表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第2章✡
9/88

②花菱の野〈2〉

「ところでユラ、『ホノレス』って?」


 ノギは、ハトリの存在を無視して視線を外し、ユラに顔を向けた。

 ユラはそんなノギに苦笑しながら答える。


「高い魔力を有する魔術師よ。触媒が跡形もなく消えてしまうほど、触媒の持つルクスを使いきることができるの。稀にしかいない才能の持ち主ってこと」


 ルクスとは、触媒の魔力とでも言うべきエネルギーである。この値が高いほど、強力な術が放てるため、高ルクスの触媒は高価なのだ。

 何度か、ノギも魔術師が術を放つところをの当たりにしたことがある。けれど、先ほどのような、触媒が灰になって散る光景など見たことはなかった。大抵が、触媒から色が抜けたようになるけれど、形は保ったままだった。


 ユラの説明に、魔術師のハトリは気をよくしたのか、えへへ、と照れて笑う。それがノギの癪に障った。だからなんなんだ、と。


「で、そのお偉い魔術師サマが何しに来た?」


 敵意をむき出しに吐き捨てる。

 けれど、ハトリはそんなノギに怯むこともない。逆に挑むような目をした。


「……あなた、ほんとに触媒屋なの? 全然そう見えないけど」


 ノギは冷ややかな目を向けただけで、特に何も答えなかった。愛想を振り撒く趣味はない。

 ハトリは小さく嘆息する。


「ちょっと小耳に挟んだの。ここに腕のいい触媒屋がいるって」


 腕がいいと言われようと、ノギにおだてられて木に登るような素直さはない。ハッと小馬鹿にしたような声を出した。


仲買人ブローカーを通して金を払うなら、依頼は受けてやる。ただ、直接押しかけてくるな。迷惑だ」


 その途端、ハトリは一瞬言葉に詰まってたじろいだ。そして、ぼそりとつぶやく。


「それができるなら、何もこんなところまで来ないわ」

「あ?」


 ノギがさらに顔をしかめると、ハトリはノギを睨みつけて甲高く言った。


「だから、それができるなら苦労しないわよ! あたしは触媒を取ってきてって頼みに来たんじゃないの。あたしもいくつか仕事を手伝うから、そのアルバイト代を現品でほしいだけ」

「はぁ?」


 ユラは、そんな二人のやり取りをハラハラと見守っている。ノギは激昂するのではなく、ふぅ、と力の抜けたため息をついた。


「さっきの触媒……『焔草ほむらそう』は、そっこら辺に生えてる雑草みたいなもんだよな。爪の先ほどの火しか出せない、家庭で使う火種にしかならないモノ」


 その微ルクスの触媒をあのように扱うハトリは、やはり優れた才能の持ち主なのだろう。けれど、はっきりとしていることが他にもあった。つまり――。


「お前、貧乏だろ?」


 ハトリはそのひと言がグサリと刺さったようだ。目に見えて動揺している。ノギは、にやりと嫌味に笑った。


「やっぱりな。自分で採取できるような触媒にしか触れないんだから、そうだろ」

「う、うるさい!」


 弱みを見せてしまった以上、怒鳴ったところで効果はない。

 ノギはニヤニヤと笑い続けた。


「金のない貧乏人に用はないな。帰れ」


 ハトリは屈辱で顔を赤く染め上げ、ふるふると震えていた。それでも、ノギに情けはない。


「今はそうかもしれないけど、あたしの才能なら、将来有望だもん! 絶対大成してやるんだから! その時になって泣いて謝ったって遅いのよ!」

「いい触媒が入手できなきゃ、どんな才能も持ち腐れだ。野に散れ、この貧乏人」


 ノギの口が悪いのは今に始まったことではない。けれど、少し言いすぎたのかもしれない。

 ユラはノギのそばにトコトコと歩み寄り、その額をペチリと叩いた。


「めっ。なんてこと言うの」


 ちょっと難しい顔をしたユラが可愛い。

 ユラになら、叱られることすら嬉しい。ノギは一瞬デレっとした。

 反省していないことがバレたのか、そんなノギに、ユラは頬を膨らませる。


「駄目でしょ。ごめんなさいは?」

「ん? ああ、ごめん」


 ユラに向かって、ノギはさらにデレデレと謝る。ユラになら、いくらだって謝れる。けれど、それ以外の人間には嫌だ。声に出してそれを言ったわけではないのに、ユラは脱力する。


「もう。私じゃないでしょ? 彼女に」


 そう言われた。嫌だけれど、謝らないとユラに嫌われる。ユラにいつまでも子供だと呆れられたくないノギは、渋々ハトリに首を向け、上から目線で吐き捨てた。


「ああ、悪かったなぁ?」


 謝ったけれど、ハトリは逆に腹が立ったようだ。目に見えてカチンとしていた。


「金カネって、この守銭奴!! ひとでなし!!」

「ハッ。金のないやつの遠吠えなんて、痛くもかゆくもない。お前に構ってるだけ時間の無駄だ。さっさと帰れ」


 赤の他人になんて親切にしてやる義理もない。

 疲れ果てた顔をしたユラの背を押し、ノギはハトリに背を向けた。そして一度振り返ると、


「二度と来るなよ。次に来たら容赦しないからな」


 絶対零度の眼差しで言い捨てるのだった。

 ぽかんと口を開けてしまったハトリをその場に残し、ノギは心配そうなユラを家の中に押し込みつつ、自分も家に引っ込んだのである。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ