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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第12章✡

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⑫七宝の森〈5〉

 まず、周囲の人々のざわめきでノギは目を開けた。壁にもたれかかっていた体を起こすと、数歩先にヤナギがいた。

 ヤナギと顔を合わせるのは、あの籠目の砦以来のことである。相変わらず、表情から思考が読み取れない。ハトリの父親であるモーリが死去し、三宰相のひとつが空席となった。その欠けた地位に就くため、官僚たちは醜い争いを繰り広げているのではないかと思う。

 つまり、ヤナギもまたキリュウに匹敵するほどに多忙なのである。

 ノギはただ、挑むような視線で長身のヤナギを見上げた。


「ついてこい」


 ヤナギはそう、短く告げた。ノギも返事をするでもなくその背に続く。

 階段を少し上り、通された一室は、なんの部屋なのかノギにはよくわからなかった。青が基調の絨毯に白い調度品。ベッドがあるのだから、客室か何かだろうか。

 ただし、そこにハトリがいるわけではなかった。何も言わないうちから用件を察してもらえるはずもないか、とノギは内心で苦笑する。


 その室内でヤナギはしっかりと扉を閉めた。そうして、ノギと向き合う。

 けれど、ヤナギは言葉を発するでもなく、無言だった。用があるのはノギの方で、相手に訊ねてもらえると思うなということか。眉根を寄せ、仕方なくノギは口を開きかけた。

 そんな時、二人の間に光が現れた。


「わ!」


 思わず声を出して後ろに跳びずさってしまう。身構えると、その光源は少年の姿となった。


「キ――っ」


 呼び捨てにしようとして思いとどまる。今は頼み事があるのだ。この態度ではいけない。

 キリュウはまず、ノギではなくヤナギを労う。


「ご苦労だったね。もう戻っていいよ」

「ですが……」


 不服そうにつぶやくヤナギに、キリュウは微笑んだ。


「話は簡潔に終えるさ。すぐに戻る」

「承知致しました」


 一礼すると、ヤナギは部屋を去る。そうすると、室内にはノギとキリュウの二人きりとなった。

 この部屋は、ノギの部屋の何倍もの広さがある。決して狭いわけではないのに、何故だか尋常ではない圧迫感がある。ここがキリュウの陣地であり、キリュウは皇帝なのだということを再認識させられた思いだった。


「――さて」


 そう言って、キリュウは振り返る。相変わらず煌びやかな宝石に囲まれ、その身に重責を背負っているという目をしていた。


「謁見を待つ人々がいる以上、こうして君にだけ会うのはあまり褒められたことではない。これが最後だと思うからこその特例だ」


 だからこそ、この部屋に通されたのだ。ノギはギュッと拳を握り締める。

 そんなノギに、キリュウは言った。


「それにしても、まだ寄り道をしている暇があるなんてね。ユラの体は限界だろう?」


 皮肉ではなく、真剣に驚いているふうだった。


「ユラは鍵をもらったことを秘密にしていた。少し前にようやく教えてもらったけれど――」


 そこで言葉を切ると、うつむきがちに続きを告げる。


「あんな状態なのに、俺にハトリに会いに行けって言うんだ。そうじゃなければ、自分はどこへも行かない、鍵も返すって……」


 ハトリはこのキリュウの妃候補であるという。ただ、それはまだ候補であって、実質上決定したことではない。

 それでも、キリュウがどのように考え、どう答えるのか、ノギにはまるで想像がつかなかった。逡巡するノギに、キリュウはどこか冷めた微笑を向ける。


「君は本当にユラに愛されているからね。彼女がそう言うのも無理のないことだ」


 わかっている。ユラは、自分自身よりもいつもノギのことを最優先に考えてくれている。

 だから、ノギもユラのことを真っ先に考えていたい。けれど、気づけば頭の中はぐちゃぐちゃで――。

 キリュウは作り笑顔のまま、そんなノギに言い放つ。


「私はね、君のことが大嫌いだったよ」


 そう言われて、怒るわけではない。ただ、唖然とした。

 いかにそう思っていたとしても、それを口に出すような存在ではないと思っていたのかもしれない。

 そんなノギの驚いた顔に満足したのか、キリュウはようやく本心から笑ったように思う。

 クスクスと声を立てるキリュウを呆然と見守るノギに、キリュウは言った。


「羨ましかったというべきだろうか。まあ、どちらにしても、皇帝として相応しい感情でないことだけは確かだ」


 ノギは何も言えなかった。

 きっと、自分がこの皇帝の立場にだけは、絶対になりたくないと思うからだろう。


「――ハトリなら、この城の中にいる。探してみるといい」


 あまりにあっさりと教えられたので、ノギは拍子抜けしてしまった。みっともないくらいに腑抜けた声で問う。


「いいのか?」


 すると、キリュウは小さくうなずく。


「私の妃候補だというが、私は何も彼女でなければならないと言った覚えはない。ただ、彼女はモーリの娘であるから、可能な限りの援助は施したいと思うだけだ。彼女が自ら選び取る道があるのなら、私がそれを止めることはない」


 キリュウはハトリに対する執着を持たない。特別な一人以外の誰が相手でもそうなのかもしれない。

 その一人がよりによってという相手だから、ノギに協力することはできないけれど。


「ありがとう」


 今はただ、素直にそれを言うしかない。自分でも驚くくらい純粋な気持ちだったというのに、キリュウはそれを笑った。


「君が強要されもしないのに、そんな殊勝なことを言うなんて」


 その笑い声が癪だけれど、不思議とそこまで腹は立たなかった。


「ただね、彼女が会ってくれなかった場合は知らないよ」

「……っ」


 痛いところを突く。苦虫を噛み潰したような顔になるノギに、キリュウはささやく。


「それくらい傷ついていたとだけ言っておこうか」


 ズキリと胸が痛んだ。けれど、自分は加害者であって、こんな痛みはハトリの苦痛のほんの一部に過ぎないのだろう。


「では、健闘を祈るよ。君ではなく、ユラのために。君たちが選ぶ未来を、私も見届けているから」


 ユラのためにとは、正直なひと言だとノギは苦笑する。

 そうして、キリュウは光と消えた。公務に戻ったということだろう。この城のどこかにはいるはずだが。


 ただ、このだだっ広い城の中でハトリのいる正確な位置を教えてくれなかったのは、キリュウのささやかな嫌がらせだと思う。

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