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嘘つき男とウソツキ女  作者: 飴甘 海果
2/11

神田 新

『新、お前の名前は俺が付けたんだ。意味はない。だがな、俺が子供の頃から憧れ続けた名前だ。誇りに思って生きろ』

酔いつぶれてたら夢の中にここ数年ずっと会っていない、父が出てきた。記憶は確かではないが、小学生の時だったと思う。

神田 新。それが僕の名前だった。

小さな頃は、まるっきり田舎な土地に住んでいた。今だからこそ上京してきて、世間的に良いと言われる大学に入って、周りの大人に誘われて大手の企業に入社できた。何故だろう。今更、虚しいなんて感じてしまうのは。何故だろう。今更、寂しいなんて、実家に帰りたいだなんて。

帰りたくても、帰れやしないけど。

両親とも優しいひとで、甘やかされて育てられてきた。怒られたり、叱られたことは一度もない。ぶたれたことも、大きな声で怒鳴り散らされたことも、勿論ない。

けれど駄目なことは駄目。良いことはとことん力を入れてやれ。

口には出さなかったけど、両親の間ではこんな暗黙の子供に対する教訓があったんだろうと思う。



午後2時。

僕は目を覚ました。

頭がガンガンと痛む。急激的な吐き気に襲われる不快感。

「ぎもちわるい…。」トイレに急いで入って、便座に突っ伏した。

情けない。酒が飲めるようになってもう12年もたつのに。会社や友人の付き合いで、何度も酒を口にしているのに慣れるときはこない。小学生の時にビールを一口だけ盗み飲みしたときに、酒飲みだった母が言っていたことを思い出した。母の目を盗んで飲酒したことはしつこい程注意されたが、後から、

『美味しくないでしょう、ビールなんて。子供が飲む飲み物じゃないんだから。でもね、大人になれば嫌でもお酒を飲む機会は出てくるのよ。そうしたら、あなたにも美味しいと感じられるようになって、喉が受け入れるようになるのよ。喉が開くように』

喉が開くように。

駄目だ。僕の体質にはアルコールが合っていないらしい。

いつまでたっても美味しいと感じられる時はこない。

両親ともに酒は飲む方だったが、僕にはその遺伝子は回ってこなかった。

自分の吐瀉物を見るのももう慣れた。自分の体にこんなものが入っているのかと思うと、また止まらなくなる。

吐くものもなくなったのに、30分くらいトイレに籠っていた。もうここから出たくないなんて感情さえわき出てくる。

しかし、携帯電話が鳴る音が聞こえてきたので会社からかもしれないので、墓場から蘇ったゾンビのように歩いてリビングに戻って液晶画面を開いた。

『父』

それだけが僕の視線をとらえた。

そういえば昨夜、着信が入っていたんだった。掛けなおすのを忘れていた。

長い間、メールなどのやり取りをしていない父と、どんな会話をすればいいのか。わかるはずないだろう。

しかし出ないわけにもいかず、画面のロック画面を開いた。

「…もしもし」

「お、新か?久しぶりだな」

向こうから、最後に会ったときと変わらない声が聞こえてきた。

懐かしい感情が溢れて、涙をぐっとこらえた。

「お前、32になったんだな。おめでとう」

「あ、ありがとう」

「32といえば、お前と俺が出会ってこれで32年目だ。ちょうどその時、今のお前と同じ年だった」

「…父さん、母さんとは上手くやってる?」

小さな声で言った。

いつもの自分なら、こんなこと絶対言わない。いくら家族とはいえ、人の夫婦間のことなどどうでもいいという考えは今はなくなっていた。

今更修正しようと思っても時既に遅し。父さんは話し始めた。

「上手くやってるも何も、下手になったことは俺たちにない。喧嘩したことだって、どちらかがどちらかを怒らせたことも一度たりともない。お前こそ世那ちゃんとはどうなんだ。喧嘩してないのか」

返答に迷う。

別居のこと、しかも半年も前からだなんて言ってあるはずもなく、こめかみから冷や汗が流れてくるのを感じた。

なんと答えれば良いのか、そこに正解など存在するのか。

真実をありのまま伝えれば良いのか、それを伝えればどう思われるのか。

一瞬で僕の脳内にそんな決断が迫られた。

「……大丈夫、上手くやっていけてる。喧嘩なんて、ほとんどしたこのない。もしかしたら父さんたちより仲がいいかもしれないね」

少しだけ笑いながら、苦し紛れでなんとか答えた。真実ではないことが心を痛ませる。

「そうか、そらぁ良かった。安心した。それなら、世那ちゃんも連れて今度帰って来ないか。大事な話があるんだ」

「わ、分かった。僕から伝えておくよ」

「おう。日にち決まったらまた電話してくれよ」

そう言われて、こっちが返事をする前に切られた。

ツー、ツー、と耳に不快な音が残る。

無駄な嘘なんてつくもんじゃない。今それを、大きく痛感した。

どうすれば良いのだろうか。世那にこの事を話したら、また寄りを戻してくれるのだろうか。

しかし、父が妻子と仲直りする口実を作ってくれたと内心感謝している自分もいた。

もしも本当に実家に帰るのなら、僕には次の年末年始の休みしかない。それまでに別居という距離をゼロにしなくては。

寒空の11月。仲を戻すための時間はあと1ヶ月はある。

だから焦らずに、世那と彩翔に機嫌を直してもらわねば。

来週末の休みにでも、世那には花を、彩翔には確か好きだと言っていた戦隊もののオモチャでも買って迎えに行こう。

先ずは最初に何を言うか、台詞を考えておこう。



読んで頂き、ありがとうございました。


投稿2回目。

二話目でやっと主人公の名前が出てきました。

正直に言うと、新というのはずっと憧れていた先輩の名前から取らせてもらいました。新先輩、かっこ良かった…。

なんて甘酸っぱい思い出もあります。本編ではちゃんと違う理由を説明します。



本当にありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。


飴甘海果

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