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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第12章✡

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⑫七宝の森〈6〉

 まず、ハトリを見つけたら、何から伝えるべきなのだろう。

 頭を整理しながらノギは城内を駆ける。キリュウかヤナギがノギのことを伝えてくれてあるのか、城内で咎められることはなかった。

 侍女や官人たち。女性も多くいるものの、あの珊瑚色の髪には出会えない。ノギは仕方なく、通りすがりの侍女の一人に訊ねた。


「ハトリ様なら随分前に下へ行かれたような?」

「……ありがとう」


 有益な情報に、一応礼を言う。ノギは上の階ばかりを探してしまっていた。先に下を探すべきだった。

 見当違いの捜索にようやく光が見える。階段を下りつつも、ひねくれた性格だけに、ノギはまだ自分の中から重要な言葉を見つけられないでいる。


 踊り場からなんとなく眺めた窓の外は、相も変わらず雪が降り積もっている。

 ハラハラと、雪は中庭に落ちる。ここは雪を楽しむつもりなのか、除雪する様子もなく、草木一面が白く染まっていた。その新雪に足跡はただ一筋。


 舞い散る雪の中、自ら凍えることを望むように立ち尽くしている姿があった。ノギは思わず窓を開け、身を乗り出す。

 あの姿は、探していたもの。途端に、心臓が息を吹き返したように強く脈打つ。高く遠い場所からでも見間違えてはいないと確信した。


 階段を駆け下りて、すぐにそこへ行こうと思った。けれど、ハトリはずっと空を見上げるようにして立っていたかと思うと、急にきびすを返した。足元に積もった雪を踏み締める音が、この距離で聞こえるはずもないのに、ノギには感じられる気がした。


 もどかしくて、ノギは気づけば窓から身を投げていた。風に逆らい落ちるだけの体は、驚くほどの冷たさに襲われた。特に耳が痛い。落下する際に、ノギが身につけていたマフラーが吹き飛んだけれど、そんなことを気にしていられなかった。

 猫のようにくるりと回転して雪の上に着地すると、鈍い音と振動が中庭に響いた。雪の上なので緩和された方なのだと思うけれど、ハトリはノギの存在になど気づいていなかったようで、


「ひぁ!」


 と、変な悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。尻餅をついて呆然とするハトリを前に、ノギは立ち上がってハトリを見下ろした。二人の距離は、手が届くほどに近くはない。

 それでも、ハトリは驚きの後にひどく怯えた目をした。

 当たり前だ。会いたくないとしても仕方がないことをしたから。

 それでもノギは、一歩前に出た。


「あの、さ――」


 その途端、ハトリは素早く立ち上がるとノギに背を向けた。雪に足を取られながらも懸命に逃げようとする姿に、ノギは胸を痛めたけれど、目を背けるわけにはいかなかった。


 やっぱりどうあっても、本当は嫌われたくなんてなかった。

 嫌って、忘れてほしいと言いながら、そんなものは本心ではない。それをユラはわかっていた。

 だから、あんなことを言った。こうして、会いに来させた。


 急ぐあまり、雪に埋もれたブーツが脱げ、ハトリはこけてしまいそうになる。追いついたノギはとっさに手を伸ばし、ハトリの腰を抱えた。


「大丈夫か?」


 躊躇いがちに声をかけると、ハトリは転んだ方がマシだとでも言うように身を硬くした。

 振り向いてくれない。口も利いてくれない。

 ただ、微かな震えが伝わる。

 ノギはハトリから一度手を離すと、そのまま腕の中に閉じ込めるようにして手を組んだ。そうして、その肩口でささやく。


「俺、お前に謝らなきゃいけないことがあるんだ――」


 顔を見られない状況だから、ほんの少しだけ素直に言えたのかもしれない。

 え、とハトリが小さく声を漏らした。ノギは、ハトリの肩に額を寄せた。


「あの、花菱の野にいた怪鳥トリ、触媒として高く売れたんだ」

「は?」

「ほんとはお前の手柄だったのに、横取りして悪かった」


 すると、ハトリはようやく振り返った。ただ、その手がノギの胸倉に伸び、ガクガクと揺さぶるように動く。


「今言うことがそれ!? しかもあの時、なんてことしてくれたんだって散々怒ったじゃない!」


 至近距離で顔を近づけて怒るハトリにほっとしたなんて、自分らしくもないと思う。

 けれど、こうして向かい合い、再び口を利いてくれたことが嬉しい。


「だから、ごめん」


 いつになく殊勝なノギに、ハトリは怒りのやり場に困ったようだ。徐々に腕から力が抜けていく。

 そうして、ノギは続けた。


「それから……初めて会った時、水かけて悪かった。あと、海の中に放り込んだのも。それから――」


 謝り出すときりがない。本当に自分はろくなことをしてこなかったんだな、と改めて思う。

 出会った時から角突合せ、目障りだと思っていた。そのはずの存在を、今は失いたくないと感じている。先のことなんて、何ひとつ予測できない。

 ハトリは落ち着いた表情で黙って聞いてくれていた。


「――この間のことも、謝る」


 『この間』が何を示すのか、わからないはずもない。ハトリはピクリと肩を震わせた。


「すごく……傷つけたと思う」


 そうつぶやくと、ハトリは困ったように言った。


「七宝の森の奥……ユラの故郷へ一緒に帰るから、あたしとは二度と会わないつもりだったの?」


 その発言にノギは驚いたけれど、すぐに苦笑する。


「キリュウから聞いたのか」

「うん……」


 軽くうなずくと、ハトリは再びノギの服をつかんだ。不安と戦うようにして指先に力を込める。


「ユラ、大丈夫なの? 早く行かなくていいの?」

「大丈夫とは言えない。随分弱ってるから、早く連れていきたい」


 正直にそう答えた。もう、ごまかしても仕方がない。

 ハトリはくしゃりと顔を歪め、今にも泣き出しそうな顔になる。


「だったら! 早くしなきゃ。ユラに何かあったら、あたしだって――」


 そんなハトリの言葉をノギは遮った。


「そのユラが、俺がお前に謝らないなら自分はどこへも行かないって言うんだ」

「え?」

「お前に謝って、連れてこいって。……ユラはいつも、俺の気持ちを大事にしてくれた。だから、俺がお前に会いに行けるように仕向けてくれた。俺もユラのことを大事にしてるつもりが、ほんとはなんにもわかってなかった」


 自分を犠牲にして気持ちを殺して、そうしてユラと共にいることが必ずしもユラのためになるなんて限らなかった。そんなのは、自己満足に過ぎなかった。

 心に正直であれというのなら、今、この腕でハトリのことを抱き締めていたい。そうして、その心に従うことにした。ハトリが困惑するのも仕方のないことだけれど。

 戸惑いがちな声がする。


「ねえ、ノギ、あなたはユラのことがずっと好きだったんでしょ?」

「ユラは――大事な家族だ。好きって、多分お前が考えてるようなものとは違う」


 こうして抱き締めたい、触れていたいと感じるのは、ハトリだ。

 出会ってそれほど時間を共有したとは言いがたい、赤の他人のハトリ。どうしてそう感じてしまうのか、自分でも説明できない。不思議だと、誰よりも自分が思う。


「信じる、信じないはお前の勝手だけど、俺はお前のことが――」


 と、そこで言葉が止まった。

 ノギも、自分にしてはここまで頑張った方だと思う。あとひと言が素直に出ないのは、これを言ってしまったら立場が逆転するかもしれないという恐れからだったのだろうか。


 それでも、すでに心は伝わったのか、ノギを見上げるハトリは微笑んでいた。それは、ガサツだと言い続けた相手だとは思えないような、魅力的な微笑だった。

 ただ、


「が、何?」


 と、先を催促してくる。


「……」


 そう言われると、もう言えない。


「え? まさかそこで止めるの? 信じられない」


 ハトリは調子に乗ってニヤニヤと笑う。少し、イラッとした。

 本気で立場が逆転してしまいそうな予感がして、ノギはその口を塞いだ。抱き締めた柔らかな体のあたたかさ、寒さを忘れてしまうような熱い吐息と唇の熱がより深く感じられて、今が冬であってよかったと、ぼんやり思った。


 いつかとは違う、幸せな心地のする瞬間だった。

 

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