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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第11章✡

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⑪おのえがさねの道〈4〉

 甘すぎると周囲が苦笑してしまうほどに、モーリの娘、『ヒノ』は伸びやかに育てられた。

 おてんばで好奇心の赴くままに行動し、毎日を過ごしていた。

 そうした日々の中、大人の目を盗んで勝手に出歩いたヒノは、犯罪組織に目をつけられることとなる。


 勝手に出歩くのは悪いこと。

 けれど、穏やかな両親が心配を前面に出して優しく叱ってくれる時間が好きだった。だから、懲りたりなんてしなかった。

 それが取り返しのつかないことになるなんて、当時のヒノには想像もできなかった。

 二度と、母に会うことができなくなるとも。


 そうして今、十年もの時を経て、そのヒノことハトリと再会した父との別れが近づいている――。



 病院施設の特別室。

 そこは明らかに要人のための設えだった。

 壁にかかる、立派な額に収まった美しい風景画。二重のカーテンは外気を防ぐ特別製。この冬の寒さを少しも感じさせない、コントロールされた室温。大きなベッドのそばの魔術機具にはなんらかの数値が浮かんでいた。


 父は痩せて小さくなった。皺が深くなった。髪が白くなった。

 記憶との変化を数え上げればきりがない。その変化が、自分たち家族が失った時間の証なのだ。


「お父様……」


 吐息のような弱々しいささやきは、父の耳にまで届かない。時の隔たりが親子の間に距離を保ったままで、ハトリも踏み込めずにいる。

 遠慮など意味もない。自分は確かに『ヒノ』で、モーリの娘なのだ。

 はっきりと思い出した今、誰よりもそれをよくわかっている。


 けれど、長く離れた親子は、他人よりもぎこちなくなった。接し方を模索している場合ではないというのに。

 最新の医術を駆使して治療にあたっている。

 なのに、回復の兆しはない。このまま目が覚めないとしたら、すべてが遅すぎた――。


 弱い心が叫んでいる。

 何も考えず、全部投げ出してしまいたい。

 あの、ノギとユラのいるあたたかな場所にいたい、と。

 そんなこと、本気でできるわけもないのに。


 今、自分ができることを精一杯やらなければならない。そうしなければ、先に逝った母にも、励まして送り出してくれたノギたちにも顔向けはできないのだから。

 父の乾いた冷たい手を、ハトリは両手で握り締める。自分の体温を分け与えるようにして。

 再度、つぶやく。


「お父様」


 その夜は、そうして過ぎていった。


            ☆  ★  ☆


 朝。

 ベッドの脇に突っ伏して眠ってしまっていたハトリを揺り動かす手があった。


「ほら、風邪をひくよ」

「ん……」


 それは、枯れ枝のような父の指だった。目を開けると、まずそれが目に入った。


「お父、さ、ま?」


 ハトリがじっとその顔を食い入るように見つめると、宰相モーリは苦笑した。皺が刻まれた優しい顔だ。


「どうしたんだね?」


 穏やかな微笑。体を起こすことはできないけれど、首だけをこちらに向けてくれている。

 その様子から、今日は随分と調子がいいのだと思った。

 快方に向かっている。その兆しなのだとハトリは嬉しくなった。


「お父様! あたしのことがわかりますか!?」


 被さるようにして言うと、モーリは嗄れた声を立てて笑った。


「もちろんだ。私の可愛い娘、だろう?」


 そのひと言に、感じていたはずの隙間は埋められた。胸の奥がじわりと熱くなる。


「お父様、あたし、何も親孝行できずにいました。だから、『これから』が必要なんです。お母様にできなかった分も、お父様に親孝行できるだけの時間をください」


 これだけを言うのに涙が滲む。けれど、モーリは困惑したような目をした。


「おかしなことを言うね。ヒノ、君が生まれてきてくれたこと。こうして元気に大きくなってくれたこと。これ以上の親孝行があるのかい?」


 昔も今も少しも変わらない、優しい父。

 加減がいいように見えるからといって、無理をさせてはいけない。それはわかるのに、感情が上手く抑えられなかった。


「でも、あたし……っ」


 その先を待たず、モーリの骨ばった手がハトリの頭に載せられた。言葉はなく、まぶたは伏せられた。

 やはり、疲れさせてしまったようだ。

 この続きは、ちゃんと眠って休んだ後にしよう。こんなにも長くはっきりと喋れたのだから、休んだ後にはもっとよくなっているはずだ。

 そう思って、ハトリも隣室の付き添い用の部屋を借りる。そこで少し眠ることにした。


 この時は、微塵も疑ってみなかった。

 父との会話が、あれで最後になるとは。

 ありったけの力を振り絞って、言葉をかけてくれていたとは。

 それは、死の淵にいたはずの父が最期に見せてくれた奇跡であったのだ。

 

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