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この機会をチャンスと捉えて前に進もうとするか
それとも、波風を立てないようにゆるやかに流されていくか・・・
正解はどっちなのだろう
どちらかなんて判別不能状態
ただ、近づいてみたい、話してみたい、それだけ
何を話そうか、とか
変に思われないか、とか
周りの視線が気になる、とか
普段は自分の身を守るために躊躇してしまうのに
アルコールが脳を侵食して
ガードをいくぶんか消してしまった
そんなに酒に飲まれるタイプじゃないけど
ずっと残業が続いて疲れている状態で
勧められるままにハイペースで飲んでしまったこと
それと
職場の外の景色に彼女が存在することに
すこしハイになっているだけ
ただ残るは彼女を知りたいという欲求
近くで彼女を見てみたい
会話がしてみたい
僕の隣に座っている彼女
さっきから聞いた事のないカクテルを周りの人と一緒にオーダーして
めずらしそうな顔で味見しあいながら少しずつ飲んでいた
職場では数メートルは離れているのに
今は隣にいる・・・
自然と決まったような席に見えるが実はそうじゃない
最初はみんなで乾杯して
食事をあらかた済ませて一段落したら
何人かが抜けて他の席に挨拶に回る
全体がなんとなくくだけた雰囲気になった
しばらくして
彼女の隣の席が空いたのを見て
トイレに行く振りして
すぐに戻ってきてそこに座った
「デザート余ってる?」って声をかけて
気を使った彼女が「はい」ってスプーンとアイスクリームの入ったガラスの器を僕の前に置いてくれるを待って・・・そして話し始めた。
「ありがとう、えっと隣の課の人だよね」って。
そういいながら彼女の方へ顔を傾けた。
「ありがとう」
そういいながら彼がテーブルに肩肘をついて
こちら側を見たとき
目が合って・・・一瞬、間があって
何故かわからないけど、「ああ、そうか」って何かを納得した気になって
いつもだったらこんなに側にいたらどきどきするくせに
妙に冷静になった
「えっと隣の課の人だよね」
彼は私を見つめながら話を続ける
すごくやわらかな表情
いつもの職場での彼とは違う
目がまっすぐ私を見ていて
私を認めてくれているような・・・
「はい、席、近いですよね」
「・・・澤田さん」
「はい」
ふふって彼が笑った
酔ってるみたい・・・彼はきっとお酒を飲むと楽しくなる人なんだ
私の名前を言い当てただけなのに
すごく幸せそうだもの
私まで嬉しくなってしまう
「向井です」
知ってますか?って試してるみたいに名前をいう
知ってますよ、もちろんですよ、あなたは有名だもの
まだまだ下っ端の私なんかよりずっと仕事ができるし顔も広い
いつも大きい案件を持ってて
その上あちこちにヘルプで呼ばれてる
自分の課の仕事の補佐だけで精一杯で課内と同期くらいしか知り合いなんていない私と全く違う・・・
淡い憧れと尊敬
あなたはいつも周りの人にそう思われてるでしょう?
そしてそれに慣れてる・・・私とは違って・・・
ダメダメ、楽しいお酒の席なのに卑屈になっちゃ
わざとらしくならないようにしながらもにっこりと微笑んだ
「・・・向井さんは甘いものが好きなんですか?」
「嫌いじゃない・・・でも今は冷ましたくて・・・ここすごい熱気だし、少し飲みすぎたみたいだから」
「そうなんですか、あっ溶ける前にどうぞ」
目線で食べることをうながすとうれしそうな顔でスプーンを手に取る。
確かにこの店は暖房が効いてる、でも熱いほどではないかな。
そうみたい、よく見るとネクタイが緩んでる、ボタンが1つ開いていて、そのせいかも。
すごく話しやすい。
「ありがとう・・・君はお酒は好きなの?なんか、変わったもの、飲んでるね」
テーブルの上に広げられた色々な形のグラス
今、私の手元にあるのはお店のオリジナルカクテル
メロンソーダみたいな色をしている
「ああ、みんなでメニューにある聞いたことないお酒を色々頼んでたんです」
「そう・・・おいしいの、あった?」
「そうですね・・・」
テーブルに立てかけてあったドリンクのメニュー表をとりだして、オーダーしたものをチェックする。
アイスクリームを食べ終えた向井さんがメニュー表を覗き込んだ。
「これは若干甘めで男の人むきじゃないかな、これはジンベースで私好みでした、」
「これは?」
「うーん、確かウォッカが入ってたとか・・・向井さんはそういうの好きですか?」
「たまには、かな?飲みに行くとなると無難にビールか日本酒が多いけど・・・澤田さんはお酒以外で何か好きなものある?普段から飲みに行くほう?」
「お酒はあんまり・・・食べ専門ですね」
「じゃあ、居酒屋はあんまり行かない?」
「ええ、イタリアンとか、おなかがすいたらインド料理屋のセットをがっつりですね」
「インド料理って・・・カレーじゃないの?」
「カレーですけど、それだけじゃなくて、タンドリーチキンとかサモサとかありますし」
「サモサ」
「インドのコロッケです、おいしいですよ」
そんな風に他愛のない話が続いていく
意外に話し上手の向井さんとどんどん話していくと
彼は私の趣味とか、普段のこととか色々聞いてくれて
彼自身のことも気さくにどんどん話してくれて
ほんとはすごくオープンな人なんだって思った
一緒に珍しいカクテルを自分でも頼んでくれて
2人で味見したりして笑っていたら・・・
さっきまで一緒に飲んでいた先輩が私の名前を話しているのが聞こえてきた。
思わず振り向くと
「澤井ちゃん、向井さんとまるでお見合いしてるみたい~あはは」
「この娘は真面目だからさぁ、ご趣味は?って感じか?」
「後で向井情報教えてね~」
こっちを指差してケラケラ笑ってた
逆らえない私は
「はい、情報召集頑張ります」
なんて調子のいいことを言ってしまって、向井さんに向き直ると、
向井さんはちょっと真面目な顔をしていた
ん?って目で問いかけたら
「今までの話は機密情報だから内緒、わかった?」って頭をなでられた。
店の貸切の時間が終わったのか(実は今日は課の社長賞のお祝いの会で、隣の課だった向井さんもヘルプで関わっていたのでメンバーに入っていた)
順番にみんな店を出ると、まだ話したりないのかその場で話を続ける人もいたが、大抵の人は駅に向かったり、会社に戻ったりして、だんだんと人数が減っていった。
私は大御所や先輩を見送ってから、さあ帰ろうか、と肩にかけていたかばんをかけなおすと・・・
誰かが肩をとんってたたいた。
振り向いたら向井さんがすぐそばに立っていて
小さな声で
「インドのコロッケおもしろそう・・・今度連れて行って」
とささやいた。
「・・・」
目が合ったまま、返事ができずに黙ってしまう。
「送るよ、家、歩いてだけど、いい?」
更に目を見張る私にこっちだっけ?って先に行こうとするからあわてて「そうです」って言いながら追いかけた。