結ばれた決心
僕と部長は二人で、会社から大分離れた居酒屋で酒を飲み始めていた。まだ昼間だが店の客足は良いようだった。
「そうか。奥さんと寄りを戻す気になったか」
「はい…。まぁあっちはどう思っているかわかりませんがね」言って僕はビールをコクりと一口飲んだ。酒は弱いが、酒の味は好きだ。後の介抱するのは部長の役目となってしまうが。
「女は例え自分が悪くても、男の方から謝ってほしいものだ。男と女じゃなくても、喧嘩して悪くないやつが謝ったらそいつの勝ちだ」
「どっちが勝つとか、そういうのはどうでも良いんです。一緒に暮らしてた時はそんな考えもあったけど。それに今のはどちらが悪いも何もないんです。喧嘩した理由も原因も忘れてしまいました」
「…そうか。でも子供もいるんだろう。出来るなら早く元の生活に戻った方が良いに決まってる」
言いながら、部長は煙草を口にくわえて火を着けた。フウッと紫煙を吐き出す。彼は世間的に言うと顔が良いらしいので、煙草が似合う。しかも渋い店内でもまた画になっている気がして、僕はその姿を見つめる。
「そうですね、子供に好かれてはいませんでしたが、その方が良いですよね」
「……………」
頭の中で彩翔の顔を思い出す。
もう僕の目を睨んでいる表情しか、思い出せなくなってしまっていた自分に少し悲しくなった。
「子供って、確かまだ8つだろ?そんなチビが『お父さん』を嫌うかね。まだ仲良くしてても良い時期じゃないか」
「…嫌われてます。だってあいつ、学校では元気で活発な男の子。な癖に、家に帰れば大人しくて静かな男の子になっちゃうんですよ。僕のせいに決まってる」
「お前だけのせいではないだろう。だってお前以外にもガキには家族がいるわけだ。なら、お前だけのせいではない」
「そう、…でしょうか」
「そうだよ」
にっしっしと部長はまた子供のように笑った。彩翔よりもよっぽど子供っぽいと思った。
「僕は正直、子供の頃は両親と仲良くできていたので、どうしたらいいか分かんないんです。自分が幼少期にそうなったことがないので……。情けないです。もう32になったのに、お父さんなのに…」
――――ああ、僕はいま酔っている。
自分で分かった。酔いのせいか分からないが、目頭が熱くなった感覚を覚えた。表情を見られたくなくて、右手で顔を隠した。
「大変だな、お父さんは。俺は子供がいないから詳しいことは知らんが、人生の先輩から言えば、子供はきっとお前のこと嫌ってなんかねぇよって事だな」
「……」
「だから、元気出せ。『お父さん』」
「…端から見たら絶対部長の方がお父さんっぽいです」
「うるせ。俺はまだお兄さんだバカヤロー」
「もう45のくせに?」
「今年で、45だ」
「そんなん一緒ですよ」
「黙ってろ」
部長は雑に僕の頭を撫でた。
わしゃわしゃと撫でる手はゴツゴツとしていて、これが大人なんだと改めて感じた。自分より大人だと、深く感じた。
昼から飲み始めて、約8時間くらい飲んでいた。
飲んでいた時間よりも話していた時間の方が多かったので、実際あまり飲んでいない。しかし僕の体は限界だったようで、玄関前まで部長に送ってもらった。
「転ぶなよ。気をつけろよ」
「部長こそ、気をつけて下さいね」
「ああ。また明日な」
「あい」ぼやける視界の中、部長の背中に手を振った。
姿が見えなくなるまで手を振り続けて、一度目を閉じてからドアを開けた。
―――――あと1ヶ月したら、またおかえりなさいと言ってくれる家族がこの向こう側にいるかもしれないんだ。
そう思うと、胸が弾むような、心が沈むような感覚に囚われた。
「ただいま」
だけど、僕にとっても世那や彩翔にとっても幸せはそこにある。そこにある幸せは一番近いようで遠い。掴めそうで、なかなか掴めない。
だけどそれが家族の為なら、何だって犠牲にできる覚悟は僕にはあった。何故か、緩かった決心が部長と話したことできつく結ばれた気がした。
迎えに行こう。
世那たちを。1日でも、一時間でも1秒でも早くあの二人に会いたい。
4話目、読んで頂きありがとうございました。
こんな良い上司がいるのかと自分で書いてて思いました。
展開が遅くてすいません。しかし、この物語はじっくりやっていきたいと思っているので、今後とも宜しくお願い致します。
飴甘海果