⑪おのえがさねの道〈5〉
そうして、ハトリの父親である三宰相の一人、モーリはこの世を去った。
最後に生き別れた娘と再会できたことだけが唯一の救いであったと、周囲の者たちはささやき合った。
宰相という地位に就くモーリの死は、国にとっても痛手である。皇帝キリュウの勅旨により、国葬がなされた。その温厚で慈悲深い人柄は多くの人に慕われたけれど、運命は無情なものだった。
葬儀を終えてもハトリは実感など湧かず、呆然と過ごしていた。慣れない邸宅の使用人たちも、突然戻った娘の扱いに困り、腫れ物のように接していた。
「今の君にとって、この家は他人の家と変わりがないのだろう。居心地が悪いのなら、親族に譲り渡して好きにするというのもひとつの手ではないか?」
ハトリの部屋で顔を合わせるなり、ヤナギはそんなことを言った。父を喪ったハトリを気にかけ、忙しい身でありながらも邸宅まで足を運んでくれたのだ。
はっきりとした物言いの奥には気遣いがある。それを感じるからこそ、ハトリは机に突っ伏すのをやめて顔を上げた。
「食事を取らないのだと、使用人たちが困っていたぞ」
疲れ果てた顔をしているハトリに、ヤナギはさらに告げた。
「君を城へ連れてくるよう、イナミ殿に言われてきたのだが」
イナミ――父とこのヤナギと同格の、三宰相のうちの一人だ。
何故、と問うのも面倒だった。
「わかりました」
それだけ答えると、ハトリは立ち上がった。
ヤナギが言うように、この家は誰かに譲り渡して自分は以前の暮らしに戻ろう。そう決意した。
父や母には申し訳ないけれど、この家は自分には広すぎる。
家族がいない以上、この家を守っていく理由がハトリには見つけられなかった。
☆ ★ ☆
帝都ヘリオトロープにて、高く聳える王城の一角。
そこは執務室である。ヤナギにつき添われ、ハトリはその扉をノックする。
「……来たか。入りなさい」
中から、重たく響く声が返る。
「失礼致します」
そう断り、ハトリは中へ入った。
宰相イナミ。
がっしりとした貫禄のある体型に、手入れの行き届いた口髭を生やしている。厳しく、そこに存在するだけで空気が締まるような人だった。
ハトリが彼に会うのは二度目だった。
もちろん、立派な人だと思う。ただ、その張り詰めた空気が少し苦手だった。隙がないとでもいうのか、気が休まらない。
温厚な父とはまるで正反対の人物だ。意見が対立することも多かったらしい。
けれど、気を張り詰めていたハトリに、イナミは小さく息をついてから言った。
「モーリ殿には数え切れぬ恩がある。誠に残念だ」
その言葉には嘘がない。少なくとも、ハトリにはそう思えた。
お互いを認め合い、足りないところを補い合う存在であったのだと、父は立派な人物であったと伝えてくれる。
悲しみの中に、ハトリはその小さな喜びを感じた。だから、ハトリは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
さらりと髪が揺れる。再び顔を上げると、ろくに食べていなかったせいか、睡眠不足のせいか、立ちくらみがした。倒れるほどではないけれど、それをごまかしながら立っていた。
すると、イナミはハトリに椅子を勧めてくれた。ヤナギは無言でその傍らに立つ。
「それで、今日ここへ呼び立てた理由は――」
イナミは一度、ヤナギに視線を送る。ヤナギは静かに答えた。
「まだ何も話してはおりません」
「そうか」
重々しくうなずくと、イナミはハトリを直視した。ハトリは膝の上に置いた手が震えてしまわないよう、強く結んで言葉を待つ。
「君は宰相として功績を残し、国のために尽力したモーリ殿の息女。そして、高い魔力を秘めたホノレスである」
「は、はい……」
その次に続く言葉は、ハトリの想像もつかないものであった。
「陛下は今、御歳十三歳であらせられるのだが、君とそう歳が離れているわけではない。故に、君を妃候補として推薦しようと思う」
「え……?」
思わず声を漏らしてしまった。
まず、その言葉の意味を正しく理解している自信がない。一体、これはどういうことなのか――。
驚いてヤナギの方を振り返ると、ヤナギは表情を浮かべずに言った。
「キリュウ様は承諾された」
あの皇帝が、ハトリを妃にしても構わない、と。
まさかと愕然したけれど、誰も冗談を言っている雰囲気ではなかった。
イナミは困惑するばかりのハトリに、努めて穏やかな声音を出す。
「モーリ殿が君の行く末を案じながら逝かれたのは間違いない。最大の心残りは君のことだ。だからこそ、我々は君の今後を不安のないものにしてやりたい。将来、無事に御子がご誕生されれば、その御子は間違いなく高い魔力を持たれることだろう。君の地位も、国も安泰となる」
目まぐるしく移ろう環境。
ただただ、心が悲鳴を上げた。
ハトリが求める幸せは、そこにはない。
痛いくらいに、今すぐにでも会いたいと心が訴えるのは、皇帝ではない。
ハトリは、あのいつも憎たらしいことばかり言うノギの顔を思い浮かべていた。
出会った頃から優しくしてもらったわけでもない。扱いはひどかった。それでも、一緒に過ごすうちにノギのいろんな面を知り、気づけば惹かれていた。
会えない今、余計に気持ちが大きくなるのも感じていた。
ノギとユラとの間には入り込めない。ユラには敵わないと知りつつも、気持ちは止められなかった。
この気持ちに嘘はつけない――。




