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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第11章✡

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⑪おのえがさねの道〈1〉




 魔術帝国ライシンの北西の端。岬の先端に位置する籠目かごめとりで

 その一室にて、囚われていた少女ハトリは目を覚ました。

 彼女は高い魔力を有する魔術師ホノレスである。そうして、その高い魔力故に、師であるはずの男に執着心を持たれ、監禁されていた。自分のもとから巣立っていこうとする彼女に、男は忘却の禁呪を施した。

 その男、シャトルーズ学院の教員ムロイは、すでに兵士の手によって連行された後である。


 忘却の魔術。

 その術は、彼女には効かない。その術は二度は効かないのだと、このライシン帝国の宰相であるヤナギは言った。

 ヤナギと共にハトリを救出にきた触媒屋のノギは、その言葉に眉根を寄せる。


「二度?」

「ああ。詳しいことはきっと、目覚めた彼女が語ってくれるだろう」


 未だ眠るハトリを、ノギは不安げに見つめた。


「効かないのなら、なんで起きないんだよ!?」


 苛立ち紛れの言葉をヤナギに投げつける。それでも、ヤナギは冷静だった。その落ち着いた目に映る自分はさぞ幼く見えることだろうと、ノギは歯を食いしばる。


「彼女の中に術は残っている。今はまだ、その効果を相殺し合っているのだろう」

「相殺って……」

「つまり、彼女は過去に一度同じ術をかけられている。そうして、今、二度目の術が一度目の術をかき消しているということだ」


 ヤナギは一体、何を言っているのか。何を知っているのか。

 ノギはどうしようもなく胸騒ぎがした。ハトリが目覚めるのを待たず、ヤナギを問い詰めようとした。

 けれどその時、ハトリが小さく呻いた。ノギはハッとして、すぐさまハトリに顔を向ける。


「ハトリ!」


 名を呼ぶと、ハトリはぼんやりと虚ろな目をノギに向けた。ノギのことを認識できていないような仕草だった。その瞬間に、首を絞められたような苦しさと恐ろしさがあった。


「俺のこと、わからないのか?」


 声が震える。けれど、ハトリはすぐにノギに焦点を合わせた。そうして、声を漏らす。


「ノギ?」


 ちゃんと覚えていてくれた。

 たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。じわりと、あたたかな気持ちが滲む。その感情が強張った体を溶かすように染みていく。

 ハトリは空色の瞳を潤ませて腕を伸ばした。ノギの首に細い腕が巻きつく。耳元でわんわんと泣く声が響いた。そのぬくもりと振動を感じながら、ノギはその体を抱き締めてそっと背中を撫でた。


「もう、大丈夫だ」


 そう言った自分の声に驚いた。どこから出たのかと思うほどに、柔らかな響き――。

 それなのに、こうしていても何故か物足りないような切なさが込み上げる。これ以上、自分でも何を求めているのかがわからない。


 ハトリはしばらくそうしていた。けれど、ハトリはノギの肩越しに、そんな二人を無言で眺めている人物に気がついた。本当に今気がついたのだろう。驚いて体を強張らせる。

 ノギも正直、ヤナギのことなど忘れていた。まだいたのかとバツが悪い。

 ハトリはかすれた声でつぶやく。


「ヤ、ヤナ、ギ――お兄ちゃん?」


 今のはなんだ、とノギは顔をしかめた。変な、本当に変な呼び方が混ざった。

 なのに、それに応えたヤナギの声には安堵の響きがあった。


「やはり、君は『ヒノ』か――」


 ざわり、と不安がノギの心に波紋となって広がる。腕の中のハトリは、一体、何者なのか。


            ☆  ★  ☆


 ハトリは大事がないか病院施設にて検査を受けることとなった。ただ、その前に思い出したすべてを語る。


「うん、私はヒノ。そう、だった……」

「生きていたのだな。モーリ様がどんなにお喜びになるか」


 ノギは呆然と二人の会話を聞いていた。事情を飲み込めずにいるノギに、ヤナギは言う。


「彼女は三宰相の筆頭、モーリ様の一人娘だ。幼少期に行方知れずとなっていたのだがな」

「宰相の……娘?」


 ぽかん、と口を開けるノギに、ハトリは語り出した。その伏目がちな目が、過去を振り返る。


「そう、あの日、いきなり来た知らない人たちが何かをつぶやいて――今にして思えば、あれが忘却の禁呪だったんだと思う。その後で気がついたら、確かにここにいた」


 この砦には、その他にも数名の子供がいたらしい。皆、強い魔力を持つ子供たちだった。

 そうした子を攫って売り飛ばす人身販売組織があった。

 首謀者は、それなりに力のある魔術師であったのだと思われる。この組織の存在が今まで明るみに出ることはなかったのだから。あまり組織を拡大せず、疑われるほど頻繁に動かないという狡猾さもあったのだろう。


 そうして売られる日、ハトリは道端に群生していた焔草を抜き取り、組織の一員を攻撃して逃げたのだ。わけもわからない状態であったけれど、恐ろしさだけは強く感じたのだという。

 まだ当時四、五歳だった子供がすでに魔術を放てるとは思わなかったらしく、油断した相手はあっさりと炎に巻かれたらしい。


 あの禁呪の中には、囚われていた間のことが記憶できないように妨害する作用も組み込まれていたのだろう。砦にいた時のことも、今回のことがなければ忘れていた。

 ハトリの記憶は、実は五歳程度からしかはっきりとしていなかったのだ。幼い頃のことなど覚えていないのが普通なのだと信じて今まで生きてきたという。

 ただし、幼いながらに魔術を放つという芸当は、幼少期の英才教育が身に染みついていた証である。


 一人でうろついていたハトリは、施設に保護された。近くの施設は定員がすでにいっぱいで、少し離れた施設に送られたため、組織の面々もハトリを探し出せなかったのだろう。

 それから、自らの才に気づいたハトリは勉強を始め、施設を出て学院に通うようになった。

 それが、真相である。


 ムロイがここを利用していたことから、組織の一員であることは間違いない。今も、砦の中には囚われた子供と、組織の人間が数名いた。

 ただ、ムロイはきっと新参なのだろう。ハトリが組織によって捕らえられた頃にはいなかったと思われる。


「最初に君を見た時、まさかとは思ったが……。いかに稀なホノレスであろうとも、まったくいないわけではない。ただの偶然とも言えなくはない。けれど、髪や目の色、面影が残っていた」


 そう語るヤナギに、ハトリはそっとうなずいた。


「うん、お兄ちゃんはよく、お父様が難しいお話をされている間、あたしの面倒をみてくれたね」

「あの頃の私は、モーリ様の直属の部下だったからな。子供の面倒などどうみればいいのかもわからず、戸惑っている私に、君がじゃれついていただけとも言うが」

「うん、懐かしい……」


 そう漏らしたハトリは、いつものハトリではなく、ヒノと呼ばれる娘だったのかもしれない。

 さっきまでは身近に感じられたというのに、今となってはこんなにも遠い。

 どうしようもない疎外感。苛立ち。

 それらを噛み締めて、ノギは無言でこの気分の悪い会話に堪えた。


「話は尽きないが、体に異常がないかどうか、まずは検査が先だ」

「うん……」


 ヤナギに背を押され、兵士たちの方に歩むハトリは、一度ノギを振り返った。ノギは、自分が今どんな表情を浮かべているのか、まるでわからない。

 それに、考えたくもなかった。

 ハトリは兵士たちに急かされ、連れられていった。


 その場に取り残されたノギに、ヤナギは言う。


「ご苦労だったな。送っていこう」


 ノギはその後、一度も口を開かなかった。

 

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