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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第1話「光の彼方へ」

 サンサンと輝く太陽の光がカーテンの隙間を潜り、少年の顔を照らす。

 夢見心地の穏やかな顔が陽光で支配され、あまりの眩しさに眉間を力強く寄せてシワを作りながら、ゆっくりと瞼を起こす。


「ふわぁ……朝か。さて今日で一学期も終わりだな。明日から楽しい夏休み!」

 

 少年の名は一之瀬(いちのせ) 陸徒(りくと)。日本にある群馬県に住む17歳の高校二年生だ。

 こげ茶色の短い毛髪を、夏季に生い茂る芝生のように無造作に生やせた髪型。比較的端整な顔つきをしている為、女子からもそれなりにモテる容姿だ。スポーツも全般的にそつなくこなし、成績も優秀だが、特段突出して秀でた才能があるわけでもない、いわゆる器用貧乏的な普通の高校生である。

 

 彼の寝起き早々の発言の理由からか、いつもよりテンション高めに、薄手の掛け布団を蹴散らしてベッドから素早く身を起こすと、2階にある自室を出て1階へ降りていった。

 ダイニングでは母親がキッチンとテーブルを行き来しながら朝食を用意し、父親は先にテーブルに着いて、コーヒーの入ったマグカップを片手に新聞の細かな文字に目を走らせていた。


「おはよう陸徒。今ご飯用意するから顔洗ってきなさい」

「おはよう。今日も相変わらず暑いなぁ」

「そうそう、ついでに空也も起こしてくれる?」


 母親の口から出た名。空也(くうや)はこの一之瀬家に住むもうひとりの息子。つまり陸徒の弟に該当する。

 

「起こしに行かなくとも、そろそろ来ると思うけどなぁ」


 と、陸徒が一言呟いた事を合図とし、まるで猫同士が激しい喧嘩をしているかのような大きな物音が上の階から聞こえ始めた。


「うっわぁ! やばいよ遅刻だ遅刻ぅ〜!!」


 案の定、慌しい様子でドタバタと騒音を立てながら、2階から弟の空也が降りて来た。彼は根っからの寝坊介のようで、このように毎朝忙しなく降りてくる最早定番の行動となっているようだ。

 歳は陸徒の3歳下の14歳で中学二年生だ。サラサラとした直毛の黒髪を均等に下ろした、いわゆる坊ちゃん刈りの髪型で、茶色いフレームのメガネを掛けている。まだ幼さの残る顔立ちで身長も低く、他所では未だに小学生に見間違えられる事が多々ある。兄とは対照的にスポーツ、勉強共に苦手。本人もそれを自覚していて、何でもこなす陸徒に対し尊敬と嫉妬の両方の念を抱く。思春期も相まってか非常に扱いにくい年頃である。

 

「空也、時計見てみろぉ」


 そんな慌てた弟に陸徒は淡々と冷めた口調で忠告。


「え? あれ、まだこんな時間なんだ。てっきり遅刻かと思って焦ったよ」 

「思いのほか早く起きてきたと思ったらこれだよ。とりあえず早く顔洗って来い。朝飯だぞ」


 空也は時計の時刻を確認するなり、表情を緩めて安堵の息を漏らす。陸徒の冷たい反応は、そんな弟の行動が毎朝同じようなパターンであるからだろう。


 朝食が食卓に用意され、家族全員席に着いた。ダイニングと直結したリビングにあるテレビからは、見慣れた顔のキャスターによる朝のニュース番組が流れている。


「そういえば今日で一学期も終わりでしょ?」

「そうだよ。来年は受験だから今年は目一杯遊ぶつもり」

「右に同じ」

「空也はそうはいかないわよ。あまり成績良くないんだから。ちゃんと勉強もしなきゃ」

「お母さんそれ贔屓だよ。いくら兄ちゃんは頭良いからって――」

「そんな事ないわよ。陸徒だってちゃんと勉強はしてもらわないと」

「分かってるよ、母さん」


 このように勉強の出来る兄と出来ない弟が比較され、母親がそれを指摘するというどこにでもあるような家族の会話が繰り広げられる。

 そんな所にひとつの興味深いニュースが流れ込んできた。


「おい、みんなちょっとテレビのニュース見てみろ」


 父親が唐突にテレビのリモコンを前にかざして、音量を上げながらに言う。そこには見た事のある風景が映されていた。何やら現地のキャスターが報道しているようだが。


「えー、昨日群馬県にある芦羅(あしら)鉱山にて、巨大な石英が発掘されました。一般的には水晶と呼ぶ方が馴染みがあるかと思いますが、全長は約5メートルに及び、見る者を圧倒させるほどの大きさです。純度も非常に高く、専門家の話によりますと、その価値は数億円相当に及ぶだろうとの事です。なお、調査が済むまでは一般の方の立ち入りは禁止されています……」


 どうやら巨大な水晶が鉱山の中から発掘されたというニュースが取り上げられているようだ。


「数億っ!? すっげー!! ってか芦羅鉱山て結構近くじゃねぇか」

「そうだな。車で30分くらいの距離だろう」

 

 現場は陸徒達の住む町の近くにある、芦羅鉱山という主に鉄鉱石等が採掘される所で有名な鉱山だ。陸徒が中学生の時には社会科見学でも行った事があるらしい。鉱山内部は地下深くにまで至り、アリの巣のように幾つものフロアが展開されている、かなり広大な場所である。観光名所としても全国的に有名で、一部は観光客が入れるエリアとして使われているが、内部は暗くとてもジメっとしていて、あまり居心地の良い空間ではない。

 そんな場所に巨大な水晶が発掘されるという不思議な事が起き、一同は興奮を抑えられないようだ。


「あ!ここ、最近学校の社会科見学で行ったよ! 記憶に新しい」


 当然、陸徒が通っていた中学校に在学中の空也にとっては、懐かしさよりも新鮮さの印象が強いだろう。


「ねぇねぇ、僕その水晶見に行きたい!!」

「だからさぁ、今ニュースで言っていただろ? 調査が済むまで一般人は入れないんだとさ」

「そうだな。一般公開されるようになったら皆で行こう」

「うん、絶対だよ!」

 

 突拍子もない事を空也が口にし、陸徒が現実的な意見を投げて言い聞かせるが、興奮冷め止まぬ弟を父親が上手く纏める。


「ねぇそれよりあなた達、そろそろ学校行く時間でしょ?」

「おっといけね。空也、早く支度しろ!」

 

 母親がふたりを我に返させてから十数分後、陸徒と空也は自宅を出て学校に向かった。と言っても空也は中学生である為、お互いに途中で別方向へと歩みを進める。


 

 高校へ到着した陸徒が教室に入ると、地元のニュースが全国放送された事もあってか、周りでは例の巨大水晶の噂で持ちきりだった。

 クラスの男子がニュースだニュースと、声高らかに動き回りながら騒いでいる。どこにでもひとりはこういった類の人物がいたりする。


「りっくんおはよう。ねぇねぇ今朝のニュース見た?」

「おはよう。あぁ見たよ、すげえでかい水晶だな」


 親しげにあだ名で陸徒に話し掛けてきたのは女の子。名前は塩崎(しおざき) 波美(なみ)。彼のクラスメイトで且つ近所に住んでいるという、いわゆる幼馴染みの間柄である。亜麻色に艶めく長い髪を赤いリボンで纏めたポニーテールが印象的。色白の肌で容姿端麗なのだが、それとは裏腹に明朗快活で男勝りな性格をしている。その為か、周囲の男子生徒は一歩身を引いてしまうからか、浮いたような噂話は一切上がってこない。そこを除けば今時の女子高生といったところだ。

 ふたりは近所であるにも関わらず一緒には登校する事は滅多にない。何故かというと、波美は早起きであると同時に登校も誰よりも早い。ホームルームが始まる1時間前には既に教室にいる。とてもじゃないがそんな無駄に付き合ってられんと言うのが陸徒の本音だ。


「それでさぁ、その水晶なんだけど……今夜見に行っちゃったりしない?」


 周囲に目配せして少し警戒しながら、唐突に波美が陸徒へ顔を近づけて、小声で耳打ちをしてきた。


「な、何だよいきなり。って、行くってあの芦羅鉱山にか!?」

「シーッ! 声が大きいってば。あのね、お兄ちゃんが興味深々で、今夜見に行くってうるさいのよ」


 何を口にするかと思いきや、今朝の空也のように突拍子もないネタを提示してきた。

 ちなみに波美の兄、喬介(きょうすけ)は、陸徒の4歳年上で理系の有名な大学に通っている。とても野心家で、日々怪しい研究に勤しんでいる。陸徒にとってはあまり関わりたくない人物のひとりだ。波美の兄でなかったら間違いなく知り合いになっていないだろう。


「はぁ、またお前の変人兄貴か……。確かにこのニュースに反応しないわけないよな。でもよ、今は調査中で中には入れないんじゃ――」

「そこはお兄ちゃんの腕の見せ所ってやつじゃない? 俺に任せなって言ってたし」


 波美は人差し指を立て、ウインクをしながら自信たっぷりの笑みを見せる。兄がうるさいからと言うわりには、己も行く気満々だろ。と、陸徒は心の中で呟いた。


「ますます怪しい……でもまぁ、ぶっちゃけ俺も興味無いわけじゃないからな。いいぜ、その話乗った!」


 とはいえ陸徒本人も満更ではなく、すんなりと波美の誘いを受ける。


「ホント? オーケーそう来なくっちゃ♪ じゃあ今夜22時にあたしの家に来て」

「22時? 随分と遅い時間なんだな」

「何でも、その時間じゃないとダメなんだって。でも芦羅鉱山まではお兄ちゃんの車で行くから問題無いよ」


 と、スムーズな流れで彼らの今夜の予定が決まった。しかし思い返してみれば何とも無茶な考えである。未成年を含めた団体が夜中に立入禁止区域に潜入と大胆な行動。警備員にでも見付かってしまったらと、常識あればこのような行動を起こそうとなど考えもしないのだろうが。

 そんなこんなで学校の終業式が終わり、今日の学校の用務を済ませた陸徒は早速と下校の支度をする。波美は今夜の準備があると言い、いそいそと先に帰って行った。

 今朝の巨大水晶のニュースを思い返しながら、実物を今夜目にする事ができるかもしれない期待感と、不法侵入をする事への一抹の不安感を抱きながら、陸徒はゆっくりと自宅方面へ足を運ばせる。



 帰宅すると玄関には既に空也の靴が置いてあった。どうやら先に帰ってきているようだ。兄の帰宅に気付いてか、足早に駆けつけてくるなり一言。


「お帰り兄ちゃん。ねぇ今夜の話聞いたよ!」

「今夜? 何の事だよ」


 陸徒は突然の空也の発言に内心は驚きを示すが、嫌な予感を逡巡させ、まさかと思い惚けたふりをするが……。


「波美さんから聞いたんだよ。今夜芦羅鉱山に行くんだって? ずるいよ、僕も連れてってよ!」


 予感は的中した。どうやら波美が帰って早々空也に教えたようだ。


「ったくあいつ余計な事を……。ま、今更ダメだと言っても聞かないだろうしな。仕方ないから連れてってやるよ。でも絶対に大人しくするんだぞ。それと、父さんと母さんには内緒だからな」

「分かってるよ。よぉーし、何だかワクワクしてきた!」


 本来なら拒絶するような事だったとしても、夏休み突入の前夜という気分的な高揚もあってか、陸徒は多めに見て承諾する。


「じゃあ今夜22時に波美の家で待ち合わせだから、それまでに準備しとけよ」

了解(ラジャー)!!」


 調子良い返事で応える空也。遠足か何かと勘違いしているのではなかろうか。



 夜になり、待ち合わせの時間が近付いて来た。

 両親には陸徒が上手く話して誤魔化しておいたそうだ。何故ならこの役は空也には任せられない。絶対バカ正直に芦羅鉱山へ行くと伝えるであろうからだ。

 

「兄ちゃん、お父さんとお母さんには何て伝えたの?」


 外へ出るなり、早速と空也が疑問を投げ掛けてきた。

 

「簡単だよ。友達と夏休みの宿題を最初の内に終わらせる為の合宿に、空也も連れて行ってくるってな」

「どこで合宿するのとかって聞かれなかったの?」

「あぁ、別に何も。俺から勉強の話すると特に何も疑われないんだろうな」

「……やっぱり贔屓だ」

「まぁそう拗ねるなって」


 そんな会話をしている内に波美の家の前に着いた。それほどにお互いの自宅が近いという事だ。幼少の頃は陸徒と空也も良くここに遊びに来たそうだ。今もたまに訪れるが昔ほどに頻度は高くない。

 家の前では波美の兄、喬介の車がエンジンをかけた状態でスタンバイしていた。陸徒達が玄関に近づくと、同タイミングでふたりが外へ出てくる。


「お、ちゃんと遅刻しないで来たわね」


 扉を開けた波美は、兄弟が到着しているのを確認するなり感心したように顔をニヤつかせる。


「当たり前だろ、空也じゃあるまいし。ってかそれよりお前勝手にこいつに話しただろ!?」

「いけない? 兄弟同士仲良く行こうって、あたしの配慮よ」

「余計な配慮だっての! まぁ今回は別にいいけどさ」

「さあお前達、早いとこ車に乗るんだ」


 陸徒が波美に文句を言う中、喬介が煽るように指図する。内心気に入らないと思ったようだが、一応年上である事と、車も出してもらっている為素直に従う事にする。

 波美の兄は野心家さながらとも思える鋭い眼をしており、身長は陸徒よりも若干高め。黒髪で、目に掛かるまでに前髪を簾状に下ろしている。地元の一流大学に通い、日々勉学と研究に追われている身だが、今回もその一環としての行動とも思われる。


「お兄ちゃん、車ん中涼しい?」

「当たり前だ。こんな蒸し暑いのにクーラーを付けない奴がいるか」


 今は7月下旬であり、まさに真夏の熱帯夜。日差しのきつい攻撃は無くとも、高湿度によるジメジメ感は何とも言えない辛さを与えてくる。

 

「みんな乗ったわね。それじゃ、芦羅鉱山へのスリリングな冒険へ出発ぅ!」

「何だかんだでお前も乗り気じゃん……」

「何か言った!?」

「いや……別に」


 波美の威圧に、陸徒は何かを思い出したようにわずかながらも萎縮する。

 彼女の男勝りな性格は昔から直らないままで、幼少の頃は良く男共とケンカをしていたほど。今は暴力こそ振るわなくなったものの、その押し寄せてくるプレッシャーは今もなお健在である。

 


 こうして車は発進し、芦羅鉱山へ向う。ドライバーである喬介は当然運転席で、陸徒は助手席に。遠足気分の波美と空也は後部席に追いやった。


「芦羅鉱山って、ここから30分くらいだろ?」

「日中ならな。今は夜中だから道も空いているだろうし、20分程度で着くと思う」


 道中、陸徒が改めて目的地までの時間を喬介に確認する。


「じゃ〜ん! 虫よけスプレー!」


 そんな中、どこぞの青い猫型ロボットのように、バッグから虫よけスプレーを取り出しては、虚空にかざしてポーズを決める波美。


「あ、波美さん準備良いね!」

「でしょでしょ? 夜中に山の中を歩くんだからこれは必需品よ」


 後ろで勝手に盛り上がっている2名を無視し、陸徒はひとり頭の中で考察をしていた。水晶が発見されたのは昨日。ニュースでは調査が終わるまで一般の立ち入りは禁止と報道されていた。故に深夜の時間帯といえど、厳重な警備態勢が取られていると容易に想像できる。斯様な状況で無事に鉱山内部へ侵入できるのだろうか。


「なぁ喬介さん、芦羅鉱山は今立入禁止だろ? どうやって中に侵入するつもりなんだ?」


 その疑問を、今回の計画発案者である喬介に投げ掛ける。


「もちろん立入禁止だ。車もある程度の所までしか進めないし、外には警備員も至る所で配備されているそうだ」

「やっぱり無理じゃんかよ」

「最後まで話を聞け。とりあえず鉱山入口からおよそ500メートルほど手前の位置に車を停めて、あとは徒歩で近付く。それから……陸徒、この地図を見てくれ」


 そう言って、喬介は鉱山周辺の地図をバッグから取り出し、陸徒に渡して見せてきた。


「ここが車を停める場所、そこから道路沿いに200メートルほど真っ直ぐ歩く。するとこの辺りに左手方向に続く細い道があるだろ? 進むと鉱山入口の裏手に繋がっているんだ。当然裏手にも警備員は配置されている」

 

 運転中の為、前方から視線を逸らさず地図を指差しのみで説明する喬介。地図全体を事前に把握しているのだろう。わざわざ見る事をせずとも正確に場所を指し示す。その辺はさすがと言うべきか。


「だが23時から数分の間だけ、交代で裏手が無人になる。その隙をついて潜入する。中に入ってしまえばこっちのものだ」

「交代って、どうやってそんなの調べたんだ?」

「警備会社のデータベースに侵入するなど簡単な事だ。そこで各警備員のタイムテーブルを手に入れた」


 ここはもう感心と言うか賞賛に値する。ハッキングなどと違法行為を平気とやってのけてしまう。水晶を見るためにそこまでやる事から、この男の本気の具合が伺える。


「ホント、あんたには恐れ入る」


 話している内に、目的地へ向かう車はすでに峠道を走行。途中、芦羅鉱山この先2キロという看板が見えた。そろそろ停車地点だろう。


「さてこの辺りで車を停める。目的地までは歩いて行くぞ」


 明らかに目的地までまだ距離があると分かっている場所に車を停めた途端、文句有りといった思いを顔に表しているのはもちろん空也だ。そんな彼を無視し、陸徒達は車を降りて歩いて鉱山へと向かう。

 さすがに真夜中の峠道は少々不気味で、空也はビクビクと体を震わせながら陸徒に付いて歩く。波美も警戒の眼差しで辺りを見渡している。喬介は地図を片手にみんなを先導。

 しばらく道路を歩くと左手に細い山道に繋がる分かれ道を発見。おそらくこれが裏手に続く道なのだろう。暗闇の中であるからか、あらかじめ認識していないと気付かず通り過ぎてしまうほどに分かりにくかった。


「この道を通って入口の裏手に行くぞ」

「なるべく、ライトは照らさない方が良いだろうな」


 真っ暗な山道をゆっくりと進む。枯れ枝を踏んで音が鳴る度に空也がビクりと反応して動く。時間は現在22時50分。裏手の近くまで来ると喬介は一旦歩みを止め、他のメンバーにここで待機するようにと指示すると、ひとりで偵察へと向かって行った。

 数分ほどしてこちらへ戻って来るなり、予想通りという表情を見せて陸徒達に合図をする。ギリギリ気付かれない位置で身を潜め、裏手入口付近に集中して目を凝らしてみると、警備員がひとり立っている状況を確認する。

 そして定刻の23時。警備員が徐に腕時計を確認するやいなや、持ち場を離れてどこかへ歩いて行き、姿が見えなくなった。喬介はタイミングを見て頷き、後方の3人に指示をすると、彼に付いていくように陸徒達も忍び足で入口へ向かう。

 扉の前に到着するも、当然ながら入口には鍵が掛っていた。観光と兼用で現在も運用されている鉱山であるからか、裏口といえど鍵はカードリーダータイプの電子ロック式になっていた。そこで喬介は、すかさず自分のノートパソコンをバッグから取り出し、端子に繋がれた自作のカードを端末のカードリーダーに一度通し、カタカタとキーボードで何かを打ち込んでから再びそのカードを通す……。するとピッと音が鳴り、なんとロックが解除された。最早これは一般の学生の領域を超えている気がする。

 鍵の開いた扉を開け、陸徒達は見事鉱山内部潜入に成功した。

 

 内部は薄暗く、外よりも更に湿度が高くジメジメとしていた。唯一の救いは気温が低かった事だ。さすがに一切灯りの無い漆黒の中ではライトを点灯せざるを得なかった。陸徒と波美が小型のマグライトで前方を照らし、喬介は地図を照らして位置を確認しながら前に進む。空也は変わらず陸徒の傍に付いたまま。


「喬介さん、その地図って……まさか?」

「そのまさかだ。水晶のある場所が記されている、関係者専用の鉱山内部の地図だ」


 道中の流れから容易に想像がつくが、これもまたネットハッキングで手に入れたものだろう。こうも立て続けに見せつけられると、このご時世のセキュリティーのありかたも安心出来たものではないなと思えてくる。


「地図によれば、このまま真っ直ぐ進むと下に続く階段がある。そこから下のフロアへ降りるぞ」

「例の水晶ってこの下の階層にあるのか?」

「そうだ。2フロア分ほど下に降りる必要がある」


 一旦足を止め、全員で地図を確認する。水晶のある場所は、入り口のフロアから階段を伝って下層へ降りた先にあるようだ。


「それにしても、物凄いひっそりとしてるわね。あたし達の声が響くように聞こえてくる」

「あぁ。だから大きな声を出すなよ。警備員に気付かれるとまずい。早く下に行こうぜ」

「中に警備員がいるのは正面入り口付近だけだ。下に降りてしまえば誰もいない」

「よし、そうと分かれば行くぞ」

 

 波美の言葉から、陸徒はより一層の警戒心を強めるが、喬介の情報を信じて急いで先へ進むよう促す。

 一行は下のフロアを目指し階段を降りていく。しばし歩みを進めると、更にその先に真っ暗なフロアへと続く階段があった。ひとりずつでしか幅が狭い為、喬介、波美、空也、陸徒の順で降り始めた。

 そして最後尾の陸徒が降りようとしたその時、問題が発生する。


「誰だ!! そこにいるのは!」


 聞き慣れない男の声と共に陸徒の顔がライトで照らされた。正面入り口付近の警備員が、偶然にも内部を見回っていたところ、彼らの存在に気付いたというわけだ。


「まずい、見付かったっ!!」


 たまらず陸徒達は一斉に階段を全速力で駆け降りる。


「おい待てっ!!」

「このまま水晶のフロアまで降りるぞ!」


 当然、慌てながらも警備員は彼らを追いかける。ダンダンダンと、鉄製の階段を勢いよく降りる音が辺りに響き渡る。


「こっちだ!」


 地図を確認しながら喬介が誘導し、それに付いて行くように真後ろを陸徒達が走る。


「下に行っても外に出られなきゃ、いずれ捕まっちまうぜ?」

「ねぇ、あたし達どこに向かってるの?」

「分からん。地図は見ているが、走りながらだし周りが暗すぎてどこを走っているのか」


 さすがの喬介も、この状況では明確な位置を認識する事が出来ないようだ。


「とりあえず、今は逃げるしかねぇだろ!!」


 陸徒の言う通り、今はひたすら逃げるしかない。空也は無我夢中で、喋っている余裕が無いようだ。

 警備員が少しずつと近付いて来るのが分かる。現に彼らは既にライトにハッキリと照らされている距離まで追い付かれていた。


「そこの4人止まれっ!!」

「止まれと言われて止まる奴がいるかっ! でもこのままじゃマジでやばい」


 当たり前のように警備員の命令に背いて逃げ続けるが、状況を突破する術を見出せぬまま、徐々に諦めの色が見え始めたところに前方から微かな光が漏れている箇所を確認する。


「ねぇ、向こうに光が見えるよ!」

「何だ、出口か?」

「ここは地下フロアだ、出口なぞ無いはずだ」

「とにかく行ってみよう!」


 ただひたすらと、誘われるようにして光の見える方へ走る。ようやく陸徒達はその場所へ辿り着いた。そこで光の根源を見るなり、彼らは驚愕して一瞬息を止める。

 目の前には見上げるほど巨大な水晶が、妖しい光を放っていたのだ。


「……これが」

「例の……」

「巨大水晶か」

「お、おっきーい!」


 喬介、波美、陸徒、空也と辿り着いた者から順に言葉を発する。息を切らしながらも彼らは口を開けたまま、目を見開いて水晶を眺めていた。

 だがそのような感動も束の間……。


「お前達、もう逃げられないぞ!」


 声がした後方を振り向くと、そこには陸徒達を追い駆けていた警備員が立っていた。


「くっ、まずい……どうする?」

「どうするたって……」


 走り続けた疲労感もあって、咄嗟に策が思いつかず、陸徒や波美は焦りの表情を見せる。


「見たところ子供じゃないか。ここは立入禁止だというのに、どうやって侵入した? 名前は? 住所は? 歳はいくつなんだ?」


 警備員がねほりはほりと質問攻めをしてきた。無論、それにたやすく答える者などいない。警備員が一歩ずつ近付いて来ると、陸徒達も一歩ずつ後退りした。だが後ろには巨大水晶が鎮座しているだけで、逃げ道など無かった。


「ねぇねぇ、この水晶何で明かりも無いのにこんなに光ってるの?」


 空也の言うように、この真っ暗な空間の中であるにも関わらずこの場だけ妙に明るい。まるで水晶自身が光を放っているようだった。空也は恐る恐るそのまま水晶に手を当てようとする。


「こらっ! それ以上水晶に近付くんじゃない!!」


 空也は警備員の注意を無視し、水晶に手を触れる。その瞬間、水晶が強烈な光を発したかと思うと、突然空也の体が水晶の中に吸い込まれて始めた。


「えっ! 何っ? 手が……水晶の中に!!」

「ちょ! 空也、何やってんだ!!」

 

 陸徒は慌てて空也の腕を掴んで引っ張ろうとする。だがいくら力一杯踏ん張っても、どんどん吸い込まれていく。そして今度は陸徒自身の体も水晶の中へと入っていく。


「りっくん!!」


 たまらず波美も陸徒を引っ張ろうと手を掴んだが、同時に波美も取り込まれていく。


「波美っ!!」


 続けて喬介も波美の手を握り、同じくして一緒に吸い込まれた。

 警備員はあまりの光の眩しさに仰け反り、腕で目を隠していて動けない。むしろこちらの状況に気付いてもいない様子だ。

 次第に水晶の発光が弱まり始めて、警備員が目を開けると、そこに陸徒達の姿は無かった……彼らの荷物だけを残して。

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