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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第12章✡

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⑫七宝の森〈4〉

 ハトリに会いに行けと言う。

 けれどその間、ユラを一人にしてしまうことになる。それが心配だった。

 留守中に何かあったらどうしようという不安と、戻った時にユラがこの家にいないのではないかという恐れ。そんなノギの考えは、ユラにはお見通しだったようだ。


「大丈夫、黙っていなくなったりしないから。ここで待ってる」


 病床から無理をして笑ってくれた。本当に、もう時間は残されていないのだと、その顔の白さを見て思う。今のユラは、すでにあの雲立涌の丘の時と同じくらいにまで縮んでいる。


「なるべく早く戻るから」


 そう約束して、家を出た。

 けれどまだ、迷っている。ハトリの顔を見て、そして、何を言えばいいのか。

 謝って、それからどうするのか。


 ハトリはこの世界の人間だ。ユラがやってきた世界は、太古の民(ルーディニフリウス)にとっての清浄な空気であり、この世界の人間にしてみれば、逆に毒になる可能性がある。

 この生まれ育った世界を捨てて、ハトリにそんな場所へ来てほしいなんて、言えるはずがない。

 だから、決断したつもりだった。

 それをもう一度、と。


             ☆  ★  ☆


 まず、どこへ行けばいいのかわからなかった。

 だから、バーガンディの町へ行き、まず翼石ウィングラピスを新たに買い求めた。それを使い、帝都ヘリオトロープへ向かう。


 ヘリオトロープでハトリがいる可能性のある場所は三か所。

 シャトルーズ学院、実家である父親モーリの邸宅、そして、キリュウのいる城の中。モーブ村の家はもう引き払ったと思われる。

 三か所のどこも、ノギが赴くには場違いである。


 思えば、ノギは魔力を持たないただの庶民だ。それに比べ、今のハトリは宰相の娘。本当に何もかもが遠い。



 どこから向かうべきか考えたけれど、やはり一番困難なのは城だ。だからこそ、そこへ向かうことにした。一番難しい場所から当たらなければ、最後に回した場合、疲れ果てて諦めてしまいそうだから。


 帝都の往来は、雪が降ったはずなのに積もった形跡がない。これも魔術師の力によって整備されているのだろう。歩きやすいけれど、おかしなものだと思う。

 それならば、最初から雪が降らないようにしてしまえばいい。それさえもできるはずなのだ。


 ただ、人々は情緒として、冬という季節に降る雪を好む。白く柔らかな雪は、確かに美しい。

 けれど、たくさん積もれば邪魔だと排斥する。ほんの少し、うっすらとした雪化粧がよいと。

 要するに、人はわがままだということ。そう考えると可笑しかった。



 城門までやってくると、高い塀と人口の水路に囲まれた城は、細く長く聳えていた。蒼を基調とした城は、翡翠かわせみのような光沢を持ち、自身から光を発する。柔らかく降る雪がその美しさを際立たせていた。


 見上げると、首が痛くなる。民を威圧するためにこんなにも高い建物を建てたのだろうか。

 この城を目の当たりにすると、支配されて皇帝を尊ぶことを自然と受け入れられてしまう。ノギが素直にキリュウを敬わず、好き勝手に振舞えたのは、この特殊な血のせいだろうか。それとも、持ち前の性格のせいだろうか。


 思えば、キリュウのもとに妃候補のハトリがいるのだとしたなら、キリュウが会わせてくれるとは限らない。

 キリュウがハトリを気に入ったとは考え難いけれど、周囲がそのように話を進めるのなら、それを受け入れていくように思えた。キリュウは皇帝であるということがどういうことなのか、あの年齢にしてすでに身に染みているのだから。


 そうだとするなら、正面から訊ねたところで追い返されるのがオチだ。

 けれど、さすがに王城ともなれば警備は万全である。まず、水路にかかるこの細い橋を渡り、それから城門で番兵に要件を告げ、その先の跳ね橋を下してもらうより、中へ入るすべはない。


 仕方がないので、ノギは覚悟を決めて橋を渡り始めた。何もそれはノギばかりではない。城へは様々な訴えを申し出るために人が集まる。幾人かの通行人に紛れて、ノギも橋を進んでいく。

 そうして、先にできていた列に並ぶ。正直に言って、こんなにも待たされると思わなかった。昔、一度だけこうしてキリュウに謁見したことがあるけれど、細かいことまでは覚えていなかった。

 じっとしていると、寒さが身に染みる。待たせてあるユラのことも心配だ。


 焦る気持ちで見上げる灰色の空は、今の自分の心境と重なるばかりだった。


 そうして、ようやくノギの番が回ってくる。

 まず、二人組の官人に用件を訊かれた。その官人に向かってノギは精一杯大人しく言った。


「皇帝――陛下にお会いしたい。無理なら、ヤナギ――宰相でもいいです。ノギという名前を出してくれたらわかるはずです」


 普段つけ慣れないので、とっさに敬称が出なくて困った。官人たちは顔を見合わせて不審そうな表情を浮かべたけれど、いきなり追い払うようなことはしなかった。

 それから、またしても待たされた。今度は多少はマシな城内のエントランスだ。けれど、ここも石造りで冷たい。


 いつも、キリュウは会いたくなくてもやってきた。それが、こちらから会おうとすると、こんなにも大変だとは。

 面倒だけれど、仕方がない。そう、自分を落ち着けながら壁際で目を閉じた。


 そして――。


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