プロローグ
「フッフッフ! よくぞここまで来たな。勇者よ!」
魔王の玉座を目前に、立ちはだかる一つの影があった。
「人間にしては良く頑張ったが、ここまでだ!」
全身に黒い甲冑を纏った騎士風の魔物が矛を構えた。
魔王を護衛する最後のボスモンスターと言った所だろう。
ラスボスの前哨戦だ。
本来なら、壮絶な消耗戦が繰り広げられる場面だろう。
勇者からすれば、邪魔以外の何でもない存在である。
だが、しかしだ。
「勇者よ、剣を抜け! その腰の武器は飾りか?」
騎士風の魔物は高笑いして見せる。
余裕綽々と言った所なのだろうか。
だがしかし、俺には理解出来ない……
「どうした? 来ないなら……こちらから行くぞ!!」
騎士風の魔物が矛を振りかぶり、俺に襲いかかってきた。
岩にも穴を開けてしまいそうな、その鋭く、禍々しい矛が俺の顔目掛けて一直線に向かってくる。
それでも、俺には理解出来ない。
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
右ボディだ。渾身の右ボディ。
特別な魔法も付与されていなければ、武器を装備しているワケでも無い、素手による右ボディ。
俺の右ボディが、騎士風の魔物の腹に突き刺さる。
あくびが出る程に遅い、矛による攻撃を回避してカウンターボディをお見舞いした。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、その黒い甲冑は粉々に砕け散り、騎士風の魔物から、裸の魔物にランクダウンした哀れなモンスターが吹き飛ぶ。
無関係であるハズの矛も、何故か粉々に砕け散っていた。
裸の魔物は壁に激突し、その場に大きなクレーターを作り、倒れた。
「み、見事だ勇者よ……」
パンツ一丁になった魔物は、ピクピクと身体を痙攣させながら、『それっぽい』セリフを言って見せた。
やはり俺には理解出来ない。
俺は、その哀れなモンスターを無視して、魔王の玉座へと進む。
何のトラップも、魔法も付与されていない、木製の大扉を押し開けた先に。
魔王の玉座を捉えた。
そこに鎮座する、魔王軍の首領にしてラスボス。
人々を恐怖のドン底に叩き落とし、悪の限りを尽くすラスボスである魔王。
その姿がそこにはあった。
「ほう……ここまで辿り着いたと言うのか……」
魔王は『プルンッ』と揺れて見せた。
俺の我慢が限界を迎えようとしていた。
「だがしかし、お前の英雄譚はここで終わるのだ」
魔王が『ポヨンッ』と揺れて見せた。
俺の我慢が限界を突破した。
「さぁ、かかってくるがよい」
「ちょっと待て!!」
溜まり溜まった鬱憤を晴らすように、俺は叫んでいた。
それでも魔王は表情を変えない。
いや、表情なんて最初から無い。
誰もが恐れる魔王軍。屈強にして列強な魔物がうごめく凶悪な軍団。
その頂点に立つ、恐怖の象徴とも言えるラスボス。
最強の敵として勇者を迎え撃つ役割を担うハズの魔王。
その魔王が。
お前。
スライムってどういう事だよ?
どこかの勇者が言っていた。
『俺の怒りが有頂天』だと言っていた。
正に今、俺はそんな状態なんだろう。
「何で魔王がお前なんだよ!!!」
誰もが思うであろう、当然の疑問をぶつけてやった。
罰ゲームか何かで魔王になったとでも言うのか。
「おかしな事を言う。能書きは良い。私を倒して見せよ」
魔王が『ポヨポヨ』と震えて見せた。
俺は全ての怒りを拳に乗せて、渾身の右ストレートをお見舞いした。
「ギャアァァァァァァ……」
魔王は『プルプル』と震えながら断末魔を上げた。
俺には理解出来なかった。
この業界に足を踏み入れて10年。
次から次へと現われる、魔王軍を討伐し続けた10年。
これまでに壊滅させた魔王軍は50は下らないだろう。
いずれも凶悪な魔王軍だった。禍々しい魔王軍だった。
強敵だった。死闘ばかりだった。
だからこそ、俺は勇者である自分に誇りを持っていた。
だが、しかし。
出会ってしまった。
全ての常識を覆すような魔王軍に出会ってしまった。
ワンパン、ワンパン、デコピン、ワンパン。
自慢の名剣を振う事も無く、鍛えた魔法を使う事も無く、奥義も。必殺技も。特技も。何もかも使う事無く。
ラスボスを目前に現れた、強敵でなければならないボスすらワンパン。
終いには魔王がスライムと来た。
しかもワンパンで沈みやがった。
理解出来ない。あり得ない。
こんな事はあってはならない。
これほど弱い魔王軍など、存在していい理由が無い。
「オイ! 起きろコラ!!」
俺は壁際まで吹き飛んだ魔王を摘み上げた。
こいつだけは。
こいつらだけは、許しちゃおけねぇ。
「う、うーん……見事だ……」
この期に及んで、それっぽいセリフを吐きやがる。
「弱すぎんだよお前ら!! 何が魔王軍じゃボケェ!! 俺の勇者道を汚しやがって!! 生き地獄見せたろかコラァ!!」
俺はブチのめされたばかりの魔王を恫喝していた。
魔王はただ、『プルプル』と震えていた。
表情が無いから、どういうリアクションなのかは読み取れない。
「絶対に許さん!! 俺は認めん!! これほどまでに弱い魔王軍を、俺は認めんぞ!!」
そう。そうだ。
俺は、この魔王軍の存在を認めない。
俺の勇者道を汚した魔王軍の存在を否定する。
デコピンとワンパンを前に、無様に散って行った魔王軍を無かった事にする。
「俺がお前らを徹底的に鍛え直してやる!! 今すぐ全軍を集めろや!!」
俺はこの魔王軍を、紛れも無い強敵に鍛え上げ、そして『倒し直す』事にした。
コイツらだけは、絶対に許さない。
鍛えて鍛えて鍛えまくって、最強の魔王軍へと育てあげてやる。
勇者業はしばらく休業だ。
今より俺は、魔王軍調教師になる。