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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第9章✡

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⑨矢絣の滝〈7〉

 皆の力を借り、ノギは二人を連れて自宅に戻った。病院施設へ向かうことも考えたのだが、ユラをそういった場所へは連れていきたくない。ハトリだけでもと思うけれど、今のノギはどちらについてよいのかわからなかった。

 仮に連れていったとしても、ハトリは助からないかもしれない。それが判明すると思うと、どうしようもなく怖かった。


 血まみれだけれど、着替えさせたり変に動かすのは怖くて、ノギはハトリのベッドに毛布を重ね、その上にハトリを下ろす。

 セオはここまで術者に来てもらうと言って去った。イルマもセオについていく。

 この傷を癒せるような術者に心当たりがあるのだろうか。

 もしあるのだとしたら、ありがたいけれど――。


 タミヤは、セオから託された触媒『赤鉄せきてつ』を使い、ほんの少しハトリに血を戻してくれた。それ以外にも汚れを拭いたり、できることを探して懸命に尽くしていた。

 ハトリをタミヤにまかせつつ、ノギは別室に移る。そして、ユラが横たわる枕元でつぶやいた。


「ごめん」


 ユラはそっとかぶりを振る。


「私は大丈夫だから」


 大丈夫という顔色ではない。いつも無理ばかりさせている。そのことをもっと自覚するべきだった。


「ユラ、俺は――」


 すると、ユラはその先を遮るようにして言葉を被せた。


「少し眠るから、ハトリちゃんについていてあげて。彼女をお願いね」


 これ以上、ノギが謝る声を聞きたくなかったのかもしれない。静かにまぶたを下ろしたユラの部屋を、ノギは後にした。



 どうやら、タミヤも限界のようだ。

 あれだけのことがあった後で、ハトリに高度な術を施している。疲労困憊であっても不思議はなかった。

 彼女もまた責任を感じているのか、泣き言は言わない。顔にも出さない。けれど、その疲れは隠せなかった。


 ハトリのベッドのそばでグラグラと揺れているタミヤに、ノギが声をかけようとした瞬間に、戸口の開く音がした。セオたちが戻ってきたのだろう。

 事実、そうだった。セオは術者とやらを連れて戻った。

 ただ、その人物とは――。


「邪魔するよ、ノギ」


 この手狭な家にはまったくそぐわない高貴な姿は、皇帝キリュウである。背後にはいつものごとく宰相のヤナギが控えていた。

 瞠目するノギに、キリュウは微笑む。


「私の依頼の品を入手したが、重症を負った者がいる、と。彼女がそうか」


 キリュウは、裾を捌いて前に進む。ヤナギも厳しい面持ちだった。キリュウはハトリの容態を一見して小さくうなずいた。


「治癒の魔術は高度であるけれど、私ならば可能だ」


 その一言が聞きたかった。

 大丈夫だと、助かると、誰かに言ってほしかった。

 この際、お前の依頼のせいでこなったとか、そんなことは言わない。助けてくれるなら細かいことなんてどうだっていい。


 ノギはほっと息をつく。けれど、そんな彼のことを嘲笑うかのように、キリュウは冷徹な目をした。微笑んでいるというのに、その目は冷え冷えとしている。

 そのことに唖然とした。


「ねえ、ノギ、君は私が無条件で彼女を助けると思っているのかな?」

「っ……」


 言葉に詰まった。

 傍観していたセオが思わず声をあげる。


「こ、皇帝陛下! どうか――」


 けれど、それをヤナギが遮る。


「口を挟まぬように」


 そう言われてしまえば、最早何もできない。セオは唇を噛んでうつむいた。

 キリュウはさらに問う。


「どうする? 『あれ』を諦めてみるかい?」

「それは……」


 大金を支払って、ずっと乞い続けているもの。諦めることは、絶対にできない。

 けれど、そのためにハトリを犠牲にするのかと言えば、それも嫌だ。ハトリは何も悪くないから。

 すると、キリュウはクスクスと笑った。


「面白いね」

「え……」

「君がそうして悩み、他者を案ずるようになったことがね。これ以上君を苛めるとユラに嫌われてしまうから、戯言はここまでだ」


 冗談だと言うのか。けれど、とキリュウは最後に言った。


「けれどね、貴重な触媒と皇帝である私の魔力を使うのだから、それ相応の礼は尽くしてもらうよ」


 ノギは膝を折ると、両手を床について頭を下げた。姿勢を低く、二心はなく、ただひたすらに強く願う。


「どうか、お願い申し上げます」


 誰が見ていようと、どうだっていい。屈辱なんて、些細なことだ。

 ハトリの命を繋ぎ止めることができるなら――。

 それを強く願う自分に驚きながらも、この時は素直に受け入れた。

 キリュウはそんなノギに、ようやくあたたかな声をかける。


「承知した。君の心、確かに受け取ったよ」


 そうして、キリュウは詠唱することもなく、パリンと小さな音を立て、身につけている触媒のひとつを消費した。その光が、狭い部屋の中で煌く。

 小さな光は、何にも勝る強い輝きを放っていた。その眩さは、間違いなく神聖なもの。

 それは、治癒のための術というよりも、奇跡を起こす、そんな力に思えた。

 その明るい光にノギは自然と涙が滲んでうつむいた。


「……これでいい。すぐに目を覚ますだろう」


 小柄ながらに悠然と微笑むキリュウに、ノギは再び感謝した。


「ありがとう、ございます」


 その殊勝な姿に、キリュウはうなずく。


「水龍の逆鱗の入手、ご苦労だったね。後日、代金を支払いに寄越す。今はゆっくりと休むといい」

「はい」

「ユラを大切にね」


 キリュウのひと言に、ノギはまた表情を歪めた。ちくり、と胸に棘が刺さる。


「……はい」


 そうして、キリュウは身を翻して去った。その後にヤナギが続く。ヤナギは、穏やかな顔をして眠るハトリを最後まで気にしていた。


          ☆  ★  ☆


 キリュウはハトリの部屋を後にすると、導かれるままにとある部屋の前に立った。扉をノックするつもりもない。ただ、その場所に確かにいるのだという気配だけを感じ、ほっと息をついた。

 そうして、扉に寄りかかるように頭をつけて、僅かに目を閉じた。

 ただ、その身を案じる。


「……さあ、行こうか」


 小さくつぶやいて、キリュウは歩き出す。小さなその家を後にする時、ヤナギはキリュウの背に向かって躊躇いがちに言った。


「あのハトリという娘、まさかとは思うのですが――」


 その後に続いた言葉に、キリュウは口元を緩めた。


「彼女は稀少なホノレスだ。そう考えると、可能性はなくもないのかな。そうであるといいね」

「ええ、一度会わせてみてもよいかと」


 当の本人は深い眠りの中である。

 与り知らぬところで、運命は動き出す。


          【 第9章 ―了― 】

 以上で第9章終了です。

 ここら辺から雲行きが怪しくなっております。

 あと3章です。よろしければお付き合い下さい。

 では、ありがとうございました!

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