城にて現れた時と同じ……。これまでのように、陸徒のみに聞こえる声ではなく、この場にいる他の面々も耳にすることが可能となっている。更には驚くべきは、気がつけば陸徒の手に持っていたはずの魔術書アリストは、跡形もなく消えていたのだ。
「レクサス、今この状況はなんなんだ? 空也は無事なのか? なにが起きてるんだ? 説明しろよ」
「まったく、そんな矢継ぎ早に質問されたって、いっぺんには答えられないよ……。まあ、とりあえず、空也は大丈夫だよ」
レクサスはこう語る。
空也には光と闇両方の性質を持っていた。これは以前にも語られていたように、光は救世主レクサスの部分。そして闇は魔族の部分だ。
既知の通り、レクサスはクレスタに協力を依頼して、魔術書アリストを空也に託す。その後、空也は魔族化の道を進んでしまう。
魔族化のスイッチとなるものはふたつ。ひとつは信頼関係を築いたクレスタの死による怒りのスイッチ。もうひとつは、魔術書アリストから引き出された闇の要素。これは、嶺王火山にて空也が発動させた闇の最上級術によって確認されていた。
ではなぜ、空也をわざわざ魔族化させる必要があったのか。それは、魔族の封印のためである。魔族の性質が覚醒せず内在されたままでは封印することができない理由により、一度空也を魔族化させなければならなかった
。
その後、レクサスは封印の行動を試みようとするも、予想以上に空也の魔族の部分が強く、難航していた。それはバサラの存在が原因と推測できる。おそらく、バサラがなんらかの方法で空也を操る、あるいは唆していたのだろう。
「つまり、今までは空也の魔族性質が強い状態だったけど、それが弱まったこの時を狙ったということか」
「そう。リアラが声を掛け続けて心をかき乱してくれたこと。古代魔術をソアラが防いで彼の自信を打ち砕いたことでチャンスを作ってくれた。感謝するよ」
「あのふたりがキーパーソンだったなんてな。名前が似ているのは偶然なんだろうけど」
そうこうしている内に、空也を包み込んでいた光から蒸気のような白い靄が上がり、光が徐々に薄れ始め、姿が明瞭化してくる。そして完全に空也の姿が確認可能なものとなった折、そこには陸徒の記憶の中にある弟の姿そのものがあった。
「空也? 空也なのかっ?」
「あれ……。にい、ちゃん?」
慌てるように駆けつけた陸徒は、堪らず空也を強く抱きしめる。
「兄ちゃん、僕、怖かったよ。記憶はしっかりとあるのに、僕が僕じゃないみたいで。それに、もの凄く酷いこともした……」
「いいんだ。いや、良くはねえけど……わりぃ。俺も、上手く言えねえ。とにかく、お前が元に戻ってくれて良かった。それだけは素直に喜べる」
斯様にして、無事に空也を魔族化から解き放ち、元に戻すことに成功した。彼の手によって失われた命は帰ってはこないが、これでひとつの問題が解決できたと言えよう。
ここまで妨害行為をしてこなかったバサラは、半ば落胆する様子を見せている。それは諦めからくるものなのか。そして、虚空を見上げながらなにかを発見すると、薄らと口角を吊り上げるのだった。




