3:災難
「何だったんだろう……」
気づくと、辺りには再び喧騒が戻ってきていた。
石畳の上を行き交う人々の中に、先ほどの自分たちを不審に思う者はいないようだった。
「おやおや白くん、こんなところで何をしているのかね」
考えていると、嫌味な響きの声が降りかかった。
耳慣れた声にしぶしぶ顔を上げるとそこにはやはり、嫌いな顔があった。
カイゼル髭に、オールバックの頭……
まさに貴族官僚そのものといった風情だ。
「……今日は休日です。自分が何をしていようがブラインド教官には関わりないことだと考えます。」
「黙りたまえ。優秀である我がAクラスの者であるならばともかく、落第一歩手前のCクラスの君が何をしでかすかは、教官としてきちんと把握しておく必要があるのだよ」
「……特に、何も無いです。散歩をしていました」
老人との事などを話しても退学にする理由が一つ増えたと喜ぶだけだ。
ブラインドはそういう奴である。
普段からCクラスの者を見下し、いじめることを趣味にしている。
見かけたらすぐに逃げなければいけなかったのに……すっかり油断していた。
「ふん。どうだかな。そもそもこんな路地の前で散歩など――」
「はい、はい。どうどう。そこまでにしときましょうよ」
説教でせっかくの休日を潰されるのか、とあきらめかけた時、再び耳慣れた声。
しかし今度は、嫌いな顔ではない。いや、だからといって別に好きな顔でもないが。
こちらも髭が伸びているが、手入れもろくにしていない無精髭で、髪の毛も寝癖がつき放題。
だらしなさが見て取れる。
「む……貴公はたしかCクラス担当の……」
「はいーどうもー。アルベルトですよっと。お名前を憶えていただけるとありがたいんですがねー。」
「ふん、新任教官の名前などいちいち覚えてられんわ。それで、何の用だね」
「いやまあ、うちの白がなんかしたなら私の責任なんでー……ここは譲っていただけないかなーっと思いまして。その程度のことでブラインド貴族教官のお手を煩わせるのも申し訳ありませんから。」
「……まあ、そこまで言うのなら私もやぶさかでないがね。しかし君、きちんと教育しておきたまえよ。」
「はい、はい。それはもうしっかりといって聞かせますので。」
ブラインド教官がならば私も忙しいので失礼する、と言って足早に去っていく。
その姿が人ごみに紛れて見えなくなると、ふう、とため息が出た。
「災難だったな、白」
「慣れてますから、こういうの」
「そうか……ま、何やってるかは知らんが、危ないことはほどほどにな。」
そういうと、すっと去って行こうとするアルベルト教官の背中に声をかける。
「あの!……ありがとうございました」
やはり助けてくれたのだから、お礼は必要だ。そう思って声をかけた……のだが、アルベルト教官は、んー、と気の抜けた声で手を振ると、振り返りもせずそのまま行ってしまった。