⑪おのえがさねの道〈6〉
ノギは毎日、触媒を採取するために各地に赴いた。
なるべく多くの仕事を回してくれるようにセオに頼んである。けれど、セオは眉を寄せ、無理をするなと言うだけだった。
無理なんて、してない。ユラの方がずっとつらい。
ユラを助けるためには金が必要なのだ。
向かった先は、迷宮さながらに複雑な地形だった。『おのえがさね』と呼ばれる道は、心の強い者でなければ抜けることもできず、死しても魂は永遠にその道をさまようのだという。岩に囲まれた細い道は、薄暗い。どれだけ進んでも変化がない。確かに、一人で歩いていると気が狂いそうだ。
重たい足を引きずるように歩く。無駄に静かで、自分の足音だけがよく響いた。今にも雪がちらつきそうなほどの寒さで、息が白くなる。
障害物すらない道のりは、いろんなことを考えさせられてしまう。寒さは考えを暗い方へと押しやる。
――ハトリの父親、宰相モーリが死去したという訃報が国中を駆け巡った。そうして、大々的な国葬も終えた。ようやく再会できたというのに、こんな結末しかなかった。
ハトリが傷ついていないわけがない。きっとまた泣いている。
そうは思うのに、気になっているのに、会いにはいけない。
そんな時間がないせいばかりではない。
会えば、手を伸ばしてしまう。泣いているのなら、慰めたいと思ってしまう。
また、ユラのことを一番に考えられない自分になる。
だから、会いには行けない――。
ようやく抜けたその道の先には、絶景と呼べる風光が広がっていた。
色をなくした世界。白い木々に白い岩肌。小鳥が枝に止まれば、そこから霜がキラキラと降る。
その中に、仙草――万能薬となる吉祥茸という植物が生えている。平たく分厚い笠は、霜を手で払うとうっすら紫色をしていた。これは、その吉祥茸の中でも最も効果が高いとされる紫芝だ。次いで黒芝、青芝、白芝、黄芝の順に効果があるのだが、紫芝はめったにお目にかかれないような代物である。
だからこそ、ノギはこんな場所までやってきたのだ。
ノギはその紫芝を大切に抱えて帰りを急ぐ。
心の強い者しか通り抜けることができない道なんて、嘘だ。
心なんて強くない。いつだって、苦悩して足掻いている。
ただ、強い願いがあるから、そうした想いが自分を見失わせてくれないだけだ。
ユラには、なるべく安静に寝ているように言って出かけた。仕事から戻ったノギを病床で迎え入れるユラは、少しだけ今までよりも幼く感じられる。言われなければわからないような差だけれど、その少しのことにもノギは気づく。
ノギがいない時間はもっと縮んでいるのかもしれない。これでもきっと、無理をして体を保っている。
思えば、昔のユラは少女の姿よりも大人の姿でいることの方が多かった。少女の姿が多くなったのは、ノギに合わせているだけだと言って笑っていたけれど、本当はそれだけ力が保てなくなっていたのだ。そのことに、もっと早く気づければよかったのに。
今さら、どうしようもないことを考えてしまう。
これでも今、ユラはノギに気づかれないと思うギリギリの状態を維持しているつもりなのだ。そんな指摘はしなかった。
ただ、その幼い顔が、どうしようもなく悲しそうだった。そっと、その色のない手がノギの頬に触れる。
「お願いだから、無理しないで」
皆、口をそろえてそう言う。無理なんて、してない。
「大丈夫だって。なあ、これ万能薬なんだって。もしかするとユラにも効くかと思って取ってきたんだ」
そう言って紫芝を見せる。
「見た目は悪いけど、我慢してくれるよな?」
ぎこちない笑顔は、ユラの目にどう映っただろうか。ユラはどこか苦しげだった。
「……ありがとう」
ユラは体を起こす。
「食べるんじゃなくて、煎じて飲むみたいだ。用意してくるよ」
立ち上がろうとすると、ユラはぽつりと言った。
「ねえ、ノギ、ハトリちゃんはどうしてる? あれから会った?」
ドキリとする。ユラには心労を与えたくないから、ハトリの父親のことは伝えていない。家から出ないユラには、ノギを通した情報しか入らないのだ。
「あれから一度も会ってない。あいつも忙しいはずだから」
嘘ではない。だから、ユラはその言葉を疑わなかった。
「そう、ね……」
こんな時でも、ユラはハトリのことが気になるようだ。ハトリの置かれている環境が環境なので、それも無理のないことだったのかもしれない。
そう思ったけれど、ユラの心配はノギのせいだった。
「でもね、ノギ――」
「うん?」
「ちゃんと会いに行きなさい」
「え?」
はっきりとした強い口調に驚いた。ユラは、弱々しさを感じさせない目でノギを見据える。
「このままお別れできるの?」
思わず言葉に詰まってしまった。当たり前だと、何故そのひと言が言えなかったのか。
すると、ユラは打って変わって穏やかな声音で言った。
「できなくていいの。その気持ちを大事にして」
何か、ユラに置いて行かれてしまったような、突き放されたような気持ちになった。
こんなにも弱り果てたユラを放って、他のことなんて考えてはいられない。ハトリが大事だと思う気持ちは確かにあっても、それがユラを支えられない理由になるのなら、そんなものは要らない。
「俺は、ユラと――」
泣きたいような気持ちを、ユラはかぶりを振って制した。
「一度、ちゃんとハトリちゃんに会いなさい。そうした後で、私も話さなきゃいけないことがあるから」
「ユラ?」
「ねえ、私は、ノギが誰かを愛しく想う気持ちが嬉しいの。それをちゃんとわかって」
まるで、先に別れが見えているかのような口振りだ。
「なんでそんなこと……」
それ以上、言えなくなった。声に感情が表れてしまう。
ユラはそっとささやいた。
「ごめんね」
次で第11章ラストです。




