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あの夜・・・飲み会の帰り、家まで送ってくれた日から、向井さんの中で私の存在はどう変わったのだろうか・・・



家の前まで来たのに、送ってもらったお礼も言わず、うつむいて、手を放そうとしない私にあきらめたのか向井さんは話し出した。


「この辺りは静かだし、緑もあって、気持ちがいいね」


私は顔を上げた。

向井さんの表情は、困惑も戸惑いも怒りもなく、ただ微笑んでいた。

硬い質感のメガネのフレームも今日は冷たい印象がなく、その奥の眼も何の警戒もない。

でも少し何か考えてるみたいだった。

口元は口角が上がっていたけど・・・



「はい、近くに深夜営業してるスーパーもあるし、会社にも近くて便利なんです、住宅街ですけどポツポツおいしいお店とかありますし」



「インド料理屋もこの近く?」


「はい、すぐそこなんです」


今度連れて行ってくれる?と向井さんは言った。


連絡先を交換すると、どちらからともなく、じゃっと言って別れた。

私は振り返らずにアパートの中に入り、階段をどんどん上っていった。

鍵を取り出して中に入り、戸締りをするまで一度も振り返らなかった。

本当は彼の姿が見えなくなるまでずっと見ていたかったけど、

もし、彼がせいせいした姿で離れていってたら、すごくショックを受けるに決まっているから。



ラインをつなげたのも、ただこの場を離れたかったからじゃないかって、ふと思ってしまったから。



・・・彼から連絡は来るのだろうか・・・




あの日からもう3日たった。


もう、といったところが向井さんと私は恋人でもなんでもないのだから、


日を空けずに連絡がないことを非難するいわれは全然ない。


わかっている。


単にご飯を食べに行く約束をしただけなのだ。


しかも、彼はインドのコロッケに興味があるのであって、私に興味があるのではない。

調子に乗ってはダメ、と私は自分を戒めた。




職場では、彼は今日は一日中、席についていた。

忙しいのだろうか、あんまり休憩していないようだ。

あの時と違う、クールな目、微笑まない口元。

声がかけにくい、冷たい表情。

いつも、パソコンの画面か、手元の書類に集中していて、

コーヒーに口をつける時も仕事から目を離せないようだ。


お昼ご飯も遅くに来てさっさと食べて帰るか、上司とずっと話しながら食べているか。


私とは全然、目が合わなかった。



「澤村さん、さっきの見積もりだけど・・・」


なんとなく、向井さんを見ていたら後ろから課長に声をかけられて、慌てて振り返る。

振り返る直前、目の端に向井さんが動いたのが見えた気がする。






「澤村さん、さっきの見積もりだけど・・・」



澤村さんの名前を聞いて、僕は目を上げた。


課長と澤村さんが話をしている。

後姿だから顔は見えないけれど、肩の辺りまで伸びたやわらかそうな髪が見ていて気持ちがいい。

僕は、うーんと伸びをした。


つい3日前は、すぐそばに彼女はいて彼女の家まで送ることまで出来たというのに、


まるであの夜が夢であったような気がする。


彼女をずっと遠くから観察していただけだったから


会話を始めたとき最初は違和感を感じていた。


歴史、という程長い期間じゃないけれど、


彼女に対して自分が積み上げてきた親近感や、親愛の情と、


「初めまして」とあいさつする職場でのありがちな対応に


ものすごい隔たりを感じたから。





彼女は今、何を話しているのだろうか。

まだ会話を続けている彼女の相手は彼女の在籍する課の課長だ。

彼の最近の案件を思い出そうとする。

たしか、定例会議で糸井商事との取引について報告していた。


わりと大口の案件だったな。

同期の山下も担当していたはずだ。


やはり、彼女も忙しいだろうか・・・かくいう自分も忙しい。

仕事のきりがつくのが今週末。

それもぎりぎりだからもしかすると週明けまで伸びるかもしれない。

本当は彼女との約束も取り付けたいけど、

いい加減に日にちを決めてしまって、ドタキャンという結果にはになりたくはなかった。


しかしながら、来週には会えるだろうし、挨拶程度のラインを送ろうか。

会社で話せる機会があれば声をかけてみよう。


そう決断を下すと、目の前の画面に注意を向けた。






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