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第6話 ホームルーム

 朝のホームルームがはじまった。

 俺は一段高い教壇に乗って教卓の横で静かにしている。

 今になってドキドキしてきた。

 それもそうか、二年B組の生徒みんなが俺を見てるんだから。

 こんなときは教室のいちばんうしろを凝視するにかぎる。

 俺はクラスメイトから意図的に視線を外した。

 そろそろいいかな? 壁ばっか見てるわけにもいないので隣にいる人をチラ見する。


 グレーのジャケットに茶色のゆったりとしたパンツ、ネクタイの代わりにチョーカーをしている。

 首元を気にしてるからネクタイの締めつけが嫌いなんだろう。

 眼鏡に小太りなこの中年男性が、二年B組の担任の鈴木先生だ。

 鈴木先生は落ち着いた雰囲気でベテランっぽいけど声がハイトーンというギャップがあった。

 朝、職員室にいったときはビビったな。


 鈴木先生はホームルームの開始と同時に俺の紹介をはじめた。

 長い教師人生の中で日課をこなすように何度となく俺のような転校生の紹介をしてきたんだろう。

 鈴木先生は俺の話をしてるけど、すでに一時間目の授業の用意をしている。

 早えーよ、先生。


 「ということで今日からこのクラスの生徒になる沙田雅くんだ。みんな仲良くな!?」

 

 裏返ったように高い声が教室を走った。

 鈴木先生はすこしずれた眼鏡をかけ直す。

 ほら、テンプレ通りの紹介だ。

 といっても、それ以外にいうこともないだろうけど。

 なにかのスポーツで市内一位になったとか、演劇で全国大会にいったとか、合唱コンクールで本戦に出場したとかのように突出した特技でもあれば別だけど。

 俺にはこれといってなにもない、いたってふつうの男子高校生。 

 教室に元気のある返事と空返事の混ざった――は~い。が響いた。

 ……けど、ふつう転校生って転校初日は担任が


 ――さあ、入りたまえ。


 ――はい。はじめまして、何々高校から転校してきた、何々です。じゃないのか?

 

 俺は朝から独りで勝手に教室に入ってきたけど? 見落としか? 転校生スルーか? まあ、それだけ自由で風通しの良い校風ってことかもな~。

 寄白さんもピアスにカラコンだし……。


 「じゃあ。沙田くん。一言挨拶を」


 「はい。六角第三高校から転校してきた沙田雅です。今日からよろしくお願いします」

  

 俺が挨拶をして頭を上げたとき、すでに隣り合った生徒と生徒がヒソヒソ話をしていた。

 案の定クラスは「シシャ」の話題で持ちきりだ。

 まあ、これが六角市の転校生の宿命さ。


 「沙田くんってシシャかな?」


 いやいや「シシャ」じゃねーし、それは俺がよくわかってるよ。


 「どうだろう? シシャってふつうの人間と見た目は変わらないらしいしね……?」


 「でも六角市の十五歳から十八歳の中でひとりだけなんでしょ?」


 「じゃあ数千人にひとりの確率じゃん!!」


 「市内にどれだけ転入生がいると思ってんの?」


 「他の都道府県からくる生徒だってシシャ候補じゃん!?」


 「あっ、そっか。そいうことなら外国から転入してきた()もシシャ候補か」


 「外国人のシシャがいるかもしれないってことか~?」


 「そうなるよね?」


 「寄白さんが転校してきたときも、一時はシシャの話題で盛り上がったよね?」


 「だよね。けど今はただの不思議ちゃんだしね~?」

 

 「そうそう」


 寄白さんはこんなにザワついてる教室になんの興味も示さずなぜか宙をキョロキョロとながめていた。

 これまた浮遊霊的なのが泳いでんの? ……とはいえ寄白さん本人も標的になった「シシャ」候補の話、こんな話題なんてどうでもいいのかもしれない。

 そんな寄白さんとは反対に九久津はもの静かに席に座っていた。

 早朝のように不審な様子はなく、机にはすでに教科書とノートが置かれ筆記用具類もでている。

 それどころか、すでに予習のように謎の数式と化学式を書き殴っていた。

 やがて論文のような記述を筆記体で(つづ)りはじめた。

 九久津の持つシャープペンはすらすらと罫線の上を走っていく。

 

 く、九久津ってできる男だったのか。

 なにげにデコの腫れも引いてるし回復早っ!! 

 保健室で治療したとか、か? だ、だとしたらいまだに姿を見せぬトリミングされるくらい美人の保健の先生に、ち、治療を? いや違うな……か、仮に本当に保健室で治療したとすれば、それは保健室に常駐しているおばちゃんの手によってだ。

 そうこうしていると寄白さんは夢遊病のように教室のうしろをうろちょろと歩きはじめた。

 窓から外をながめたり教室の壁に触れたりと自由に動きまわっている。

 掃除道具入れをコンコン叩いたかと思うと顎に手を当ててなにかを考えはじめた。


 ちょこちょこ徘徊する幼児(ようじ)かよ!?

 突然変異のような寄白さんを誰も止めようとしない。

 俺は鈴木先生と横並びでいたから教室全体を見渡すことができた。

 こ、これが日常なのか? このさきが思いやられる……。


 「さあ、では日本史の授業をはじめま~す。沙田くん。席について」


 「はい」


 「――日本でいちばん最初に造られた巨大な前方後円墳ではないかと。今日この部分からだったか?」


 ハイトーンの鈴木先生が日本史の教科書を高く掲げた。


 「そこから三行うしろです」


 「おお、サンキュー。おい、寄白も席につけよ~。――弥生時代の有名な人物です――からだな。じゃあ今日はここから。――霊的な力を要した、いわゆるシャーマンのような存在で――」


 さっそく一時間目日本史の授業がはじまった。


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