第100話「届け リアラの想い」
14人から織りなす、ツーマンセルによる戦士たちの猛攻も幕引きとなる。
空也の生み出した、魔族の僕の頂点に君臨するとされるキングデーモン。それが7体も召喚され、誰もが死闘は必至と思われた。ところが、各ペアの的確な戦術と強大な力により、全ての戦闘が苦戦を強いることなく終えた。
その理由は、竜の力を始め、個々の能力の高さによるものと、これまで幾度となく経験してきた魔族との戦闘に勝利してきたことで、皆が気付かぬうちにそれらを圧倒する力を身につけていたという結果だ。初戦を繰り広げたシェリルと波美が、何かに気づいたものというのはこのことである。
とはいえ、これで戦局が変わったと考えるのはいささか早計だ。魔族化したことで絶対的な力を手に入れた空也と、これまで圧倒的な力を目の当たりにされ、更には未だ計り知れない力を秘めているであろうバサラがそこに存在している。
これらを攻略できなければ、陸徒たちが勝利することは不可能に近い。
時は少し遡り、キングデーモンとの戦闘が開始された頃、陸徒とリアラが見据える先には、ただ不気味に立つ魔族化した空也がいる。
しかし陸徒には、ほんの僅かながらに弟から動揺の色が見え隠れしているように感じた。これは、血の繋がった兄だからこそ感じとることができたのかもしれない。空也の動揺の原因とされるもの、それは陸徒の隣にいるリアラの存在だ。
風の谷、そして訪れたラクティスの町での出来事。それは空也にとって大きな思い出だ。中でも町に住む少女リアラと過ごした時間は、彼のかけがえのないもの。とりわけリアラは特別な存在だ。
だがそれと同時に陸徒の中で、今の状況と似た過去を思い出し、恐怖と懸念の思いが交差する。リアラをステラと同じ目に合わせてはならない。そう決意を噛み締めながら、兄は弟からずっと目を離さず鋭い眼光を突きつけている。
「陸徒さん、この状況をどうするつもりですか? 魔族になってしまった空也を……」
「リアラ、心配すんな。俺の弟、それにお前にとって大切な空也を殺したりなんかしないさ」
声をかけてきたリアラの表情に見える、不安と恐怖の想いを察し、陸徒は優しい眼差しで彼女の頭に軽く手を添えた。
陸徒も考えなしに空也と対峙したわけではなかった。これまでの状況を全て思い返し、彼なりの見解を導き出している。
それは、空也の心。救世主レクサスの生まれ変わりとはいえ、魔族とはいえ、空也は空也。中学二年の14歳。まだ成長途中の未熟な少年だ。かつて、魔信教団のノアが言っていた、"出来損ない"と。
空也が暴走した時は共通して、心の乱れがあった。クレスタの死に始まり、ステラに魔術を貶されたこと。大切な魔術書を奪われたこと。心がまだ未熟であるがゆえに、空也は自分の中での怒りを制御できない時に暴走してしまうのではないか。陸徒はそう解釈していた。つまり、それとは逆の、良き思い出を回帰させたり、穏やかな気持ちになるような状況へと運べば、あるいは……。
「空也を元に戻す方法。その鍵を握っているのは、リアラ、お前だ」
「え、ワ、ワタシ……ですか?」
「ああ。それともうひとつ……」
そう言いながら、陸徒は腰に装着したソードホルダーに手を添える。そこにはホルダーのベルトに括りつけられている魔術書アリスト。
数日前、この魔術書から現れた救世主レクサス。奴がこの場でなにかをしようと企んでいる。さっきも俺の心の中で言っていた。なんとかすると。
「ねぇ、いい加減僕の魔術書、返してくれないかな」
ここまでやり過ごしてきた考察と、リアラとの会話も束の間。睨み合いを続けていた状況に苛立ちを覚え、とうとう空也が表情を歪ませながら口を開いてきた。
「っ!! 陸徒さん……?」
「この魔術書は空也が持っていたもの。今あいつのもとにあるのは、偽物だ」
「そういうことでしたか」
「こいつもまた、お前と同じ重要な鍵を握っている。だから、絶対にあいつに渡しちゃダメだ」
「わかりました。ここはひとつ、ワタシに時間をくれますか?」
状況を全て把握したリアラはそう言うと、精悍な顔をして、足をゆっくりと動かして空也へ一歩近づく。
「!!」
半ば予想通りと言うべきか、空也は今までに見せたことのないような反応をしてきた。
「空也、ワタシよ、リアラ」
リアラが言葉を発すると、空也は更に目を見開き、あからさまなたじろぎを見せている。
(いいぞリアラ。その調子だ)
手応えを感じ、陸徒はその様子を固唾を飲んで見守る。このまま上手くいけば、空也を魔族状態から解放できるかもしれない。そう期待感さえも芽生えてきた。
リアラは空也への声掛けを続ける。
「ねえ空也、ワタシの家であなたと話しをしたの、覚えてる?」
「……」
リアラの言葉に耳を傾けているかは定かではないが、空也は俯き、黙ったままだ。
「あの時、空也がワタシを励ましてくれたから、両親を亡くしてしまった悲しみに囚われず、前を向いて生きていこう。立派な魔術士になって、大好きな町を守っていくんだって。そう決心できたの」
「ううっ……」
空也は頭を抱えてその場にうずくまる。そして僅かではあるが、彼の髪の色が元の黒色に戻る瞬間を、陸徒は見逃さなかった。
(よし、このままならいけるかもしれない)
そう期待感を高めたのも束の間。突如そこへ横槍が入ってくる。
「おい、なにを小娘如きに翻弄されている。貴様の大切な魔術書を奪われたことを忘れたのか?」
「やめろバサラッ!!」
その正体は空也の付近に立ち、傍観していたバサラ。陸徒が叫ぶようにして遮る行為に出るが、冷徹の銀髪が放った言葉は、しっかりと空也の耳へ届き、我に返させる。
「魔術書……魔術書アリスト。それは、僕の、僕のだぞっ!!」
空也の投げた言葉と共に、彼の体からどす黒いオーラが立ち込める。恐怖を呼び起こす既視感とも言える光景に、陸徒は心臓を掴まされたように、体の奥底から込み上げてくる畏怖の想いで脚の力が抜けそうになる。
「っく、くそ……これじゃ台無しだ。リアラッ! 下がれ。早くこっちに来るんだ!」
「は、はいっ!」
重心が崩れた体を支えようと、陸徒は咄嗟に剣を突き立てながら、リアラを自分の背後へと退避させる。
「こうなっちまっては、もうお前の声は届かない」
「そんな……空也は、どうなってしまうのですか?」
「こいつは、空也が心を乱されて暴走した時に起こる現象。あれが起きた時は……」
陸徒とは言葉の途中で息を詰まらせ、生唾を飲み込みながらも覚悟していた。あの時と同じ。けどリアラは俺の命に代えてでも守る。
(レクサス、お前なんとかするって言ってたけど、そのタイミングはいつなんだよ。今じゃないのか!?)
視線だけを後方へ向けるような仕草をしながら、陸徒は心の中で魔術書アリスト、その中にいるレクサスを呼び起こそうとする。
しかしそこから返って来るものはなく、自分の独り言だけが虚しく霧散する。
「早く魔術書を返せーっ!!」
手をこまねいている時間もたち消え、容赦なく空也の叫びと共に、ある事態が起こされる。
―大宙を飾りし星の躯よ、畏怖を纏いて全てを圧し潰せ―
「剛鉄落!」
突如と空也の口から発せられた呪文。それはこれまでに幾度となく見せつけられてきた、恐ろしい術。
暗雲立ち込める上空より、凄まじい轟音と共に雲を分けて顔を覗かせてきた物体。鈍色を放つ巨大なそれは、高熱を纏いながら大地へ向けて押し寄せる。
「あ、あれはっ!」
遠くでシルビアが声を発した。
キングデーモンとの戦闘を繰り広げていた14人も、今し方にそれを終えたタイミングだった。
「リアラ、ちと乱暴なことするが我慢しろっ!」
周囲の状況に気付いていた陸徒は、そうリアラへ告げると、咄嗟に彼女を担ぎ上げ、後方彼方へ投げ飛ばす。
「陸徒さあぁぁぁぁんっ!!」
手を伸ばしながら叫ぶリアラの声が遠のいていく。彼女を投げ飛ばした方向には、シェリルたちがいる。法術士がいればなんとか守ってくれるはずだ。陸徒は信頼の想いを胸に、上空より迫り来るものに再び視線を戻し、剣を構えて守りの体勢を取る。
仲間たちの助けも間に合わないタイミング。陸徒は剣だけで隕石を受け止めるつもりだ。そして同時に死を覚悟した。
「ダイヤモンドシールドッ!」
その時、突如とどこからか声がした瞬間、陸徒の目の前に光輝くなにかが出現。と同時に落下してきた隕石とそれが激しくぶつかり合う。
あまりの眩しさと強烈な音により、陸徒は堪らず耳を押さえながら顔を伏せている。暫時それが続いた後、辺りに一時の静寂が訪れた。
「いやぁ危ないところだったね。でもあの隕石を完全に防いじゃうとか、さっすがボクの宝石だにゃ」
その風鳴る静けさの中、陸徒のいる右手方向より現れた人物。それが何者であるかはわからないが——。
「おやおや、あれはまさカ」
「えっ、マジ? うそでしょ?」
時を同じくして、ティーダとココアがその者を発見するなり、驚愕の表情を見せていた。




