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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第11章✡

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⑪おのえがさねの道〈3〉

 ハトリは病院施設にて精密検査を受けた。けれど、特に問題はなかった。

 新たにかけられた術によって、現在の記憶と過去の記憶が繋がり、多少の混乱はしたらしいが。


「ムロイ先生、あたしにすごく期待してくれてて、それでよくお世話になってたの。教材だって言って触媒も頂いていたし、前に持ってた翼石ウィングラピスも先生から頂いたものだったし」


 はぁ、とハトリは嘆息する。ノギはそんなハトリに呆れた。


「アホ。そんなに貢がれてたら危機感持てよ。簡単に受け取ったら、向こうだって期待するだろうが」

「え? なんの期待?」


 その意識の低さが今回の騒動のもとなのだ。ムロイのようなタイプは思い込みが激しい。だから、申し出を断られて、裏切られたような気持ちになったというやつなのだろう。

 ハトリにしてみれば、ムロイは教員の一人で、孤児だという自分の事情を知るからこそ手を貸してくれているだけだと疑いもしなかった。その()()に見返りが必要だとは思いもしていない。

 ユラも苦笑している。


「ハトリちゃんって、しっかりしてるようで危なっかしいから。目が離せないわよね」


 と、ノギに振る。ノギは目線を泳がせてその言葉を流した。


「……それで、親と再会できたんだろ? 二人とも喜んだんじゃないのか?」


 何気なくそう言うと、ハトリはヒク、と顔を引きつらせた。その表情に、ノギは驚く。そういえば、さっきまで泣いていたのだ。その涙がここに繋がる。


「お母様は私がいなくなった後、しばらくして亡くなったんだって。もともと丈夫じゃなかったのに、泣いて泣いて、体が弱って――」


 一人娘だったという。それも無理からぬことだった。

 ノギは慰める言葉を持たなかった。ただ、静かに聞いていた。

 それから、とハトリは続ける。


「お父様も……」

「え?」


 ハトリの父親は三宰相のうちの一人だ。

 ハトリが言うには、父親であるモーリは、年老いてから授かった娘をそれはそれは可愛がっていたらしい。よく城へも連れてきてはたくさんの人に会わせ、学ばせていた。

 その幼い娘の生死不明の失踪。それに伴い、婦人が急逝した。


 モーリ自身も当時は見ていられないほどにやせ細り、まるで幽鬼のようだったらしい。そうして、歳月を経て傷も塞がりかけたように思われた。けれど、ここ近年、度々体調を崩していたのだという。

 温厚で我慢強いモーリは、弱音も吐かずに激務に耐え、そうして倒れた。


「意識もぼんやりとしてて、あたしのこと、わかってないのかも……。ヤナギ――さんは、自分がもう少し早くに動いていればよかったってあたしに謝るけど、そんなんじゃなくて……悪いのがなんなのかもよく、わからない……」


 ぽた、とハトリの手の甲に涙が落ちる。

 素性がわかって嬉しいことばかりかと思えば、現実は無情だ。どうしてこの時に、と。

 もう少し早ければ、まだ救いはあったのに。そう思いたくなる。

 泣いているハトリの救いになれたらよかった。けれど、ノギにできることなど限られている。


「……でも、まだ生きてるんだろ? 生きているうちに会えたんだ。手遅れじゃない」


 なんの慰めにもならないような言葉だ。けれど、それしか言えなかった。

 ハトリは涙を拭いてうなずく。


「うん。これからはお父様についていようと思うの。学校も結局、休学のままでいるしかないけど、仕方ないし」


 ハトリが卒業試験に使うつもりだった触媒はムロイに奪われ、不発ながらにルクスを失い、価値をなくしてしまった。けれど、宰相の娘であると知れたハトリには、学歴など以前ほど重要ではないのかもしれない。


「そう、だな」


 ノギがつぶやくと、ハトリは少し寂しげにノギを見つめた。


「それで……あの、この家にいてもいいって言ってくれたけど、そういう事情でいられなくなっちゃったから、ちゃんと言わなきゃと思って今日は来たの」


 本当なら、父親のそばを離れたくなかったはずだ。ハトリなりに心苦しい想いがあるから、わざわざ会いに来たのだろう。責める気持ちなんて微塵もない。


「これ……」


 机の上に出したのは、翼石ウィングラピスだ。花の飾りのついた、ノギとユラからの贈り物。

 一度ムロイに奪われたのだが、ヤナギたちに取り戻してもらい、ハトリの手に戻ったのだという。

 それを一瞥すると、ユラは緩くかぶりを振った。


「返さなくていいの。それを使って、いつでも会いに来て」

「でも、しばらくはあんまり来れないかも……」


 うつむくハトリに、ユラは包み込むような優しさで言う。


「今は大事な時だから、仕方ないと思う。でも、迷惑じゃなければ持っていて」


 それがハトリと、この家とのただひとつの繋がりのように思えて、ノギもハトリに受け取ってほしかった。それをユラが感じ取ったような気がした。

 ハトリはくしゃりと顔を歪めた。赤くなった目もとが痛々しい。


「ありがとう……」


 しばらくは来られない。その事情は痛いほどにわかる。

 けれど、ハトリの父親が寝ついているのと同じように、眼前で綺麗に微笑むユラもそう遠くないうちに同じ運命をたどるかもしれない。

 そんなことは口に出したくもない。出した途端に、回避できない運命が迫りくるようで、とても言えなかった。

 それに、この状態のハトリにそれを告げることを、ユラは許さなかったと思う。


「じゃあ、もう戻るね」

「……頑張れよ」


 そんな、誰にでも言える言葉を最後にするのかと、自分でも情けなくなった。けれど、そんなノギの心情をハトリは知ってか知らずか、そっと微笑んだ。


「うん。ありがと」


 ただ、その瞳が揺れて、名残を惜しむようにノギの目を見つめた。ほんの数秒の出来事が、いつまでも胸に残るほどに長いものに感じられた。


 一緒に、この家で。

 三人でいられたら。

 そんなのは夢で、幻で――。


 ただ一緒にいるということが、こんなにも困難だったのだと、今になってわかった。

 共に過ごせた日々の方が奇跡だったのだ。

 そうとは知らず、無為に過ごした。どうして、あの時をもっと大切にできなかったのかと、今さらながらに思ってしまう。


 ハトリが去った家の中で、無理をしていたユラが机に体を預けるようにしなだれる。


「ユラ」


 声をかけると、ユラは僅かに顔を上げた。その呼吸の浅さを感じて恐ろしくなる。


「うん、ごめん。ちょっと気が抜けちゃった」

「つらかったら喋らなくていいから、もう部屋に戻ろう?」


 ノギは回り込んでユラの華奢な体を抱き上げた。ほんの少し、小さくなっている気がする。随分と軽い。

 ユラは頭をノギに預けながら小さくつぶやいた。


「ハトリちゃん、ここにいられたらよかったのに」

「……うん」


 けれど、それは無理なこと――。

 

 女性に貢ぐとお金がかさみます。

 教員は薄給だったので、ムロイは犯罪に手を染めました(あれ?)

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