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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第12章✡

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⑫七宝の森〈3〉

 納期がやってきた。

 皇帝キリュウの依頼をこなしたことで、次回の納期は延期してもらった。だから、延期した先が今日のはずだった。

 けれど、キリュウは来なかった。ノギは訝りながらも、相変わらず体調の悪いユラの部屋へ向かった。


 このところ、ユラは毎日決まって同じことを言う。あの日から、ずっと、ノギに同じことを訴え続ける。けれど、それは受け入れられないことだった。


「ユラ?」


 ベッドの上でまぶたを閉じているユラに、そっと声をかける。眠っているわけではない。ただ、そうしているだけだ。

 ユラは宝石のような色合いの瞳をノギに向ける。活力が失われ、その輝きが弱まったように感じられてしまう。だから、その心痛を思うと苦しかった。


「……なあ、今日、キリュウのやつが来なかったよ。納期は今日のはずなのにな」


 何せ、相手は皇帝だ。多忙を極める。

 予定した日に来れなかったとしても不思議はないのだが、これまでは時間こそばらついていたものの、予定通りに来ていたのだ。今にして思えば、そちらの方が奇妙なことだったのだろうか。

 すると、ユラがぽつりと言った。


「来るはずがないわ」

「え?」

「だって、もう、必要がないもの」


 そのはっきりとした口調に、ノギは唖然とした。


「必要がない? それはどういう……」


 すると、ユラはまっすぐにノギを見据えた。病床で、悲しげにかぶりを振る。


「本当は、少し前に『鍵』を頂いたの」


 鍵。


 それは、七宝の森の深部へ向かうための鍵に他ならない。二人が懸命に金を貯め、キリュウからその許可を買い取るつもりでいた、進入許可だ。


「な、なんで!?」


 無償で助けてくれる相手ではない。どうして、あんなにも拒んだ許可を今になって与えてくれたのか。

 それから、ユラは何故、そのことを今まで黙っていたのか。ノギにはわからないことばかりだった。

 ユラは弱々しくつぶやく。


「鍵を出したら、ノギは私と一緒に『向こう』へ行く決心を固めてしまうから、どうしても言い出せなかったの」

「ユラ?」

「あなたは私とは違うの。この世界にも適応して生きていける。本当なら、選べるのよ」


 どうしてそんなことを言うんだ、とノギも心臓をつかまれたように苦しくなった。感情がせめぎ合い、頭を締めつける。かすれた声は、自分のものではないように感じられた。


「選ぶ? 俺はユラと生きてく。ずっとそう言ってきただろ!」


 すると、ユラはゆっくりと上半身を起こした。ノギが手を貸すと、その腕を握り締める。そして、強い口調で言った。


「私はね、あなたの枷になるために生きているんじゃないの。そんなのは絶対に嫌。ちゃんとわかって」

「そんなの……っ」


 くしゃりと歪めたノギの顔に、そっとユラの手が伸びる。ひやりと冷たい指だった。けれど、ユラの微笑みはあたたかい。


「ねえ、ノギ、大切なものはひとつでなければいけないなんて考えないで」


 のどが詰まったように苦しくて、言葉が返せなかった。


「生きていれば、大切なものは増えていくの。そんなの、当たり前よ」


 特に父が死んでしまってからは、ノギにとってユラがすべてだった。他のことなんて何も気にならなかった。それを不思議にも思わなかった。

 生きて、他人と触れ合って、どうしてそんな相手を特別に感じるようになってしまったのか。

 ユラはそれを当たり前だと言う。当たり前だというのなら、こんなにも苦しいのは何故だろう。


「大切なものが増える、そういう生き方ができたなら、それは素敵なことだと思うの。私は、ノギがそうして生きてくれることが何より嬉しいから、私はあなたを縛りつけたくない」


 気づけば涙がこぼれていた。こんなふうに泣くなんて、子供に戻ってしまったみたいだ。

 そんなノギの頭を、ユラは優しく撫でる。


「ノギ、ハトリちゃんにもう一度会いに行きなさい」


 毎日、それを言う。

 苦しそうに体を横たえながら、そんな心配ばかりをする。

 ノギはうつむいていた。


「会わす顔なんてない。二度と会わないつもりで傷つけたから。あいつも俺の顔なんて、もう見たくないと思う」


 傷ついた、あの泣き顔が最後だ。もう、自分のことなんて思い出させたくない。

 嫌われることがせめてもの優しさだと思うから。

 そんな心を、ユラは見透かしているかのように言った。


「傷つけて嫌われることは優しさじゃないわ。それは臆病なあなたの言い訳。大きな間違い、ね」


 言い返せもしなかった。

 困惑するノギに、ユラはささやく。


「傷つけたのなら謝りなさい。顔も見たくないって突っぱねられるかもしれない。けれど、それはあなたがハトリちゃんを傷つけた証拠だから、それでも心から謝りなさい」


 そうしたら、もう一度ハトリと離れる決心はできないかもしれない。

 ユラは残酷だ。つかんでいたはずの手を振り払うようなことを言う。


 ユラを蝕むこの世界。

 こんな世界は大嫌いだった。

 この世界に未練なんて残すつもりはなかった。

 そんなもの、自分に限ってあるはずがないと思っていた。

 何も感じず、捨てることができると信じていた。


 なのに、今は、こんなにも心が引き裂かれる。ハトリに二度と会えないと思うと、ズキリと痛む胸は、自分のものだというのにまるでいうことを利かない。


「あなたがハトリちゃんに会いに行かないっていうのなら、私はここから動かない。この鍵も返上するわ」


 こんなにも弱りきっているくせに、そんなことを言う。

 ユラが見せる強さのもとは、すべてノギへの想いなのだと理解している。それでも、つらい。


「ユラ……」


 つぶやくと、ユラは微笑んだ。


「ちゃんと会って、ハトリちゃんをここへ連れてきて。私に生きろと言うのなら、私に希望を頂戴。私の希望は、あなたの幸せ――」

「わかったから、だから……」


 のどが潰れそうに痛い。やっとのことでそれだけを口にすると、ユラは満足げな表情で再び体を横たえた。

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