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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第9章✡

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⑨矢絣の滝〈5〉

 苦痛からなのか、屈辱からなのか、水龍は怒りをあらわに咆哮を上げた。

 その音は、水を、木々を、岩を震わせる。跳ね上がる水飛沫と風にあおられながらも、ノギたちはどうにかしてその場に踏みとどまる。

 ハトリとタミヤの放った魔術の効果はすでにない。水龍は縫い止められていた翼を大きく羽ばたかせた。激しく叩きつけられた尾によって、ノギたちがいた岩場が崩れる。


「うわ!」


 ノギは素早く飛び、その攻撃をかわしたけれど、イルマはその尾に弾き飛ばされる。とっさに剣と逆鱗を盾にして衝撃を緩和したようだが、岩場に背を叩きつけられ、息を詰まらせながらその場に崩れた。


「イルマ!!」


 叫んだのはタミヤだった。あんなにも大きな声が出せたのかと、ノギはこんな状況なのに思った。

 その気を取られた一瞬の隙に、ノギにも水龍の太い胴体が迫る。


「!」


 体全体を光で被い、全身を硬化して衝撃に耐えるつもりだった。けれど、そうしてさえも、水龍の衝突は凄まじいものだった。ギシギシ、と体中が軋む。気を抜けば、体中がバラバラになりそうだった。

 水龍の長い胴が過ぎ去った時、ノギも膝をついていた。荒く息をして顔を上げる。

 水龍は我を忘れている。ノギのそばを通過した後は空を飛び回り、滝をかすめ、岩場にぶち当たっている。パラパラと細かなつぶてが降ってきた。


「キリュウのヤロ……っ」


 なんて厄介な仕事を回してきたんだ、とむかっ腹が立つ。先ほどの衝撃に痛む腹を押さえながらノギは立ち上がった。

 イルマも何とか意識を取り戻したようだ。ところどころに血が滲んでいるけれど、しっかりと逆鱗を手にしていた。


 ノギはユラたちを見遣った。早く避難した方がいい。

 女子三人は木々の間に身を潜めていた。ユラは気丈に空を見上げているけれど、二人は怯えた様子だった。無理もない。


「おい、早く逃げるぞ!」


 ノギはそう言ってイルマの方に駆け寄った。その間、ノギはずっと水龍の鱗の欠片を握り締めていた。



「あ、あれ、大丈夫なの?」


 ハトリは木にしがみつきながらユラに問う。ユラは上空を見上げながらつぶやいた。


「そうね、いつかは落ち着くと思うんだけど」

「帝都まであの調子で破壊されない?」

「この滝から離れることはないから、それは大丈夫。水龍だから、水の豊富な場所でしか力を保てないのよ」


 それを聞いて、少しだけほっとした。

 ただ、大切な儀式に使うとはいえ、キリュウは恐ろしいものを依頼してきたものだ。

 今はただ、さっさと帰りたい。


 そんな時、飛来した水龍がノギたちのいる辺りで暴れ出した。岩が砂埃を立てて崩れるけれど、水龍の体から弾く滝の水がそれを押さえ込んだ。

 その時、ユラにしては珍しい鋭い声が飛ぶ。


「タミヤちゃん、危ないよ!」


 何故かタミヤがこちらに向けて走ってくる。非力な魔術師のくせに何をしようというのか。

 ハトリは水龍が飛び回り、空へと上昇したその隙に、タミヤの方に向かって走り出した。タミヤを木陰まで連れ戻そうとしているのだろう。


 ただ、水龍の飛行は嵐のようだった。すでに矮小な人間たちなど目に入っていない。あの龍にとっては、太古の民(ルーディニフリウス)のユラでさえ、他となんら変わりないただの人間に過ぎないようだ。


 体をうねらせ、風を起こし、雨を呼ぶ。局地的に降る雨と雷。水龍の長い胴がそばを駆け抜けたことにより、突風が起こった。小柄なタミヤは、とっさに何かにつかまることもできず、風に攫われる。


「!」


 けれどその瞬間に、ハトリが間に合った。タミヤのローブの裾をつかみ、小柄なタミヤを抱き締める。けれど、一人も二人も大差はなく、強い風によって共に飛ばされてしまった。

 そうして、二人はそのまま木の中へ叩きつけられる。

 ノギたちはその光景を止めることもできず、ただ見ていることしかできなかった。叩きつけられたのが岩場でなくてよかった。ノギはとっさに二人のもとへ駆け出す。惚けていたイルマはノギよりも怪我だらけであったけれど、なんとかして後に続いた。

 ハトリたちのところへ辿り着く前に絶叫が聞こえた。その声は、ハトリでもユラでもない。タミヤだ。

 イルマは、傷が痛むのか腹部を押さえながら、それでもノギをも抜く勢いで走る。


 木陰でへたり込み、絶叫していたタミヤのローブがどす黒く変色していた。

 そのそばに横たわっているのは、腹から血を流したハトリだった。

 意識はない。折れた木の枝が脇腹に突き刺さったようだ。折れたばかりの瑞々しい枝に血がついている。


 雨音。滝の水音。

 雷の音。龍の飛翔する音。

 音。音。音。


 気が遠くなる瞬間だった。

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